天文二十四年(1555年) 四月下旬 山城国愛宕郡 京 本能寺 朽木 竹若丸
京に入って一番に思ったことは荒れ果てているの一言に尽きた。
途中、飛鳥井邸の門前にお爺とはーうえを置いて行ったときに内裏を見る機会があったが、酷いものだった。
塀は崩れ落ち、野盗がいつでも入れるようになっているなど幼子でも分かるほど荒れている。
「これが京の都か・・・・・」
公方様が帰ることを望んでいた京・・・・
はーうえが生まれ育った都・・・・
飛鳥井のじーさまに"京とはどんなところか"と聞いたとき、
"華やかで蹴鞠や和歌の聖地にして、帝がおられる神聖な場所じゃ"と言っていたな・・・・
「いや、荒れ過ぎていない!?」
心で思っていたけど、今度は叫んでしまった。
今まで考えていた京への憧憬が消えるほど荒れ果てていた。
公家の方々の邸宅と言われても、屋根には穴が開いて、草が生い茂っているものも多く、酷い邸宅は門が崩れているものある。
唯一、飛鳥井の邸宅は壊れておらず、綺麗な邸宅となっている。これは朽木の仕送りで修繕したりしているようじゃ。
それだけじゃない。
庶民も家がないものが多いらしく、野盗が跋扈している。
此度は朽木の軍勢が三百で入ったことで手出ししてこなかったが、今後の進物を運ぶ荷車の護衛は五十から二百くらいに増やすべきか・・・・
「殿、」
「新次郎か、入れ」
部屋の外から新次郎が声をかけてきたので入るように促す。
いよいよ刻限か・・・・
「殿、刻限でございます。ご支度を」
「相分かった。」
小姓たちが吾に装束を着せてくる。
本日は相国寺に赴いて公方様に拝謁する日じゃ。
上洛した以上は公方様に挨拶することを忘れてはならぬ。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 山城国愛宕郡 京 相国寺 細川藤孝
「そろそろか、楽しみよの」
公方様が上機嫌で呟かれると皆が頷いた。
もうすぐ朽木竹若丸と民部少輔殿が上洛の挨拶に参上する。
「公方様、朽木竹若丸殿と朽木民部少輔がお見えになられました。」
「ウム、通せ!」
朽木の上洛に公方様は殊の外お喜びになられておる。
だが、正直言って、此度の上洛に対して奉公衆から賛否両論が出ている。
正月に『ある話』が公方様から齎された時、
奉公衆では
"明確に反対"が五割、
"幼すぎるので時期尚早"が四割、
"公方様の御意に従う"が一割
と割れた。
だが、そんな我らの意見や雰囲気を気にすることなく、公方様は「これは母上が出してきた話じゃ。余も良い考えであると思う」と言い出して、話を勝手に進められておる。
公方様の御意見には"御若いので見識が不足しておられる"と言えるが、慶寿院様には逆らえぬ。
皆の考えが割れた中で渦中の竹若丸殿は何も知らぬまま、上洛してきた。
今の公方様の周りは、竹若丸殿にとって良い場ではなかろうな・・・・
「フゥ・・・・」
そんなことを考えていたら、
「失礼仕ります」
直垂を着用された朽木竹若丸殿が入ってこられた。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 山城国愛宕郡 京 相国寺 朽木竹若丸
公方様の御前に配した時、上段の公方様以外は尋常でないほどのドス黒いものがこびりついている。
正直言って、さっさと終わらせて帰りたい。
そんな考えを一切出すことなく、吾は公方様の頭を下げて、挨拶の口上を述べる。
「畏れ多くも公方様の御前に拝謁し奉り、
「朽木が当主、竹若丸にございます。此度、御内書を賜りて江北より罷り越し、御前にて拝謁の栄を
昨年の戦についてから始まる。
「先般、三好長逸なる者が我が朽木に対し、公方様を京都より追放せよ、さもなくば朽木を攻め滅ぼすべしと、不届き極まる脅迫せり候。」
「然れども、我が朽木は代々公方様の御盾。如何(いか)に三好が大軍を誇るとも、その不義不忠の要求、此の竹若丸、断固として拒絶の鉄槌を下し候。」
「これを以て三好は逆上し、我が領内へと侵攻仕り候えども、我が朽木の武威を以てこれを木っ端微塵に討ち果たし候。」
公方様の御側近の方々の真っ黒い霧、赤い物が霧が薄れていく。
三好に勝ったという自負があるようじゃ。
冗談ではない。
公方様の御為に戦をしたが、何故側近の方々が"我が手柄"と言わんばかりの顔をしているのか。
「さらに、その混乱に乗じて我が朽木の富を強奪せんと牙を剥きし、高島越中、並びに浅井備前守の凶徒らをも一戦のうちに
「未だ
北近江を朽木が制した話に入った途端、公方様ご自身だけでなく、側近の方々も驚かれておられる。
これは吾の決意。
"七つの童であっても、北近江を奪い取った以上は朽木が治めるので安心されてほしい"ということだ。
そして、公方様が朽木の領地を"勝手に動かそうとしないでほしい"という意味も込められている。
「此の竹若丸、命に代えても北近江の地を固守し、公方様の御盾として
「何卒、此の江北の現況を拝察せられ、行く末永く朽木の差配をお見届け下さるべく候。」
吾がそう言い放ち、ぴたりと口上を終えると、謁見の間は凍りついたような静寂に包まれた。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 山城国愛宕郡 京 相国寺 細川藤孝
(……実に見事な口上。いや、恐るべき
朽木竹若丸殿が放った言葉の「隙のなさ」を正確に看破していた。
三好長逸の脅迫を真っ向から撥ね退けたという絶対的な大義。
富を狙ってきた高島と浅井を、「ついでに滅ぼした」という圧倒的な既成事実。
これでは、隣で手ぐすね引いている進士殿らが、どれほど嫉妬を燃やそうとも口を挟む余地など一切残されていない。
「……く、公方様」
案の定、我に返った進士が、悔しさに顔を歪めながら強引に口を開こうとした。
戦いには指一本触れず、朽木が手に入れた北近江の豊かな利権や銭を、幕府の権威を使ってそのまま横取りしようという、浅ましい魂胆が透けて見えている。
(愚か者が。此度の江北の
平伏している竹若丸の奥底から立ち上る、理理たる大義名分と、いざとなれば公方様を脅かす逆臣どもをいつでも排せる不退転の覚悟が滲み出ていた。
進士が余計な言葉を発して破滅を招く前に、藤孝は美しい所作で一歩前へと進み出た。
「――実に見事。これほど明白なる理はございませぬな、公方様」
進士の言葉を鮮やかに遮り、上段の足利義輝へと声をかける。
進士が「細川殿、何を勝手に……!」と顔を真っ赤にして睨みつけてくるが、儂は一瞥もくれず、冷徹な正論の追撃を放った。
「公方様。朽木殿の仰る通り、統治に年齢は関係ございませぬ。三好の要求を『大義にあらず』と一蹴し、浅井・高島を誅滅して江北を平定せしめたのは、他ならぬ朽木の圧倒的な武威と財力。これを『幼少だから』と幕府が
「ぐ、ぬう……!」
進士殿らはぐうの音も出ず、拳を握りしめて震えるしかなかった。
その一瞬の隙を見逃すことなく、畳みかける。
「さらに付け加えるならば、朽木殿は此度の江北平定の直後、すでに南近江の六角左京大夫殿の元へ速やかに使者を送り、裏切った浅井左兵衛尉を引き渡し、筋の通った挨拶を済ませておられまする。」
そう、これが肝である。
朽木は浅井左兵衛尉を捕らえると直ぐに六角の引き渡しの命に応じた。
これによって、六角は浅井、朝倉に裏切られ、敗北しながらも辛うじて威信を回復できたのだ。
竹若丸殿は真っすぐと儂を見てくる。
"公方様と御家臣に誠に忠義を尽くすに足るか"を見定めようとしておる。
その視線を受けながら、迷うことなく、皆に問いかける。
「その上、朽木殿は此度の上洛にあたり、不肖の身を労うとして、公方様には『百貫』、更に進士殿や上野殿をはじめとする主要な奉公衆へ、すでに『一人五十貫』もの過分なる進物を行き渡らせておられまする。」
藤孝の完璧な追撃に、謁見の間は完全に静まり返った。
進士や上野をはじめ、先ほどまで利権を奪おうと息巻いていた主要な幕臣たちの顔が、一瞬にして青から赤へと染まる。
そう、彼らの懐には、すでに竹若丸からの「五十貫」という、一国の大名でも早々出せない巨額の献金が、完璧な名目でねじ込まれていたのだ。
「これほどの忠義と、幕府の中枢を支える者たちへの深い配慮。大局を突き、礼節をも尽くしたこれ以上ない見事な仕置を、我ら幕臣の誰が難詰できようか。むしろ、その配慮をしかと受け取りながら難癖をつける不届き者など、この謁見の間にはおらぬはず」
最早、朽木に完全な大名としての地位を与え、その巨大な武力と富を幕府の味方に繋ぎ止めておくこと。
それこそが足利の天下を守る唯一の策なのだ。
上段の座にいた公方様は、竹若丸殿の隙のない覚悟と、藤孝の放った鮮やかな正論に、深く深く感嘆の吐息をもらした。
「……うむ。実に見事である。竹若丸、その方の口上、あるいは兵部大輔の申すところ、一分の理もないところなし。進士、これ以上の容喙は断じて許さぬぞ」
公方様は満足げに頷くと、謁見の間に響き渡る厳かな声で、竹若丸殿に最高の「お墨付き」を言い渡した。
「竹若丸よ。その方が実力で切り従え、静謐へと導いた北近江の地、名実ともにその方に委ねる。此度、朽木家を『
「――身に余る冥加、恐悦至極に存じ上げ奉ります」
完璧な作法で一礼し、流れるような速度で退出していく竹若丸殿。
その姿を見送りながら、公方様は不敵な笑みを浮かべ、皆に向かって宣言される。
「これほどの武家の鑑、他におらぬ。……なれば皆の衆。余は、『あの話』を本気で進めようと思うておる」
その御言葉に皆は何も言えなくなった。
『あの話』
あるものは反対、時期尚早と言っていた者たちも先程の朽木殿の振る舞いに感嘆して何も言えぬ。
既に容易に反対することは許されぬ。
「ハッ!公方様の御意のままに!」
儂が率先して平伏したことで、反対していた進士、上野殿も皆の後に続いて平伏する。
(なるほど……。