天文二十三年(1554年) 一月下旬 近江蒲生郡 観音寺城 細川 藤孝
「なに、勝ったじゃと!?」
「ハ、甲賀者からの確かな報せでございますれば・・・」
公方様や我らだけでなく、報せを届けにきたはずの六角左京太夫殿本人も驚きを隠せずにおられる。
正月明け早々に三好が三千の軍勢で朽木に圧力を加えてきたとき、朽木は戦う姿勢を示し、我らは六角の観音寺城に退避せざるをえなかった。
そんな朽木が"公方様をお守りするために十倍の敵と対峙して勝利した"という一報は大きい。
「見事な武勇よ」
「なんと!朽木には十倍の敵を退けるだけの力があるのか・・・」
「素晴らしいものよ・・・」
皆が口々に朽木の武勇に賞賛の念を送っている。
しかし、そんな中一人だけ異なる見方をしている御人がおられた。
「・・・・それならば、朽木で兵を挙げて京に攻め込めばよかったのだ・・・。それなのに、なぜ隠していたのか・・・」
上野民部大輔殿の一言は暗に
朽木が三好に勝てる力を隠し持っていて、我らを追い出したのではないか?
という疑念を皆に持たせてしまった。
いかぬな、場の空気が悪くなりそうだ。
そう思った儂はゴホンと咳払いして場の空気を整えてから口を開く。
「民部大輔殿、朽木が対峙したのは十倍の軍勢なのだぞ?そのように考えるのは酷というものであろう」
「しかし・・・」
「いや、兵部大輔が正しい。」
民部大輔殿が反論しようとして公方様が遮った。
「竹若丸は此度六つで初陣を果たし、勝ったのじゃ。民部大輔よ竹若丸に、これ以上のことを望むのは欲深いというものであろう。」
「・・・・・ハ、公方様のおっしゃる通りでございます。某の浅慮でございました・・・」
公方様の御言葉を無碍にはできぬ。
不承不承といった様子で民部大輔殿は平伏する。
「それで六角左京太夫よ、報せはこれだけか?」
公方様が問いかけると六角左京太夫殿は少し困った表情になった後、
「恐れながら、朽木の戦には続きがございます。公方様が高島越中に朽木の援軍として出すようにと命じられておりましたな?」
「うむ、だが朽木は勝ったのだから、間に合わなかったのであろう?」
そういえば、公方様が岩神館から逃れた後、清水山城に立ち寄られた際、高島越中に命じられておられたな。
「いえ、高島六頭の軍勢が朽木に援軍に向かった時、突如朽木の軍勢が不意打ちをしてきたのでございます。そのせいで高島の軍勢は壊滅。朽木は高島郡を奪い取りました。」
六角左京太夫殿の一言は皆を震撼させるには十分であった。
「ど、どう言うことじゃ!?余は朽木から逃れるときに竹若丸にも援軍を送ると約しておったのだぞ!?それを攻めとるとは何事か!?」
「まさしくこれこそ謀反でございます!朽木は三好と共謀しておるに違いありませぬ!」
「そうじゃ!」
先ほどまでの武勇を讃えておった皆が掌を返して口々に朽木を罵る。
儂も驚いたが、竹若丸殿のことだ。
そう言おうとしたとき、
「恐れながら!」
儂よりも下座におる朽木長門守殿が声を張り上げる。
その顔には明らかに怒りの表情を浮かべておる。
普段は温厚な方々だと思っておったが、ここまで怒りをあらわにしておるのは珍しいことよ。
下の三人の兄弟も同様に憤懣を顕わにしておる。
「長門守か、朽木竹若丸が予の援軍を討ったことに対してどう弁明するのだ?」
公方様は怒気を顕わにしながら長門守殿に弁明を許す。
「恐れながら、朽木竹若丸殿が公方様の御厚意を無碍にするはずはありませぬ。これは何か裏があるのだと推察いたします」
「裏とは何か!?」
「公方様、お忘れかと思われますが、高島越中は竹若丸殿の父にして我が兄を討ち取ったものでございますぞ」
その瞬間、怒気を顕わにしていた皆が固まり、静まり返る。
見逃すことなく長門守殿は畳みかける。
「父を殺した男に援けてもらうというのは容易に信じられるものではありませぬ!それどころか、これは父の仇を討ったともいえるものでございましょう。」
長門守殿と兄弟が額を床にこすりつけながら話を続ける。
「何卒!、何卒!、事の真偽を明らかにしてから朽木をどうするかお決めくださいますようにお願い申し上げます。」
長門守殿の今までにない剣幕で捲し立てられたことで流石の公方様や上野民部大輔殿も黙り込むしかなかった。
「・・・・・相分かった。ならば兵部大輔よ。朽木に行って事の真偽を調べ上げよ」
「承知!」
公方様からの命に平伏して儂はすぐに事の真相を調べるべく立ち上がった。
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天文二十三年(1554年) 二月上旬 近江蒲生郡 観音寺城 細川 藤孝
「・・・まさか、そんな事情があったとはな・・・」
「はい、某も驚きました」
「・・・・」
上座で公方様が儂が調べた内容を吟味して呆れられた。
横では六角左京太夫太夫殿が顔を蒼白にしておられる。
あの後、高島越中を支配していた六角側からも派遣された蒲生殿とともに朽木に向かった。
そして、この度、公方様からの援軍に対して弓を引いた理由を問いかけた。
竹若丸殿の弁明は一枚の書状を見せたことで一瞬で終わった。
それは高島六頭が朽木の利を奪い取ろうとする下心が明け透けな書状であった。
明らかに非は高島越中にある。
蒲生殿はそれでも言おうとしたが、竹若丸殿が童とは思えない冷たい視線を向けられながら
「まさかとは思われるが、この書状の作成に六角殿が関わっておるのか?」
そう問いかけられて蒲生殿も返す言葉がなく、竹若丸殿の蔑むような冷たい瞳に追い込まれてしまう。
儂が仲介することで「高島郡は朽木の領地になるように取り計らう」旨を伝えて観音寺城に戻らざるを得なかった。
そして、今まで調べた内容を公方様と六角左京太夫殿に報せるに至る。
「・・・それで、左京太夫よ。高島越中の謀略に六角は関わっておらぬのだな?」
「ハ、もし斯様な書状を高島越中が送ろうとしていることを知っていたのなら近江の主として差し止めておったでしょう。決して六角はかかわっておりませぬ」
左京太夫殿が苦渋に塗れたような声を絞り出す。
公方様は左京太夫殿の返答に満足されたのかパチンと扇をたたかれる。
「では、朽木に非はあらず。近江守護として朽木が高島領を有するのに異存はないな?」
「・・・・ハ、異存ございませぬ」
左京太夫殿が平伏する。
これで、六角は公方様の御威光に従うと同時に公方様に従う朽木の力が強くなった。
まさに一石二鳥よ。
朽木も動かせる兵が三百から千ほどに増えることになろう。
三好の脅威となり、少しは公方様の大きな力になってくれるはずじゃ。
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天文二十三年(1554年) 二月上旬 近江蒲生郡 観音寺城 後藤 賢豊
我が主、六角左京太夫様が公方様の御前から下がられて六人衆を集められた。
「あー!!!腸が煮えくり返るわ!!」
部屋に入ると殿と蒲生殿が先に部屋に入っており、蒲生殿が大声で怒りを吐き出そうとし、左京大夫様も唇を噛みしめておられる。
「まぁのぅ、流石に此度は蒲生に任せ過ぎてしまったようじゃ。許せ。」
「ムゥ・・・ハァ、申し訳ございませぬ。少し取り乱してしまいました。」
殿の御言葉で落ち着いたのか蒲生殿も円座の中に座られる。
「さて、此度皆を集めたのは他でもない。三好攻めのことについてじゃ。」
殿の一言に皆が静まり返る。
「皆も知っての通り、公方様が朽木が勝ったことで公方様は三好の力が弱まっておると考えておられる。そんなことはないと思うが、近江守護として朽木を配下に収めておきたい」
成程、殿が我らを集められた目的を理解した。
此度の朽木の一連の動きは近江守護としての六角氏の顔に泥を塗るような行いであると考えておられるのだろう。
だが、高島越中の動きを支持したら更に泥をかぶることになる。
公方様の前では殊勝な姿勢を示したが、内心でははらわたが煮えくり返っておられれたのであろう。
まぁ、それ以外にも朽木を六角の下に置こうとする御考えは悪くない。
事実、真相を究明に向かった蒲生殿と細川殿には帰り際に澄酒、石鹸、朽木で作られた刀や鉄砲など豪勢な贈り物が付届けとして献上されておる。
更に朽木は朝廷とのかかわりも深い。
左京太夫様の官位を上げることで父君の管領代様を超えることも夢ではない。
朽木を潰すよりも六角の下に抑え込むことのほうが利が大きい。
そのためにも、朽木に対して三好よりも力が強いことを示さねばならぬ。
既に数年にわたって他国の大名と調整し、軍略に関して議論を重ねて策は出来上がっておる。
負けぬことはないし、京を公方様に送り届けることはできるであろう。
「恐れながら、朽木は如何されるのですか?三好と三年の不可侵を約した和睦を結んでおりますが、破棄させるので?」
「うむ・・・・」
儂が考えに耽っていた時に蒲生殿が殿に問いかける。
殿も唸って黙り込む。
朽木は公方様をお守りするために十倍の敵に勝利して更に悪辣な同胞の国衆と連戦して勝利したとして武名が高くなっておる。
正直言って邪魔だが、無視するわけにもいかぬ。
ここは儂が殿に意見具申するしかあるまい。
「ならば、朽木の縁者である鯰江備前守を朽木に送り込んで形だけでも参陣するように求めてはいかがでしょう」
「!?但馬守よ、それで朽木が参陣しては意味がなかろう」
儂の一言に殿だけでなく、皆が驚愕し、その中の蒲生殿が反論してくる。
「否、朽木の縁者である備前守を"親族として"送り込むことで、あくまで私的かつ自発的な参陣と自発的な和睦の破棄を促し、六角の武威を見せつけることもできよう。もし、朽木が参陣しなかったときは戦のあとに朽木を三好に通じたものとして煮るなり焼くなりできよう。」
儂が蒲生殿に諭した言葉の意図を察したのか殿がニヤリと笑い、儂も笑い返す。
「成程のぅ、公方様を頭ごなしにせず、穏便な形で朽木を引き込もうとするのじゃな?」
「その通りでございます。そして、あくまで和睦を破棄したのは朽木の独断として六角は関わりございませぬ」
そう、あくまで朽木が自ら考えて三好や公方様ではなく、六角に従う姿勢を示した形にすれば公方様も文句を言う余地は少なくなろう。
更に言えば朽木竹若丸が正月にでも挨拶に来れば我らの勝ちよ。
蒲生殿も含めた皆も納得した表情になっておる。
「よし、備前守に朽木を説得させるように命じよう。後藤但馬守よ、鯰江に対しては其方が差配せよ!」
「承知!」
「朽木以外の三好攻めのことについても此度は多くの策を三好にかけておる。皆、油断せぬように務めを果たせ!」
「「「「「「御意!」」」」」」
皆が平伏して御屋形様の御意に従う。
さぁ、六角のほうが強いことを示す良いときよ!