『改めて、礼を言うわ。勝利、竜崎。助けに来てくれて、ありがとう』
「うん。どういたしまして」
「へっ。お前に真っすぐ礼言われるなんざ、むず痒くてしゃあないわ」
竜崎の手から勝利の腕の中へと渡された舞が、はっきりと2人に向き合い、礼を告げる。
勝利はそれを真っすぐに受け止め、竜崎は気恥ずかしそうに顔を逸らす。
『……それでも言うわ。今回ばかりは、本当に助けられた。2人はあたしのために、命がけの決闘を戦ってくれた』
「何言ってんだよ舞さん。命がけとか、ライディングデュエルとか、そんなの関係ない。舞さんを、助けたかった。あそこで舞さんを助けるために走り出せなかったら、僕の大切なものが壊れてしまう。だから、僕は戦ったんだよ」
『勝利……』
あっけらかんという勝利の言葉を受けて、舞は竜崎の方に顔を向ける。
竜崎はほんの少し眉間に皺を寄せながら、舞の視線から顔を逸らして勝利を見る。
すると勝利が、ね? と言ってこちらを見てくるため、何かを諦めたようにため息を吐く。
「……ま、そういうこっちゃ」
竜崎は頬を書きながら、必死に自分を落ち着けて話す。
自分の中で生まれた、新たな感情。
それがどうしようもなく溢れてきて……恥ずかしいことを言ったことを、いまさらながらに自覚する。
『友達だからや!』
「……」
何とか誤魔化して次に進もうとする竜崎。
しかし、そこに勝利の純真が刺さる。
「僕からも礼を言うよ、竜崎君。ありがとう。舞さんを助けてくれて。僕を助けてくれて……僕たちと、友達でいてくれて」
「っ!? お前っちゅう奴はホンマ……」
竜崎の心中など露知らず、笑顔と手のひらを向ける勝利。
フード越しに頭をガシガシとかき回した後、その手をぱんっと右手で打ち鳴らす。
「いって」
「やっとる場合か。孔雀舞を取り返すっちゅう目的は達成したんや。こんなところで、いつまでも止まっとるわけにはいかんやろ」
打たれて痛む手のひらを振りながら、勝利が同意する」
「クックック……そうだね。名残惜しいけど、時間がない。早いところ遊戯君や海馬君たちと合流して、舞さんの体を取り戻さないと」
そういって勝利は、舞の人形を再び竜崎に渡す。
そして竜崎が再び勝利の後ろにかけ、その間に舞を乗せて落ちないように固定する。
「もう運転も相当慣れたから、ぶっ飛ばしていくよ。竜崎君、舞さんと一緒に振り落とされないようにね」
そしてハンドルを捻り、エンジンを鳴らす。
はん、と一言返したのを、承知したと判断し、勝利はバイクを走らせた。
再び荒野のど真ん中を駆けるバイクの音が、障害のない地平線へ響き渡る。
『……さっきも見てたけど、慣れたものね』
「どうにもなじむんだよね。このバイクが。僕の無茶に答えてくれる、いいやつだよ」
勝利が舞の言葉に対して、バイクを撫でながら笑いかけて言う。
唸るようなエンジン音が、勝利の言葉に喜んでいるように聞こえた。
「……バイクに慣れて足の心配がなくなったんはええことやけど、問題はいったいどうやって遊戯たちをさがすかやな」
「ああ、それなら大丈夫。今、遊戯君たちの方向に向かってるから」
「は?」
勝利の不意に出た言葉に、竜崎の頭に疑問符が沸く。
「何のことや? お前に今の遊戯たちの居場所なんか、わかるわけないやろ?」
『……ふふっ』
竜崎の至極真っ当な言い分に、舞は思わず竜崎の顔を見て……正確には、竜崎の頭の上で、抗議して騒いでいる彼らの姿を見て、笑う。
「……友達の竜崎君には、教えてあげよう」
勝利が言う。
勝利の後ろにいる竜崎たちにはその表情は見えないが、勝利の声はやたらと弾んでいて、楽しそうだった。
「僕には、不可能を可能にしてくれる、友達がついているのさ」
『ぴぃぴぃ!』
『かぁかぁ!』
自分たちがいるだろう。とでも言っているのだろうか。
竜崎の頭の上で、つついたり踏みつけたりしながらはしゃぐブリザードたち。
見えてないから、無理でしょう。と、心の中で呟く舞。
でも、それは口に出さない。
見えてなくても、感じてなくても。
『BF』たちは、共に戦った竜崎を信頼している。
竜崎は、共に戦った『BF』たちに、愛されている。
それが、よく伝わってきた。
「……まあ、結局お前のその意味不明な感覚で舞までたどり着いたんやから、別に文句はないけどな」
「助かるよ」
諦めたような竜崎の言葉を、2人とBFたちが笑った。
「しかし……まさかBIG5のおっさんども以外にも、ワイらの事を狙う刺客がおるとは思わなんだわ」
『同感ね……あの乃亜ってやつに、ほかに後何人手ごまがいるのかもわからない。やっぱり遊戯たちとの合流は急がなくちゃならないわ』
「……うん。そうだね」
『……? 勝利?』
口では同意をする勝利だったがその声色から浮かない顔をしているのがありありと想像できた。
舞は不安そうに、勝利に聞き返す。
それに合わせて、竜崎も尋ねた。
「なんや。なんか気になることでもあるんか?」
「……うん。でも、定かじゃない」
「言えや」
『言いなさい』
声をそろえる2人の圧に、勝利はぽつりと零すように語り始める。
「……"スカルライダー”の、あの声……聴いたことある気がするんだ」
「なんやと?」
『どこで?』
「……それが、思い出せない……記憶力とか、人の事を覚えるのとかは、それなりに得意なはずなんだけど……」
勝利は少し俯いて、自分の記憶を必死に探る。
(……でも、性格はさりとて、あんなすごい決闘の腕を持っている人だったら、忘れようはずもないはずなのに。なんだろう……この感じ。心に、変な靄がかかっているような嫌な感じ)
この空間に来てから何度も感じていた違和感を、勝利は自分の中で形にして感じた。
(……何か、あるんだ。あの乃亜ってやつとも、BIG5たちの狙いとも違う。何か、別で動いている何者かの思惑が……)
「……急ごう。遊戯君たちが心配だ」
不安を振り切るようにアクセルを捻る勝利。
それを察してか、舞も竜崎も押し黙り、勝利の服の裾を掴む。
舞を取り戻した。
決闘を制した。
だがそれでも、何か不穏なものを振り払いきることはできなかった。
『さあ! 貴様らの肉体、ワシらがいただく!』
『ぴちぴちの若い女の体は、私のものです!』
『さあ……あなたたちの判決はもう決まっている!』
『海馬瀬人への復讐の前に、まずはお前らからだ!』
「くっそぉ! きたねえぞてめえら!」
「本田さん……」
「大丈夫、静香ちゃん! おい、御伽! もっと速度でねえのか!?」
「アクセルべた踏みだよ! 君の方こそ、静香ちゃんをしっかり守ってろ!」
勝利たちが必死に走るそのころ。
御伽、本田、静香の3人を乗せるトラックもまた、荒野を必死に駆けずりまわっていた。
その3人の後につく追跡者たち。
"深海の戦士”、大下幸之助。
"ペンギン・ナイトメア”、大瀧修三。
"ジャッジマン”、大岡筑前。
"サイコ・ショッカー”、大門小五郎。
すでに遊戯や勝利、竜崎、海馬によって敗北を喫したはずの彼らが、今度は実力行使によって御伽たちに襲い掛かる。
唯一運転の経験のある御伽が必死に猛攻を回避しようとするが、所詮はぼろの軽トラの運転。襲い掛かるモンスターたちの攻撃を左右の運転だけで躱しきることなどできない。
「ちきしょお……行けっ! "コマンダー"! "レアメタル・ナイト”!」
『無駄だ無駄だ!』
荷台で静香を守るようにBIG5と相対する本田。
しかし、本田の決闘の腕程度では、彼らの猛攻をさばききることなどできはしなかった。
本田の召喚したモンスターたちは、"深海の戦士”と"サイコ・ショッカー”の一撃によって簡単に沈む。
『フハハハハ。さあ、食らいなさい!』
『私も女の子の体を手に入れるのです!』
「いやあ!」
「くそっ! 来るんじゃねえ!!」
"ジャッジマン”と"ペンギン・ナイトメア”が、本田たちに迫る。
しかしその時、不思議なことが起こる。
『ぐわぁ!!?』
『な、なんですとぉ!?』
本田たちが思わず顔を伏せた、彼らの体に手が届きそうなその瞬間に2体のモンスターが弾き飛ばされ、本田たちの近くからふっとんで消えていく。
『な、何をしている!?』
『わ、私たちのせいではありません!』
『な、なんだ今の力は……何かが、奴らを守っている?』
『下らんことを言っている場合か!? 今が我々が肉体を手に入れるラストチャンスなのだ!』
何が
起きたのかわからない本田たちは互いに顔を見合わせた後、離れていったBIG5の困惑の表情を見て彼らにとっても何か不都合が起きていることを察した。
『ええい! 煩わしい! もういい! 我らでいっぺんに囲むぞ!』
言うと4人のうちの2人、"深海の戦士”と"サイコ・ショッカー”がトラックの前に回り、御伽の運転を妨害する。
「ちぃ!!」
舗装された道を外れるようにハンドルを切り、何としても逃げきろうとする御伽の運転を見て、"深海の戦士”はにやりと笑いカードをディスクにセットする。
『おっと。そちらは通行禁止だ。罠カード発動! "進入禁止!No Entry”!』
「なっ!? 何!?」
すると御伽の進行方向に『封鎖中』の文字が現れるとともに、運転しているトラックの速度が勝手に落ちていく。
御伽は必死にアクセルを踏み込むもののその力がトラックに伝わることはなく、やがてトラックは静かになって止まってしまった。
「くっそぉ! ダメだ、動かない!」
「そ、そんな……」
『袋のネズミ、といったところか』
『フフフ……若い女の子の体はすべて私のもの!』
『一つ足りんが、まあいい。あとで他の者の体も奪えばいい』
『さあ……いただきますよ』
停止したトラックを囲むように立つBIG5に、逃げ場がなくなったことを悟って地団太を踏み、悔しそうにハンドルを叩いてクラクションを鳴らす本田と御伽。
にじり寄ってくるBIG5たち。
絶対絶命。
(……お兄ちゃん……竜崎さん……)
「「「「覚悟!」」」」
絶望が過ぎった、その時。
荒野を、大地を。
風が、力が駆け抜ける。
「受け止めろ! コガラシ! ガスト!」
「弾き飛ばせ! キング・レックス! メガザウラー!」
『『ぐわっ!』』
『『ぎゃお!』』
「な、何っ!?」
「なんですとぉ!!?」
突如現れたBFが、"深海の戦士”の槍を、"ジャッジマン”の拳を受け止める。
突如現れた恐竜が、"ペンギン・ナイトメア”の鞭を、"サイコ・ショッカー”の光線をはじく。
その様子に、響き渡ったその声に。本田や御伽、静香の顔が一気に弾ける。
「竜崎さん!!」
「「勝利(くん)!!」」
「僕の大切な仲間に、これ以上手は出させない!」
荒野の岩場の影から飛んできた勝利が、漆黒のバイクを乗り回して本田たちのトラックの傍に着地し、BIG5に向き直る。
静香と顔を見合わせた竜崎がとっさに手元のものを、静香に投げ渡す。
「静香! 受け取れ!」
「えっ? は、はい!」
投げ渡されたそれを、とっさにキャッチする静香。
きゃっ。これを漏らすそれが手元に収まって初めて、渡されたものが見覚えのある人形であることに気づく。
『ちょっと! レディはもっと丁重に扱いなさいよ!』
その元気のいい怒号が彼女の健常を雄弁に語っており、思わず嬉しくなって声が上がる。
「っ!!? 舞さん! 無事だったんですね!」
『ええ……心配かけちゃったわね』
「舞の姉御! よかった!」
(シュラ、クリス。君たちも、ありがとう。みんなの事を、ちゃんと守ってくれてたんだね)
『……』
空中に感謝の念を飛ばす勝利。
それに無言で頷いた2体が、そっと勝利のディスクへと戻っていく。
『ちぃ……所詮はしたっぱ。大した戦力にはならなかったか』
『まあいいでしょう。ここで我々が黒羽勝利の体を奪えばいいだけのはなし』
「そうはいくもんか。行くよ、竜崎君!」
「おう!」
そして2人は、同時に1枚のカードを掲げ、ディスクに振り下ろした。
「レベル4"BF-陽炎のカームに”、レベル4チューナーモンスター、"BF-東雲のコチ"を、チューニング!」
「キング・レックスとメガザウラーを生贄や!」
空から、黒き翼が降り注ぐ。
大地を、圧倒的力が打ち鳴らす。
「シンクロ召喚! 舞い上がれ、"ブラックフェザー・ドラゴン”!」
「生贄召喚! 蹴散らしたれや、"タイラント・ドラゴン”!」
『ふぁー!!!』
『ぐおお!!!』
『な、なあ!!?』
『こ、こいつら!』
登場した"ブラックフェザー・ドラゴン”が羽を飛ばし、トラックの周りをぐるぐると回す。数秒もないうちにその羽の動きが、強い風を伴い、BIG5たちを巻き込んでいく。
『こ、これは!?』
『なんですかこれは!?』
『み、身動きが!』
『まずい!』
「竜崎君!」
「よっしゃ! いったれ、"タイラント・ドラゴン”!」
その風に合わせるように、"タイラント・ドラゴン”がブレスをぶつける。
"ブラックフェザー・ドラゴン”が生み出したそれは次第に熱を帯びていき、やがてすさまじい上昇気流がBIG5たちをとらえる。
『っ! あの馬鹿ども! 本田、静香ちゃん! トラックにつかまりなさい!』
「えっ!?」
「は、はい!」
舞の叫びに、本田と静香がトラックにしがみつく。
「いっけえ! "ブラックフェザー・ドラゴン”!」
「"タイラント・ドラゴン”!」
「「『紅蓮の、タイラント・ストリーム』!!!」」
『『『『ぐおおおおあああああああああ!!!!!!!!?』』』』
熱風の力に巻き上げられ、吹き飛ばされていくBIG5。
何とかしなくては。
体制を立て直すべく、皆が新たなカードを取り出そうとしたその瞬間に、空が光り輝いた。
『お前たち……また勝手をして、無様を晒したな』
『の、乃亜様!!?』
『乃亜様、お待ちを!?』
『ただ我々は、体を手に入れたく……』
『乃亜様に歯向かう気などなく……』
『言い訳無用!』
そして、さらに空の光が強まり、その力に飲まれたモンスターたちが、消えていく。
"ブラックフェザー・ドラゴン”も、"タイラント・ドラゴン”も。
そして……BIG5の面々も。
皆が光に目をやられたその隙に、いつの間にか消えていった。
「……乃亜……」
「結局のところあいつはいったい、なんなんや……」
竜崎の零したその言葉が、場の全員の気持ちの代弁だった。
せっかく危機を乗り越えたというのに、不安の種はぬぐい切れていなく、微妙な空気が場を支配する。
然し、次に響いた言葉が、その場の空気を一変させた。
「勝利君! みんな!!」
声の方に顔を向ける。
そこには、こちらに向かって走ってくる、最高の友の笑顔があった。
「遊戯君! それに、杏子ちゃん! ははっ!」
バイクから降りて遊戯に駆け寄る勝利。
短いようで長く離れたいた2人は、合流を心から喜ぶ。
「よかった、勝利君! ここに戻ってきたってことは、勝ったんだね!」
「竜崎君がね。本当に助かったよ」
「お前も戦ったやろ。わざわざワイの事もちあげんでええわ」
「舞さん、静香ちゃん! よかった……2人とも無事ね!」
「杏子さん!」
『ひどい目にあったけど、何とかね』
舞を抱えたままの静香の手を杏子が引いて、トラックの荷台から2人を下す。
本田と御伽も笑いながら、皆との合流を喜んだ。
「……海馬君も、無事なようなね」
「……ふん」
勝利は遊戯の後ろからゆっくりと現れた海馬に対して、少し言葉を選ぶようにして勝利が言う。その気遣いを察したが元来の気質か、ぶっきら棒に返事をする海馬。
勝利は気づいている。
この場に、唯一顔を見せていない存在。
海馬の、最愛の弟。
モクバの姿が、そこにはなかった。
「「決闘に負けたかと思ったら今度は力づくで体を奪おうとするとは、全く呆れた大人たちだね、君たちは」
『『『『……』』』』
コンピューター世界の中心ですべてを眺めながら話す乃亜の言い分に、モニターの先に存在するBIG5が黙りこくる。
文句を言おうにも乃亜の機嫌を損ねたら最後、自分たちは存在ごと消される。
そもそも体が存在しない現状、歯向かうこともまともにはできなかった。
「敗北した今、君たちの役目はもう終わった。二度と僕の前に姿を現さないでくれ」
『お、お待ちください乃亜様!』
『私たちは、どうしても生身の身体を手に入れたいのです!』
『ぴちぴちの、若い体が……』
「1つ手に入ったじゃないか。大事にしなよ」
『あれは、大田が! 我々にはあと4人の身体が必要なのです』
「知ったことではないね」
『まあ待て。乃亜様のおっしゃることももっともだ』
そこに1人の男が会話に追加される。
うんざりするように乃亜が調整したモニターの先に、舞の姿が映る。
椅子にどかりと腰かけて、ドリンクを飲みながら優雅に他の4人と乃亜を眺める男。
海馬コーポレーションの鬼軍曹、大田宗一郎。
キャラに似合わぬその在りようはまさに舞の姿のロールプレイを楽しんでいるかのようで、他のBIG5の面々の不快感をより煽る。
『大田、貴様!』
『もとはといえば貴様らが決闘に負けてしまったことが問題なのだからな。しかし、ワシは孔雀舞に勝った。あのデュエル・クエストでの復讐を果たし、乃亜様から賜った指令も見事に達成して見せた! だからこの肉体は、ワシの者だというわけだ!』
『決闘に勝った? ハンデによって拾った、ただの相打ちだったのだろう?』
『しかも孔雀舞の身体を手に入れることができたのは、ただの偶然。時の運が向いただけだ』
『お前も我々と同じ敗者だ! その肉体を手に入れる権利は、我らに平等にある!』
『なんだと!?』
モニター越しに小競り合いを始めるBIG5の哀れな姿に、乃亜は大きな大きなため息を吐いた後に、苛立ちをぶつける。
「頼むから、僕の前でこれ以上醜い争いを始めないでくれ!」
『の、乃亜様……』
今の自分より何周りも年を重ねた男たちの無様なすり寄りを見て、もう一つため息を吐いた後に、落ち着いた様子の乃亜が顔を上げる。
「仕方がない……まだ達成できていない目標もある……お前たちにもう一度だけチャンスをやろう」
『『『『おお……』』』』
まるで餌を喜ぶ飼い犬のような様子の大人たちに苛立ちを隠さず、そのままに指令を告げる。
「海馬瀬人が唯一好敵手と認めている、武藤遊戯。そして……黒羽勝利。この2人を決闘の舞台に引きずり出し、勝利して見せな。そうすれば、僕が4人分の肉体を、用意してあげるよ」
「な、なんだって!? 乃亜が、海馬コーポレーション元社長の息子だって!?」
「ええ。確かにそういってたわ……」
「……そら、養子の立場で海馬コーポレーションの社長の座に座った海馬を恨むのは道理といえば道理やな」
「……フン」
互いの場所で発生した出来事、決闘、そして起こった事実を交換し、状況を整理する皆。
そこで、『乃亜が海馬剛三郎の実子である』という衝撃の事実を知ることとなった。
「……だから、海馬君をより追い詰めるために、モクバ君を狙ったってことか」
「うん。乃亜は海馬君に、すごい対抗意識を持ってるみたいだったから……」
「しかし今の話に、あの"スカルライダー”の話は出てきてないぜ?」
「だね。勝利くんや舞の姉御を狙った理由もその正体も、わからないままだ」
深まっていく謎、複雑化していく状況に、頭を悩ませている遊戯たち。
そんな中勝利が、無言でこの場を立ち去ろうとする海馬に声をかける。
「海馬君」
「……」
「モクバ君を助けに行くんだろうけど、その前に。1つだけ聞きたいことがある」
「……なんだ?」
「さっき話した、『ライディングデュエル』。あれは、海馬コーポレーションで以前に考えられて、頓挫して立ち消えた企画だと聞いた。それって、海馬君が考えたの?」
「違う。俺が会社を乗っ取る前の、剛三郎の時点で上がっていた企画だ。我が海馬コーポレーションがホビー参入する前の軍事産業中心の際に出された企画故にまともに一考もされずに消えていった代物。俺も乗っ取り後に目を通しデータだけは把握しているが、その"スカルライダー”が抜かした通り、危険すぎる故に現代技術では不可能とされて廃棄された過去の遺物だ」
「……なるほど」
(なら、ライディングデュエルを知っていたあの"スカルライダー”かその後ろにいる人間は、BIG5に近いほど古き海馬コーポレーションと関りの深い人間である可能性が高い……いよいよ、心あたりがなくなってきた。いったい、誰がこの図を描いているんだ……)
思案顔で顔を伏せる勝利。
そんな勝利の思考を引き裂いたのは、最愛にして、今最も聞きたくない女の声だった。
「フハハハハ! また会ったな! 武藤遊戯とその仲間たち!」
「こ、この声は!!?」
「舞さん!!?」
「くそっ、どこだ!」
『あそこよ!!』
人形の腕で本物の舞が、近くの岩場の崖上を指さす。
その先端には、ブロンドの髪を靡かせながら凛々しく立つ舞の姿があった。
愛しいその姿に嫌悪感を覚えてしまうこの状況が、勝利の心を余計にかき乱す。
「貴様……BIG5!」
「今舞の姉御の体の中にいるのは……工場長の、大田とかいうやつ」
『フハハハハ! 大田だけではないぞ!』
『体はその孔雀舞のものではありますが』
『今この体の中にいるのは……』
『我らBIG5!』
そして舞の身体の後ろに、5体のモンスターが現れる。
"深海の戦士”。
"ペンギン・ナイトメア”。
"ジャッジマン”。
"サイコ・ショッカー”。
そして、"機械軍曹”。
『人の体で、遊んでんじゃないわよ!』
舞の訴えなどどこ吹く風のBIG5。
その視線の先には……遊戯。
そして……勝利がいた。
(ちっ……ワシが手に入れた体だというのに……)
舞の体の中で意気揚々とする4人に対し、大田が忌々しそうに舌打ちする。
(さて、遊戯と勝利に決闘を申し込むとするか)
(お待ちを)
そんな中、4人に対して今度は大岡が待ったをかける。
(どうせあの2人を相手どることになるのなら、先に私に交渉をさせなさい。この敏腕弁護士大岡が、好条件を引きずり出してあげましょう)
(ふむ。それはありだな。実際に戦った私のデータから言っても、孔雀舞の身体を打ばれているというこの現状。あの黒羽勝利が黙ってみていられる性格なはずもない。うまくいけば好条件を引きずり出せるやもしれん)
(グフフ。ならば挑発はこのわたしが担当しましょう)
「……さて、武藤遊戯。今一度我らBIG5と決闘だ!」
「……わかった! その代わり、僕が勝ったら舞さんの身体を返してもらうよ!」
「ンフフ。いいでしょう」
「うげっ……あの喋り方、ペンギン……」
戦ってた経験からその喋りの厭らしさを感じ取った杏子は、顔を顰めて体を自分の腕で抱きしめる。
果たしてわざとか、それとも本人の気質故か。
舞の身体をくねくねとよじらせながら、大瀧修三が言葉を紡ぐ。
「ンフフ。この決闘が終わった今度こそ、ぴちぴちギャルの身体を手に入れて見せますよ。こんな年増の香水くさい女の身体だけでは、物足りませんからねぇ」
ブチッ。
「あ゛あ゛!?」
勝利の何かが完全に切れた音を、全員が耳にした。
竜崎はあちゃあ、とあきらめたように顔を伏せ、杏子と静香はその見たこともない形相に、思わずひっと声を出して後ずさりする。
「っ!!? ま、勝利!?」
「勝利君、落ち着け!!?」
『お馬鹿! あんたそんな簡単に……』
必死に止めようとする本田と御伽だったが、聞いたことのない勝利の低い声と口から漏れ出る呪詛のような声に怯み、止められないことを察した。
「……退いて」
静かにそういった勝利は、ゆっくりと歩き出す。
勝利の様子に思わず腰が引けた2人は、ゆっくりと間を抜けていく勝利に声をかけることもままならない。
そして2人の肩を、竜崎がぽんと叩く。
「無理や。嵐に巻き込まれんよう、さがっとき」
『……あれを送りだすんなら、いざとなったらあんたが目覚まさせなさいよ、竜崎』
「できたらな」
「……遊戯君、僕も戦う」
「しょ、勝利君」
「止めても無駄だよ。もともと、遊戯君一人に任せるつもりはなかったけど……あんなことを言われて黙っていられるほど、僕の舞さんへの想いは安くない」
「……わかった」
(ンフフ。簡単なものです)
(よくやりましたよ大瀧。ここからは、私が担当しましょう)
「ふむ。遊戯と勝利の2対1ですか。であれば、こちらもハンデをいただきたいものですねえ」
「っ!? 竜崎さん、あの人……」
「ああ……あの、悪徳弁護士や」
「タッグデュエル。であれば、竜崎たちと決闘した時同様、ターンは『わたしたち→遊戯→わたしたち→勝利→わたしたち』の周り順。LPはそちらが4000、4000に対し、わたしたちが8000。初期手札は10枚。デッキマスターは我々BIG5のモンスターの持ち回り。そちらは各プレイヤー1体ずつ。といったところでいかがでしょう?」
「な、なんだその条件!?」
「お前たちに有利すぎるだろ!!?」
「初期の手札やLP、条件をそろえるための提案ですよ。別に飲む必要はありません。我々は武藤遊戯と戦うことができればそれでいいのですから」
「おんどれ……足元みよって!」
「……遊戯君」
怒りを必死に飲み込み、煮え切る想いを抑えた勝利が、遊戯に問う。
これでも、いいか。
一緒に、戦ってくれるか。
そんな様子の勝利に、千年パズルの輝きが答える。
「やってやろうぜ、勝利君! 俺と君が組めば最強だ。どんな相手にだって、負けやしない!」
「っ! ああ! その条件で、受けて立つ!」
「フッ、いいだろう」
そうして全員の、決闘盤が開く。
(完全な条件が整ったな)
(後は奴らを、嬲って見せるだけ!)
(ぴちぴちギャルの身体は、すぐそこにある!)
(こいつらを葬った後は、海馬瀬人へのリベンジ。それですべて完了だ!)
「俺はデッキマスターに、"ブラック・マジシャン”を選択!」
「僕はデッキマスターに、"ブラックフェザー・ドラゴン”を選択!」
「さあ、始めよう!」
BIG5 LP 8000
「「「デュエル!」」」
遊戯&勝利 LP 4000 & 4000
本作史上一番キレた勝利
一瞬とはいえここまで冷静さを欠いたのは初ですね。
次回から、変則タッグ開始。
お楽しみに。