天文二十四年(1555年) 一月下旬 近江浅井郡 清水山城 朽木 綾
「この櫓台から見る風景は見事の一言に尽きる・・・。雪に覆われて神々しい限りじゃ。この光景を独り占めできるとは民部少輔殿は良き孫に恵まれましたのぅ」
「もったいなきお言葉でございます」
「綾も良き子を産んだ。泉下で宮内少輔殿も喜ばれているであろう」
「・・・まぁ、もったいなきお言葉でございます。父上、」
新年早々、京から父 飛鳥井雅綱が訪れた。
竹若丸は塩津浜にいるので、私と義父で応対している。
夫は泉下で喜んでいるのだろうか・・・
喜んでいると思う。もしくは、私と同じように心配しているかもしれない。
昨年で朽木は大きくなった。
三好、高島越中、浅井に勝った。
夫も高島越中との戦で亡くなった。つまり仇を討てたのだ。
それを幼い息子が成し遂げた。
これほどうれしいことはないだろう。
だが、息子が無理をしていないか心配になってしまう。
朽木は去年だけで北近江の小領主から北近江全域を支配下に置く大名に急速に成長したのだ。
そして、十一月に朽木は内々に戦を終わらせる和睦を求めて、朝廷は和睦の仲介を行った。
暫くの間、畿内は平穏になるだろうと義父と息子は見ている。
「父上、此度は何の御用で朽木に来られたのですか?」
櫓台から本丸の大広間に移り、熱い茶をすすりながら、私は問いかけた。
普段は当主になっている兄の飛鳥井雅教が来ている。
実際、何度か献金を行った際には兄が朽木谷に礼を言いに来ている。
だが、此度は父が自ら出向いた。
京で何かあったのだろうか。
「ウム、実はのぅ・・・竹若丸殿とともにに上洛してほしいのじゃ」
「「上洛!?」」
私と義父は驚きのあまり、想わず上ずった声が出てしまった。
「・・・申し訳ありませぬ、取り乱しました・・・しかし、なぜ?」
「いや、其方が驚くのは無理はない。順を追って話そう」
話は去年の進物を三好が強奪した上に、大原に三千の兵を出した上に朽木に戦を仕掛けたことをひどくお怒りになられたらしい。
だが、朽木が勝ったことで朽木の名声は高まっており、帝を含めた公家たちの間でも感嘆している者がいるらしい。
また、朽木は官位や見返りを求めることなく、毎年少なくない献金をしてくる。
私が朝廷について案じており、朽木で余った銭を献金しないかと言ったのは事実だが、まさかここまでの事態になるとは思わなかった・・・
だが、献金されて何もしないままでは、朝廷の面目が立たない。
帝は竹若丸に何か礼ができないかと公家の方々に聞かれた。
公家の方々が出した案は"童殿上"、"桐紋の使用を許す"などが出た。
しかし、
"武家であること"
"足利や三好の面目を潰してしまいかねない。"
"献金された恩はあるが、一大名に肩入れしすぎてしまうのはよろしくない。"
ということで行き詰ってしまった。
そこで代わりに東宮のもとにいる"目々典侍の体調が優れず、見舞いのために姉が見舞いに行きたいとのことで、無位無官ではあるが内裏に入ることを許す"ことで内裏に竹若丸を呼び寄せて、
"帝自身が竹若丸に公的な場ではなく、私的な場で会って礼を言いたい”と言っている。
「既に公方が参内した時に内々にではあるが打診しておる。直に公方から使いが来るじゃろう・・・どうじゃ?」
私と義父は顔を見あわせた。
どうしたらいいのか・・・
「・・・一先ず、この件は竹若丸に伝えておきまする。」
言葉が出ない私に代わって、義父が竹若丸に伝える旨を言上したことでひとまず落ち着いた。
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天文二十四年(1555年) 一月下旬 近江浅井郡 塩津浜城 朽木 稙綱
「っというわけで、朽木竹若丸は四月頃に上洛することと相成る。」
新年早々の評定で儂は竹若丸を膝にのせて皆の前で発表する。
評定衆の皆がざわつく。
飛鳥井大納言様との会見が終わった後、儂は直ぐに塩津浜城におる竹若丸のもとに向かい、上洛すべきかどうか問いかけたら、あっさりと受けた。
「・・・・恐れながら、上洛は時期尚早ではございませぬか?」
「左様、今は内を固めるべきかと」
弟の蔵人と五郎衛門が評定衆を代表して竹若丸に問いかける。
「うむ、実はな・・・此度の上洛で三好と正式な和睦を結ぼうと考えておる」
「「「「「「「!?」」」」」」」
評定衆の皆が驚いておる。
「既に昨年、三好とは三年間互いに侵さないという条件で和睦した。
あの時は高島越中の脅威に警戒しなければならなかったから仕方なかったが、図らずも朽木は一年で大きくなった。」
孫の言葉にウンウンと親族、譜代、外様問わず頷く。
「そして、この和睦が終わると考えられるのは三好と朝倉が手を組んで攻め込んでくる可能性じゃ。」
「・・・・」
「それ故に、一刻も早く三好にも利がある和睦を作ることで三好と朝倉の挟撃を防がねばならぬ。」
続けた一言で皆が静まり返る。
それはあり得るからだ。
六角のように背後を突かれてはたまらないと考えるだろう。
皆が納得したところで、次は儂が実務については命を下さねばならぬ。
そして、以下の如く決まった。
・宮川新次郎と荒川平九郎には上洛の手配や三好との和睦について調整を命じた。
以前、進物を強奪されたときに新次郎が使者となった。
上手くやってくれるじゃろう。
・留守の間、軍勢を指揮するのは副将の日置五郎衛門を任じた。
同時に竹若丸は戻り次第、若狭に向かえるように備えておくようにも命じた。
これは公方様から若狭の鎮定を命じられると考えておるのじゃろう。
もしくは、竹若丸が進んで公方様に頼むかもしれぬ。
小浜が安定すれば、組屋の商いにも良い影響を与え、朽木が今まで以上に栄えると考えておるのじゃろう・・・
「フゥ・・・・・」
今年も忙しくなりそうじゃな・・・
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天文二十四年(1555年) 三月下旬 摂津国島上郡原村 芥川山城 三好 修理太夫 長慶
「殿、三好筑前守でございまする」
「ウム、大叔父上、近う寄れ」
「ハッ!」
吾が大叔父、三好 日向守 長逸が部屋に入ってきた。
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昨年、正月早々に大叔父上が朽木と戦と相成り、三百の兵に敗れた。
本来なら、朽木を三好の下に置こうと画策し、三千の兵で圧力をかけた。
狙いは朽木から公方様を追い出すことで、上手くいかないときは公方様に朽木への疑念を撒き散らすように命じた。
だが、大叔父上は儂の命に反して三千の兵を朽木に動かして戦と相成り、敗北した。
負かしたのは朽木竹若丸。
僅か六の童である。
しかも、戦の前から山城国から米を買い占めて我らが大軍を派遣しようとすると一揆が起きるように計算しつくしておった。
結局、向こうが提示した"三年の不可侵"で和睦を結んだ。
落ち着いたころに大叔父上から朽木竹若丸の為人と、なぜ戦を始めたのか話し合いの顛末を聞いた。
大叔父上が提示した若狭一国を譲るという提案に対して、"細川右京太夫に三好筑前守の首を差し出せ"と返してきたらしい。
成程、それは腸が煮えくり返る。
父の仇に従ったが、その後に反旗を翻して勝利した。
あの時の快感は忘れられぬわ・・・・
そして、公方様を追い出して若狭一国を与えるという儂らの提案を朽木の童は蹴って宣言した。
"仁義を欠いちゃあ、この乱世で生き残ることはできねぇんだと"
この乱世で義を報じるとは愚かなのか、もしくは足利に盲従しておるのか・・・・
まぁ、どちらにしても足利に忠義を尽くすなら、終わりは碌なものではなかろうよ・・・
結局、
退けば"三好は一国衆におびえて逃げ出した臆病者"か、
勝てば"朽木を滅ぼし、天下安寧を乱す敵"
のどちらかを選ばなければならなかった大叔父上はは三千の率いて朽木に攻め入り、そして三百の朽木に敗れた。
しかし、その後の六角との戦で儂を守るなど奮戦したことで皆の信頼を取り戻し、長老の地位を維持しておる。
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「殿、お呼びで?」
「ウム、実はのぅ、朝廷と公方様より"朽木を上洛させる"という通達があった。」
「朽木が?」
"朽木"という言葉に大叔父上の顔は歪んだ。
まぁ、六角と戦って三好家中の信認を取り戻したとはいえ、負けたことは苦い思い出であろう。
「そうじゃ、その朽木の童より先程文が参った。内容は儂に会って、和睦の延長と利のある提案をしたいらしい」
「?和睦の延長はわかりますが、利のある提案でございますか?いささか、虫が良すぎるのでは?」
大叔父上が困惑しておられる。
「そうじゃ、今結んでいる和睦の中にいくつか条項を追加したいらしい。読んでみられよ」
「・・・ハッ!」
差し出した朽木の文を読んだ大叔父上が困惑しておられる。
「・・・いささか虫が良すぎるのでは?」
「だが、利があるのは事実じゃ。」
もう一度大叔父上が問いかけてくる。その声には困惑があった。
儂も文を読んだときはそう思った。
だが、深く考えると納得できる小僧の真意は北近江の安定であろう。
何より、小僧は今年で七つと幼い。
それなら、儂らに和睦を確実に履行するさせるために多少の譲歩を考えたのじゃろう。
甘いのぅ、直に攻め入るよりも手練手管で朽木を弱らせることもできよう。
だが、悪くない取引とみておる。
「大叔父上、儂は朽木の提案に乗ろうと考えておる」
「殿!?」
「ついては、上洛の際に公方様の御前で和睦を調印するゆえ、細かい条項を朽木と詰めてほしい。」
「誠によろしいので?」
大叔父上が問いかけてくる。
「よい、この和睦を結べば、三好も強くなる」
だが、儂の考えは変わらぬ。
そして、此度は洛中で朽木竹若丸と会うことになる。
小僧を如何ほどの者か見極める必要がある。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 山城国愛宕郡 京 本能寺 朽木 竹若丸
新次郎が三月ごろまでに三好と仔細を詰めて準備を整え、桜が芽吹いたころに吾はお爺、はーうえと条件として制限された五百の兵を率いて上洛した。
塩津浜らか朽木で一日はちーうえの菩提に手を合わせるために一泊した後、大原を経由して五日の旅程で京に到着した。
お爺とはーうえは宿所は飛鳥井邸を使い、吾は兵とともに本能寺に入った。
これは吾の命を狙う輩が出るかもしれぬという重蔵の献策で吾だけは兵に護られた場所を宿所とした。
正直言って、戦でもないのにはーうえやお爺と離れるのはつらい・・・・
「なぁ、新次郎、物々しいのでは?」
「これでも、最低限の守りでございます。京は治安が悪うございます。何卒、御自重を」
今は新次郎を筆頭に又兵衛と平九郎が傍に侍っている。
「では、明日から四日間にわたる京での日程をお伝えいたします。」
新次郎は一枚の書面を吾の前に出す。
・一日目 室町第へ出仕、進物上納
・二日目 綾様、御隠居様とともに内裏におられる
・三日目 本国寺で三好修理太夫と会談。和睦について最終合意。
・四日目 室町第に出仕し、公方様の御前で調印し、そのまま帰国の挨拶。
夜は飛鳥井邸で宴。
・五日目 朽木へ出立。
「宮川殿と儂で三好との和睦の内容を纏めて、四日目までには三好筑前守と殿が会談するときには調印できるようにしておきまする。」
「ウム、吾が出した条件であるなら、問題ない」
上洛する前に平九郎や評定衆と和睦内容を纏め、既に三好方に渡している。
あとは委細をまとめて調印するだけじゃ。
「あと、平九郎、急ぎで頼みたいことがある」
「・・・ハッ、何なりと」
平九郎にあることを命じて吾は自室として宛がわれた部屋に戻った。