淡海乃海 ~麒麟が駆ける時~   作:無難

19 / 19
野尻坂の戦い

 

天文二十三年(1554年) 一月下旬  近江高島郡 大荒比古神社 高島越中守頼茂

 

「勝ったじゃと!?」

「ええ、ですのでお引き取りいただきたく」

 

公方様のご命令で朽木を救うための軍勢を形だけ作っておったが、まさか1日で勝つとは・・・

朽木竹若丸、見事な武功じゃ。

だが、二百の兵を失うということを我らに一番に知らせてしまうとは、我らを侮ったな。

 

ここで帰れ、というのは虫の良い話であろうよ。

 

「・・・ところで、話は変わるが、ここ最近、朽木殿は我らに迷惑をかけておる。貴殿もご存じであろうな?」

 

朽木の使者に問いかける。

話の流れに嫌なものを感じたのか使者は眉をひそめながら、

 

「そ、それはどのような?・・・」

「嘘をつくではない!」

 

惚けようとする使者を一括してここ最近の鬱憤をぶちまける。

それは皆も同じように次々と鬱憤を吐き散らかす。

皆の怒りが少し納まったところで儂は名案を思いついた。

 

「そうじゃ、朽木殿に以下のことを求めよう。」

 

ここ最近、朽木は我らの利を奪いすぎておる。

そんな時に勝ちながらも大きな痛手を負った朽木が目の前におる。

喰らわない馬鹿はいないであろうよ。

そう思いながら、儂は朽木に以下の要求を紙に記して使者に持たせる。

 

ーーーーーーーーーーー|

 

【意趣条々之事】

 

貴殿の今般の仕行、我らの権益《えんえき》を掠め取る《かすめとる》不当の挙(きょ)、言語道断の次第に候。

盟約を違え、我が領分を侵したる理非(りひ)を正し、速やかに以下三ヶ条の条目を即刻受け入れられたし。

 

一、我らに対し、神妙に慙愧(ざんき)の謝罪を遂げられるべき事。 (訳:我らの利益を不当に奪った不調法を認め、深く謝罪せよ)

一、掠め取られたる利益の賠償として、各々一千貫、都合六千貫を速やかに引き渡されるべき事。(訳:損害の埋め合わせとして、合計六千貫を遅滞なく上納せよ)

一、貴殿が秘匿せし石鹸ならびに澄酒の製法、一物も隠し立てなく、悉く我らへ伝授せしむべき事。 (訳:謝罪の証・技術賠償として、石鹸と澄酒の製造技術をすべて差し出せ)

 

万一、この要求を拒絶、または承引(しょういん)遅れ馳せに及ぶにおいては、対話の余地なし。

今まさに国境(くにざかい)に引き連れ、陣を構えたる我が軍勢を、即刻貴殿の領内へと発向(はっこう)せしめ、力及ぶ限り不義を正すべく候。

押し寄せる軍兵を防ぎきれるか否か、厳しき覚悟を固められたし。

 

後日、悔い残さるるな。仍(よって)如件(くだんのごとし)。

 

高島 越中守 頼茂

田中 久兵衛 重政

永田 左馬助 秀宗

平井 河内守 頼氏

横山 三河守 政綱

山崎 兵庫頭 家盛

 

【宛先】

朽木 殿

 

参る

 

ーーーーーーーーーー

 

使者は初めは「これは横暴である!公方様に訴えるぞ!」と抗議の声を上げておったが、我らの恫喝が本気であると悟ってアタフタと帰っていった。

少しだけ鬱憤が晴れた。

いい気味よ。

 

三好との戦いで消耗しすぎたな。

勝ったとはいえ、たった百程の兵である。

再編には一年は必要であろう。

 

公方様がなんじゃ、弱い奴が悪いのじゃ。

 

まぁ、朽木を滅ぼすのは外聞が悪い。

勝った暁には朽木の爺は殺して、小僧を傀儡として儂が後見してやろう。

 

多少、六角との絆が揺れるかも知れぬが澄酒など朽木の産物を献上すれば落ち着くであろうよ。

 

二日後、朽木の使者が戻ってきて文を押し付けて帰った。

 

内容は拙い文字で堂々と

 

来たりてとれ

 

・・・とだけ書いてあった。

 

その瞬間、プッツン、と儂らの中にある堪忍袋の緒が切れた。

よろしい、お望み通りにしてやる。

 

 

■■■■■■■■■■

 

天文二十三年(1554年) 一月下旬  近江高島郡 野尻坂 朽木竹若丸

 

「・・・・・殿が考えた通りになりましたな」

「餌を蒔いたとはいえ、ここまで簡単に引っかかる間抜けもおらぬだろうよ」

 

背後で五郎右衛門の感嘆に吾は呆れながら相槌を打つ。

他の者たちも同じじゃ。

皆呆れておる。

 

三好との戦で朽木は勝利するが、二百の兵を失う。

 

 

この戦が終わった直後から八門や商人に周囲にそう吹聴するようにうわさを流した。

無論これは真っ赤な嘘で、実際の朽木の軍勢は一兵も失っておらぬ。

 

その真の狙いは高島六頭の動きを見るためでもあった。

公方様は何でも清水山城に立ち寄った時に高島越中に「朽木を援けろ」とお命じになられたらしい。

越中は高島六頭で千五百の軍勢を作り、清水山の麓に布陣してグダグダとして朽木の援軍には来ようとしなかった。

そもそも朽木が勝つとは思えなかったらしい。

 

そんな時に勝ったが、手負の朽木がいる。

おまけに公方様は自分たちの主である六角の側にいる。

攻めるなら今だと考えたのだろう。

 

ご丁寧に高島六頭全員の花押が押された抗議の文を持って帰らせたことからも戦が始まる前に我らが交渉に応じると考えておるのだろう。

 

まぁ、そう考えるのもわかる。

吾ら朽木は高島郡の米も買い占めて澄酒作りに精を出しすぎた。

おかげで高島郡の米は京にも負けないくらい高騰して飢饉が発生する一歩手前まで追い込んである。

このままなら、一揆か飢え死にしかねない。

 

 

そうでないと、あれ程強気な書面を渡しては来ないだろう。

 

当たればよし、程度に考えてあった策に敵がはまってくれるとは呆れ以上に感謝の念すらも湧いてくる。

 

そう思いながら、振り返って命を下す。

 

「さぁ、時は満ちた!四年前にちーうえを討ち取られた仇を思う存分返そうではないか!」

「「「オー!!!!」」」

 

皆の士気が上がっていると感じる。

 

桑野の戦から二日ほどで次なる戦が始まる。

 

 

■■■■■■■■■■

 

天文二十三年(1554年) 一月下旬  近江高島郡 野尻坂 高島 越中守 頼茂

 

朽木谷に進軍して野尻坂が見えてきた。

前方に朽木の軍勢百五十が布陣しておると報せが入った。

一旦軍勢を止めて諸衆を集めて軍議を行う。

高島六頭の皆が先陣を求めておる。

皆、朽木の富を求めておるのだ。

先陣を務めれば朽木から多くの富と銭を奪えると考えてあるのだろう。

最終的に百ほどの兵なら一斉にかかった方がいいとして儂の軍勢を中心に左右、中央に五百ずつ軍勢を配置して正面からぶつかることとなった。

 

<開戦時の布陣>     

          野尻坂砦

           △

          

          右翼:永田、平井

朽木勢       中央:高島、田中

          左翼:横山、山崎

 

===================

        安雲川

===================

 

 

一刻後に布陣を終えて攻めかかる。

 

「かかれぇ!!」

 

ブォォォォーーーオ、ボォォォーーー

 

オー!!

 

儂の号令で法螺貝が鳴り響き、槍衾が少しずつ朽木の軍勢に近づく。

 

 

ババーン!

 

我らが攻めかかると朽木は鉄砲を撃ちかけてきた。

一瞬で先陣の五十ほどが崩れる。

 

「怯むな!敵の弾込めが終わるまでに敵に突っ込めぇ!」

 

だが、次の瞬間、

 

ズドォーン!

 

耳を劈くような轟音が軍勢の右側から轟いだかと思った一瞬で儂は吹き飛ばされて意識を失った。

 

何が起こった?

 

キーーーーーン

 

 

「殿、殿!」

 

家臣が呼んでいる。

どうやら落馬して倒れてしまったらしい。

 

「な、何が起こった!?」

「か、川向こうから・・・」

 

川向を見ると五十ほどの敵勢が大きな車輪がついた何かを使っているのは分かる。

だが、これによって左翼の軍勢は大きな損害を受けたらしい。

横山の軍勢がすでに逃げようとしておる。

それに巻き込まれて田中の軍勢が中央に逃げ込んできておる。

 

「田中殿!無事か!?」

「儂は無事じゃ!だが、倅が、倅が、」

 

田中殿が何を言いたいのか分かった。

だが、今は戦場である。

考えるのは後でいい。

 

朽木が何を使ったのかは分からぬが、我が軍が混乱しているのは分かる。

 

「くそ!軍勢を立て直す!一度引くぞ!」

 

そう叫んで家臣に担がれて退こうとする。

だが、

 

ズドォーン!

ババーン!

 

今度は退こうとした方角から轟音が響き渡る。

 

「申し上げます!」

 

早馬が駆けてきた。

 

「敵の軍勢二百が背後より奇襲!」

 

背後より攻めてきただと!?

これでは逃げ道などないではないか!

 

ズドォーン!

ババーン!

 

 

前後左右から大きな音をとどろかせて儂が築き上げた高島氏の軍勢が薙ぎ倒されていく。

 

「もはや、これまでか……」

 

泥水と血に染まった木盾の陰で、儂は天を仰いだ。

既に疲弊した敵に襲い掛かったが、完全に敵の罠にはまっていた。

 

「は、ハハハハ・・・・」

 

乾いた笑いが漏れ出た。

 

どこで間違っていた?

なぜ負けた?

 

否、儂はようやく気付いた。

 

初めから計られて、ここに誘い込まれていたのだ

 

そう思ったら、なぜか心が軽くなった。

ああ、もうどうでもいい・・・・

 

ズドォーン!

 

轟いだ大きな音を最後に儂の目の前は真っ白になっていった。

 

 

 




※高島六頭の名前
今回、朽木を弾劾する書状にある下記の名前

横山 三河守 政綱
山崎 兵庫頭 家盛

についてなのですが、諱が判明しておらず、Google Geminiで予測した名前を使用しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

馬々掲示板(作者:ぬこまんま)(オリジナル現代/スポーツ)

いろんな世界にいる競走馬(転生・憑依者)達が駄弁る掲示板▼競走馬(転生・憑依者)達の影響で史実とは異なる道を歩んだ史実馬もいる▼誤字・脱字・文脈が変は仕様▼残酷な描写・オリ主・神様転生・アンチ・ヘイトなどは念の為▼※2021/4/17 ウマ娘編→https://syosetu.org/novel/232772/▼※2026/2/7 新章開始▼以下、軽い設定▼…


総合評価:3139/評価:8.16/連載:164話/更新日時:2026年08月16日(日) 00:00 小説情報

地球連邦軍上層部はいつも多忙です。(作者:はにわはにわ)(原作:機動戦士ガンダム)

宇宙世紀0083年。核攻撃で観艦式が壊滅する中、地球連邦軍最高司令部の苦労人大将は、コロニー落とし阻止のため胃薬片手に奔走する。▼第二章スタートしました。0083年から機動戦士Zガンダム本編開始直前の0087年までを描きます。


総合評価:6298/評価:8.31/連載:24話/更新日時:2026年07月03日(金) 01:00 小説情報

技術試験隊斯ク戦ヘリ(作者:ザクスキー2世)(原作:ガンダム)

もしも第603技術試験隊にニュータイプのパイロットが居たら、テストパイロットたちはもう少しマシな活躍が出来たかもしれないーーと言うお話▼オリ主はニュータイプ能力が高い割に、感受性が強くて残留思念の影響を受けてしまう系女子です。▼原作で死亡するキャラは、そのまま死んだり生き残ったりする予定です。▼基本的にMSIGLOO準拠ですが、一部ジオリジンの設定を持って来…


総合評価:2189/評価:8.89/連載:21話/更新日時:2026年07月27日(月) 11:00 小説情報

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。


総合評価:4601/評価:8.6/連載:59話/更新日時:2026年08月30日(日) 00:00 小説情報

こちら銀河英雄伝説(作者:亀頭十三)(原作:銀河英雄伝説)

ラインハルトが「リョーツナッハのバカはどこだ!」ってなるお話です。


総合評価:7808/評価:8.85/連載:28話/更新日時:2026年08月06日(木) 20:23 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>