淡海乃海 ~麒麟が駆ける時~   作:無難

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光と影

天文二十一年(1552年) 十一月 近江高島郡朽木谷 日置行近

 

「さぁ!ごろーえもん、行くぞ!」

 

殿がはしゃいでいる。今日は殿が開設された市場の視察が行われている。

殿は歩幅が小さい。そのため、ご隠居様が肩車をして我らと同じ目線で燥いでおられる。

 

「五郎衛門、何をキョロキョロしているのだ?何か物珍しいものでも見つかったか?」

 

殿とご隠居様が儂を見下ろしながら訪ねてきた。

 

「そうではありませぬ。胡乱なものが居らぬかと目配りをしていたのでござる」

 

供の者に「油断するな」ときつい声を掛けた。供が「はっ」を畏まる。

殿は首を傾げられる。

 

「ごろーえもん、うろんなものというのはどういうことだ?」

『胡乱なもの』の意味が分からなかったらしい。儂に聞いてくる。

「胡乱なものというのはどこの馬の骨ともしれない、忍びや間者の類ですな。朽木に弱みがないか調べてきますからな」

「?」

「まぁ、一言で言えば「正体のわからぬ、まこと怪しきもの」のことじゃ。例えば朽木の豊かさを調べて己がものにしたいと考えているもののことだな」

 

儂の説明では分かりづらかったのだろう。御隠居様が上手くまとめてくださった。

意味を何となく理解したのか、殿がジーっと見つめて顎に手を置かれて考えられておる。

 

「では、吾にねっとりとした目で見てくるものも含まれるか?」

 

殿の一言で気持ちを引き締める。硝石を見つけたときも臭いを嗅いだだけで発見された。殿の直感は侮れない。

 

「・・・・いるのですか?」

 

声を押し殺して殿に問いかける。御隠居様も表情を引き締めておられる。

我らの表情が変わったことに気づいた殿が不安そうに”うむ”と頷かれる。

 

「市場に向かうときに木の上から儂を見ている者がいたのだ。よくわからなかったので手を振ってみたのだ。すると向こうはギョッとして木の上を飛んで行った。変なものを見た気がしたのだ」

 

何ということだ。殿が笑って手を振っていたのは蝶がいたからだと思っていたのだが、そんなことがあるとは・・・

 

「・・・承知しました、殿。ご安心ください。今後は五郎衛門がお守りいたします。」

「うむ、頼んだぞ」

 

不安そうになりながら笑みを浮かべられる殿に胸が痛む。このような童を狙う不届きなものがいるとは・・・

 

「今後は殿をネットリとみてくるものは間者と考えたほうがよろしいでしょう。」

「うむ、そうじゃな。視察を辞めるべきであろう」

 

ご隠居様が言われるが、殿が首を横に振られる。

 

「いや、視察は続ける。間者に憶病に震えていると思われるのは嫌じゃ。引きこもっていると思われたくない」

「・・・かしこまりました。今後、殿がねっとりとした目を感じる時は仰ってください」

「うむ」

 

そう言って、殿を肩車されたご隠居様と我らは市場の視察を続けるために歩き出す。

殿の後ろにいる供の一人にあるものを用意するように命じる。その者は儂の命を聞いて朽木城に忘れ物をしたといって城に戻っていく。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

天文二十一年(1552年) 十一月 近江高島郡朽木谷 朽木稙綱

 

竹若丸を肩車して市場を視察しながら、先程の間者のことを考える。

狙いは澄酒か?あるいは朽木が今後どれくらい戦えるかを図っているのか?

 

「おじい!見よ!とちもちじゃ!」

 

頭の上で孫がはしゃいでおる。先程の胡乱なものについては気にしなことを決めたようだ。美味しそうに栃餅を頬張っている。

愛らしい姿は朽木の民や商人たちも驚きながらも微笑ましい姿に頬が緩んでいる。かくいう五郎衛門も顔だけは周囲を見回しているが、緩みそうになっているのがわかる。

 

「げーべえよ!うまいぞ!」

「へ、へい、殿様、ありがとうございます!」

 

店主は緊張しながらも竹若丸の問いかけに答えている。

その姿を見ながら先程のことを考えを纏めていく。

 

朽木に間者を放つということは伊賀ものだろうか?

否、伊賀は少し遠すぎる。だとすると六角か?

だとすると目的はなんじゃ?

一国衆程度の繁栄が聞こえてきたとしても大したことはないと考えるはずじゃ。ではなぜ?

・・・・国衆・・・・高島か?

ありえなくない。高島六頭は六角に服属している。

高島が六角の甲賀に頼んだという可能性は捨てきれぬ。

 

 

「無礼者!」

「も、申し訳ありませぬ!」

 

考えることに夢中になり過ぎていて五郎衛門の怒鳴り声で考えから抜け出す。

どうやら、竹若丸の問いかけに答えているうちに商人は「殿さまは商人になられたら、大商人になれたでしょうに・・・」とほざいたらしい。

 

まったく、無礼なことを・・・・

 

憤りを感じたが、当の竹若丸はケタケタと笑っておる。何をそんなに面白いのだろうか?

 

「五郎衛門、それくらいにしてやれ」

「しかし!」

 

竹若丸が頭を下げている源兵衛に近づく。

 

「げーべえ、其方はおもろいことをいうのぉ」

「も、申し訳ありませぬ!」

「べつにおこっているわけではないぞ」

「へ、へぇ?ブッ!?」

 

源兵衛が頭を上げた瞬間を見逃さずに両頬を竹若丸が挟み込む。

 

「そなたのいうように、もし吾が商人になったとしよう。そのとき、吾は間違いなく其方の商売敵になるぞ。それでいいのか?」

 

源兵衛が気づく。近くを歩いている者たちも集まってくる。

 

「商人になれば、吾は己が利を徹底的に追及するだろう。四公六民などの税が安くなることはあるまい。朽木谷は貧しいままであろうな。だが、武家なら土地を護り、税を安くさせられる」

 

そう言って源兵衛の頬から手を放して店の台の上にたつ。そして、集まっている民や商人たちに向き合う。

童なのに皆がその気迫に目が離せなくなっている。

 

「皆に言う!吾は朽木谷を豊かにする。それによって皆に幸せに、笑ってほしいのだ!これがちーうえから朽木谷を受け継いだ吾の決意である!」

 

竹若丸の声に集まった民や商人たちが感嘆する。

 

「さて、げーべえ、吾は商人になればいいか?それとも、武家のままでいいか?」

「ま、ま、真にぃ申し訳ありませんでした!!!!!!!!!!!!!」

 

五郎衛門の時とは比にならないくらい源兵衛が地に頭を擦り付けて土下座する。同時に民たちも涙を流しながら平伏している。

 

「殿さまはお武家様です!!朽木谷の主でございます!!」

「うむ、かんしゃするぞ。時折、同じように此処に来るだろうが、変わらずに商いを続けよ。それが吾が商人に向いているといった其方の責である。さようこころえるように!」

「ハ!!!!」

 

そういって、竹若丸は台の上から降りて儂の下にテクテクと歩いてくる。先程までの気迫はなくなり、ニカッと笑いかけてくる。

 

「おじい!つぎはカジバにいこう!」

「そうじゃのう」

 

再度肩車をして歩きだす。

息子がこんなにも父親を思っていることに心の中で涙を流しながら・・・・

宮内少輔め、こんなにもできた息子を置いて先立つとは・・・

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

天文二十一年(1552年) 十一月 近江高島郡朽木谷 日置行近

 

殿を商人に向いているとほざいた馬鹿の店を後にして鍜治場に向かう。その途中で先程命を下した者が戻ってくる。

先程とは違い、手には長めの竹を持っている。

 

「首尾は?」

「上々です」

 

一瞥した後、首を動かさずに小声で話しかける。

それを確認した後、殿に小声で問いかける。

 

「殿、今ねっとりとした目線は感じますか?」

 

儂の小声を聞いて殿も理解されたのだろう。

 

「・・・・林の木の上」

 

眼だけを動かす。確かに木の上に若い男が立っている。だが、今は朽木城に目を向けておる。

儂は確認して供の者から竹筒を受け取って照準を合わせる。

 

実は竹筒の中には弩が入っておる。

 

周りに人がいれば驚くであろうが、幸いにも人はいなかった。だからこそ、忍の者も油断したのだろう。矢は忍の頭にあたった。本当は肩に当てて生け捕りにしたかったが失敗した。

まぁ、この鉄砲は失敗作じゃし、当たっただけでも奇跡だと思わねば・・・・

供の者が走って木の下に落ちた忍に止めを刺しに行く。

これで少しは朽木は落ち着いてほしいものだ。

 

殿は少し驚いておられたが、ご隠居様が宥めておられた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

天文二十一年(1552年) 十一月 近江蒲生郡 観音寺城 三雲対馬守定持

 

「まことか!?」

 

家臣の報せを聞いてつい声を荒げてしまう。

 

「真でございます。朽木谷に潜ませている手のものが撃たれたとのことです。」

 

高島越中からの報せで朽木が繁栄していることは分かって忍を潜ませていたが、まさか撃たれるとは・・・・

 

「朽木谷には余程、凄腕の忍がいるのか?」

「いえ、他の者が見ていたところによれば朽木竹若丸が忍の目線を感じて供の者が狙い撃ちしたそうです」

「何だと!?」

 

驚いた。童の目は儂が考えるよりも鋭いのだろう。

 

「いかがしますか?これからも手のものを潜ませますか?」

「・・・・・しばらくは朽木に潜むのはやめじゃ。生き残っている手の者には引き上げるように命じよ」

 

家臣は直ぐに部屋を出て命を実施するだろう。

しかし、朽木か・・・侮れぬな。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

天文二十二年(1553年) 三月 近江高島郡 清水山城 高島越中

 

「ふぅ・・・・」

 

ため息が出てしまった。無理もない。先日は一揆が発生する直前まで追い込まれたのだから・・・

原因は朽木であった。近年、朽木の成長はすさまじい。百姓たちが言うには・・・

 

"朽木では四公六民の税となった"

"兵になることを志願すればその世帯の税は三公七民に減るらしい。朽木谷に住んでいる遠縁が儂のところにきて「内の次男坊を養子に欲しい」といってきた"

"関を廃止して暮らしやすい。土地は少ないが、家が与えられて工場で働けば百姓をやっているよりも高い収入が期待できる"

 

これらの話によって我らの土地から朽木に移住してしまうものが増えている。

これは深刻な問題税収が減る一方である。更に今も住んでいる百姓たちが朽木を見て「なぜ、うちの殿さまはこんな圧政を敷いているのか?」と怒りを抱いたらしく、城に押し掛けてきた。要求は税の軽減であった。

何とか今年の税は軽減することを約束して鎮静したが、朽木が豊かになることは他の国衆が悪く言われることになる。

理不尽なものよ。儂が打ち取った宮内少輔の代では我らと同じような形で領内を治めていたというのに竹若丸が治めたことで豊かになった。すべてはあの小僧が悪いのだ!

高島郡の国人衆は不満を持っている。主である六角家は「朽木家は幕臣である」ということで躊躇して「高島七頭で解決するように」と通達するばかりである。

これでは我らは朽木に攻めるよりも前に百姓たちの一揆で滅びてしまいそうじゃ・・・・

 

 

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