タコピー鬼つええ! 逆らう奴ら全員ぶっ殺していこうぜ!   作:ヤマがら

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一話

「タコピー鬼つええ! 逆らう奴ら全員ぶっ殺していこうぜ!」

「タコピーすごいっ! すごいすごいすごい! ほんとにすごいっ」

「えっ」

 

 金髪の少女の亡骸の周りを、ギザ歯の青年と黒髪の少女、そして一匹の地球外生命体が儀式を執り行うように踊っていた。

 

───────

 

 時は数分前に遡る。

 嘲笑うように木々がざわめく林。

 枯葉が風に煽られてざわざわと不気味な囁きを交わす。古い雑木林の奥深く、陽光が斑模様に差し込む地面は、湿った土と腐葉の匂いが混じり、息苦しいほどの閉塞感を漂わせている。そこは学校帰りの少女たちが時折寄り道する、秘密めいた場所だった。

 

 黄金色の髪を生やした少女・まりなは、桃色のランドセルを放り投げた。

 鮮やかなピンクの生地が空を切り、金属の留め具がカチカチと音を立てて外れる。ランドセルは弧を描いて飛ぶと、勢いよく地面に叩きつけられた。金具が弾け、中身が辺りに飛び散る──鉛筆が転がり、ノートがページをばらばらに開いて泥に沈み、下敷きが風に舞って木の根元に引っかかる。

 

「っ……うっ……」

 

 ランドセルの打撃を受けたのは、泥だらけの衣服を纏った見窄らしい少女。

 ずっしりと重たく、脂ぎった黒髪の少女・しずか。彼女の古びた服は、雨に濡れた犬の毛のようにべっとりと肌に張り付き、泥の染みが黒々とした模様を描いている。ランドセルの角が肩口に食い込み、鈍い痛みが骨まで響く。しずかは小さく息を漏らし、丸くうずくまる。膝を抱え、震える指で地面を掻く姿は、まるで捨てられた子犬のようだ。息が白く、喉の奥から絞り出される嗚咽が、林のざわめきに飲み込まれていく。

 

「あっ……」

 

 まりなはサッカーボールを蹴るように追い討ちをかける。

 彼女の足が、しずかの脇腹に軽やかに──しかし容赦なく──沈む。靴底のゴムが肉にめり込み、衝撃が内臓を揺さぶる。しずかはごろんっと転げ回って倒れ込む。枯葉が舞い上がり、彼女の黒髪に絡みつく。転がるたび泥が顔に飛び散り、頰を汚す。息が荒く、肺が焼けるように痛い。まりなの黄金の髪が、風に揺れて輝き、まるで勝利の旗印のように見える。

 

「犬死んだけど、どう?」

 

 まりなの声は、甘く毒々しい。唇の端が吊り上がり、瞳に冷たい光が宿る。

 

「死んでなんて──」

 

 しずかがか細く反論しようとするが、言葉は途切れる。まりなはそれを遮るように、歌うような調子で続ける。

 

「死んだ。死んだ死んだ死んだよー。死ーんーだ」

 

 何度も、何度も確かめるように、教えるように。無機質な瞳でキリと見下ろし、しずかの愛犬・チャッピーが死んだと告げる冷淡な宣告。まりなの声は、林の木々のようにざわめき、繰り返すたび重みを増す。チャッピーの毛並みの柔らかさ、尻尾の振り方、温かい舌の感触──しずかの記憶が、まりなの言葉で無残に踏みにじられる。

 

「……お父さんのところに行ったの」

 

 か細く、震える声。風前で燃える灯火のような声が響く。しずかは首輪を握りしめ、金属の冷たさが掌に食い込む。チャッピーの匂いが、まだ微かに残っている気がする。父の顔を思い浮かべ、胸が締め付けられる。

 

「いつ帰ってきても大丈夫だもん……。ほら、首輪だって──」

 

 しずかが首輪を差し出すと、まりなの目が細まる。

 

「子供の手噛んで保健所送り──死んだに決まってんじゃん。バーカ!」

 

 さぁーっ、と。冷たい風が渦を巻く。

 木々の葉が一斉に震え、渦巻く風が二人の髪を乱す。しずかの黒髪が顔に張り付き、まりなの黄金の髪が蛇のようにうねる。風は冷たく、肌を刺す。林の奥から、遠くの鳥の鳴き声が途切れ、静寂が重くのしかかる。

 

「優しいままもいない。友達もいない。誰も心配してくれない。唯一同類のドブ犬も死んだ! ねぇ……」

 

 まりなの鼓動が高鳴る。

 胸の奥で、心臓が激しく打ち、興奮が血潮を熱くする。瞳が輝き、唇が湿る。しずかの震える肩、涙で濡れた目、泥まみれの頰──すべてが、まりなの支配欲を掻き立てる。

 

「お前も死んでよ」

 

 まりなの声は、低く粘つく。風が止み、林が息を潜める。しずかの瞳に、恐怖が広がる。チャッピーの首輪が、地面に落ち、乾いた音を立てる。

 

「生きてるだけで人様に迷惑かける寄生虫が……!」

 

 まりなの声が、林の空気を切り裂く。黄金の髪が逆光に輝き、瞳は氷のように冷たい。彼女は一歩踏み出し、しずかの顔を真正面から見下ろす。泥にまみれたしずかの頰が、恐怖で引き攣る。

 

「お前の生活費どこから出てると思う?」

 

 まりなの唇が、嘲笑の弧を描く。彼女はゆっくりと指を一本立て、しずかの胸元を突く。爪が古びた服の生地を引っ掻き、糸がほつれる音がする。

 

「うちのパパの財布だよ」

 

 言葉を吐くたび、まりなの息が白く立ち上る。彼女の声は低く、粘り気を持ってしずかの耳に絡みつく。しずかは首を振ろうとするが、恐怖で体が凍りついている。

 

「お前の着てるものも食べてるものも、全部お前の母親が男から吸い上げた金でできてる」

 

 まりなはしずかの服の襟元を掴み、引き寄せる。泥と汗の臭いが鼻を突く。しずかの震える唇が、言葉にならない嗚咽を漏らす。

 

「まりなのパパが頑張って稼いだお金から!」

 

 まりなの声が、急に高くなる。彼女の瞳に、怒りと嫉妬が渦巻く。しずかの母親の顔が、まりなの脳裏に浮かぶ──化粧の濃い女、甘ったるい香水の匂い、父の腕に絡みつく指。

 

「お前さえいなければ!」

 

 まりなの手が、しずかの肩を突き飛ばす。しずかは後ろに倒れ、枯葉の積もった地面に背中を打ちつける。息が詰まり、視界が揺れる。

 

「パパはママに、また指輪を買ってあげるはずなのに──」

 

 まりなの声が、震える。彼女の目尻に、涙が浮かぶ。しかしそれは、悲しみではなく、憎悪の涙だ。彼女は拳を握りしめ、しずかの顔を睨みつける。

 

「見ず知らずの商売女じゃなくて、まりなの家族に」

 

 最後の言葉は、吐き捨てるように。まりなの息が荒く、胸が激しく上下する。林の風が再び吹き始め、木々がざわざわと囁く。しずかは地面に這いつくばり、チャッピーの首輪を握りしめたまま、ただ震えるだけだった。

 

「たたた大変だっぴ! しずかちゃんとってもいたそうだっピー!」

 

 枯れ枝の陰から、ぬめぬめとした触手が震える。

 丸い頭部が、木の幹にぴったりと張り付いている。触手は緊張で震え、先端の吸盤が空気を吸うたびにぴちゃぴちゃと音を立てる。

 まりなの無慈悲な暴力を陰から見守る異星人がいた。

 通称タコピー。タコを彷彿とさせる触手から、しずかが名付けた。

 

「タイムカメラでまたやり直して──」

 

 タコピーは震える触手で、どこからか小さな桃色の機械を取り出す。

 タイムカメラ、写真を撮った時点に戻ることのできるハッピー道具の一つ。 表面は鏡のように滑らかだ。

 触手の先がボタンに触れる瞬間、しずかの声が割って入る。

 

「チャッピー」

 

 なおも呟き続けるしずかの声が届く。

 その一語が、タコピーの体内を電流のように走る。

 

 チャッピーがいれば私は大丈夫。何があったって平気なの。どんな痛いことやつらいことだって……

 

 しずかの笑顔が、脳裏に焼き付く。あの日の縁側、チャッピーが尻尾を振って駆け寄る姿。しずかの手が、犬の頭を優しく撫でる。笑顔は太陽のようだった。

 

 ボタンを押し、時を巻き戻そうとした刹那、タコピーの脳裏にしずかの笑顔が過ぎる。

 触手が止まる。赤いボタンが、まるで心臓のように脈打つ。

 やり直せば、また同じことが起きる。まりなはまた笑い、しずかはまた泣く。チャッピーは戻らない。

 

「隠れて見てるだけじゃ、きっと同じだっピね」

 

 タコピーの声は、自分自身に向けられた呟きだった。

 しずかちゃん、しずかちゃん……。何度も心の中で反芻する。

 触手が震え、吸盤が木の皮を剥がす。もう、見ているだけではいられない。

 

「パパを返せよ!」

 

 まりなの叫びが、林全体を震わせる。

 その声に、タコピーの決意が固まる。

 

「しずかちゃん! 今度こそ僕が──助けるっピー!」

 

 大地を蹴り、タコピーは跳躍する。

 触手が風を切り、ぬめぬめとした体が弧を描く。枯葉が舞い上がり、まりなの視界を一瞬覆う。

 まりなの表情が、未知の生命体を目撃したという困惑に歪む。

 黄金の髪が逆立ち、瞳が恐怖に見開かれる。しかしそれ以上に、向けられた殺意への恐怖が勝っていた。

 

 ゴッ、と。無機質な打撃音が一つ。

 

「え?」

 

 まりなは凍ったように停止した。

 黄金の髪が風に揺れたまま、ぴたりと止まる。

 瞳は焦点を失い、まるで糸の切れた人形のように虚ろだ。

 そこには怒りも恐怖もなく、ただの空白だけが広がっていた。

 

「まりなちゃん」

 

 タコピーは生存確認するように、その触手で足の裏を突く。

 ぬめぬめとした触手の先が、まりなの靴底を軽く押す。

 吸盤がぴちゃりと音を立て、泥が跳ねる。

 何の反応もない──。

 タコピーの丸い瞳が、心配そうに細まる。

 

「……なんだかおかしいっピ。痛いのはよくないっピしね。タイムカメラでやり直して、ちゃんとお話──」

 

 タコピーは慌ててタイムカメラを取り出す。

 桃色の表面が、鈍く光る。

 触手が震えながらボタンに伸びる。

 しずかは地面に這ったまま、息を詰めて見つめている。

 チャッピーの首輪が、彼女の指の間で冷たく光る。

 

 カチッ

 

 触手がボタンに触れるも、何も起こらない。

 ただ一つ、無機質な機械音が響くだけだった。

 林の静寂を切り裂く、乾いた音。

 タコピーの瞳が、驚きに見開かれる。

 

 カチッ、カチッ、カチッ……。

 

 何度押しても変わらない。

 触手が激しく動き、ボタンを連打する。

 機械音が重なり、耳障りに響く。

 血塗られた一角。打撃に用いられたタイムカメラは壊れていた。

 

「死んだ?」

 

 しずかのか細くもどこか希望に満ちた声、そして──

 

「タコピー鬼つええ! 逆らう奴ら全員ぶっ殺していこうぜ!」

 

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