「おらあ! 勝利、起きなさい!」
「どわあ!」
勝利の決闘者王国二日目の朝は、美女の顔のドアップと怒号から幕を開ける。
「……舞さん。朝から元気だね……」
寝ぼけ眼をこすりながら、寝袋から這い出た勝利は、手持ちの水で顔を洗いながら無理やり目を覚ます。それでも頭が半覚醒状態のままだが、かっこがつかないままでは良くないと無理やり顔をたたいて立ち上がり、舞のほうへと歩いていく。
「さあ、さっさとご飯食べちゃいなさい。早いところ片づけて、ここを出るわよ」
言われて周りを見ると、勝利が寝袋を敷いていたすぐそばの木陰に、小さなイスとテーブルが展開されていた。
その上には、パンとサラダの簡単な朝食が用意されている。
あまりの驚きに、勝利の頭が一気に冴え、目も限界まで見開かれた。
「……まさか、舞さんが僕の分も用意してくれたの?」
「……まさかって何よ」
「い、いや。なんでも。ありがとう」
驚愕を素直に言葉にしてしまったことを反省し、すぐに感謝の言葉を述べて立ち上がる。
そうして寝袋を片付けながら、舞に話しかける。
「でも、僕らだけ食べるのも申し訳ないよ。遊戯君たちはまだ寝てるんでしょ? 彼らの分は僕が用意するから、一緒に食べよう」
「それも大丈夫よ。杏子に最低限の食料と準備は渡してあるから。あいつらでも自分で用意するくらいできるでしょ?」
そっけなく、という雰囲気では舞がその言葉を言っていないことは伝わっているので、明るい調子のまま次の言葉を続ける。
「やっぱり、遊戯君たちとは別れる気なんだね」
「まあね。別にもう馬鹿にしてるわけでもないけど、大人数でぞろぞろと行動するのは性に合わないわ」
「ふふっ。まあ、そういうこともあるよね」
勝利はテーブルに着き、少し焼けた香ばしいパンをかじりながら話す。
舞も席について話し出すが、表情を見せまいと少し明後日の方向を向いていた。
「……別に、あいつらと一緒に行きたきゃ、あたしとも別れたってかまわないわよ」
今度は作ったようなそっけない態度でいう舞に、勝利はおかしくなってくすくすと笑った。
(僕をおいていきたければ、起こさず出ていけばよかっただけなのに……)
「……何よ」
少し不機嫌な様子の舞に、勝利は満面の笑みで言う。
「言っただろ、『舞さんのデュエルを、もっと見ていたい』って」
「……」
「もちろん、舞さんと一緒に行くよ。これで舞さんの決闘は、僕の独り占めだ」
「……馬鹿」
そっぽを向いたまま、舞がそう呟いた。
揶揄われたと思った舞の機嫌を多少損なったことを犠牲に、勝利は楽しい朝を過ごした。
それから、片付けを完了し、次の決闘相手を探すべく歩き出しとしばらくしたころ。
「ねえ、ちょっと……勝利?」
「何、舞さん?」
「何じゃないわよ……その歩き方は何のつもり?」
腕を組んだ舞が辟易した様子で、先行する勝利に声をかける。
勝利はといえば、時折木陰に身を隠しながら、森の様子を伺いつつ舞の進む道を先導していた。
護衛……というよりは、偵察部隊や斥候のような振る舞いだった。
「昨日の盗人みたいに、プレイヤーキラーが僕たちを狙っているかもしれないからね。もう絶対、舞さんを危険な目に合わせることはしないよ」
(みんなも、なんか様子がおかしなことがあったら、すぐに知らせてね)
『ぴーっ!』
『友達』にも声をかけ、万全の体制をとる勝利。
そんな勝利の言葉と行動に、照れ半分、あきれ半分の何とも言えない表情を浮かべる舞。気持ち自体はうれしいのだが、行動を始めてからずっとこの調子なのでいつまでたっても先に進まない。
「まあ、もうちょっとだけ辛抱してよ。どうせ僕らのデッキ的にも、森中で決闘をするのは下策だ。視界が悪く、舞台としても適当じゃない森を抜けてしまえばもう安心さ」
「……それはそうなんだけどね」
勝利の純粋な好意であることと、正論であるということから、この大仰な状況を仕方なしに飲みこむこととした。
(まったく……あたしはそういう、守られるガーリーな女じゃないっていうのに……)
ホントに、馬鹿なんだから。
もう一つあきれ交じりの声を漏らし、目の前の小さな背中についていく。
勝利から見えていないその表情は、優しい笑顔だった。
さらに数十分後。早朝という時間が終わり、そろそろほかの決闘者たちも活動を始めているころだろう。
ぼちぼち森を抜ける頃合いだろうけれども、油断はできない。
より一層気を引き締める勝利に、舞から声がかかる。
「ねえ、勝利……ちょっと、ここで待っててくれない?」
「……舞さん?」
「ちょっとだけ、席外すから」
舞のその発言に、勝利は目を丸くする。
「だ、ダメだよ舞さん! ここまで、しっかり警戒して歩いてきてうまくいっているんだ! もう少しで森を抜けて開けた場所まで移動できる! それまでは、僕と一緒にあだぁ!!!?」
力説をする勝利の頭に舞の拳骨が叩き込まれ、勝利の言葉が悶絶に変わる。
「レディーが一人になりたいって言ってんのよ! ちょっとは考えなさいこのおバカ!」
「~~~~っ!(お、お花摘みか……)し、失礼しました……」
「ふん!」
怒れる舞が森の奥に消えていくのを、頭を押さえながら見送る勝利。
しかし、発言の反省とは別に、状況の分析は冷静に行っていた。
(どうしよう……森の中で女性が一人きりだなんて、絶好のねらい目だ。でも、さすがについていくのは論外。何もないならそれでいいんだけど……)
今朝から持ち前の鋭い勘が、警報を鳴らし続けている。
用心するに越したことはない。
もう二度と、舞さんが不要に悲しむ姿を見たくはない。
その一心で、安全のための考えを巡らせる。
『ぴー! ぴーぴーぴー!』
そんな勝利の身の回りを、ブリザードがアピールするように飛び回っていた。
「……そうか、君なら……」
『ぴー!』
「行ってくれるのかい?」
勝利の問いに、任せろ。と言わんばかりの表情で、丸々とした胸を張る。
その様子は頼もしさよりもかわいさが勝るが、今からの仕事はその身でも十分だ。
「……わかった。なら、舞さんについていってあげてくれ。それで、様子がおかしければ、すぐに僕のところに戻ってくるんだ。何もなければ、舞さんと一緒に戻ってくる。いいね?」
『ぴー』
こくりと頷き、ブリザードが森に飛び立つ。
「……ちょっと待った!」
『ぴ?』
「……気にしたこともなかったんだけど……君って、♂か?」
『……ぴぃ?』
なんの事かもわからない。
といった様子のブリザードに、諦めた表情で勝利はいう。
「……いや、何でもない。頼んだよ、ブリザード」
『ぴー!』
(僕は行かない……僕は行かないから、許してください、舞さん!)
それからほんの数分。
勝利はただ、何も起こるな。と願い続けた。
しかし、そんな勝利の耳に、『聞こえるな』と願い続けた二つの愛しくも苦しい声が届いた。
『きゃーーーーー!?』
『ぴーーーーーー!』
舞の悲鳴と、翼を一生懸命にはためかせたブリザードの声が重なる。
それだけで、何が起こっているのかを一瞬で理解した。
「ブリザード! 案内を!」
『ぴー!」
ブリザードが顔を向ける方向に全力で走る勝利。
その姿に、一切の迷いはなかった。
(待ってて! 舞さん!)
「離しなさいよ! このっ!」
「暴れんじゃねえ、この
「おい! これ以上叫ばれたら面倒だ! 兄貴のとこ連れていく前に、殴るなり口ふさぐなりして黙らせろ!」
ほんの数秒森の中を全力で駆けた勝利は、最悪の想像通りの場面に出くわすこととなった。
舞の両腕を一人ずつつかみ、羽交い絞めにして逃がすまいとする男二人組。
そしてそれを引きはがすべく、決死の想いで必死に暴れまわる舞。
助けなきゃ。
舞さんを、助けなきゃ。
脳が、整理の機能を停止し、それだけが頭の中を支配する。
それ以上の思考が入り切る前に、
勝利の拳が、片側の男の横面を貫いた。
「っがはっ!」
男が吹き飛んで体を打ち付ける。不意の一撃で倒れ、意識を手放した様子だった。舞の左側が解放されたことで、勝利は舞をもう一人の混乱している男から無理やり引きはがす。
「な、なんだぁ! って、お前は、『クリエイター』!?」
「勝利!」
自分に抱き着く舞をそっと左腕に抱き寄せ、まだしがみつこうとしているメガネの男にも足での一撃をお見舞いする。
「舞さんから、離れろぉ!!!!」
「ぐぇ!?」
腹を思い切り蹴り飛ばされカエルのような声を上げて男が吹っ飛んでいく。
まだ安全とはいい難いが、ひとまず舞の奪還に成功したことに安堵を浮かべた。
「舞さん! 大丈夫!?」
「ええ……勝利、ありがとう。また、助けられたわ」
「いいんだよ、そんなことは……それより」
言いながら抱き合う舞をそっと離し、男たちのほうに目を向ける。
一撃目の男は、いまだ仰向けのままだったが、メガネの男のほうは呼吸を整えてこちらもにらんでいた。
「舞さん……ちょっと離れてて」
「っ! 勝利!?」
「大丈夫。喧嘩や暴力は好きじゃないけど……荒事は、そこそこ経験あるんだ」
拳や足の痛みを感じながらも、冷静な声を片腕を伸ばして舞を下がらせ、拳を構える男と正対する。
男は叫びながら、拳を振りかざして襲い掛かってくる。
「なめんなぁ!」
勝利は殴りかかってきた男の腕を軽くかわしたのち、手首を掴んで相手の背後に回り、関節を決める。
足で暴れられないように軽くひっかけ、決まった状態の腕を押し込んでコケさせ、その上からさらに抑え込んだ。
「い、いててててててててて!?」
「動くな。勝手に動くと、お前の腕が壊れる。決闘できない体でもいいなら、試してみるといいけどね」
「は、離せ! いてててて!」
「黙れ。おい、お前らは何の目的で舞さんを狙った?」
「し、知るかよ。離せって言ってんだろ……いてててて!」
「……もう一度だけ聞いてやる。なんの目的で舞さんを襲った?」
捻る腕の角度を上げると、男は泣き出しそうな声色でぺらぺらと喋りだした。
「お、俺の得意なフィールドに連れ込んで、決闘で星を奪い取ってやるつもりだったんだ! 今、
「……」
男の卑劣で身勝手な言葉に、思わず昨晩の盗人野郎を思い出し、締め上げる力が強くなる勝利。
こいつ……一体どうしてくれようか。
勝利の思考を物騒な考えが支配しだした時に、想定外のフォローが入った。
「いいわ、勝利。あたし、そいつらと決闘するわ」
「……舞さん?」
地べたに抑え込む勝利の正面に立ちなおし、舞がしゃがみ込んで、男と目線を合わせる。
その様子に、メガネよりも先に勝利が「ひえっ」と思わず声を漏らした。
(当たり前だけど……めちゃめちゃ怒ってる……)
「条件は二つ。正々堂々、決闘のみで決着をつけること。次に汚い真似をしたら、今度こそあんたの上に乗ってるそいつに、骨へし折ってもらう」
「ひっ!」
(……骨を折るとか、そんなヤクザみたいな……まあいいや、黙っていよう)
舞の淡々と話しながらも怒りが燃える瞳を見て、逆に先ほどまでの頭の熱が冷えてしまった勝利は、ゆっくりと舞の言葉を聞く。
「もう一つは、あんたの星は全掛け。5個すべての星を賭けること」
突っ伏している男の星の数を見て、そう告げる舞。
その条件に、勝利は少し首をかしげる。
(……舞さんは、星8個持っているから、城行のためなら星は2個賭けでいいはず。それをわざわざ5個賭けしているってことは……)
「……乙女の腕に痕をつけたあんたは、確実にあたしの手でこの島から葬ってあげるわ」
その言葉で、舞のプレッシャーが跳ね上がったのを感じた。
握りこむ拳と、その手首に残る痣を見て納得し、舞の怒りを煽らぬように言葉を続ける。
「……舞さん。なんにせよこの森はいったん出たほうがいい。君のデッキのため、っていうのもそうだけど、こいつらはほかにもまだ仲間がいるようなことを仄めかしてた。合流されるとまた面倒になっちゃうからね」
「ええ、そうね」
「お前らも、わかったな。言っとくけど、拒否権はないよ」
そういって、勝利はいまだ自分の下で突っ伏してうなり声をあげている男の手から、グローブを引っぺがして立ち上がる。
腕を掴まれたままの男はつられて立ち上がり、勝利に横に投げ飛ばされてもう一度自分から地面に突っ伏した。
「て、てめえ。何しやがる!」
文句を言うために振り返った男をよそに、勝利は気絶したもう一人の男の体を無理やり起こし、同じようにグローブを引っぺがした。
「別に僕らはお前らみたいに卑怯なことがしたいわけじゃないから、星は決闘で奪い取る。でも、今お前らにまた好き勝手されたら迷惑だからね。こうしてグローブを剝いでおけば、お前らはもう逃げられない。舞さんとの決闘から逃げるのであれば、残念だけど、お前らの星は海の中だ」
勝利の言葉と表情に、メガネの男が青ざめる。
勝利の発言が本気であることが容易に想像できたのだろう。
「決闘者なら、舞さんに決闘で勝てばいいのさ。できるもんならね」
「っ! 上等だ! 俺は『兄貴』から激レアカードを受け取ってんだよ! そんな女に、負けてたまるか!」
こうして、森の外まで歩いた勝利たちは丘上のデュエルボックスで勝負することに決めた。
「一応言っておくけどね、勝利。さっきの助けは感謝してる。でも、決闘中は手助け無用よ。相手がどんなクズだったとしても、あたしは今度こそ、正々堂々叩き潰すわ」
「……クックック。安心してよ、そのつもりさ。まともにやれば舞さんが、あんな卑怯者に負けるわけないんだからね」
星10個獲得への舞のラストデュエルは、こうして幕を開けた。
ちょっと短いですが、デュエル前なので。
モブ1とのデュエルになります。
はっきり言ってデュエルは全カットでもいいんですが、舞さんの星10到達の瞬間をカットするのもどうかと思うので、やります。
ネタバレ。舞さんが勝ちます。