天文二十二年(1553年) 八月 近江高島郡朽木谷 朽木城 朽木稙綱
「客?だれじゃ?」
孫の竹若丸が母親のところで手習いをしているところへ儂は用件を伝える。
「それがのう、美濃斎藤家に仕える明智十兵衛というものがきたのじゃ。鉄砲を売ってほしいとな。」
「?なぜ、美濃の御方が?」
竹若丸が首をかしげる。
「儂も分からぬが、何でも京で鉄砲を売ってほしいと鍛冶師を探していると鉄砲鍛冶から朽木谷のことを教えてもらったらしい」
儂の話を聞いて竹若丸は立ち上がる。
「まぁ、会おう。だが、鉄砲は古い種子島だけを売ろう。今は朽木一式を提供するのはまずい」
「ああ、そうだな」
流石の儂でも分かる。種子島は戦の様相を変える可能性を秘めている。他のものに渡すのは危険がある。だが、完成していない。何せ種子島よりも使い勝手は良くなったが弾が当たりづらくなったのだ。調練の時に一時は近くを通りかかった女中に誤射してしまいそうになったのだから危険すぎる。公方様御一行が御滞在中の時にはわざわざ種子島の調練に変えたほどなのだから・・・
「ちょ、竹若丸、手習いはどうするのです?」
「あ!」
ここにきて儂は綾がいることを忘れておった。遠方の縁もないところから来たので驚いていたが、手習いもせねばならぬ。竹若丸が書いたと思われる紙には「もう少しまともな文字を書いて欲しい」と考えたくなるほどの癖の強い文字が書かれていた。儂ら三人の間に微妙な空気が流れる。
「また明日!」
「あ、こら!」
そういって、竹若丸は走り去っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天文二十二年(1553年) 八月 近江高島郡朽木谷 朽木城 明智十兵衛光秀
「お話は分かりました。鉄砲を買いたいとのことですね?」
「は、是非ともお願いしたく」
広間の上座にはちょこんと小さな子供と後見役の祖父と共に座っている。
朽木竹若丸。数えで3つの子供だ。だが、この一年で朽木は大きく繁栄しているという。
他国の国衆に「鉄砲を売って欲しい」というのは本来なら狂っていると思われる。鉄砲は貴重で高価だ。本来なら自軍の強化に使うはず。門前で堂々と「京で会った鍛冶師から朽木の鉄砲は優れていると聞いて是非とも売って欲しい」と言ってしまった。応対した門番も「こいつ頭がおかしいのか?」という顔をしていた。だが、竹若丸殿は売る前提で会ってくれた。
「用向きは承った。だが、吾はまだ幼少。少し家臣と話をしたいので別室でお待ちください」
「かたじけない」
そういわれて別室に案内されて茶と菓子が用意されていた。
待っている間、私は京から朽木に来るまでの繁栄ぶりを思い出す。
まず初めに驚かされたのは関がないことだ。六角や三好にも関所がいくつもあってうんざりするほどだったがここにはない。奇妙に思ったが、朽木の領地に入ると一目見て分かった。
更に朽木には若狭の産物から近江、尾張などの産物がある。美濃から仕入れている店もあると知って行ってみると荏胡麻(えごま)油が売られていることには驚いた。それだけでなく、他国の油も比較する目的で売られている。
「ここは何かが違う」
そう思ったのは間違いではなかった。鉄砲鍛冶の伊平次や松永殿も言っていた。松永殿は「朽木に行ってみたい」と考えていたようだが、幕府と三好が対立しているので警戒されると判断してこれなかった。だが、来なくて良かったと思う。戦えば三好は負けるだろう。
「失礼します」
「はい、」
考えるのをやめて外からの呼び掛けに答える。
「主より話し合いが終わりましたので戻ってきて欲しい、とのことです。」
「承知した」
近習について広間に戻ると先程と同じように竹若丸殿がいた。
「皆の意見がまとまりました。鉄砲二丁をお売りしましょう。試し打ちをされますか?」
「ええ、是非とも!」
そう言って、朽木様と共に調練場に向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天文二十二年(1553年) 八月 近江高島郡朽木谷 朽木城 朽木竹若丸
バーン
「お見事!」
「いや、さほどのこともない。御家中の方々から色々と教えていただいた結果です・・・・・」
的の真ん中に命中する。
「いかがしました?」
「あ、いや・・・・竹若丸様、少し人払いをしていただけませぬか?」
何か聞きたいことがあるらしい。
先程いた本丸ではなく、今度は吾の私室に移る。
「某には夢があるのです。この鉄砲があれば「平らかな世(麒麟がくる世)」が来るのでしょうか?」
真っ直ぐに見つめてくる。明智殿は話し始めた。
・名前は明かせないが、とある御方が言うには「お互いを牽制させ、戦を減らす抑止力になる」と言ったらしい。
・しかし、鉄砲鍛冶のいへいじの話だと「牽制するために鉄砲を片方に渡すともう片方も欲しがる」。際限のない買い増しが行われるという。
「そして某はこう思ったのです。「持たざる者は滅びる」という残酷な掟が産まれてしまって戦はより凄惨になってしまうのではないかと・・・・」
吾は十兵衛殿の話を聞いて考え込む。そして、言い辛いが言わなければならないと思って吾の考えを明かす。
「・・・それで何を言いたいのですか?」
吾の問いかけに十兵衛殿は真っ直ぐ見つめて問いかけてくる。
「竹若丸殿は鉄砲を一早く大量に買って運用しているといいます。貴方は戦なき世は来ないと思いますか?」
困った。
吾はそんな真っ直ぐな目で見られても単純に鉄砲を試してみると「簡単に鎧を貫通して傷つけることができる」という理由で導入して改造しただけなのだが・・・・
だが、一つ言わなければならないと思ってじゅうべえどのと正対する。
「・・・・まず最初に吾は一度に武者をたおせるちからを持っているから取り入れたのです。貴方の言うような考えや、思いがあったわけではありません。ただ言えるとしたら、」
吾は少し息を吸い込んでじゅうべえどのをまっすぐみつめる。
「人が争うのには理由があるのです。ちーうえが戦で死んで家臣に皆に聞いたのです。その理由は土地のいさかいや様々な要因がかさなったけっかなのです。それで、ちーうえはしんだ」
「・・・・」
じゅうべえどのは少し俯いた後、再度吾を見て続きを促してくる。
「そのことを後から知って吾は強くならないと守れない、そう考えたからこそぐんぜいをさいへんしました。全てはちーうえから受け継いだ朽木谷をまもるために」
「・・・・」
「竹若丸殿」
「しかし、」
じゅうべえどのが何か言おうとしていたが、言いたいことはあるので遮る。
「その決意を固めた時に思ったのです。たかしまえっちゅうもしみずたにをまもりたいがためにちーうえと戦ったのではないのかと・・・そう考えるとどちらが正しいのか分からなくなってしまったのです」
「!?」
そう、問題はそこにあるのだ。我らは「土地を護りたい」「味方をしている主に勝ってほしい」。そういう"想い"があるから戦ってしまうのではないのかと・・・・
じゅうべえどのはぼうぜんとしている。今まで敵の想いなんて考えたこともなかったのだろう。家臣やおじいに同じ話をした時も驚いていたのだから。
そして、じゅうべえどのをまっすぐ見て宣言する。
「故に、吾は決めました。ちーうえを殺した高島えっちゅうは畳の上で死なせる。そして、死んでからちーうえの墓の隣にうめてやります!それが吾の決意です」
「ブッ」
じゅうべえどのがふきだした。
昔、家臣たちにも同じように話した時にもいきなり噴き出して笑いだしたのだ。吾の決意は何か変なのだろうか?
話を終えてじゅうべえどのは笑いながら「また、お会いできる時があれば楽しみにしています」といって美濃に帰って行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天文二十二年(1553年) 八月 近江高島郡朽木谷 朽木城 朽木竹若丸
「涼しい・・・・」
布団の中でつぶやく。
少し考え事をしよう。今のところ、澄酒などの産物の販売は順調だ。六角の楽市楽座や京、小浜に多くの場所で販売できる体制を整えることができた。組屋に感謝だな。
組屋がいないと店を開くこともできなかっただろうし、人を雇う基盤もできなかっただろう。
・澄酒も一種類ではいずれ飽きてしまう。種類を作ろう。
・綿花で布団以外にも何か作れないだろうか?例えば、はーうえが書いてくれた絵のような龍を布団の布を組み合わせて作ることはできないだろうか?はーうえにきいてみよう。
・硝石の製造も大伯父上が肥溜めから密かに集めている。もう少ししたらできるといわれた。
現状、ちーうえから受け継いだ朽木谷は安定している。
問題は外のことだ。公方様が兵をあげようとしているらしいが、商人たちは公方様が負けるとみている・・・
それなら、岩神館も改修しよう。公方様がいないときは一部の区域を商人の倉庫や宿屋として提供していたが早急に着手する必要がある。これははーうえからも知恵を貰おう。庭の再整備も行おう。
それらの考えをまとめていると不思議な感覚がした。外にいるはずの宿直からスースーと寝息を立てている。
そして、寝所の中にはネットリとしていない、鋭く研ぎ澄まされた静かな目が吾を見ている。
「・・・・・宿直が眠っているが其方の仕業か?黒い装束の者?」
床に横になっているが脇差を持って暗闇の中に問いかける。
「・・・・起きておいででしたか?」
暗闇の中から男の声と思わしきものが返ってくる。少し驚いているようだ。
「ずっと寝たままか?」
「御安堵あれ。朝になれば眼を覚まし申す」
まぁ、殺しているならゆっくりとしすぎている。
声に嫌な感じはしない。害意は無いようだ。起きるか。
「夜中押し入るとは穏やかではないぞ」
「御無礼はお許しくだされ。某は黒野重蔵影久と申す」
「朽木竹若丸だ。こんな夜中に何の用だ?」
「されば、我らを朽木家で雇って頂けないものかと」
夜中に押し入ってきて雇えか。どうやら相手は余程に酔狂な連中らしい。困った事に俺はそういう連中が嫌いじゃなかった。
「・・・まず最初に吾の正面に来い。左斜めにいるのは分かっている」
「!?見えるのですか?」
吾が的確に位置を把握していることに黒野とやらが驚いている。どうやら、隠れるのは得意なのだろう。
実際は見えておらぬ。声も吾の正面から聞こえてくるが、何もないはずのところにポッカリと穴が開いているのだ。明らかに位置を隠しているとわかる。
そして、黒野が吾と正対した。よし、
「話を始めよう。我らと言ったな?」
「如何にも。くらま流忍者百五十名、一族総勢四百名、竹若丸様に御仕え致しとうござる」
くらま? 聞いた事が無いな。だが、面白いと感じる。
「え~と、くらま流というのは?」
「御存じありませぬか?」
いかん、声に落胆が有る。傷つけたかな。
「四つの童に何を期待しているのだ?」
「そうでしょうなあ。我らは九郎判官殿に御仕えした者の末裔にござる」
「・・・・・・・・・・・・」
クロウハンガン?だれそれ?
いやまてよ、確かおじいやごろうえもんが「武士としての基本」といってはーうえがよみきかせてくれる"あづまかがみ"や"よしつねき"という物語に出てくる鎌倉殿の弟だろうか?
はーうえは"あづまかがみ"は「すきじゃない」といってひそかによしつねきも読み聞かせてくる。
「・・・・・たしか、あづまかがみやよしつねきにでてくる鎌倉殿の弟だったかな?」
「よくご存じで」
「はーうえが、あづまかがみを読み聞かせてくれるのだ。だが、はーうえはおすきじゃないようでよしつねきも同じようによみきかせてくれるのだ。五条の大橋や勧進帳がでてくるものがたりとみていいか?」
「はい、その通りでございます」
重蔵が自分達の事を話し始めた。
話によれば義経に仕えた黒野慈現坊、この男が重蔵の先祖らしい。何でも丹波の山の中にいたらしい。その中に黒野慈現坊が居たわけだ。そして義経に出会い仕え平家を打倒した……。
しかし、武功をあげ過ぎてしまって嫌われてしまった。奥羽に行くときにも黒野の一族は協力したらしい。勧進帳の伝説というのはこの時できたらしい。
そして、よしつねさまがしんだあとは丹波に戻ったが、鎌倉殿に嫌われて村にかくれた
それから100年以上がたって"たいへいき"のじだいでは足利尊氏公が挙兵されたときに高家がめしかかえたが、わずかなきかんで主がはんぎゃくのつみをきせられてかいめつ。高家については分かる。公方様のお供として朽木にこられた方の中にいたからだ。だが、黒野が言うには関係を断ち切られたらしい。
「余程に運に恵まれないのでござろう。その後我らの一党は山に戻り主を持たずにおりました。時折、里に出て仕事を請け負うのみにござる」
寂しそうな声だった。なんかなみだがでそうになった。
だが、疑問が残る。吾は涙をこらえて少し冷たい声で問いかける。
「・・・だが、何故吾に仕えたいというのだ?」
「我らの仲間が殿のお世話になっておりましてなあ。殿の事は良く聞いております。皆感謝しておりますぞ。それゆえ何か御役に立ちたいと思ったのでござる」
吾の世話? 妙な事を言うな。俺は忍者に知り合いは居ない。それに殿って未だ雇うと決めたわけじゃないぞ。しかし感謝? 誰か助けたかな。
「何の話だ?」
「木地師でござる。あの者達は我らの仲間」
「木地師か」
驚いた。少し声が大きくなってしまいそうだったが、こらえていると何となく察した。
朽木塗りが有名になった事で木地師の仕事が増えたと言っていたな。それと吾も朽木一式のために多くのものを作るために木地師を駆り出した。
「それに殿はなかなか面白い。見ていて飽きませぬ。どうせお仕えするならそのようなお方が良いと思いましてな」
「面白いか」
「はい。関所を廃し税を安くする。鉄砲を改造する。豊かにして民や商人たちを笑顔にしている。他の方々は税を重くして少しでも強くなろうとする。他の方は民を慈しむが意見を聞こうともしない、考えたこともない方もいる。その中で殿は民に向けて話し合う。不思議でござる」
吾ってそういう評価をされてるのか。これじゃただの変人だな。
「我ら主運に恵まれませぬ。されば何処も雇うてはくれませぬ。例え雇われても使い捨て、磨り潰されるだけでござろう。そう思い一度は世に出るのを諦め申した。しかしなあ、この乱世このまま山に埋もれるのは口惜しゅうござる。我らの技を、力を試してみたい、その気持ちは消せませぬ。そんな時に殿を知り申した。殿なら我らを上手く使ってくれるのではないかと思ったのでござる」
「……」
「如何でござろう。我らを雇うては頂けませぬか」
のんびりした口調だがそれでも切々としたものが有った。参ったよな、吾はこういうの弱いんだ。
「その前に答えてもらおう」
そういって、吾は黒野の前に座る。
ドン、と少し大きな音が出てしまったが気にしない。
今度はハッキリと見える。鋭い目と黒い髪の男だ。
「正直に答えろ。其方らは六角や浅井、どこかの忍、又は伊賀、甲賀とは繋がりが有るのか?」
「有りませぬ」
黒野が真っ直ぐ見つめ返してくる。
嘘はついていない。
嘘をついていたら、朽木は終わるな。
だが、何もしないで終わるよりはいいだろう。
吾は一世一代の賭けに出ることにした。
「良いだろう、召し抱える」
「召し抱える? 雇うのではなく? 信じて頂けるので」
「吾を変人扱いしたからな。どこぞの回し者なら俺を褒める事は有っても変人扱いはするまい」
それに経歴が酷過ぎるわ。他の連中なら雇うのを避けるような運の悪さだ。だから信じられる。そう思おう。
「……御当家に忍んでいる我が手の者にござるが」
「繋ぎ役として使う。相手から俺に接触させろ」
「はっ」
「それと御当家ではない、当家だ。間違えるな」
「はっ」
驚きから回復したようだ。気を取り直して畏まっている。
「其方に名を与える。そしてこれを預ける」
吾は目の前に座ったまま、脇差を前に出す。
「!?よろしいのですか?」
「うむ。其方に吾をゆだねる」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天文二十二年(1553年) 八月 丹波山中 黒野重蔵影久
「竹若丸様に会ってきた。我らを召し抱えるとの仰せだ」
集落に戻って早々に儂は竹若丸様と会った結果を皆に伝えるとざわめきが起きた。
「雇うのではありませぬのか?」
「いや、召し抱えると申された。我らはもう朽木の者だ」
そして話を続ける。我らの名は八門となったこと、殿から脇差を戴いたことを皆に伝える。
あまりの好待遇に皆が驚く。
「我らのことを間者とは疑われなかったのですか?」
小酒井秀介が聞いてくる。老練な男でも驚いている。俺も驚きを隠せなかった。
「言ったぞ、秀介。だが、殿は"吾を見る眼が綺麗だった""裏切られたら、運に負けたということ。それだけだ"とおおせられたのだ」
「なんと!?」
竹若丸様は相当な覚悟を持って我らを召し抱えた。
そして、いくつかのことを皆に伝えて組頭以外は解散した。
家に入って頭領たちが並ぶ前で竹若丸様から頂いた脇差を開帳して神棚に置く。
「先ずはめでとうござる。して頭領の眼には竹若丸様は如何様な方に見えましたか」
「なかなか一筋縄ではいかぬお方よ。俺の隠形も見抜かれるほど勘が鋭いお方だ」
俺が秀介に答えると皆が驚いた。頭領である俺の隠形は里一番でもある。それを見抜くということは自分たちの隠形も見破られることを意味しているからだ。
「我らの事を表に出さぬと言うのも他に理由が有る。今は力を蓄えることを優先したいとのことだ。それに他の国衆を刺激したくないかららしい。」
皆が顔を見合わせた。微かに緊張している。
そして、竹若丸様と話し合って決めた命を皆に伝える。
①六角、浅井、朝倉、三好を探れ
これは二、三、四の組に任せた。
②三好領で米や食料を買い占めて他で売れ。委細は我らに任せるが、三好領内で売るな
意味が解らぬが、何か深謀遠慮があるのだろう。
これは八と十の組に任せた。葉月は首をかしげながら了承した。
③朽木谷を探る忍を潰せ
竹若丸様と話さないといけないこともあるので俺が直接行うことにした。
これらを話して組頭たちは仕事を始める。
皆が去って俺は神棚に置かれた脇差を見る。何の刻印もされていない脇差だ。だが、これが一番うれしいのだ。
殿が我らを信じると宣言された証なのだから。