天文二十四年(1555年):朽木氏の編成
■当主:朽木 竹若丸(七)
朽木氏十六代目当主。
天文二十四年の一年、しかも六歳の童でありながら"弱小国衆"から"北近江の覇者"になった傑物。
更に室町殿を守るために十倍の敵と戦ったことから"日ノ本一の忠臣""童ながら知勇兼備にして無二の忠義者"と京を中心に呼ばれるようになっている。
■後見:朽木 民部少輔 稙綱
先々代の朽木氏十四代目当主。
"避難してきた室町殿を守ってきた”足利の忠臣として基礎を築いた人物”。
ここ最近は孫の竹若丸が覚悟を決めすぎていて、公方様をお守りするために十倍の敵と戦って勝つなど孫が凄すぎて驚愕を隠せていない。
同時に、自分が公方様を朽木に入れたことで、孫に負担をかけすぎているのではないかと心配になっている。
■貫高(経済力)
・年貢収入= 約二万五千貫文(最大でも三万貫未満)
・北近江の港・商業収入=約三千貫〜五千貫文
・澄酒などの朽木産物の収入=年間二万〜三万貫以上
上記の内訳で合計五万貫文から六万五千貫文くらいの収入となっている。
特に石鹸の収入で百姓の収入が増加している。
■城(朽木氏の親族、譜代が常駐している城)
◆塩津浜城(居城)
当主である朽木竹若丸が自ら城主となっているが、日置五郎衛門行近が城代として実務を取り仕切っている。
本隊二千も城下におり、直ぐに行動できるように整えられている。
淡海乃海の最北端に位置する塩津港を有し、古くから北陸と近畿を結ぶ湖上交通の重要拠点。
朽木竹若丸も入城した直後から城の強化を行っている。
対朝倉の最前線拠点も兼ねているため、非戦闘員は清水山城に留め置かれて母と祖父の下にいる。
◆海津西内城
淡海乃海の海津湊を守る平城(水城)。宮川新次郎が城代として後述の兵八百とともに常駐している。
水軍の拠点にもなっている。
◆清水山城
高島郡の一大拠点にして後方拠点。
竹若丸の祖父である朽木稙綱が城主となっている。
急速に勢力を拡張したことから奉行衆の活動拠点を塩津浜城への移設が間に合わないのでここを主要な拠点となっている。
母の綾と女子供の非戦闘員もこちらに居住している。
◆小谷城
旧浅井氏の居城。石垣などもある東近江支配の拠点。
三沢氏が城代となって後述の千二百の兵とともに駐屯している。
◆朽木城/西山城
従来の居城。西山城主の朽木蔵人が城代となっている。
西山城では硝石の製造している。
◆舟木城
高島郡の水運、水軍拠点。
朽木主殿が城主でとなり、林与次左衛門員清が城代を務めるときがある。
硝石生産も行っている。
■政治
◆奉行衆(行政)
・御倉方:荒川平九郎長道
・公事方:守山弥兵衛重義
・農方方:長沼新三郎行春
・殖産方:宮川重三郎道継
朽木氏の官僚集団。
一年で急速に勢力を拡張したことで大忙しとなっている。
当主である竹若丸が提案を行い、祖父である稙綱が後見、事務を担う体制となっている。
竹若丸が産物や兵器を開発したことで専売所が開設される。
澄酒がどれくらいの価値を持つか未知数だったため、一部は競りによる販売が行われて年貢よりも高い収益性を持つ。
塩津浜城は最前線に近いことから、主に清水山城を拠点が集まっている。
◆評定衆(立法・司法)
・親族:朽木 民部少輔 稙綱
・親族:朽木 蔵人 惟綱
・譜代:日置 五郎衛門 行近
・譜代:宮川 新次郎 頼忠
・外様:井口 越前守 経親
・外様:雨森 弥兵衛 清貞(二年の任期)
・外様:阿閉 淡路守 貞征(二年の任期)
竹若丸が恣意的に法律を施行、改定したりしないようにする組織。
基本的に政策方針や家臣間の紛争など話し合う。
外様の評定衆は他の国衆の取次も担う。
■軍事
朽木の軍制も北近江の主になったことと、外様の国衆を入れたことで大きく変更が加えられた。
総兵力は常備、予備、水兵を含めた七千五百。
◆副将:日置五郎衛門行近
朽木の譜代筆頭。父 晴綱のときから朽木の副将として軍勢の指揮を執っていた。
◆朽木本隊:四千
鉄砲千丁、大筒十二門、騎馬三百を有する主力部隊。
その中には独立部隊として動ける、宮川新次郎の部隊(海津西内城/八百)、三沢隊(小谷城/千二百)がいる。
◆水軍:七百
林与次左衛門員清が朽木水軍の棟梁となって大小の船五十隻を率いている。
高島越中から朽木氏に従ったことで戦力が強化され、焙烙玉の導入を行うことで淡海乃海全域で強力な戦力となっている。
◆国衆:二千
浅井郡を中心に散らばっている国衆が率いており、二千の兵を提供することができる。
兵は百姓から出すのではなく、足軽を雇い入れる方針を取る。
戦時においては井口越前守(保有兵力:百五十)がまとめ役として指揮を執る。
◆予備兵:八百
一領具足(半工藩士)
普段は朽木家が運営する工場や運送業の護衛で従事し、戦時には後方防衛や兵站、偵察を担う。基本装備は鉄砲(種子島・弾:60発)、太刀となっている。
現在は急速に勢力を拡張したことで募兵体制が追いついておらず、清水山城を中心に展開しているが、いずれは浅井郡などでも募兵を行う予定。