→カトル・ブラの戦い
前話の同時刻の別動隊同士の戦いになります。
天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 大川沿い 朝倉 景紀
卯の刻(午前5時〜午前7時頃)
儂は千五百の軍勢を率いて大川沿いに南下する。
更に後方からは、本隊から派遣された千の増援も続いていた。
現状、朽木からの抵抗はない。
物見からの報せでは、朽木の兵の大半が木之本にいる義父上に対応するため、北近江と賤ヶ岳に布陣しているらしい。
こちらで対峙する敵は弱兵だと考えられ、塩津浜城は簡単に奪えるだろう。
ズガァァァン!
「な、何事じゃ!!?」
義父上が警戒を促していた大筒か!?
ならば敵の軍勢に肉薄せねばならぬが、肝心の朽木勢がどこに潜んでいるのか見当たらぬ!
ぶううぅぅぅん――と、地底を這うような法螺貝の音が耳の奥を震わせた。
その瞬間、山の上から次々と旗が翻る。
旗指し物は優に三十はある。
つまり、千ほどの兵が布陣している計算になる。
更に川の対岸からも、七百ほどの兵が姿を現した。
一瞬にして包囲されてしまったのだ。
ダァァンッ!
我らが進軍している大川の対岸から、鉄砲の轟音が炸裂する。
一丁や二丁ではない、百丁以上はある!
対岸から完全に狙い撃ちにされている。特に狙われやすい騎馬は危険じゃ。
「馬から降りよ! 荷駄の木箱、陣幕の竹、持てる限りの『
儂が近習たちに鋭く命を下すと、伝令が下馬して雑兵たちに触れ回り始める。
「大盾を持つ者は前へ! 隙間を無くし、本陣を弾雨から隠せ!」
「弓隊、前へ! 矢の雨を降らせ、敵に火縄の火薬を詰める隙を与えるな!」
体勢を立て直した近習たちが次々と兵に指図し、陣を立て直していく。
戦局がにわかに膠着し、ようやく敵陣を冷静に観察する余裕が生まれた。
義父上からの教えによると、山の上にいる敵が動かない以上は偽兵である可能性が高い。
そして、敵の鉄砲隊も果敢に撃ってはきているが、それ以外の槍隊や弓隊の動きが鈍く、むしろ退こうとしている。
もし山の上の敵が本当に実兵で、一斉に下山してきていたなら我らは大敗していただろう。
つまり、敵の兵力は儂らよりも少なく、時間を稼いで増援を待っていると考えられる!
ならば、今こそ叩くべし!
「馬廻り、長槍を揃えよ! 兵を左右に広げ、川に向かって面を張れ! 弓隊、次の敵の斉射が来たら、一斉に矢を放って敵の目を眩ませよ!」
「ハッ!」
儂の命を届けるために早馬が駆ける。
暫くすると、儂の命を受けた兵たちが一斉に動き始めた。
ヨシ!
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 応昌寺 宮川 又兵衛 貞頼
卯の刻(午前5時〜午前7時頃)
「見抜かれたか……」
応昌寺近くの高台から戦況を見下ろしていた儂は、敵が瞬時に体勢を立て直し、退こうとしている我が鉄砲隊へ猛然と肉薄してくる様を見て、敵将の軍略の冴えを思い知る。
だが、殿のためにもここで容易く諦めるわけにはいかぬ!
「全軍! 塩津追分まで下がり、守りを固めるぞ!」
「ハッ!」
「大筒隊は三門の大筒と共に、追分の近くにある稲荷神社へ移動せよ!」
「承知!」
早馬が走り、各隊への指示が矢継ぎ早に発せられる。
儂も馬に跨り、前線を破られる前に後退を開始した。
戦はこれからよ!
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 大川沿い 朝倉 景紀
敵が統制を保ったまま隊伍を組んで退いていく。
すぐに追い討ちをかけたかったが、初めの奇襲に対抗するため無理に陣形を動かしたツケが回り、まずは我が方の隊伍を立て直さねばならなかった。
だが、あの朽木の軍勢を退かせたことは大きい。
相手は十倍の三好、四倍の浅井の兵をも打ち破った精鋭なのだ。
これで、敵が常勝無敗の軍などではないと天下に知らしめることができた。
「殿、軍勢の再編が終わりました。いつでも進軍できます」
「ウム、皆の者! 塩津追分に向かって進軍せよ!」
「ハッ!」
傘下の諸将に命じて進軍を再開する。
目指すは西近江路と塩津街道が交わる要衝――塩津追分!
かの地を奪えば、朽木の領国を東西に分断できる。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 塩津追分北方 朝倉 景紀
奇襲を受けた場所から更に南下した塩津追分にて、再び朽木勢八百が布陣していた。
ここは朽木において東と西を分ける重要拠点であるため、当然待ち構えているとは分かっていたが、兵数が思ったよりも少ない。
正面の街道が交差する地点を死守せんとして、愚直に我らと対峙している。
何か策があるのでは?
否、弱気は禁物。今は目前の敵を平らげることに集中する。
「陣を左右に広げよ! 鶴翼の陣で目の前の敵を攻め潰す!」
儂の号令に従い、諸将と兵が速やかに軍勢を展開していく。
完全に陣形が固まったのを見届け、一斉に前進を開始した。
ダァァンッ!
しかも、絶え間なく弾丸が我が軍勢に撃ち込まれてくる。
これが噂に聞く、織田や朽木の三段撃ちか……。
だが、この対策は既に考えてある!
「全軍、陣形を乱して突貫せよ!」
儂の号令を受け、法螺番の兵がぶううぅぅぅん――と、地底を這うような音を響かせる。
その合図の意味は、合戦の前にあらかじめ将兵に厳命してあった。
即ち、隊列など構うな! 乱れて懸かれ!という突撃指示である。
「おおおおおおおッ!」
「うおおおッ! 懸かれッ! 懸かれえええッ!」
「わああああああッ!」
一斉に我が軍の隊列が崩れ、崩壊した泥流のように敵へ殺到する。
武士たちも大声を張り上げ、雑兵たちを前へ前へと追い立てていく。
乱れながら攻め入る様は、お世辞にも美しくはない。
しかし、義父上と共に朽木の戦法を調べて、浅井は陣形が綺麗で整然としていたからこそ、鉄砲の格好の標的になって負けたのだと結論づけていた。
それ故に、あえて槍衾の美しさを捨て、鉄砲が狙いを定めにくい乱雑な形で肉薄する戦術を選んだのだ。
だが、敵も流石に愚かではない。
我らの接近を察知するや、直ぐに槍隊と弓隊が前にせり出してきた。
しかし、それと同時に――
ズガァァァン!
頭上から凄まじい轟音が響き渡り、視界を遮るほどの土煙が爆散した。
ここで大筒を撃ち込んできたか!?
兵が散らばって突撃している分、一度生じた動揺を制止するのは至難の業だ。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「怯むな! ここで勝てば恩賞は思うが儘であるぞ!」
砲声をも圧するほどの大声を絞り出した儂の一言に、兵たちは再び野良犬のように沸き立った。
我が方の泥臭い猛攻に、流石の朽木も支えきれなくなったか。
「もう一押しぞ!」
勝利を確信し、全軍に追撃を命じようとした――その時であった。
ぶううぅぅぅん――と、地底を這うような法螺貝の音が、今度は西側の山陰から不気味に轟いた。
ダァァンッ!
「おおおおおおおッ!」
「うおおおッ! 懸かれッ! 懸かれえええッ!」
「申し上げます! 敵の軍勢五百ほどが、我が軍の側面を急襲! 完全に横腹を突かれました!」
「なんじゃと!?」
物見の悲鳴のような報せに、儂の心臓が大きく跳ねた。
既に陣形は突撃のために乱れきっており、予備の兵力も残っていない。
側面に回せる手駒などどこにもなかった。
「ひ、ひけぇい! 陣を引けぇい! 一度交代せよッ!!」
様々な策を労して優位に立ったはずが、最早打てる手はすべて消え失せ、退くほかなかった。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 塩津追分 宮川 新次郎 頼忠
「父上ぇ〜〜!」
倅が半べそをかきながら、儂の体に抱き着いてくる。
まったく、情けない奴よ!
「ええぃ!! 又兵衛、ここは戦場ぞ! しっかりせよ!」
泣きつく倅を力任せに引き離し、雷を落とす。
「今の状況を正確に報せよ!」
「ハッ!」
宮川家の郎党が代わりに一歩前へ出て答える。
応昌寺で敵を奇襲したものの、稼げた時間は数刻。
だが、この塩津追分を落とされるわけにはいかぬ。
戦局全体を大局的に見る目は持っているようじゃ。
倅の戦場での度胸の無さには呆れるばかりだが、殿の薫陶のおかげで軍略の基礎は叩き込まれている。
「敵を押し返すぞ! 塩津追分を死守せよ!」
「「ハッ!!」」
儂の一喝で、沈みかけていた諸将の気合が再び漲る。
それから一刻(約2時間)ほど、血を洗うような激しい攻防が続いた。
しかし夕刻になり、側面に手痛い一撃を食らった敵がようやく後退し、夜営の準備を始めたことで守り切ることに成功したのだった。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 稲荷神社 朽木竹若丸
夕刻
ようやく、塩津浜の戦線に到着できた。
京から昼夜を問わず馬を飛ばしたが、途中の大原あたりで吾が睡魔に負けて落馬しそうになり、見かねた重蔵が吾をおんぶして走る羽目になった。
清水山城で五百の兵を急速に徴募し、そこからは輿の中で仮眠を取りながらここまで進軍させたのだ。
「「殿!」」
「儀礼は不要だ 即座に戦況を教えろ!」
新次郎と又兵衛が泥にまみれて出迎えてくれる。
吾は直ぐに頭を挙げさせ、これまでの戦闘状況を頭の中で素早く整理した。
そこから導き出された敵の布陣は以下の通り。
一、朝倉の総軍勢は一万。
一、主力は木之本にいる朝倉宗滴の軍勢五千。
我が方の五郎右衛門と左門の軍勢三千七百と現在交戦中。
一、今ここで新次郎らが対峙していたのは、塩津浜城を狙う千五百の別動隊。
塩津追分の奪い合いとなったが、宮川親子の奮戦で辛うじて防衛に成功。
現在は睨み合いの状態。
一、敦賀には朝倉義景の本隊三千が依然として布陣。
そのうち千の兵が先行してこちらに向かっており、明日中には到着する見込み。
以上である。
正直に言って、我が朽木家は首の皮一枚で繋がっている致命的な状況と言っていいだろう。
だが、吾は一瞬で、この絶望的な状況から朝倉に対する「明確な勝ち筋」を決断した。
「……新次郎。最終的には、吾らが勝つ」
「……殿! それはいったい、どういうことにございますか?」
この破滅の一歩手前で、唐突にとんでもない戦勝宣言を口にした吾に、新次郎が目を丸くして驚愕する。
だが、吾の心は微塵も動じない。
「朝倉の最大の敗因は何だと思う?」
吾の冷徹な問いかけに、新次郎も又兵衛も困惑して首をかしげる。
『もうすでに勝った気でいるのか?』という、不安と疑念の混じった視線が吾に集まるが、吾は淡々と話を続けた。
「朝倉の総大将が宗滴ではないからだ」
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 塩津追分北方 朝倉 景紀
夕刻
「申し上げます! 敵の増援は五百ほど、なんと朽木竹若丸自らが率いている模様にございます!」
「なんじゃと!?」
物見からもたらされた最悪の報せに、儂をはじめ諸将の間に戦慄が走る。
朽木竹若丸は京に上洛しており、ここへ駆けつけるには最低でも三日はかかるはずであった。
我らが近江へ攻め入ってから、一日目で戦場に到着したというのか!?
「……一先ず、体勢を立て直す。敦賀の
御屋形様の本隊三千が到着しない限り、この疲弊した別動隊だけで眼前の敵をねじ伏せるのは難しいだろう。
何度も御屋形様へ御出馬を催促する使者を飛ばしているが、一向に要領を得る返事がない。
今ここで本隊の兵力が集結し、朽木の軍勢を一網打尽にすれば確実に勝てるというのに……!
焦燥感に歯噛みしていると、別方向から新たな早馬が飛び込んできた。
「申し上げます! 木之本にて、宗滴様の軍勢が朽木の主力を撃破いたしました!」
「おお……!」
この上ない朗報に、儂だけでなく、沈み込んでいた諸将の顔が一気に歓喜へと沸き立つ。
木之本で対峙していた敵を破った以上、宗滴様がこちらへ回れば、塩津浜にいる敵を完璧に挟撃できる。
決戦は明日になるじゃろう。
その時こそ、朽木の小倅を叩きのめしてくれるわ!
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江浅井郡 稲荷神社 朽木竹若丸
夕刻
対峙している朝倉勢は、我が方の夜襲を警戒して警戒を厳重にしつつ、野営の準備を始めているようだ。
その隙に、吾らは新次郎を副将に据えて、全軍の再編を急速に完了させていた。
まず、吾が直率する朽木本隊として、大筒四門を含めた八百。
又兵衛には、鉄砲百丁を主力とした八百の兵を預ける。
更に、清水山城から朽木主殿が率いる後続の予備兵五百も合流する予定。
これで総兵力は二千百。眼前の朝倉(二千五百)と十分に渡り合える。
「殿、申し上げます」
今後の作戦を練っていると、闇に紛れて重蔵が姿を現した。
「木之本での戦ですが……五郎右衛門殿の軍勢が朝倉宗滴に敗退いたしました。現在は後方へ下がり、兵を再編中とのことです」
「……」
重蔵のもたらした敗報に、周囲の諸将は通夜のように沈黙した。
だが、吾だけは違った。不敵な笑みを浮かべ、重蔵を見据える。
「重蔵! すぐに五郎右衛門へ伝えよ!」
「どのような内容にございますか?」
「五郎右衛門はこれより、崩された陣形を速やかに立て直し、さらに整然と敗走の
この予想外の命令に、重蔵だけでなく、周囲の諸将が驚愕に目を見開いた。
負けているのにさらに退けというのか。だが、吾は冷徹に言葉を重ねる。
「宗滴は前方の敵が完全に退いたと見れば、吾の首を取るべく必ず軍を向かわせてくる。吾らも敵の進軍に同調して退き、朝倉を誘い出す。五郎右衛門は敵の無防備な背後を衝け」
「……なるほど。殿自らが餌となって敵を引き付け、五郎右衛門殿に背後から挟み撃ちにさせる、と」
新次郎が、吾の意図を正確に察知して顎を引いた。
それを皮切りに、他の諸将の顔にも理解と興奮が広がっていく。
吾も新次郎の言葉に深く肯いた。
「ですが殿、もし朝倉が五郎右衛門殿の軍勢に追い打ちをかけてきた場合はいかがいたしますか?」
又兵衛が心配そうに懸念を口にするが、それも完全に計算の内だ。
「万一、朝倉が其方の言う通り追い打ちをかけ続けるのであれば、敵が吾らに対して完全に背を晒すということだ。その時は五郎衛門が持ち応えて吾らが朝倉の背後をつく。」
吾の言葉の全容を、その場にいる全員が完全に理解した。
これは防衛戦ではない。朝倉宗滴を、この近江の地で確実に殲滅するための罠なのだと――。
「この一夜の仕込みが勝負ぞ。――狙うは朝倉宗滴の首、ただ一つ!」
「ハッ!!!!!」
<時系列>
・早朝
応昌寺付近で朝倉景紀の軍勢1500が大川を南下しているところを宮川又兵衛が父の代行として指揮を執って奇襲。
偽兵の策と鉄砲隊で驚かせて朝倉勢を動揺させるが、見抜かれた上に体勢を立て直して攻め寄せてきたので撤退。
朝倉勢も追い討ちをかけたかったが陣形が乱れたことで再編する必要があり、一刻ほど停止してから塩津追分に向かう。
・昼頃
西近江路と塩津街道が交わる地点で朽木勢800と朝倉勢1500が激突。
一刻ほどで朝倉勢が押し上げて勝利しかける。
しかし、宮川新次郎が清水山城の予備兵三百の来援に駆けつける。
・夕刻
朽木竹若丸が塩津追分に到着。
その頃に木之本で五郎右衛門の三千が敗北したと届き、作戦を変更。
五郎衛門が退けば、朝倉宗滴は無力化できたと判断して朽木竹若丸に向かって進軍してくる。五郎右衛門は今夜中に退きながら再編して宗滴の軍勢が竹若丸の方角に向かったなら、追い討ちをかけるように命令。