天文二十三年(1554年) 九月十日 近江高島郡 大俵山 朽木竹若丸
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父上様 参る
あの世におわす父上、御機嫌能く御座候や。
某も息災にこれあり候。
今、父上
何卒(なにとぞ)父上の御無念を晴らさせ給え。
某に勝利を授け給え。
恐々謹言。
九月十日
朽木竹若丸
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そんな文を陣幕の内で書きながら物思いにふける。
吾が名は朽木竹若丸。朽木氏に二歳で当主となる。
そして今年で年は六歳になる。
今年の正月早々に初陣を果たして二度の戦を潜り抜けた。
ちなみに、吾は六つということで鎧や具足は付けずに出陣した。
皆から呆れられているが、勝った以上はとやかく言われていない。
さて、吾は今ちーうえが討死された俵山とその麓に二千の兵とともに布陣している。
そして向こうの石田川をはさんで浅井勢六千が布陣して睨みあって三日が経つ。
その一方で、淡海乃海では水軍衆が展開して浅井の水軍と交戦しているが、焙烙玉を導入した朽木が優勢になるとみている。
初陣をしてから今年で三度目の戦となる。
・・・・・・なぜ、こうなった?
時は少し遡る。
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朽木が三好に勝利した年の五月ごろ、公方様が六角義賢と共に三好打倒の兵を挙げた。
その数一万八千
朽木では出せない大軍勢だが、意外だったのは朝倉の軍勢五千、浅井四千の軍勢をだしてきたことであった。
これで二万七千の大兵力になり、三万を有する三好と拮抗する兵力となった。
なお、朽木は兵を出さなかった。
六角からは鯰江の叔父上が"私的に"来たが、「伯母上は既に実の弟の葬儀の時にも人を出しませんでしたな」と言って黙らせてやった。
だが、公的な六角の使者ではないが無碍にすることはできない。
よって、三好との和睦の都合で朽木は参陣できない代わりに鯰江に鉄砲百丁と弾丸三千発を提供した。
三好との和睦では戦をしないとは言ったが、親族に武器を提供してはならないとは書いていないので問題なかろう。
これで六角は戦のあとに「六角の味方をしなかった」などの難癖をつけて朽木に攻め入ることはなかろう。
三好は朽木との戦いで消耗していたり、朽木が前々から仕掛けていた米の買い占めで混乱していた。
しかし、三好は大胆にも堺から米などの食料を調達して価格を下げると同時に、一揆と米騒動を三か月ほどで沈静した。
吾としては一年ほど混乱するとみていたのだが、堺という"物が集まる巨大な怪物"がどのようなものなのか思い知らされる。
公方様は意気揚々と出陣され、三好の軍勢と六角、朝倉、浅井の連合軍は山科で対峙した。
三好の軍勢は三好筑前守が総大将となって本国寺に布陣。
三好孫四郎長逸、十河一存、松永久秀といった面々が参陣。
六角の軍勢の戦列は先鋒と主力を六角が担い、左京大夫と公方様が布陣。後衛には浅井、左翼は朝倉の軍勢が布陣した。
戦局は拮抗して一時は三好筑前守がいる本国寺に迫るほどの激しい戦いが繰り広げられた。
この時、鯰江に渡した朽木の鉄砲も存分に威力を発揮したらしい。
戦局は拮抗していたが、最終的に六角勢は敗北する。
理由は朝倉と浅井が裏切って背後から襲いかかってきたからだ。
三好の軍勢に総攻めを命じた直後の裏切りで六角は混乱し、脆く崩れ去った。
戦が三好、朝倉、浅井の勝利に終わった後、それぞれで六角の領地を切り取り始めた。
三好は六角が有する大和北部を占領。
朝倉は若狭に攻め入る。内輪もめの真っ最中であった若狭武田はこの事態に対応できないであろう。
浅井は東近江を占領し、観音寺城では浅井久政の嫡男に随伴した近習が蜂起して内側で混乱を引き起こして奪い取る。
公方様と六角左京太夫は一族とともに日野城に逃げ込んだようだ。
浅井は五月の内に三好との境目を確定して九月には高島郡に攻め入った。
恐らくは内々に三好が朝倉と浅井に朽木に攻め入るように頼んだのだろう。手際が良すぎる。
かくして、六角を裏切った浅井が攻め込んできて今に至る。
しかも、朝倉は若狭を奪い取ったら小浜を経由して高島郡に向かうことも考えられる。
ハッキリ言って最悪である。
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「殿、殿!」
五郎衛門の大声で吾は物思いから戻ってくる。
顔を上げると諸将が参集していた。
「皆の衆、役目大義である!」
「ハッ!」
一先ず皆が平伏して吾の命に備える。
此度、動員した兵力の内訳は以下のようになっている。
●朽木本隊:一千五百
騎馬百騎、鉄砲五百丁、大筒十門を中心とした主力。
五郎衛門が副将として指揮を執る。
●宮川隊:五百
宮川新次郎頼忠が指揮を執る部隊。
●三沢隊:五百
朽木の有力一族である三沢家に一万石の所領と直ぐそばにある平井城を与えて編成された部隊。
波爾布神社に布陣して本隊側面を守護。
●留守衆:三百
荒川平九郎に率いられた清水山城を守る軍勢。
●水軍衆:五百
船八十隻。朽木の傘下に入って百貫を与えて軍勢を整備させた。
以上となっている。
浅井とは三倍くらいの兵力差になるであろう。
対して浅井は六千の兵力に若狭を併呑した後に朝倉から援軍が来ると考えられる。
だが、皆が不安を感じていない。
「今年は新年早々に三好と高島六頭が攻めてきて、今度は浅井との戦となる。」
吾の一挙手一投足が見られておる。
相変わらず、この見られ方は慣れない。
「正直言って、今年三度目の戦でうんざりじゃ。勝つ算段は決めているが、油断することないように!」
「ハッ!!」
皆に戦の下知を下した後、吾は俵山にある小さな祠に向かった。
この祠は吾がちーうえのために建てた祠で、その隣には高島越中と傘下の国衆たちの首塚を備えた。
「ちーうえ、どうか吾らに勝利を・・・」
真新しい祠に吾は恭しく文を奉納し、手を合わせる。
その祠を見ながら思う。
これをやって必ず勝てるわけではない。
これは吾の心を満足させるための儀式でしかない。
これをやって我が満足しても戦うのは家臣や兵たちなのだ。
それが分からないといけない。
そう覚悟を決めながら陣に戻り、戦に備える。
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天文二十三年(1554年) 九月十日 近江高島郡 大俵山 朽木竹若丸
ブオォォォォ──ッ!
ブウゥゥゥォォォ──ッ!
うおおおぉぉッ!
早朝、浅井の軍勢から法螺貝が鳴り響いた。
その音が轟いだ瞬間、吾は飛び起きた。
「殿、敵の軍勢が動きましたぞ!」
五郎衛門の一言で目を覚ました吾は直ぐに敵の軍勢を見る。
敵は細長く、既に石田川を大半の軍勢が渡河し終えている。
<布陣図>
●
= = =
=====石田川======
= = ==
●(浅井本陣)
●●
●●
↙●●
↓↓
(土塁)
○ ○
宮川隊 鉄砲隊
弓隊・槍隊
俵山
(朽木本陣)
△(大砲十門)
○三沢隊
⛩
「恐らく、長蛇の陣。縦に細長く展開して必要に応じて横に広がる算段でございましょう」
五郎衛門の指摘に吾は勝つための算段を考えて皆に下知を下す。
「大筒用意!三門ずつ敵に打ち込め!!鉄砲隊は射程に入り次第射撃!」
「ハッ!!」
伝令が駆けていく。
少しして、
ドムッ、ドムッ、ドムォォォン!
ズガァァァァンッ!
浅井の法螺貝と雄叫びに朽木は大筒の轟音で答える。
初っ端から大筒の弾が敵陣の中央に直撃した。
「よし!」
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天文二十三年(1554年) 九月十日 近江高島郡 石田川南側 浅井久政
ズガァァァァンッ!
──ゴ、バァァァンッ!!!
「ギャァァァアッァァァ!!!!」
「て、敵は何を使った!?」
本陣は大混乱となっておる。
敵は我らの半分程度。
更に若狭を獲ったら朝倉の軍勢も到着して簡単に勝てるはずであった。
しかし、朝倉が入ってくれば朽木から得られる利が浅井に入ってくることがなくなるかもしれぬ。
阻止するためにも"浅井が単独で朽木に勝った"という形にするために攻め入ったというのに・・・・
なのに、これはどういうことじゃ?
敵に向かって進軍していると前の山から轟音と煙が吐き出されたかと思うと、我らの軍勢が一瞬で吹き飛ばされていく。
「え、ええぃ!!怯むな!カカレェェェェ!!!」
浅井家当主として、ここで負けるわけにはいかぬ!
儂は轟音に負けないくらい大声で兵を叱咤激励する。
だが、半刻ほどたった時には勝敗は決していた。
決め手となったのは敵の五百ほどの軍勢が横から突入してきたことであった。
混乱していた兵には最早抗するすべがなかった。
次々と早馬から届く軍勢が壊乱した、討ち死にしたという報で諸将が消えていった・・・
軍勢も見る見る内に陣が崩れていく・・・・
ーーー我らの負けじゃ・・・・
「殿」
「喜右衛門、大丈夫か!」
儂のもとに遠藤喜右衛門が近づいてきた。
その姿は見るも無残なもので戦塵に塗れて、額からは血が出ていた。
普段は儂の政に不満を漏らして、儂を苛立たせて負ったが、このような姿では怒ることもできず、労わりの言葉を出すしかない。
「殿、お味方は既に壊乱。先陣、二番陣は既に散り散りとなっております・・・・」
「・・・クソォ!!!」
儂が崩れ落ちて慟哭する。
だが、喜右衛門の眼には、まだ光が宿っていた。
徐に脇差を抜く。
「殿、かくなる上は、その御首を頂戴いたしたく・・・」
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天文二十三年(1554年) 九月十日 近江高島郡 大俵山の麓 朽木竹若丸
浅井が壊乱したことで俵山から麓に本陣を移す。
五郎衛門は前線に向かい、浅井勢を深追いせず、陣列の立て直しを命じて、今の儂のところには近習と二百ほどの兵しかおらぬ状態となっている。
「殿!勝ちましたな!」
梅丸たちは此度初陣ということで吾と同じように具足をつけずに本陣におる。
「皆、油断するな」
浮かれている近習たちを一喝しようとしたとき、
「浅井左兵衛尉の首、討ち取ったりー」
そんな大声が戦場を駆け巡った。
「浅井左兵衛尉の首、討ち取ったりー!御検分願いたい!!」
本陣の前に来たと思われる武者は前方にいるものたちに懇願している。
「殿、浅井左兵衛尉の首を討ち取ったものがお目通りを願っておりまする。如何いたしますか」
大人の小姓が問いかけてくる。
「・・・・検分しよう。連れてまいれ」
「ハッ!」
小姓が首を討ち取った武者とともに戻ってきた。
その瞬間、ゾワァっという感覚が吾を駆け巡った。
この狼のような感覚は・・・・・吾を殺す気か!!
「浅井左兵衛尉の首でございます、御検分「お主、敵だな」・・・・フン!!」
首を持ってきた武者が首を差し出したが、吾はその武者の言葉を遮って問いかける。
その一言に黙り込んだかと思ったら、突如武者が首を投げつけてくる。
咄嗟に陣羽織で首から噴き出る血を防ぐ。
だが、その一瞬で武者が乗りかかって首に刃を突き付けてくる。
「・・・已むをえまい。その首、もらい受ける。・・・グッ!?」
抑え込まれる寸前に吾は脇差を抜いて鎧の隙間から武者の首を刺す。
血が吾の顔に当たるが、気にしない。
「・・・その首、貰い受ける。」
「クソォ・・・」
「あ、おい!」
吾が刺したところは場所が良かったのだろう。
武者は息絶えたが、吾にのしかかって絶命した。
「殿をお守りしろ!」
遅れて気づいた大人の小姓たちが駆けつけて吾を武者の死体に挟まっていた吾を救い出す。
「殿、御無事で!?」
「殿、申し訳ございませぬ。我らが油断しました!」
吾が襲われたという一報が五郎衛門に届いて直ぐに戻ってきたらしい。
「うむ、この通り無事じゃ・・・此度悪いのは首実検を急いだ吾じゃ。其方が悪いのではない。それよりも浅井はどうなった?」
敵に向けられた殺気に震えが止まらなかったが、平静を取り繕い、戦況について問いかける。
五郎衛門はそれを察したのか、これ以上は何も言わなかった。
「・・・浅井の軍勢は既に壊滅して引き上げております」
「石田川で堰き止めていた堰を切り、退こうとする浅井に損害を与えることができました」
「敵の死者は八百、こちらの損害は百ほどでございます!」
五郎衛門と重蔵、又兵衛が吾に戦の損害などを詳細に知らせてくる。
最早、吾らの勝は揺るがない。
「殿、勝鬨を上げましょうぞ!」
左門が調子よく勝鬨を上げるように求める。
皆も疲れておる。
勝鬨を上げて、この戦を終わらせたいと思っているのだろう。
「否」
戦況推移
①朽木勢は俵山、浅井勢は石田川の北側に布陣。
九月十日まで三日ほど睨みあう。
②早朝、浅井勢六千が石田川を渡河して長蛇の陣を展開。平地にいる鉄砲隊、弓隊目掛けて法螺貝を鳴らして攻めかかる。
③朽木勢も土塁に守られながら、鉄砲、弓、槍で応戦する。
④俵山にいる朽木竹若丸は大筒十門を山から打ち込む。
⑤展開する前の兵力が密集しているところに砲弾が直撃して混乱。
⑥半刻が過ぎた時に宮川新次郎の五百が浅井勢の側面をつく。
⑦遠藤直経が浅井久政の本陣に戻って戦況を報告。退くように進言する。
⑧遠藤直経が浅井久政の兜と偽装した首を持って俵山の麓に移動した朽木本陣に忍び込む。
⑨竹若丸が遠藤直経の鋭い一瞥に敵と察知して首を狙われるが、竹若丸の咄嗟の機転で返り討ちに成功。
⑩黒野重蔵が石田川の堰を破壊して川を氾濫させて退く浅井勢に追い打ちをかける。
⑪夕刻、諸将が集まって勝鬨を求めるが・・・・