天文二十四年(1555年) 四月下旬 山城国愛宕郡 京 飛鳥井邸 朽木 竹若丸
上洛して最後の夜。
飛鳥井邸では酒がふるまわれてささやかな宴が開かれている。
宴には飛鳥井の招待で近衛、勸修寺を中心に十人ほどが招かれて澄酒を飲んでいる。
吾も御爺やはーうえと共に公家の方々と挨拶してから食事に入る。
「ねぇねぇ、にーさま!」
「何でしょうか、春齢女王様?」
今、春齢女王様が吾の肩に寄り添ってくる。
「いい夜ね・・・」
その顔にはわずかな寂しさが浮かんでいる。
まぁ、数年が経てば、春齢女王様を寺に入れなければならぬという話を聞いた。
尼寺入りを阻止するために内親王宣下をさせる必要があるらしい。
じーさまと叔父上がコッソリと吾に言ってきたことだ。
来年の献金の見返りとして要求しよう。
今まで多額の献金をしてきたのだ。
これくらいは許されるであろう・・・
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さて、朝倉攻めの考えを纏めよう。
朝倉攻めの肝は、宗滴が死んでからになるだろう。
既に足腰も弱って輿を使って戦をしている有様なら、宗滴は長くない。
宗滴の後を継げるような実力を持った者の話は聞いたことがない。
重蔵にも調べさせたが、そのような器はいなかった。
死の直後に一向一揆が攻め込むはずじゃ。
老将を失った朝倉は持たぬ。
そこを朽木が塩津浜から一挙に攻め込み、木之芽峠に砦を築いて朝倉と分断する。
後は朝倉が干上がるのを待つだけである。
それに六角は今、北伊勢を守るために北畠の侵攻に備えている。
北近江に攻め込むことはなかろう・・・
やるなら、宗滴死後!
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「殿・・・」
考えを纏めていると新次郎が近づいてきた。
「新次郎、如何した。」
「ハッ、重蔵殿がお見えでござる」
重蔵が?
何かあったのだろうか。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 山城国愛宕郡 京 飛鳥井邸 朽木 竹若丸
新次郎と平九郎が案内した場所は、飛鳥井邸の端であった。
そこには重蔵が畏まっていた。
「重蔵、如何した」
「殿、・・・その前に・・・」
「此方の方のことは気にするな。話を続けよ」
「ハッ!」
なお、春齢女王様だけは何故か背中から離れずについて来てしまった。
歩いている間も離れなかったので、おんぶして歩く羽目になった。
もう気にするな。
「火急の御用件でございます。殿、朝倉勢が動き出しました。」
「そうか、加賀の一向一揆を攻めるのか・・・」
「いえ、塩津浜に向けて進軍を開始しました。」
「・・・・・は?今何と言った?」
春齢女王様がいる中で、つい間抜けな声を出してしまった。
眠くなっていた春齢女王様がビックリされている。
「ーーー出し抜かれたぞ!」
大声を出してしまったことで春齢女王様がおびえている。
だが、今はそれ以上にとんでもないことになった。
「新次郎、平九郎!」
「「ハッ!」」
「出陣じゃ!陣太鼓!」
ドンドンドン
屋敷の周囲を警戒させていた兵に新次郎が合図を送ると、陣太鼓が鳴り響く。
宴にいる公家の方々を驚かせてしまうが、仕方がない。
「御爺とはーうえには明日中に京から離れて朽木谷に入るように伝えよ!後のことは平九郎!任せる!」
「ハッ!」
「新次郎は吾と共に来い!北近江に戻って軍勢を指揮する!」
「承知!」
言い終えると吾は春齢女王様に向き直り手を取る。
「春齢女王様、火急の用ができましたので、急ぎ出立します!」
「わ、分かったわ・・・」
春齢女王様がコクコクと頷く。
その姿を見て、吾はニッコリと笑いかける。
「・・・春齢女王様、今年の献上品を楽しみにしていてください」
「?」
春齢女王様が首をかしげて吾を不思議そうに見た。
その姿を確認してから吾は春齢女王様との手を放して振り向く。
「出陣じゃ!急げ!」
吾は着ていた童水干を脱ぎ捨てて、童用に雫が考案した軽い鎧を着用して馬に飛び乗って出立する.
既に新次郎は飛び乗って出陣している。
吾も急がねば!
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天文二十宛年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 木之本 朝倉 宗滴
儂は今、敦賀から南下して木之本に布陣した。
そして、西の賤ヶ岳、南の寺に朽木の軍勢と対峙している。
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事の発端は昨年の六角と三好の戦に参加して、朝倉と浅井が裏切ったことに始まる。
当初から儂は、六角と公方様を裏切って三好に与するのは良くないと殿を諫めて止めることができた。
だが、儂が風邪をひいて寝込んでいる間に、朝倉は浅井と共に六角と公方様を裏切ってしまった。
朝倉は若狭を、浅井は近江を手に入れることができるはずであった。
だが、ただ一人、その流れを止めた童がおる。
朽木竹若丸
僅か二歳で朽木氏の家督を継ぎ、昨年には公方様をお守りするために十倍の敵と戦った若き将。
更には父の仇を討ち取って高島郡を手入れ、勢力を拡大した。
朝倉は若狭、浅井は朽木に攻め込んだが、朽木の反撃と猛追で浅井は滅亡。
儂が病を治して復帰した時には、朝倉は若狭を獲ることもできずに天下に"公方様を裏切った不忠者"の烙印を押されていた。
最終的に朝廷の仲介で我らは朽木、若狭武田と和睦したが、北近江の朽木が問題であった。
北近江では朽木が短い期間で勢力を拡大し、我が所領である敦賀郡へ攻め入ることも視野に入れ始めておる。
それに朽木の領地は澄酒、綿花、石鹸などの産物が豊富である。
敦賀の湊で独自の商いを行えば、儂以上の富を築くことができよう。
商人たちも、朽木が敦賀を奪うことを期待していると感じてしまう。
儂が生きている間は問題なかろうが、死んだときには朽木は遠慮せずに攻め込んでこよう。
敦賀の湊を失うことは朝倉が滅びることと同義である以上、儂は朽木との和睦を破棄して朽木に攻め込む決意を固めた。
今なら、朽木の童は上洛して油断しておる。
やるなら今しかない
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「宗滴殿、布陣が完了いたしました。」
大野郡司である朝倉景鏡が報せてくる。
此度は儂の傘下として戦うことを面白く感じておらぬようじゃ。
何より、養子にして次の敦賀郡司になる予定の朝倉景紀とは不仲にしか見えない。
儂が死んだら、景鏡殿と景紀が左衛門督様を盛り立てていかねばらぬというのに、頼りないことよ・・・
そのためにも、此度、朽木に勝つことで朝倉を豊かにし、安寧を確保せねば。
さて、朽木の童が帰ってくるまでに勝たねばならぬ。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 向源寺 日置 五郎衛門 行近
儂は今、武者震いに震えておる。
此度の相手は憎き高島越中でも、浅井ではない。
朝倉の老将・朝倉宗滴
儂と同じ年代の者なら、その名を知らぬ者はおらぬだろう。
一万の兵で三十万の一向一揆に勝った武勇を持ち、我ら同じ年代であこがれの的になった軍神である。
その豪傑と儂は今、対峙しておる。
「日置殿、布陣が整いましたぞ」
国衆を纏める井口越前守殿が話しかけてくる。
至急集めた国衆の兵力は、八百ほどの兵となっている。
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朝倉が攻め込んでくるという重蔵殿からの報せに、儂は直ぐに対応した。
初めに、朽木の本隊千七百を七百と千の二つに分けた。七百の兵を倅の左門に任せて賤ヶ岳に布陣させ、残る千の兵は儂自らが指揮して南下。
三沢隊(千二百)、国衆(八百)が合流して三千の兵で向源寺に布陣した。
更に新川新次郎の代理で倅の又兵衛に命じ、八百の兵を塩津浜城に籠城させた。
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先程、朝倉が攻め入ったことを知らせてくれた重蔵殿から、殿が京から大急ぎで戻ってくると知らされた。
殿が戻ってくるまで、朽木の領国を守り抜く!
<戦力一覧表>
◆朝倉勢:一万
・朝倉義景:三千
総大将として敦賀に着陣。
・朝倉宗滴:三千五百
木之本に布陣して朽木主力と対峙。敵主力の撃滅を目標にする。
・朝倉景鏡:二千
朝倉宗滴と共に木之本に着陣。賤ヶ岳への攻撃を計画。
・朝倉景紀:一千五百
塩津浜へ向けて進軍中。
◆朽木勢:五千六百
・朽木竹若丸・新川新次郎:三百
塩津浜へ向けて帰還中。その間にも兵力を集める。
・日置五郎衛門:三千
国衆の兵、三沢の兵と合流した主力部隊。
・日置左門:七百
大筒五門と共に賤ケ岳に布陣。
・新川又兵衛:八百
父の新次郎の代理で指揮。塩津浜城に着陣。
・清水山城の予備兵:八百
召集中。竹若丸の軍勢に合流予定。