遊戯王~黒き羽根は夢に舞う~   作:haruko

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ラストです


奇跡

 

 

 

(……また、ここか)

 

もはや親しみ、懐かしみを感じるほどにこの闇に慣れてしまった勝利は、苦笑交じりに独り言ちた。

以前の闇のゲームでも落ちた。無の空間。

 

本当に存在しているのか。

はたまた、ただの自分の意識の中の夢現なのか。

 

理解はまだできていない。

 

しかし、そんなことはどうでもよかった。

 

 

うつ伏せの自分の体を無理やり起こそうとするが、力が入らない。

せめてと体をよじり、仰向けになる。

景色は変わりはしなかったが、思考するための体制を整えただけだったので、勝利はそれを無視することにする。

 

 

(僕は……どうしてここにいる? 僕は、何をしていた)

 

 

ぼーっとする頭を必死に回し、ばらばらの記憶のピースの並びを整理する。

どうにも思考の整理がうまくいかず頭の中の靄が晴れない部分があるが、それでも全力で欠片を形にしていく。

 

 

(……そうだ。バトルシティ。バトルシティはどうなったんだっけ……僕は、勝ち上がって……遊戯君たちと戦うために……)

 

 

戦い抜いてきたバトルシティ。

そこで出会った、敵と、仲間たち。

そして迎えた、決勝戦。

 

 

 

(っ! そうだ……僕は、マリクとの戦いで……)

 

 

 

死力を尽くして、戦った。

ラーとマリクを、切り離した。

 

勝利まで……あと一歩だった。

 

 

 

(そこで……最後の最後のターンで、追い詰められ、僕は気絶してしまった……)

 

 

 

負けたのか……僕は……

 

 

 

勝利の表情に、絶望が過ぎる。

 

マリクとの決闘の敗北。

それが何を意味するのかを、ようやく頭で整理し、思い出した。

 

 

 

(……舞さん)

 

 

 

LPは、まだ残っていたはず。

微かではあったが、まだ舞さんの心を、魂を感じることができていたはず。

 

それが……消えてしまったのか?

 

僕が負けたせいで……舞さんも、やられてしまったのか……

 

 

 

碌に動かない体。

その瞳から、涙が零れかける。

 

勝利は痛みを無視し、腕を胸元に持ってきて、下がるネックレスをそっと握る。

 

 

 

(……舞さん。舞さん。舞さん……お願い……)

 

 

 

祈る。

ただただ祈り、心で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お願い……もう一度、君の声を聞かせてよ……舞さん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……勝利……』

 

 

 

 

 

 

 

声が、響く。

勝利はその声に、別の涙が零れかける。

 

誰の声かなど、間違えようはずもない。

 

 

紅い宝石から、声が響く。

 

 

 

(舞さん!? 大丈夫!?)

 

 

 

『大丈夫……なのかしらね。これは。よく、わかんないわ。暗くて、狭いような気もするけど、闇が途方もなく続いているような気もしてくる……』

 

 

 

(っ! 舞さんも、僕と同じ場所に……)

 

闇のゲームで限界まで追い詰められた結果、同じ場所に入り込んでしまったのか。

もしくは、魂だけとなった舞の心が、追い詰められた勝利の深層心理の中で一つになり、つながっているのか。

 

はたまた……二人は、すでに地獄の淵に立っているのか。

 

それはわからない。

 

 

だが、そんなことよりも、大切なこと。

舞が、そこにいてくれる。

 

勝利にとって、それが一事であり万事だった。

 

 

 

そして……舞の存在に安心した後、勝利はふと顔を濁らせる。

それが見えているのか。はたまた、勝利と同じように、舞も勝利の存在を感じているのか。

舞は不安げな声色で、勝利に問う。

 

 

 

『……勝利?』

 

 

 

(……ごめん。舞さん。僕のせいで……僕が、マリクにやられたせいで……舞さんまで、こんなところに連れてきてしまった……)

 

勝利は、心で頭を下げる。

信じてくれた舞を。信じて、託してくれた舞を。信じて、一緒に戦ってくれた舞を、こんなところに落としてしまったこと。

 

それが何よりも情けなく、恥ずかしく、辛い事だった。

 

自分は、慣れている。

一人も、闇も、地獄の底も。

 

辛いが、耐えられないようなことではない。

 

 

だが、他の人を。

大切な、何よりも誰よりも大切な人を。

力及ばず、こんなところまで連れてきてしまった。

 

 

その事実が、何よりも耐えがたかった。

 

 

 

 

目を瞑り、舞の言葉を待つ。

ネックレスを握る拳の力が、強くなる。

 

 

 

 

『……勝利』

 

 

 

 

舞の優しい声が、勝利の心に響く。

それが、勝利を締め付ける。

 

勝利を責め立てることなど、舞はしない。

 

 

舞は自らが朽ちることになろうとも、勝利を恨みはしないだろう。

 

 

それを、勝利も理解している。

それが、苦しかった。

 

 

 

 

 

 

『……あたしの事、馬鹿にしてんの?』

 

 

 

 

 

 

優しい声から放たれた強い言葉に、勝利の思考が止まる。

 

頭の中で反芻する言葉が、何度も勝利の心を揺らした。

 

 

 

(……舞さん?)

 

『あんたは、あたしが嘘つきだと思ってるわけ?』

 

 

 

 

続く舞の言葉に、勝利はさらに混乱する。

何のことかと記憶を探るが、いくら辿ろうとも、答えの言葉は出てこない。

 

どれくらい黙り込んでしまっただろうか。

やがて、舞が呆れたような声で、勝利に言った。

 

 

 

 

『言ったわよね。あたし。「一緒に、地獄の底まで着いていってあげる」って』

 

 

 

 

(あ……)

 

 

 

言っていた。

 

 

そう、返してくれた。自分の賭けに乗ってくれると返した時に。

 

 

 

舞はつづけた。

顔は見えない。だが、笑顔が見える。

 

 

 

 

 

 

『……別に、天国でも地獄でも、闇の中でも、一緒よ。ずっと。あたしは、あんたがいてくれるなら、それでいいの』

 

 

 

 

 

その舞の言葉に、思わず顔を赤く染める。

誰も見ていないというのに、何か恥ずかしくなり、顔を横に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

『でもね、勝利。今のあんたと、一緒に行ってあげるわけにはいかない』

 

 

 

 

 

 

舞は少しだけ声のトーンを落とし、厳しい言葉を告げた。

それに答えるように、勝利は顔を引き締め、言葉を待つ。

 

 

 

 

『勝利。今の状況、覚えてる?』

 

 

 

 

(……マリクと、決闘をしていた。闇のゲーム……そして……ラーとマリクを切り離し、僕は好機と判断して攻めたてて……そして……)

 

頭を必死に回し、記憶を辿る。

そうして……自身が見た、最後の景色を思い出す。

 

(そうだ。マリクのラヴァゴーレムに切り返されて……追い詰められたところで……気絶してしまった……)

 

 

 

 

『マリクの伏せは1枚。そして、マリクのターン終了は宣言された。あんたのターンの開始時に、ラヴァゴーレムの効果が発動して、LPが1のあんたは、そこで負ける。それが、大方予想される展開。そのターンが始まる前に、あんたは倒れたのよ』

 

 

 

 

(そうか……思い出した。その前のターンから、すでに限界は近くて。それで、"ブラックフェザー・ドラゴン"たちがやられるのを見た時に、意識が……)

 

勝利は、ようやく頭の中の記憶を鮮明に描き切る。

そして、今の自分の絶望的状況を、再認識した。

 

冷静に考えることができるようになった頭を、ゆっくりと回す。

 

場の状況。

マリクの表情。

そして……ここまでの決闘を踏まえた、自身の予測。

 

 

 

そのすべてが、勝利の状況の悪さを上塗りしていく。

 

 

 

 

 

『……まだ、負けてないでしょ?』

 

 

 

 

 

その声を聴き、鋭い目でこちらを見つめる舞の姿を幻視する。

勝利はその言葉に、ほんの少しだけ笑みを零し、返す。

 

 

 

 

 

 

 

『……可能性は、限りなく低い……僕の理想通りにいったって、勝てないかもしれない……だけど……』

 

 

 

 

 

 

 

可能性は、0じゃない。

 

 

 

 

 

 

勝利のその言葉に、今度は舞が笑う。

 

 

 

 

 

 

『……なら、こんなところで燻ってないで、さっさと行ってきな。まだ、決闘は終わってないんだから』

 

 

(うん……そうだね。その通りだ。負けてない。まだ僕には、LPも、カードも……支えてくれる仲間も、友達も、残っている)

 

 

『……負けたら、ここに戻ってきなさい。そん時は、ひっぱたいてやるわ』

 

 

 

 

 

 

(……クックック……そりゃ、勝たないとね……)

 

 

 

 

 

勝利は、今一度ネックレスを握る。

ネックレスが光り輝き、一陣の風が、闇を割いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……行ってくる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、"ダーク・シムルグ"が消えた今、俺の行動を妨害するカードはない。伏せカードを1枚セット、といっても、発動もせずに終わるかもしれないがな。俺はこれで………ターン終了! ハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

『ぴぃー! ぴぃぴぃ!!』

 

ラヴァゴーレムの檻の中で崩れ落ちる勝利の姿を眺めながら、マリクは確信をもって高笑いをあげた。

ブリザードの叫び声が、空しく溶けていく。

 

 

 

 

マリク LP 1000 手札0枚

 

モンスターなし

 

伏せカード1枚

 

 

勝利  LP 1 手札0枚

 

溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム

 

攻 3000

 

BFー極北のブリザード

 

攻 1300

 

伏せカード1枚

 

 

 

 

「しょ……勝利…………? 勝利ーーーーーーーーー!?」

 

「うそ……嘘よね……勝利君?」

 

「いや……お兄ちゃんがようやく帰ってきてくれたのに……今度は、勝利さんが……」

 

「……おい……起きろや……起きろゆうとるやろ!? ふざけるんやないで! 勝利!?」

 

 

 

 

「勝利君……勝利君!!!」

 

 

 

 

皆の悲痛な叫びが、勝利に向けられる。

しかし、勝利の体は、指一本、ピクリとも動かない。

 

そして審判の磯野の、無情な宣告が場に響き渡る。

 

「……プレイヤーに与えられた時間は5分! 5分以内に黒羽勝利に決闘続行の意志が見られなかった場合、この決闘、マリク・イシュタールの勝利とする!」

 

「おお、おお。長い長い。もう動きだしゃしねえよ。ここまでたってたのが、不思議なだけだ。もう心も折れてるだろうしな」

 

 

めんどくさそうに言うマリクに、城之内の苛立ち交じりの必死の声が重なる。

 

 

「ちきしょお! 起きろ! 頼む、立ち上がれ! お前は、こんなところで終わる決闘者じゃないはずだ!」

 

 

 

 

 

 

『……しょ……しょうり……』

 

 

 

 

 

その時、杏子の目の色が変わる。

 

杏子が、腕に抱く舞の体を、そっと地に寝かせる。

遊戯は、すぐにその変化に気づいた。

 

 

 

 

『勝利! 待っていろ! お前と孔雀舞は……僕が助ける……それが僕が君たちにできる、唯一の贖罪だ!』

 

 

 

 

「あ、杏子!?」

 

(いや……違う。杏子の声じゃあない……これは、あの埠頭の時と同じ、杏子に乗り移ったマリクの声!)

 

 

 

 

(ちっ……主人格様の意志が、あの女にも隠れてやがったか……まあいい。所詮は残留思念……なにもできはしまい)

 

「マリク……」

 

 

 

『僕はもう、死ぬ覚悟はできている……僕が生み出した邪悪な心を、僕とともに葬り去る覚悟が!』

 

 

 

「なにっ!?」

 

(まさかマリクは……闇の人格からもう一度自分の体を取り返し、自分もろとも闇へ封印しようというのか!?)

 

「ハハハハハ! できるわけがないだろう! 貴様の体は、もう俺のものなんだよ! いまさら主人格の貴様が湧き出てきたところで、奪い返せるものか!」

 

『いいや……今なら、できる可能性はある。貴様は平然を装ってはいるが、勝利の攻撃によって体に多大なダメージを受けている。一度僕は、孔雀舞の体を通して、その一撃を受けたから知っている。"ブラックフェザー・ドラゴン”の攻撃には、僕らの闇を切り裂く力がある。そうだろう?』

 

(ちっ……余計な知恵をつけやがって……)

 

痛む体に気づかれまいと圧倒的有利を装っていた闇の人格が、小さな舌打ちを鳴らす。

ずきりと痛む胸を軽くさすりながらしかし、未だ余裕の表情を作りながら主人格のマリクを笑った。

 

 

 

「確かに……勝利の攻撃によるダメージはないことはない……だがそれでも、俺に魂を捕まえられ磔の生贄にされていて、残留思念しか残っていない貴様の乗っ取りなど遅るるに足らないねぇ。はじき返し、二度と歯向かえぬよう生贄として飼殺してやる」

 

 

 

「いけません! マリク!!」

 

『姉さん……』

 

「……杏子?」

 

何が起こっているのかわからずにただ困惑するばかりの城之内たちを他所に、イシズが杏子の中のマリクに駆け寄る。

 

『姉さん……ごめんよ。僕は、自分の犯した罪に向き合う。父を殺したこと。名もなき王、遊戯に復讐の念を向けたこと。そして……勝利たちを、己の間違った復讐に巻き込み、傷つけてしまったこと……』

 

マリクは、すでにすべてを知っていた。

そう。イシズに、すべてを聞いていた。

 

 

父を殺したのは、自身が生み出した、闇の人格の所業。

自分が、『ファラオの意志』を歪曲して認識していたこと。

 

だが、すでにマリクは真っすぐに、自分の闇を見据えている。

闇の人格に、向かい合っていた。

 

 

 

「……ごめんなさい。マリク。私は、あなたを信じることができなかった。あなたの強さを信じて、真実を話すべきだった……あなたの未来を、私が奪ってしまった……」

 

『……ううん。いいんだ、姉さん。姉さんがすべてを話してくれたからこそ、僕は決意ができた。奴を、闇を打ち破り、消し去る決意が! 今こそ、僕は、僕自身の存在に、終止符を討つ!』

 

「っ!? いけない! マリク!」

 

 

 

「フハハハハ! 来いよ! はじき返し、二度と俺に逆らえぬよう、今度こそ心の牢獄に封印してやる!」

 

 

 

 

闇のマリクが、ロッドを握りなおし、杏子に向ける。

 

全てを理解できてはいなくとも、何かを感じ取った皆が、息を飲む。

 

 

 

 

目を瞑るものがいる。

理解できずに困惑したままのもの。固唾をのみ、末を見守るもの。

 

場に、ほんのミリ秒の静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人の頭の上で……勝手に結末の話をしないでもらえるかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂を切り裂いたのは、くぐもった声。

一瞬脳が理解しきれずに混乱するが、その次の感情は、歓喜と、驚愕だった。

 

 

 

 

 

ゆっくりと。しかし、確実に。

一つ一つの体をパーツが、正しく動くことを確かめるように動き出す。

 

 

そして、ほんの数秒で。檻の淵を支えにしながら、ふらつく体を持ち上げながら。

 

黒羽勝利は、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「……磯野さん。まだ、続いてるの? これ」

 

勝利は言いながら、地面を指さす。

 

磯野ははっと言葉を漏らし、時計に目を移す。

 

「……はっ。4分52秒! 決闘続行の意志あり! 決闘、再開!」

 

 

 

 

「……あっぶな。こんなくだらない結末で、負けるところだった。けほっ、けほっ」

 

 

 

 

「しょ、しょうりーーーーーーー!!!?」

 

「……遅いわ! このドアホ!」

 

目じりを湿らせた城之内と竜崎の大声が飛び交う。

勝利は少し汚れた顔を服で拭いながら、皆に笑顔を返す。

 

 

「……なんだ。まだ生きてやがったのか。どうせもう起きるだけ無駄だってのによお」

 

「……そうかもね。でも、ひっぱたかれたくないから、最後まで足掻くことにするよ」

 

『ぴぃ! ぴぃぴぃぴぃ!』

 

(……お待たせ。ごめんね、ブリザード)

 

そう言いながら、すり寄るブリザードを軽くなで、そのままちらと目線を横に移す。

勝利の横で魂の磔を受けている舞の姿はすでに、勝利のLPの残量が反映され、顔の半分以外の全てを闇に飲み込まれている状態。

 

そして、その顔の半分は、瞳も口も閉じたまま、沈黙していた。

 

 

(……待っていて。舞さん。必ず、助けて見せるから)

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうそう……なんか、朧げにだけど、聞こえてたよ。僕らを救うために、闇の人格と相打ちするって?」

 

勝利は振り返らないまま、そう声を発する。

話しかけられたことに驚愕したマリクは、杏子の体を以て返事を返す。

 

 

『……ああ。僕が、その闇の人格を道ずれに消える。そうすれば、この闇のゲームを終わらせ、君と孔雀舞の魂を、救うことができるはずだ』

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな」

 

 

 

 

 

マリクの言葉に、ぴしゃりと言い放った勝利。

再び、勝利が次の言葉を発するまで、場が静寂に満ちる。

 

 

「そんなことが、許せるはずないだろ。僕の決闘が、他の誰かに止められることも。決闘の結果に、他の誰かが介入することも。そして……げほっ……貴様が消えることもだ」

 

 

マリクが再び、驚愕の顔を作る。

想定外の言葉に声が発せずに固まっている最中、勝利はまだ続ける。

 

 

「僕は闇のマリクだけじゃあない。お前のことだって、許しちゃあいないんだ。どんな行き違いがあろうとも、どんな思いを抱えていようとも、お前は、やっちゃあいけないことをした。僕の友達の命を狙い、僕の愛する人の心を汚した」

 

「……勝利」

 

イシズが、切なげな表情を、勝利とマリクに向ける。

しかしマリクはただ頷き、それを受け入れる。

 

『……ああ。その通りだ。だからこそ僕は……』

 

 

 

 

「……待ってろ。この決闘が終わって、闇の人格を打ち払ったら……僕が直々に、お前に渾身の一発をくれてやる」

 

 

 

 

 

マリクが、目を丸くして勝利を見る。

横顔しか見えないが、息も絶え絶え。檻の中でボロボロの風体で、立っているのもやっとの様子の勝利はしかし、真剣な表情でそれを言い放った。

 

 

 

 

 

「勝利君……君は、大丈夫なのか?」

 

「……うん。大丈夫さ。体も、少しは回復できたからね」

 

 

 

 

遊戯の問いに、笑って帰す勝利。

しかしその目の焦点は、うまく遊戯を捉えてはいない。

逆に、檻との衝突音を鳴らしながら鉄棒で体を支え、ギリギリ体を起こすに至っている勝利の姿を遊戯ははっきりととらえている。

 

(勝利君……君はもう……)

 

(ごめんね。遊戯君。嘘ついちゃった。体は、全員痛みまくってるし、目も、掠れっぱなし。溶岩が熱くて、今にももう一回倒れそうだ……)

 

 

 

でも。

それでも。

 

もう二度と、倒れるわけにはいかない。

 

この決闘の、結末を、自分の手で作り出すまで。

 

 

 

今の勝利を支えるのは、体でも、力でもない。

意志。心の強さ。

それだけだった。

 

 

 

 

 

 

「で? 果たしてお前のデッキに、ここからどうにかする方法はあるのか? 勝利ぃ?」

 

勝利にそう、笑いながら問うマリク。

そして勝利は痛みを必死に無視しながら、リソースをすべて使って脳を回転させる。

 

(ラヴァゴーレムの効果によるダメージは……ターン開始時。逆を言えば、ドローからそれまでの間に対策カードを発動すれば……)

 

ちらと後ろで唸るラヴァゴーレムを見たあと、再び思案の顔を作る。

 

(……伏せカードを使えば、ラヴァゴーレムのダメージを耐えることはできる可能性はある……けど……)

 

 

そもそも、これは闇のゲーム。

LPを回復したとて、この体の痛みが消えるわけでもない。

ラヴァゴーレムの溶岩のダメージを受けて、自分がまだ立ち上がれるかどうかなどわかりはしない。

 

 

(そして何より……マリクの伏せカード)

 

 

勝利は、睨むようにマリクの場の1枚のカードを見る。

 

「……フフフ」

 

勝利はせき込みながら、必死に深呼吸をする。

頭に酸素を回すため、なりふり構わず必死に息を吸い込んだ。

 

1ターン、1ターンと、マリクの挙動。フィールド、LPの状況。そして、カードの可能性を、洗い出していく。

勝利は、予測と、持ち前の勘で、結論を出す。

 

 

 

 

そうして導き出された自信の結論は、勝利にとって、最悪だった。

 

 

 

 

 

持ち前の、外れないと自負する勘が、絶望的な状況を勝利に告げる。

勘が外れることを祈る。

たったそれだけの選択が、勝利にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

(……やはり、このままじゃあ負ける。引かなければいけない……僕のデッキの中の、この状況を打開できる可能性のあるカード。そして……引いたとて、勝てるかどうかはわからない。クックック……我ながら、情けないな)

 

 

 

 

 

 

自嘲気味に笑った後、デッキに手を掛ける。

 

笑顔が消えた後に……覚悟が灯る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

『……勝利……』

 

「勝利……」

 

姉弟が祈り、闇人格(マリク)がそれを嘲笑う。

 

 

 

 

「ハハハ! 無駄無駄! 奇跡っていうのはなあ、ここぞというときに、そう簡単に起こらないものの事を言うんだよ!」

 

 

 

 

『くっ……』

 

(……奴の、言う通りなのかもしれない。臨んだ未来は……描いた未来を手に入れることは、そう簡単にできることではない。奇跡は……起こらないかもしれない……でも……)

 

 

 

イシズは、顔を上げる。

どれだけ身を焼かれようとも、何度倒れ伏そうとも、どれだけ絶望的な状況で、追い込まれようとも。

前を向き、明日への一歩を踏み出す男。

 

未来を変える力を持つ。

イシズが、信じた男。

 

 

 

「……イシズ。見てな」

 

 

 

勝利が、小さく、しかし確かにそう呟く。

イシズは目を見開き、勝利の背中を見る。

 

 

 

 

 

「僕は……あなたの分まで、戦う! 最後まで、全力で!」

 

 

 

 

 

「っ!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたを……あなたが持つ『未来』を掴む力を。あなたが起こす『奇跡』を。私は信じます』

 

 

 

 

 

 

 

『もし。このバトルシティの中で、マリクと僕がぶつかるようなことになるならば。その時は全力で戦うことは約束するよ。あなたの分までね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……勝利……」

 

イシズの脳裏に、勝利との会話が過ぎる。

それを、覚えていた。そのために、戦おうとしている。

 

それだけで、思いが溢れだしそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕の……ターン……」

 

 

 

 

 

 

 

全員の注目が、勝利の、一挙手一投足に。

そして……勝利の、手の先に集まる。

 

 

 

 

 

 

(……勝利……どうか、マリクを……奇跡を!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドローーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高らかに、引いたカードを掲げた勝利。

 

しかし、そのカードを見る前に、笑ったのはマリクだった。

 

 

 

 

 

 

「さあ! お待ちかねの時間だ!」

 

 

 

 

 

 

ラヴァゴーレムの溶岩が、檻に触れる。

その身が、溶岩の塊が。

勝利の姿を飲み込み、消し去らんとする。

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

「勝利!?」

 

「なんとかせぇ! 勝利ぃ!」

 

 

 

 

 

 

(…………ここだ!)

 

 

 

 

 

 

 

「伏せカードオープン!」

 

 

 

 

 

 

 

溶岩が触れるその刹那。

勝利が、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「……なに?」

 

「永続罠カード、"女神の加護”! 僕のLPを、3000ポイント回復する!」

 

 

 

 

女神の加護

 

永続罠

 

3000LP回復する。

このカードがフィールド上から離れた時、

3000ポイントダメージを受ける

 

 

 

 

瞬間、檻の中の勝利の身を、神秘的な光が包み込む。

ラヴァゴーレムの溶岩に対抗するが如く現れたそれが、勝利を襲う熱気と交わり、重なる。

 

 

 

 

「よっしゃあ! これでLPを回復すりゃあ、勝利のLPは削れねえ!」

 

「マリクの場にモンスターはおらん! ここを耐えて攻撃すりゃあ、勝利の勝ちや!」

 

 

 

 

盛り上がる城之内と竜崎。

 

しかし……遊戯は、静かだった。

 

 

 

 

「……遊戯さん?」

 

「……確かに、ここにきて回復カードを温存していた勝利君の選択は、見事だった」

 

 

遊戯は、勝利を守る女神の姿に、舞の姿を幻視する。

 

たとえどんな形でも、勝利の傍に寄り添い、戦い続ける。舞の姿。

 

 

 

 

 

(……だが……それは、舞がいなければ……もう勝利君に、戦う力は……心は、残されていないことを意味する……)

 

 

 

 

 

 

「"女神の加護”には、強力なデメリット効果がある。それは……あのカードが破壊された時、勝利君は、効果で得た3000のライフを、再び失うことになる」

 

「……じゃあ、マリクが、あのカードを破壊できるカードを持っていたら……」

 

「それを破壊するだけで……勝利君は再びLPを失って……」

 

 

 

「……それ以前の問題だ」

 

 

 

今度は、海馬が口を開く。

その表情は、珍しいほどに苦々しく、重々しいものだった。

 

「永続罠カードは、発動中永遠に効果を得ることができる強力なカード群。だが、それゆえの欠陥もある。それは……あくまでカードが場に残っていることがルールであるが故の落とし穴。永続罠カードが発動したその時に破壊系カードで狙い打たれれば、その効果は発動すらすることなく消えていくこととなる」

 

「……兄サマ。それってもしかして……」

 

 

兄の言いたいことを理解し、顔を青ざめさせるモクバ。

そして海馬は、無情な事実を告げる。

 

 

 

 

「……もし、マリクのあの伏せカードが魔法・罠破壊系の罠カードだった場合、今この場で発動すれば、勝利は女神の祝福を受けることなく溶岩に沈むということだ」

 

 

 

 

「……マジかよ……」

 

「……勝利」

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

つられて勝利の方を向き、不安げな声を上げる城之内たち。

その視線の先の、息を切らしながら前を見据える勝利の姿が、遊戯たちのいう展開が可能性の低い未来ではないことを雄弁に語っている。

 

 

 

そして、遊戯たちには、さらにその先が見えていた。

 

 

 

 

(……あのカードはおそらく、勝利君が"ダーク・シムルグ”を出した後に引いたカード。それが温存されていたということは、あのカードはほぼ間違いなく、勝利君の行動を咎めるための罠カードだ。問題は、その内容……)

 

(……マリクには、手札コストでカードを捨てるタイミングがあった。つまりあのカードは、マリクにとって、ことこのタイミングにいたっても必要だと判断されたカードだということ。"ダーク・シムルグ”がいた以上、使えずに終わる可能性はかなり高かった……それでも手元に残したカード。つまり、"ダーク・シムルグ"を倒した後(・・・・)にも、使う可能性があったカード)

 

 

 

 

 

勝利の、落ち着いてくれない呼吸音だけが、場に響き渡る。

もはや城之内たちには、祈ることしかできない。

 

 

 

 

 

(くそっ……なにも起こるんじゃねえ!)

 

(なんでもいい……どんなカードでもいい! 勝利が、助かる道を!!)

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

マリクが、笑った。

 

 

 

 

 

 

「……フハハハハハハハハハ! これで終わりだ! 罠カード発動! "砂塵の大竜巻”!」

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!?」

 

「くそっ! くそっ!! ちきしょおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

砂塵の大竜巻

 

罠カード

 

相手フィールとの魔法・罠カードを破壊する

 

 

 

 

 

 

無情にも開かれたそのカードから、1本の竜巻が発生する。

やがて大きく伸びあがった竜巻は、ゆっくりと移動して勝利の檻に到達し、勝利を包みこむ女神の体を捉えた。

 

 

 

 

 

「効果はわかるよなあ、勝利? このカードで、お前のフィールドの、"女神の加護”を破壊する! 貴様の大切な女の魂とともに、消えるがいい! 黒羽勝利! ハハハハハ! アハハハハハハハハハ!」

 

 

 

 

 

心からの喜びの声を、マリクが上げる。

 

そしてその声を合図に、一斉に時が進む。

 

 

 

 

 

 

竜巻が、勢いを増す。

 

女神が、体を浮かせる。

 

溶岩が、勝利に迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………お前を信じて良かったよ。お前なら、そう来ると思っていた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その中心の男……勝利は、笑った。

 

 

 

「……何?」

 

「……お前は、決闘者としては、一流だ。お前なら、このタイミングを見逃さない。"女神の加護”の破壊を、先送りにしない。ここで、決めてくる。そう思ってた」

 

 

 

(な……なんだ? このプレッシャー……この気配……)

 

 

 

マリクは、打ち払ったはずの女神を見る。

そいつさえ引きはがせば、勝利に勝つ。

そのはずだった。

 

 

 

しかし、竜巻の中で、女神は笑っていた。

 

「……たとえ、そこにいなくても。舞さんは……僕の心にいてくれる。僕の心を、支えてくれる。だから僕は……最後まで戦えるんだ」

 

「だ、黙れ黙れ! 貴様は負ける! 負けるんだよ! 今、この瞬間にな!」

 

 

 

 

 

「ああ……負けだった。負けるはずだったよ……『奇跡』が、起きなければね」

 

 

 

 

 

「『奇跡』……だと?」

 

 

 

 

 

「っ!!!? 勝利!」

 

『っ! 姉さん!?』

 

その言葉に、思わず声を上げるイシズ。

その目には……涙が滲んでいる。

 

 

 

 

 

勝利は、それに合わせてか、また一つ笑った。

 

 

 

 

 

「『奇跡』っていうのはな。確かに、そう簡単には起こらない。でもね……」

 

 

 

 

 

 

勝利は、最後の手札。

その1枚を、高らかに掲げる。

 

 

 

それは……魔法カード。

 

 

 

 

 

 

「……信じ続けた者に……最後の最後に、舞い降りることがあるからこその、『奇跡』なんだ!」

 

 

 

 

 

 

勝利は、そのカードを振り下ろす。

 

その瞬間に、勝利の胸の、タウクが光輝いた。

 

 

 

 

 

「っ!!? こ、これは!!?」

 

『……姉さんの、光!?』

 

 

 

 

 

 

(……イシズ。あんたに託された想いは、届いた!)

 

 

 

 

 

 

「"溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム”! "女神の加護”! "砂塵の大竜巻”! 3枚のカードが、同じタイミングで発動しているとき、その4枚目として発動することができる、超特殊魔法カード!」

 

 

 

 

 

 

「なっ!!?」

 

「何ぃ!!!?」

 

「なんやと!!!?」

 

「そんなカードが!?」

 

 

 

(ま、まさか……"女神の加護”をこのタイミングで発動したのは……マリクにカードを、発動させるために(・・・・・・・・)!?)

 

 

 

 

 

 

「ラストマジック! 発動せよ! "奇跡の蘇生(ミラクル・リボーン)”!!!」

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な!!? そのカードは……」

 

 

 

 

 

奇跡の蘇生(ミラクル・リボーン)

 

速攻魔法

 

同時に3枚カードが発動している場合のみ発動可能

それらの効果が発動する前に、モンスター1体を蘇生する

 

 

 

 

 

「このカードは……発動した時、すべての効果を差し置いて先にモンスターを蘇生することができる、速攻蘇生カード!」

 

 

 

 

「っ! てことは!?」

 

城之内の声に、皆が反応する。

鼓動が、一気に高鳴り始めた。

 

 

この状況で、場に舞い戻るモンスター。

そんなものは……1体しかいなかった。

 

 

闇を、風が纏う。

漆黒を切り裂き、黒羽を飛ばす。

 

 

 

 

その強き翼は、何度でも、何度でも、勝利のために、舞い上がった。

 

 

 

 

 

「さあ……蘇れ! "ブラックフェザー・ドラゴン”!!!!!」

 

 

 

 

 

『……ファーーーーーーーーーー!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な……馬鹿な!!?」

 

 

 

 

 

「……勝利……」

 

 

「おい……これって……」

 

 

 

 

 

 

「すごい……すごいぜ! 勝利君!」

 

 

 

 

 

 

「さあ……そして、お前の思い描いた未来が、現実となるよ。お前の勝利という、1点を除いてね」

 

 

 

 

 

勝利の宣言とともに、嵐が巻き起こり、勝利を囲む"女神の加護"が吹き飛ばされる。

女神は軽く微笑み、消える。

 

そして……勝利の身に溶岩が……降り注がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラックフェザー・ドラゴン

 

闇属性 ドラゴン族 星8

 

攻撃力 2800

 

守備力 1600

 

シンクロモンスター

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

 

効果ダメージを受ける場合、代わりにこのカードに黒羽カウンターを1つ置く

このカードの攻撃力は、黒羽カウンターの数×700ダウンする

このカードの黒羽カウンターを全て取り除き、相手フィールドの表側表示モンスター1体の攻撃力を取り除いた黒羽カウンターの数×700ダウンする

攻撃力ダウンした数値分のダメージを与える

 

 

 

ブラックフェザー・ドラゴン

 

攻 2800 ー 700(黒羽カウンター×1) = 2100

 

 

 

 

 

 

 

「……防いだ……あの、絶望的状況を、ひっくり返しただと?」

 

「す……すげぇ」

 

 

海馬兄弟の声が、現実味のない目の前の光景を、簡潔に言葉にする。

 

静かに、場の熱が響き渡り、興奮の火種が伝播していく。

 

 

 

「……遊戯! 竜崎! みんな! これってよお!?」

 

「……ああ……間違いない!」

 

「……」

 

「おい……マジかよ!」

 

 

 

涙を潤ませる遊戯。

震え声の城之内。

言葉を発さすに、体を震わせる竜崎。

 

 

 

 

皆の脳裏に過ぎる、共通の言葉。

 

 

 

 

しかし皆、その確信を口に出さない。

 

 

 

 

絶望的状況がひっくりかえったという事実が、信じられない。

それもある。

 

しかし……それよりも大きな、本質。

 

 

自分たちが、軽々しく、その言葉を吐きたくはなかったのだ。

 

 

友が、それをつかみ取るために、どんな思いをしたのか。それを、痛いほどわかっているから。

 

 

 

 

 

その友は、安心からか。またふらつく。

 

しかしどこにも寄りかからず、2本の足でしっかりと立ち、前を向きなおした。

 

最後を、自分の手で締めくくるために。

 

 

 

 

 

 

「マリク」

 

 

 

 

 

勝利が、声をかける。

振り向きはしない。

 

 

だが。

 

その優しい声が、誰に向けられているものなのか。

 

 

杏子(マリク)は、すぐに理解する。

 

 

 

 

 

「僕と、お前の姉さんは、やったぞ。奇跡とやらに、たどり着いた」

 

 

『……勝利』

 

 

 

 

 

 

「……次は、お前の番だ」

 

 

『っ!!!!』

 

 

 

 

「やり切って見せろよ……お前には……僕に殴られる役目が、残っているんだ」

 

『……』

 

 

 

 

 

 

「……マリク様!!」

 

 

 

 

 

 

その時、屋上に辿り着くエレベーターがなり、新たな声が場に響いた。

皆が一斉に、そちらに視線を向ける。

 

「っ!! お前は!?」

 

 

 

「『リシド!?』」

 

 

 

「けっ……生きてやがったのかリシド。だが……いまさらてめえにできることはねえよ……」

 

 

 

闇の人格は、未だ自分の後ろで目を伏せるマリクを指さす。

マリクの肉体はすでに闇に浸食され、顔と少しの体しか残っていなかった。

 

 

「確かに……予想外の展開で追い込まれることになった。そいつは認めてやるよ。だが、俺のLPが0になることは、この人柱が確実に死ぬことになる。いまさらリシドの存在ごときで、人格の交代は起こらねえ。勝利、てめえが攻撃したならば、確実にこいつは死ぬことになる。今度こそ、奇跡は起こらねえぜ」

 

「……」

 

「マリク様……」

 

『リシド……』

 

リシドは、ゆっくりと歩みを進めマリクとイシズに寄り添う。

3人が、久しぶりに顔を合わせた。

 

「マリク様……あなたは絶望という深き闇に身を投じることで、黒羽勝利たちを助けようとしている」

 

『……』

 

図星のマリクが、黙りこくる。

先ほどまで、そして、今も。

マリクは、その身を犠牲にすることで、最後の使命をなそうとしていた。

 

それこそが、自分にできる最後の、そして……最善の選択であると、信じていた。

 

「マリク様……たとえ、闇を彷徨うことになろうとも人は生きなければならない。それは、墓守の宿命ではない! 人の宿命なのです!」

 

『……人の、宿命?』

 

マリクが、声を震わせる。

その2人の様子に、思わず勝利が笑う。

 

 

「光は、もがき、苦しみ……戦った先にある……諦めるなよ。マリク」

 

『勝利……』

 

 

 

 

 

「……光を、目指しましょう。マリク様。彼らのように」

 

 

 

 

 

マリクは、目を閉じる。

杏子の体で深呼吸をする音が響き渡った後、杏子の体から力が抜ける。

 

「っ!? 杏子!!」

 

遊戯が駆け寄り、その体を抱える。

脱力した体に力が戻った後、ゆっくりと瞳が開く。

 

その目に宿る光は、杏子のものだった。

 

「……ゆう、ぎ?」

 

「杏子!」

 

 

 

 

 

 

『……僕を、攻撃しろ! 勝利!』

 

 

 

 

 

 

「っ! なんだ!?」

 

「……マリク」

 

皆が困惑する最中、真っ直ぐ敵を見つめる勝利が、真っ先に気づいた。

生贄とされたマリクの瞳が、ゆっくりと開いていた。

 

 

『僕は……生きる! 君が、姉さんが、起こしてくれた奇跡を、僕も信じる!』

 

 

 

「うるせぇ! 引っ込んでろ! お前は俺の……ぐあ、あ! ぐっ!?」

 

暗黒のマリクが、顔を抑え、蹲る。

そこはちょうど、マリクの姿がまだ残る場所だった。

 

『頼む、勝利! 攻撃してくれ! 僕は……僕自身が生み出した邪悪なる闇の意志に、打ち勝って見せる!』

 

「き、貴様ぁ!!?」

 

 

 

マリクの目。

そして、マリクの叫び。

 

それを見て聞いた勝利も、覚悟を決める。

 

 

 

 

「……僕も、お前を信じてやる……いくぞマリク! 死にたくなけりゃ、死ぬ気で耐えろ!」

 

『来い! 勝利!』

 

「くっ!? くっそぉぉおおおおおおああああ!!!」

 

 

 

 

 

「ラストバトル! ブリザード! ブラックフェザー•ドラゴン!」

 

 

『ぴぃー!』

 

『ふぁー!』

 

 

 

勝利の呼びかけに、2体が答える。

そして……最後の攻撃を構える。

 

 

 

「「「勝利!!!」」」

 

「「勝利君!!!」」

 

「勝利さん!」

 

 

 

 

 

「勝利……マリク様を!」

 

「未来を!」

 

 

 

 

 

「マリクの闇を……貫いてくれ! 『ノーブル・ブリザードストーム』!」

 

 

 

 

「ぎゃああああああああ!!!!!」

 

『ぐわああああああああ!!!!!」

 

 

 

嵐が。

氷の刃が。

マリクを引き裂き、吹き飛ばす。

 

悲鳴が二つ、重なって聞こえた。

 

 

 

(く、くそっ!? なんだ!? 一体なんなんだ!? この力は!? このままでは……このままでは!?)

 

 

 

 

『僕は……負けない! 僕は……罪を償い、光を掴む! 消え失せろ! 僕自身の闇よ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリク LP 1 → 0

 

 

「ぐわああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらの声が響いたのかは、わからない。

だが……決まった。

それだけは、間違いなかった。

 

 

そう心によぎった瞬間に、意志の力だけで支えられた膝が砕ける。

だが……倒れるわけにはいかないと、一瞬近づいてきた地面を拒否した。

 

(まだだ……まだ、終わってない……)

 

勝利は、足を引き摺りながら、蹲るマリクに近づいていく。

皆の叫び声が聞こえるような気もするが、もはや、勝利の耳には届いていない。

 

(マリク……)

 

 

時間をかけて、ようやく未だ動かぬマリクの前に立った。

 

震える、力もまともに入らない手を、マリクに差し出す。

 

 

 

マリクが……ゆっくりと顔を上げ、その手を引いて、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「…………ありがとう。黒羽勝利。君は……最高の決闘者だ」

 

 

 

 

 

 

晴れやかな表情で、勝利にそう言ったマリク。

 

勝利ではなくとも、感覚でわかる。

それは……マリク。

本来のマリクの、純粋な笑顔。

それそのものだった。

 

 

 

 

そんなマリクを……勝利の拳が襲う。

 

 

ぺちん。

 

 

 

 

 

頬で、音を鳴らす。

情けない音であった。しかし、拳を受けたマリクの頬は、燃え上がるほどに熱かった。

 

 

 

「後で……みんなにも謝れよ……遊戯君にも、城之内君にも……舞さんにも」

 

「……ああ。ありがとう……」

 

 

 

 

「勝利!!!」

 

 

 

 

 

呼ばれた声に、振り返る。

友が、皆が、ステージに上がり、笑顔で勝利に駆け寄ってくる。

 

 

そして勝利は、その中に、舞を見た。

 

 

 

杏子に肩を借り、ふらついている。

でも、確かに、舞はそこにいる。

 

勝利の大好きな笑顔で、そこにいる。

 

 

 

 

「勝者! 黒羽勝利!」

 

 

 

 

 

その言葉を聞き届け、勝利は、倒れ伏した。

 

 

 

 

 

長く、苦しい戦いが、終わった。




さあ。いかがだったでしょうか。
マリクvs勝利 これにて完結です。

ブリザードとブラックフェザー•ドラゴン
2体のフィニッシュまで決められて、個人的には大満足です。

ラヴァゴ「……」

次回は、決闘なし回になります。
久しぶりに落ち着いて書けたらと思ってます。
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