天文二十二年(1553年) 三月 近江高島郡朽木谷 朽木城 朽木綾
部屋で書き物をしていると
ドタドタ
パン
「はーうえ、しつれいします」
「竹若丸、何度も行っていますが、落ち着いて入ってきなさい。行儀が・・・・そんなに泣いてどうしたのです?」
息子が入ってきた。最初は行儀が悪いと叱ろうと向き合ったが、息子は泣き腫らした顔であることに驚いて途中で止まってしまった。どうやら、何か怖いものから逃げてきたようだ。
ドスドスドス
廊下からまた大きな足音が聞こえてきた。
竹若丸がビクッっとして私の後ろに回り込んで隠れる。
隠れた直後、バン!と襖が壊れんばかりの音を轟かせて荒川平九郎が入ってくる。
鬼の形相でフーフーと息を吐き散らしながら・・・
直ぐに私の部屋であることに気づいてハッとして平伏する。続いて義父も入ってくる。
「御方様、突然入ってしまい申し訳ございません!殿は此方に訪れてはおりませんか!?」
「済まぬの・・・ここに竹若丸が来たはずだが、来てないか?」
「え、ええ、許します。竹若丸はここにきておりません。どうしたのです?」
私の後ろに竹若丸の頭が見えている。義父や平九郎は気づいたが、私の問いかけに答える。
「それが・・・・・・・・・・」
平九郎が言うには竹若丸が様々なものを作り、朽木が豊かになった。しかし、そのせいで税を置いている蔵の床が抜けてしまったというのだ。
勿論これは貯めていたからそうなったのではない。
銭は積極的に使っている。これによって、今までにない善政と言われているのだ。
そのことを言い終えたとき、私の後ろに隠れていた息子が顔をヒョッコリと出して平九郎に叫ぶ。
「へ、へいくろう!だから、吾はソナタの言うとおり、銭を使えるようにした!」
義父も平九郎も気づいていたのか驚いていない。私に話をするときを与えることで落ち着かせる目的があったのだろう。
「ええ!それでも増えているのです!蔵に入りきらない分はわが屋敷で保管していますが、このままでは屋敷の底が抜けてしまう危険があるのです!なんとかしてください!」
平九郎も涙目になりながら息子に迫ってくる。流石に息子が可哀想なので庇うが、負けじと息子も言い返す。
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天文二十二年(1553年) 三月 近江高島郡朽木谷 朽木城 荒川 平九郎 長道
去年もまた様々な物を発見、開発された殿があるものを作った。
「索道(さくどう)」
殿が開発された水車に歯車を組み合わせることで物を運ぶ機構。
朽木は山に囲まれたこともあって、商人たちは山を上り下りする苦労をして朽木谷に来なければならぬ。このことが朽木を通る荷が多くならない不便なことでもあった。荷量が多いと遠回りしてでも高島たちを通ってしまうことがあるという。
そのことを聞いた殿が索道を開発されたことで荷の移動がある程度楽になった。
更に改良を施して蒸気の力で動かせるようにしてしまった。
なぜ、蒸気で動かせるのか疑問に思ったが、何でも米を炊いているところを見て窯の蓋が「コトコト」と蓋を跳ね上げている力を見て「蓋を押し上げる力が熱から出ている」と考えて閃きを得たらしい。木地師と鍛冶師たちを呼び出して考えをお話しして試行錯誤の末、完成された。これに歯車を組み合わせることで風を起こす装置にもなるなど便利になった。
それだけでも満足しているのに殿は止まらなかった。燃やすものは薪ではなく、殿が米と澄酒、油で作られた。これもまた我ら家臣一同を驚かせた。二日も火をともし続けることが分かったのた。これも積極的に導入を進めている。
索道を発展させたことで物や人を運ぶ運賃を執ることができるようになった。このことによって、朽木に向かう荷の量が劇的に増えた。
末恐ろしい方よ。
そんなことを思っていた矢先、殿はとんでもないことを言い出した。
「関を廃止するぞ」
その瞬間のことはよく覚えていない。家臣たちは一斉に激怒して吠え猛った。
殿は涙目になりながらも、関の廃止は絶対として「一年間様子を見る」ということで我らを説得した。
結果として我らの心配は杞憂に終わった。関が廃止されたことで商人が喜んで積極的に通るようになった結果、物の流れが良くなって税収が爆増した。
豊かになった。そう思えるが、一つ大きな問題が発生した。
銭の重さに耐えかねて蔵の床が壊れたのだ。
殿はケチではない。積極的に銭を使ってくれるし、種子島を朽木一式と命名された鉄砲への改良も進んでいる。それでも余っている。今では蔵以外に儂の寝所にも銭箱が置かれている。率直に言って眠れない。
そのため、殿に「銭を積極的に使いましょう」と進言した。
殿は応えて様々な政策を実施してくださった。
①索道による馬借の再編成
索道を開発したことで一部の区域で馬借を必要としなくなってしまった。その事に不満を持ったのが馬借たちだった。そのことを知った殿は馬借たちを雇い入れて朽木領の北端である水坂峠に大規模な馬借の組合を作って定期的に運航できるようにした。
同時に朽木から京に組屋たちの商店を作らせて馬借たちを定期的に運行させられる態勢を整えられた。その結果、朽木に定期的に利益が出るようになった。
馬借たちの護衛は志願したが除外されていた兵士たちを雇うことで対応した。
その結果、今では朽木は自分たちが作った産物だけでなく近江の六角、浅井など様々な地域の物が集まる地に変わった。字面としては素晴らしいが溢れた富が金蔵を破壊してしまうほどの状態になってしまった。
②全ての民に文字を教える
これは今まで義務ではなかった「文字を覚える」ことを朽木にいる全ての民に命じられた。同時に筆や算盤を用意されて子らに与えた。それだけでなく、今いる兵にも文字や算盤を教えるように命じられた。
当初は銭を使うための策だったが、少しずつ百姓たちは変わった。畑で働くだけでなく、副業にも積極的に動くようになった。兵たちも自分たちで考えるようになって整然とそして綺麗になった。
それ以外にも
・百姓の家や寺社の整備
・道の整備
・城の拡張
・公方様へ500貫の献金
それでも減らぬ。遂には儂の床も銭箱が侵食していて西山城にも新しく蔵を作って対応しているが、それでも間に合わない。
いずれはわが屋敷においている銭で屋敷がつぶれてしまいかねぬ!
殿が泣きながら言っているが、儂が泣きたいのだ!
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天文二十二年(1553年) 三月 近江高島郡朽木谷 朽木城 朽木綾
目の前で息子と重臣がギャーギャー、ワーワーと議論?している。率直に言ってうるさくて「広間でやりなさい」と叫びたい自分がいる。
そんなことを思っているとふと、数日前に父や妹から「仕送りを送ってほしい。朝廷に献金してほしい」と文が届いていたのを思い出した。
「あ、あの!」
平九郎や義父、息子が私が大きな声を出したことに驚いたのか、固まりながらも見てくる。
「それなら、朝廷に献金してみてはいかが?丁度、飛鳥井から献金してほしいと文が届いたのでいかがでしょうか?」
「平九郎!余分なぜにを献金せよ!」
「ハァ!」
息子の叫びに瞬時に答えて平九郎が飛び出していく。
傍観していた義父も呆けたように見ていたが私と息子を見て笑いながら話しかける。
「まったく、お前たちは騒々しいな」
「・・・・・はーうえ」
「なんです?」
息子が話しかけてくる。「よく分からない」という表情をしながら。
「ちょーてい?とはなんですか?あすかいのじーさまのことですか?」
この一言に近くで聞いていた侍女や義父はズッコケて、私の「何を言っているのだ?」と言いそうになって気づいた。
ああ、息子は飛鳥井の父が朝廷のことであると勘違いしているのか・・・・
そこから私は竹若丸に朝廷のことを教える。
最初こそ「よく分からない」という表情をしていたが、「公方様を任命する人がいる」と教えると驚いていた。息子にとって足利の公方様こそが一番偉い人であると思っていたのだろう。
説明を終えると息子は少し首をかしげながら理解を示し、「今日ははーうえと眠りたいです」と言って部屋を出ていく。
さて、寝る前に妹や父に文を書かねば・・・
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天文二十二年(1553年) 四月 山城国葛野・愛宕郡 内裏 後奈良天皇
桜が芽吹く季節。貧に苦しむ一年が始まる。儀式は計画しても財政難による中止・縮小を繰り返す毎日。
何度涙をこらえたら、乱世は収まるのだろうか・・・・
やるせない気持ちを抑えながら、筆を執って写経を行う。
そんなとき、東宮が訪れたと先ぶれが届く。到着した息子は少し興奮しているようである
「久しぶりじゃの、方仁(みちひと)。急にどうしたのじゃ?」
「無作法で申し訳ありません。先程、目々典侍から報せがありまして近江にいる朽木が五百貫を献金するとのことです!これで端午の節会(たんごのせちえ)の儀式が行えます!」
東宮の一言に近臣がざわめく。儂も驚く。だが、下の者たちと同じように動揺してはならぬ。
「ええい、落ち着け。それで東宮よ。タダの献金ではあるまい。見返りは官位か?」
朕の一言に廷臣たちが畏まる。そうだ、朝廷が衰微して幾星霜。収入も煌びやかさもない朝廷に献金してくれるはずがない。見返りとして官位か何かを欲しているはず。
すると東宮は首を振る。
「いえ、朽木には飛鳥井の娘が嫁いで、その子が治めております。官位などはいらないそうです。更に毎年300貫を献金できるように用意するとのことです!」
「な、なんと!?」
流石の朕も驚いてしまった。そして、廷臣たちも驚いている。見返りや官位を求めぬとは・・・
まだ、尊王の志を持つものがいるとはな・・・・
「朝廷も捨てたものではないな・・・」
涙が出てくる。これは悲しくて流す涙ではない。廷臣たちも顔を隠して朕を見ないようにしてくれる。そのことが無性にありがたいと思った。
久方ぶりの端午の節会(たんごのせちえ)じゃ。廷臣たちも張り切るだろう。
・索道(さくどう)
簡易的なベルトコンベヤーをイメージしました。
・蓋を押し上げる力が熱から出ている
蒸気機関をイメージしました。産業革命期の強力なものではないので故障などしたら、索道などは水力か人力で回せるように設計させています。不便ですが、それでも戦国時代においては「便利になった」と評されるはずです。
・米と澄酒、油
バイオ燃料として使えるとわかったので書いてみました。
竹若丸は「米にも熱を伝える力があるのではないか?」と考えた結果です。