「か、勝った……」
決闘を終えた勝利は、思わずその場にへたり込む。
疲労が、気苦労が、決闘の決着とともに爆発した。
立っているのもやっと。そんな自分の状態に、終わってから初めて気が付いた。
(……負けていた。戦術で、決闘の構成力で、圧倒的に)
手放しで喜べる結果ではない。
もう一度やれば、100%勝てはしない。
勝利は、そう確信していた。
終わってデッキを回収しようとした手が空振り、少し恥ずかしそうにして墓地の、フィールドのカードを集める。
(……デッキの誰が欠けていたとしても、僕の勝利はなかった。BFはもちろん、舞さんのカードも。そして……)
一枚のカードを抜き取る。
"時の機械-タイム・マシーン”。
キースに渡された、アンティカ―ド。
(あんたにも、助けられたよ……悔しいけどね)
「見事な決闘でした。黒羽勝利」
デッキを片付けたことを見計らってか、床に尻をつける勝利に、イシズが片手を差し伸べる。
一瞬驚いたが、その手を取って体を起こし、そのまま掴んだ手を軽く上下に振る。
「こちらこそ、いい決闘だったよ。正直、僕が勝てたのは奇跡だった」
「いいえ。あなたの方が、上でした」
勝利の言葉をすぐに否定し、イシズはパズルカードを渡す。
「……私には、千年タウクが描く未来を作り上げるだけの力しかありませんでした。あなたの言う通り、私には未来を掴む心が、勇気がなかった」
「べ、別に僕はそんな偉そうなことが言いたかったわけじゃあ……いや確かに、決闘中にだいぶ偉そうな講釈を垂れてしまったかもしれないけど……」
勝利の弁明交じりの言葉に、イシズはまた、首を振った。
「私は、未来が見えなくなったときに、あなたのデッキが尽きるまで戦い続けることを拒みました。仕掛ける罠がある。強力なモンスターもいる。だからこそ、今攻めるべき。そうして勝敗を焦ったその瞬間を、あなたの戦略に射抜かれた」
イシズの脳裏にあるのは、勝利のLPを削り切ろうとした、あの攻撃ターン。
勝利のデッキ切れを待つという選択ができずに、"アギト”を召喚し、攻撃に打って出た、あのターン。
その瞬間を、じっと信じて、耐え続けた勝利。
「デッキの力では、私があなたを上回っていたことでしょう。ですが、あなたには勇気があった。未来が見えずとも、未来を信じて、戦い続ける勇気。それが、未来を変える力を持つあなたの本質。今の決闘は、間違いなく私の負けでした」
受け取ってください。
そう言って言葉を締めくくり、もう一度パズルカード2枚、そして、カードを一枚差し出した。
「……このカード」
受け取った勝利はパズルカードをしまい、カードを表にする。
カードを見た勝利は、困惑の表情で固まっていた。
「……これまた、随分と……墓守には似つかわしくないカードだね」
「ええ。それは、私個人のカード。そして、私個人の願い」
勝利の苦笑が混じった台詞に、イシズは素直な肯定を返す。
「決して強力なカードでも、レアなカードでもないですが……私はそのカードに託していました。マリクを救うという、その願い。その未来を」
「……」
勝利は改めて、そのカードを見つめる。
イシズが言った通り、決してレア度の高いカードではない。
デッキに入れられないことはないが、より優れたカードだってあるだろう。
バトルシティのアンティの条件は、デッキの中の最もレア度の高いカード。このカードを突っぱねて、ほかのカードをもらうことも選択としてできないことはない。
しかし、そのカードの勝ち云々などよりも、イシズの言葉が勝利の心を離さなかった。
「このカードに、願いを、未来を託していた……そのカードを手放すってことは」
「はい……私は、このバトルシティから降ります」
勝利が、軽く息を飲んだ。
「……いいの? そんなに簡単に……マリクを、弟さんを救い出したかったんじゃあ……」
「もとより、パズルカードがなくなった私は、バトルシティは失格となります。それに……私には、マリクを止めるだけの力が、未来を変える勇気がなかった。それがよくわかりました」
だからこそ。
イシズは、そう力強く続けた。
「あなたに託させていただきたいのです。マリクを、止める役目を。墓守の、使命を」
「……確かに僕は、打倒グールズを誓っている。それに人を洗脳してカードを奪い取り、決闘を汚すマリクのやり方は気に入らない。でも……墓守の使命だなんて」
「身勝手な言い分であることは、承知しています」
「……むしろ、あなたはそれでいいの? マリクは神のカードを持つほどの決闘者なんだろ。僕がマリクを倒せる保証なんて、どこにもないよ」
「あなたを……あなたが持つ『未来』を掴む力を。あなたが起こす『奇跡』を。私は信じます」
ほんの数秒二人の間に静寂が訪れたのち、勝利が大きく息を吐いて、パズルカードとアンティカードをしまった。
「……できるかどうかなんかわからない。だから確約はしない」
「……」
「でも、もし。このバトルシティの中で、マリクと僕がぶつかるようなことになるならば。その時は全力で戦うことは約束するよ。あなたの分までね」
やれやれ、という言葉が漏れ出す、ため息交じりの笑顔でそういった。
それを見て、イシズは首の千年タウクを外す。
「では……これも、お持ちいただけますか?」
イシズは外したタウクを、勝利に差し出す。
その姿に、さすがにギョっとして後ずさる勝利。
「そ、それは!? なんでそんな大切なものを!?」
「これも、墓守に、我らイシュタール家に託された使命」
「……ちょっとまて!? 何それ!? 後出しで使命を追加しないでよ!?」
「すでにこのタウクはほぼ力を失っています。あなたが未来を変えたことによって」
勝利の抗議を流しながら、イシズは続けた。
「我々墓守の一族の使命。それは、王の魂を宿すものに、千年アイテムを献上すること。王の、記憶のために」
「……じゃあこれは、遊戯君に託せってこと?」
「いえ。どうするのかも含めて、あなたに託します。それも墓守の宿命ですから」
「……あなたねえ」
呆れた言葉が隠せもせずに漏れ出す。
使命だのなんだのと言ったわりに、随分と無責任なものだ。
そんな考えが頭を離れなかった。
「王は、千年アイテムをすべて集めることを使命としています。つまり、それを持つということは、いずれ王と決着をつける必要があるということになります」
「……遊戯君と決着をつけるのであれば、いずれ訪れる使命となる。ってこと」
イシズは、おそらく。と言って、自分の言葉を締めくくった。
(なんか……だんだんこの人にいいように言いくるめられているような気もしてきたけど……一応、受けてやると言ってしまったし。吐いた唾は、飲めないか)
「……首にはつけないよ。もう、先約があるからね」
「構いません」
ネックレスを翳す勝利に、即答で返したイシズ。
それを見て、勝利は完全にあきらめた。
「……背負ってあげるよ。あんたの使命。あくまで、僕がマリクと、遊戯君と戦う、ついでだけどね」
「感謝します」
千年タウクを受けとった、その瞬間。
二人を、大きな光が包み込む。
「な、何だ!?」
「こ、これは……すでに力を失ったはずの、千年タウクが!?」
二人の間の千年タウクが、大きく瞬いている。
その光は、次第にさらに大きくなり、二人を飲み込んでいった。
(なんだ……この、脳裏に浮かんで、次々に湧き上がってくる
映画のレコードのように、見覚えのないシーンの記憶が頭の中を巡りまわり支配する。
童実野町の街並みが、上ったことのないビルの景色が、誰かが走り回り揺れる視界が、次々と現れは消えていく。
そして……薄暗く、狭く、息苦しい。
どこなのかもわからない、嫌な空気であることだけが伝わる景色で、視界は止まった。
『……なんだ……ここは? これが……未来?』
(千年タウクは、僕に何を見せようとしているんだ……)
ごくりと、喉が音を鳴らす。
嫌な汗を止めるべく必死に胸を抑え心を落ち着けようとするが、鋭い勘が、打ち鳴らす警報を留めてくれない。
何かが起こる。
その未来に、何も起こるなと心で叫ぶ。
しかし、その未来が勝利の想いに応えることはなく。
残酷で、醜悪な、その姿を勝利の前に形にした。
その薄暗い空間に、光が差す。
まず、そこに入ってきたのは、杏子。
その後ろから入ってきたのが、モクバ。
そしてその後ろから入ってきたのが、見覚えのあるローブを身に纏い、下卑た笑い声を浮かべる男たち。
『……グールズ!』
二人が……グールズにつかまっている。
おそらく、神のカードを持つ海馬の、そして……遊戯をつり出すための人質として。
二人が部屋に押し込まれ、勝利の足元へとぞんざいに投げ捨てられる。
男たちはそれを確認し、乱暴にドアを閉じた。
倉庫のような場所で軟禁するつもりらしい。
グールズの手段を選ばぬ卑劣なやり方に、足元で倒れ伏す二人の姿に、勝利は思わず拳を握る。
起こりえる未来を見ていることしかできない今の自分に対する怒りが沸騰し、頭がどうにかなりそうだった。
『ぴぃ! ぴぃぴぃ! ぴー!』
殺さんばかりの鋭い視線でその場を睨みつける勝利に、頭上から友の声が響き渡る。
ふと頭を上げると、ブリザードが必死に旋回しながら、自分の名を叫んでいた。
『……ああ、ありがとう。ブリザード』
友の声に、頭の熱が少し引く。
改めて、今の自分の状況。そして今の自分ができることを一つずつまとめていく。
(これは、イシズの千年タウクが僕に見せる、未来の
勝利はふーと息を吐いた後顔を叩く。
いつもの方法で落ち着きを一定数まで取り戻した勝利は、改めてその醜悪な景色を目に入れる。
(杏子ちゃんとモクバ君の様子。倉庫の様子。全部を見るんだ。場所、時間、敵の情報。なんでもいい。彼らを助けるための、何か!)
すると倉庫の扉が、もう一度開く。
グールズが、もう一度、倉庫の中へと入ってきた。
好機。勝利はそう考えた。
(なんでもいい。グールズから、ドアの外の景色から、情報を得るんだ!)
しかし。
必死に取り戻した冷静さと平常心が、次の瞬間に吹き飛んで消えた。
否。そもそも、冷静さを完全に取り戻すことは、できていなかったのかもしれない。
少し考えれば、わかることだった。
軟禁部屋のドアを奴らが再び開ける意図など、一つしかない。
それは、人質の追加だということ。
そして……グールズの標的はすでに、遊戯と海馬だけではないということを。
『っ!!!!!? 舞さん!!!?』
グールズに捕らえられ、新たに倉庫へと投げ込まれた人物。
それは、孔雀舞。
勝利にとっての、人質だった。
勝利は衝動のままに走り出し、舞に駆け寄る。
近づくと、必死に抵抗したのだろう舞の乱れた髪や、手首の痣が目についた。
できることならばそのままグールズに殴りかかりたかった。
悔しさで、おかしくなりそうだった。
『舞さん! 舞さん!』
倉庫の床に倒れる舞に、必死に声をかける。
反応するはずはないが、それでも、勝利は叫ぶことしかできなかった。
「……しょう……り」
『っ! 舞さん!!!』
勝利が、手を伸ばす。
しかし、舞に触れることは叶わなかった。
「っ!? はぁ……はぁ……はぁ……」
再び、美術館の一室。
目の前の険しい表情のイシズを視界に収め、戻ってきたことを理解する。
しかし、勝利の心は荒れたままで、元通りとはいかなかった。
全身を滴る、青のシャツに大きな染みを作った汗が、それを物語る。
「……見えたのですね。未来が」
「……ああ。やっぱ、悪趣味だよ。そのアイテム」
八つ当たりのように嫌味がこぼれてしまったことを少し後悔しつつ、勝利はタウクを胸ポケットにしまう。
そして足早に、身を翻した。
(今のが……そう遠くない未来に起こる、現実の事だとするのであれば……こうしちゃいられない! 早く、舞さんを、みんなを助けないと!)
「お待ちください」
美術館の外へ駆け出そうとした勝利を、イシズが引き留める。
勝利は苛立ちをそのままに、乱暴に言葉を返した。
「もうあなたにかまっている暇はない! 僕には、時間がないんだ!」
「わかっています。私にも、見えていました。マリクの手に落ちる、あなたの仲間たちの姿が」
「っ!? だったら!」
「だからこそ、聞いていただきたいのです。私が見た、未来を。これがこのバトルシティで、私に残された、最後の務め」
勝利の怒号をもろともせず、反比例するような静かな声で告げるイシズ。
その様子をみて、勝利は止まり、感情を整理する時間を得る。
そうしたことで勝利は自分の焦りによる視野狭窄をようやく自覚して、数秒前の自分を恥じた。
「……確かに、今は情報が少しでもほしいところだ。イシズ、あなたが正しい。暴言を、謝罪する」
「かまいません。心象は、理解しているつもりです」
イシズは、そうして勝利が落ち着いたことを確認して、話し始めた。
「あなたの見た未来は、あなたの、仲間の未来。あなたが大切にするものの未来。そう思ってよいですか?」
「ああ……そういう聞き方をするってことは、あなたには、僕とは違う未来が見えていた。そう思っていいの?」
「はい。千年タウクは、その本人の求める未来。そして……その本人にとって、大切な未来を映し出す力を持ちます。あなたの場合は、あなたの仲間。そして、私の場合は……」
イシズが、少し口ごもる。
それを、勝利は察した。
「……マリク」
「……はい」
ほんの少し、申し訳なさそうに顔を俯き、返事をしたイシズ。
本来であれば深入りは無用と、詮索はしない勝利だが、今は状況が違った。
「聞かせてもらえるかな。あなたが見た、マリクの未来を」
はっきりと問う勝利。
その瞳は冷静さを取り戻していつつも、怒りを、闘志を心に燃やす瞳だった。
「わかりました……しかし、黒羽勝利。マリクを通したあなたの未来は、断片的にしか見ることが叶いませんでした。故にあなたにお伝えすることが出来る内容も、多くはないことを理解ください」
「……断片的?」
「はい。千年タウクの力が弱まっているのか、はたまた、マリクに理由があるのか。それはわかりませんが……しかし、それでも伝えておくべきだと判断しました」
勝利の目に、正面から目を合わせて力強く言うイシズ。
勝利はその目を、信じることにした。
「私が見たのは……苦しそうに、決闘をするあなたの姿」
「……」
「体を走る痛みに悶え、迫りくる敵に苦しむ、あなたの姿」
「……敵っていうのは、マリクの事?」
「……わかりません。私の見た未来では、あなたと戦う何者かの姿を明確に見ることはできませんでした。マリク自身が戦っていたのか。それとも……」
イシズの言っていることをなんとなく理解した勝利は顔を歪ませる。
思い出されるのは、バンデット・キース戦だった。
(またマリクが……誰かを洗脳して戦うかもしれないってことか)
また苛立ってしまったのを、軽く胸を叩きながら必死に抑えこんで、イシズの話を聞く。
「その決闘であなたは……絶望の淵に、追い詰められることとなります。後のない、奈落の端に」
「……ずいぶんと、抽象的だね」
「すみません」
「いいよ。続けて」
千年タウクによって得たものを、必死に形作り、伝えようとしている。
それが伝わってきたからこそ、勝利はイシズを攻めることをせず、おとなしく聞き続けた。
「そして、その次の景色が、私が見た最後の未来」
「……」
勝利は、イシズをじっと見る。
イシズは、困惑の表情をそのままに、言葉を告げた。
「あなたのデッキには、不思議なテキストを持ったモンスターがいますね。『チューナー』というテキストを、持つモンスターたちが」
「……ああ、いるね」
勝利は、ディスクのデッキからカードを一枚抜く。
一枚抜かれたカードは、"BF-極北のブリザード”。
『ぴぃ?』
呼ばれた理由を理解していないのか、ブリザードが勝利の肩で首を傾げる。
しかし、当の勝利もその答えを持ち合わせてはいなかった。
「効果を表すわけでもない。他のカードと違う特徴を持つわけでもない。謎のテキスト、『チューナー』。確かに僕のデッキには何枚かそういうカードがあるよ。彼らに出会ったころからずっとあるテキストだから、最初は気になったけど最近は特に気にしてなかったな」
勝利はその言葉通り、何でもないことのように、それを語る。
彼らは、友達。それ以上も以下もない。
数年刻み続けたその想いは、ことこの場でも変わりはなかった。
しかし、気にしていない様子の勝利に、イシズは続けた。
「では……『シンクロ召喚』という言葉に、聞き覚えは?」
「……シンクロ召喚?」
聞いたこともない。
勝利の反応は、その答えを雄弁に語っていた。
「『チューナー』モンスターと、『シンクロ召喚』。それこそが私が見た未来で知ることが出来た、あなたの力。その試練を戦い抜くための、あなた自身の力」
「……『チューナー』モンスターと、『シンクロ召喚』」
『チューナーモンスター……を……チューニング!』
『シンクロ召喚!』
イシズが、苦しげな表情で頭を軽く抑える。
断片の中の記憶の切れ端を、必死に伝えようとしてくれている。
それが、よく伝わった。
「……正直、僕には何のことかわからない。『チューナー』っていうテキストの意味も、その、『シンクロ召喚』ってやつにも、心当たりは全くないからね……でも、あなたのことは、信じると決めた。だから、覚えておくよ。その言葉は」
「……ありがとうございます。どうか、マリクを」
「ああ。言われなくとも、マリクには勝つよ。その想いは、一層、強くなった」
その言葉を最後に、今度こそ、勝利は美術館を後にした。
黒羽勝利 VS イシズ・イシュタール
勝者 黒羽勝利
パズルカード 4枚
BFの小説を選んでおきながら40話にして初めて登場するシンクロの名前。
果たして、誰が出るかな。