活動報告に書きましたが、仕事でちょっとしたミスに気付かず大損してしまい、それで熱出してました。
心が弱い……
というわけで、久しぶりの日常回。
デート編です。
幸せの形
「ほれ、見てみろよ。しっかり乗ってるぜ!」
「おお、すげぇじゃねえか遊戯!」
「ほんと! かっこいいわよ。遊戯!」
「や、やめてよみんな。恥ずかしいよ……」
童実野高校2年A組の一角。
ほんの数日いなかっただけのその空間のにぎやかな一角が、あまりにも尊く感じる昼下がり。
いつも通り、昼休みにドタバタと騒ぎ出すそのメンバーを遠巻きに見ながら、クラスメイトがくすくすと笑っていた。
その声すらも恥ずかしく、何とか諫めようとする遊戯だったが、城之内たちの興奮は簡単に収まってくれなかった。
「『トップ決闘者特集』だってよ! うおお! 勝利も乗ってるじゃねえか!」
「乗ってるだけじゃないわ! この雑誌1冊、ほぼ全部勝利君と遊戯の特集よ!」
杏子が本田が持ってきた雑誌を、高らかと掲げる。
その表紙には、勝利と遊戯がディスクを構え、背中合わせに立つ姿。
軽く中身を覗いてみれば、決勝戦を戦う二人の1枚絵や、2人に対するインタビューの記事。
確かに、勝利と遊戯のための雑誌、と言って差し支えない内容の仕上がりになっていた。
「『あのバトルシティ決勝を勝ち抜いた伝説の決闘者たちの素顔に直撃!』だってよ! ハハハ! こりゃアイドルだぜ! サインでも書いて金とっちまえ、遊戯!」
「そ、そんなこと……」
「……さいてーね。城之内」
あきれ声をあげる杏子に同意するようなから笑いが響く。
そんな中、本田がとあることに気が付く。
「しっかし……バトルシティの内容はさておいて、このインタビュー記事。勝利の方が分厚くねえ? なんで遊戯より、勝利の方に注目が集まってるんだ?」
「……アハハ。それには、いろいろな事情があってね」
「事情? なんだよ、事情って」
遊戯の言葉に、城之内が疑問の声を上げる。
「まず、勝利君は『BF』を公に使ったのが、初めてなんだ。だから、実力者の勝利君が使う、新ジャンルのカードたちに、注目が集まっちゃってるんだよ」
「ああ。なるほどな。王国の決闘はあんまり内容が外に出ていかなかったから、今回の勝利の決闘で、勝利のことを知りたいって需要が上がっちまってるのか」
「そういうことだね」
勝利という決闘者は、これまで謎に包まれていた。
半年ほど前に、突如決闘界に現れた超新星。
ありとあらゆるデッキを使いこなし、決してその手の内を見せず、ついたあだ名は『クリエイター』。
その『クリエイター勝利』が、心から信頼するデッキ。
『BF』。
突如現れた最強級の決闘者が扱う、見たこともないデッキジャンル。
世間の注目が集まってしまうのは、もとより勝利も懸念していた話。
こうなってしまうのは、致し方のないことだった。
「それで、後は?」
「ああ。えーっと……もう一人の僕が、途中から雑誌の取材に辟易しちゃって……途中から、勝利君が受け持ってくれたんだ……」
「あはは……成程」
これは遊戯と勝利しか知らぬ話だが、今回の雑誌の特集は『バトルシティファイナリスト特集』にするつもりであり、ベスト4に残った決闘者4人を集めて双方の想いを語り合うインタビューをとるというつもりだった……のだが。
マリクは早々にイシズ、リシドと共にエジプトに帰還。
そして海馬がこのような取材に応じる暇も、心遣いもあるはずもなく。
必然的に、遊戯と勝利。決勝を戦った二人へのインタビュー記事を作成することになった。
だが、これも彼らを知るものからすれば当然の話だが……遊戯にも、もう一人の遊戯にも、取材を起用に立ち回るということができうるはずもなく……当然というか、大会優勝やらの立場でそういった外面の対応に慣れている勝利がそれらの応答役として立ち回ることとなり、インタビュー記事は必然、勝利の言葉が中心となる。
そして、誠実な対応をしてくれる勝利に対し、インタビュアーが好印象を抱くのは当然のことで……
「……記事は、勝利君を持ち上げてばっかりいるわけだ」
「見ろよ。この見出し。勝利をどうしてえんだって話だ」
「ぶっ! こ、これは勝利君……困ってるでしょうね」
勝利の写真の顔の横についた、勝利につけられた煽りの分に、思わず杏子が吹き出してしまう。
そんな中、遊戯は1人、物思いに耽ていた。
(でも……勝利君の記事が多くなったのは、まだ理由がある)
遊戯は、彼らが手放した雑誌を、ぱらぱらとめくってみる。
その中で、一部の見出しが、遊戯の眼に入る。
『シンクロ召喚』
『シンクロモンスター』
勝利が広めることとなった、新たな召喚方法。そして、新たなモンスター。
何故、勝利がそれを扱うこととなったのか。
そのモンスターたちは、これから、どのように扱われるのか。
世の決闘者たちの想いは、注目は、それで持ち切りだった。
それは当然のことだ。
しかし、遊戯の憂慮は、騒がれていることではなかった。
(勝利君の……彼の、仲間。彼の、友達……それが、世間を騒がせてしまう)
勝利も、考慮していたことだろう。
彼のシンクロモンスターが公になることの、危うさを。
それでも、勝利君は自分たちと戦うために、全力を尽くしてくれた。
それは、とてもうれしいことだ。
だが、それによって、勝利が、彼の大切な仲間が、望まないトラブルに巻き込まれてしまうという可能性がある。
それが、遊戯の不安だった。
(……でも、勝利君はあのインタビューの帰り道、こういっていた)
『うん、大丈夫。その件はもう、解決するらしいからさ』
あの笑顔が、嘘じゃないとは思ってる。
でも……遊戯の不安のすべてを消し去るには、まだ足りない……
「あれ? そういえば、勝利はどこ行ったんだ?」
「勝利君は休校中よ。バトルシティでぼろぼろになった体と心が休まるまでお休みしてもらうって、真黒さんが言ってなかったっけ?」
「ん? それって、ちょっと前に終わったって言ってなかったか?」
「ああ……勝利君は、別件の用事があるらしいよ。バトルシティでの功績を見込んで、仕事を頼まれたんだってさ」
「仕事って?」
「……さあ」
そういった勝利は、窓の外を見る。
青い空で、鳥が鳴いたような気がした。
この青い空の下で、勝利は、また大変なことに巻き込まれてはいないだろうか。
不安に思う遊戯のため息が、場に溶けていく。
(……勝利君。何かあったら、いつでも言ってね……僕らは、友達なんだから……)
時は戻り、とある休日。
体の調子も問題ないことを確認した勝利は、童実野町時計塔広場の代表モニュメントである、時計台の下にいた。
勝利は、自分の服装を見直す。
黒のサッカー地のパンツに、青のインナーに、グレーのワイシャツ。
見覚えのある見た目に気づき、情けないため息を吐く。
その時々の自信の服を選択しているつもりだったのだが、前回の時計台下の待機時の服装と完全に一致していた。
どうやら自分にとっての、勝負服はこれらしい。ということに気づき、恥ずかしく思う。
そう、今日は件の、デートの日。
バトルシティが終わり、恋人同士となった舞との、初めてのデートだった。
だからこそ、無意識のうちに気合いが入ってしまっている恥ずかしさをごまかすように、時計を見る。
時刻は、8:25。
(9:00待ち合わせ。でも前回僕の方が早く来てたから、今度はさらに早め。そろそろ来る頃合いのはず)
別にマウントを取りたいわけではないが、この日差しが強くなり始めている日和にオープンカーで待たせたくもない。
その一心で、勝利は静かに時を待つ。
「……あの~……」
「……はい?」
そんな最中、待ち人の愛しき人のものとは明らかに違う、しおらしい声が勝利に届く。
声の方向を向くと、二人の女性が勝利の方を向く。
そして片方の女性の手元には、見覚えのある雑誌が握られていた。
それを見て歪みそうになる口元を吊り上げ、必死に笑顔を維持する。
「……黒羽勝利さんですよね? 『
こっ恥ずかしい二つ名と共に、雑誌を開く。
その雑誌の一面をぶち抜いて写されているのは、ドローのポーズをとった勝利の一枚写真。
「は、はい……(や、やめてくれ~~~~!!!)」
きゃあきゃあと騒ぐ女性たちの前で、赤くなりそうな顔を鎮めるのに精いっぱいな勝利が固まっている。
そんな勝利を見て、自分たちに対応してくれていると思ったのか、女性陣が畳みかける。
「バトルシティの決闘、見ました!」
「勝利さん、かっこよかったですぅ!」
「ど、どうも……」
どうやらバトルシティの映像は一般的にも放映されていたらしく(城之内や勝利とマリクの戦いなどの刺激的な映像にはカットが入っていたが)、バトルシティのファイナリストたちは一躍時の人となっていた。
特に王国の決闘を挟んでからは、詳細不明、正体不明の決闘者扱いされていた勝利の決闘は世の人々の心を震わせるには十分なものであったらしく、今や勝利は遊戯に次ぐ『伝説の決闘者』の仲間入りを果たしていたのだった。
(……バトルシティの時に、『ちょっとぐらいちやほやされたい』なんて考えていたけれど……恐れられてる方がましだった! まさか、こんなことになるとは……)
「私……勝利さんの大ファンになっちゃいました!」
「『BF』たちも、かわいかったぁ!」
その瞬間、勝利の目の色が変わる。
「っ!? そうですよね! 『BF』たちは、かわいいんです!」
「はい!」
そこまでたじたじとして適当な会話で切り上げようとしていた勝利が、一歩踏み込む。
その表情は、先ほどまでの作られたものとは違い、輝く笑顔だった。
『BF』たちが、評価された。
自分以外にも、彼らの魅力が伝わった。
それが勝利にとっては、それまでの全てを吹き飛ばすほどに嬉しかった。
「あの……勝利さん。もしよければなんですけど……サインとかって、もらえたりしますか?」
「書きましょう! 栄えある僕のサイン第1号を、『BF』を愛する同志のお二人に……」
「ずいぶん楽しそうねえ……あたしも混ぜてくれるかしら?」
その時、勝利の背筋に絶対零度の刃が突き刺さる。
瞬間、勝利の全身が固まり、さび付いた機械のように固い首を必死に回すと……愛する人の形をした、阿修羅がいた。
ちらと時計塔を見る。8:30。
早めに来て正解だった。などと、冷静になってしまっている頭がくだらないことを考える。
「……やあ、舞さん。待たせちゃったかな」
「いいえ。先にきてかわいこちゃんたちと楽しそうにしてたみたいだから、あたしはぜーんぜん待ってなかったわ♡」
(……お、怒ってらっしゃる……)
弁明の言葉は、いくらでも浮かぶが、何を言っても言い訳にしかならない。
そう判断した勝利は肩を落とし、おとなしく舞に投降することを決意した。
「……ごめんなさい。はしゃぎすぎました……すぐ行くから、このサインだけ書かせてもらえる? せっかくの、僕のファン1号さんなんだ」
「……まったく……あんたってやつは……」
唐突に現れた舞に逆にたじたじとしてしまっている女性2人に、舞がむくれた顔を伏せた後、色気を乗せて微笑む。
「ごめんなさいね。その人、あたしの連れなの。サインの後は、連れてってもいいかしら?」
「はっ! はひっ! あ、あの……あなたはもしかして、孔雀舞さんですか!?」
「ええ」
「「きゃ、きゃーーーーーー!!!!」」
舞の言葉に、悲鳴に近い歓声が上がる。
思わず勝利も、耳を塞いだ。
この詳しさ。
ただ雑誌に載っていたから、というミーハーではなく、この二人も決闘者なのだろうか。
女性決闘者からすれば、舞という存在は、まさに憧れの的だろう。
初めて現れた自分のファンをかっさらわれたことに、勝利は乾いた笑いが上がる。
然しその笑いも、彼女たちの追撃によって砕かれることとなる。
「も、もしかしてお二人って……」
「こここ、恋人同士だったり……」
「ああ、うん」
「うふっ、そうよ」
勝利と舞が、同時に頷く。
そして、目の前の二人が震えだす。
「「ぎ……ぎゃーーーーーーーーーーー!!!?」」
またしても悲鳴に近い歓声、というよりはもはや歓声のふりをした悲鳴を上げて、二人は幸せそうに崩れていく。
何のことかわからずに心配そうに見つめる勝利と、このようなファンに慣れたものなのか、やれやれ顔で彼女たちを起こそうとする舞がアンバランスでおかしく映る。
「そんなわけで……」
舞は二人が持っている雑誌とペンを奪うように受け取り、裏面の白地部分にすらすらと表紙にサインをつづる。
慣れたものだ、と感心しているうちに、『孔雀舞♡』と書きあげ、勝利に渡す。舞の名前の横に、スペースが空けてある。
従うがままに、勝利もサインを書く。崩した可愛らしい字体の舞のサインに不釣り合いにならぬよう、自身の名前をよきように崩した、初めてのサインをそこに描く。
「ちゃんと覚えておきなさいよ。次回からもおんなじサインを書くんだから。じゃないと、この子たちのサインが、偽物になっちゃうでしょ」
「ああ、なるほど。了解」
「あ、ああ……素敵」
恍惚の表情を浮かべる2人にとどめと言わんばかりに、勝利が書き終わった雑誌の隙間に、キスを落とす。
受け取った2人は、勝利たちの名前に、『サイン1号!』の記録。そして、舞のキスマークに、目を白黒させる。
「邪魔しちゃったから、お二人にはサービスよ。じゃ、あたしたちは行くわね」
「二人とも、ありがとう。これからも、応援してくれると嬉しいな」
またねー。と手を振り離れていく舞と勝利。
未だ放心状態の二人は、「ま、またねー……」と力なく手を振り返し、雑誌を二人で抱きしめた。
「まっ。初めてのファンサとしては、及第点じゃない? さすが、『黒羽の貴公子』さんね」
プジョーを軽快に走らせながら、舞が笑う。
怒りは一時の者として収まったようで安心したが、それはそれとして二つ名を呼ばれたことに顔を染める。
舞が指さした先のサイドボードを開けるとそこには、件の雑誌が入っていた。
「……本当にやめて。それ、あの子たちのためにサインに書いてあげるかどうか、最後まで真剣に悩んでたんだよ……どうしても受け入れられなくて、書かなかったけど……」
「アハハ。ずいぶんと持ち上げられたものね」
「雑誌社の人に、好かれちゃったみたいで……」
「あんたは外受けも、外面もいいからね」
「彼女からの誉め言葉として、受け取っておくよ」
「実際褒めてるわ。顔もそこそこタイプよ。あたしの」
「……ありがとう」
追撃にさらに赤面してしまい、思わず顔を外に逸らす。
エンジンの快音が、心の騒めきを払うように鳴り響く。
「……一応、あんたのサイン。そいつにも書いといて」
ふとした瞬間に、舞が雑誌を指さし言う。
それを聞いて、勝利は目を丸くした。
「……え? いるの? 僕のサインだよ?」
「いいから」
言いながら、車の脇に刺さっていたボールペンを、勝利に差し出す。
「……そりゃ、書くけど……」
頭に疑問符を浮かべながらも、すらすらと先ほど誕生したサインを書き記していく。
横目で見た舞が、さらに言う。
「……まだ、余白あるでしょ」
「……あるけど?」
「……『ファン1号へ』って書きときなさい」
「ぶっ!!?」
思わず噴き出した勝利は、横に顔を向ける。
目を逸らさず運転している舞の横顔が、少し赤く染まる。
それを見ながら、勝利は先ほどまでの2人との様子を思い出す。
『……すぐ行くから、このサインだけ書かせてもらえる? せっかくの、僕のファン1号さんなんだ』
『……まったく……』
その時の、不貞腐れたような舞の横顔が、勝利の脳裏に蘇る。
そして、今度は勝利が笑った。
「……なによ?」
「いいや。なんでも」
「……言いたいことがあるなら、言いなさいよ」
「……僕の彼女、可愛いなあと思って」
「……フン!」
心なしか、車が加速したような気がした。
「……『精霊王』? あんたが?」
「うん。ラーが言うにはね」
映画館の傍に据えられたカフェでブレイクタイムを楽しみながら、例のマグナムの映画の感想を述べて、まったりとした時間を過ごしていた二人。
そんな中で、勝利が取り出した話題は、あの決勝の一戦の一幕だった。
「マリクたちが、墓守の一族が守り続けていた、3千年前の古代エジプトのファラオの戦い。それを支えた、
彼らが戦ってきた時代のさらに深い歴史。
その力全ての、創造神。
それこそが、『精霊王』。
「……それが、あんただって?」
「一応、違うとは言っておいた」
「……ラーは太陽神。エジプト神話における最高神でしょ? その神に、『創造神』と呼ばれるとはね」
「恐れ多いよね。僕は、ラーと戦いたかっただけだよ」
あっけらかんとした様子でそういう勝利は、頼んたコーヒーに入れたミルクをカップを回して混ぜながら一気にあおる。焦ったのか、苦みに少し顔をしかめる。
そんな勝利の言葉が、掛け値なしの本音であることがわかっている舞は、あんたらしいわね、とだけ笑っていった。
そして屈託なく笑う勝利に対し、舞は少しだけ声のトーンを下げて言う。
「ねえ。勝利」
「ん?」
「遊戯は……もう一人の遊戯は、
「うん。そう聞いてる。遊戯君がバトルシティに参加した理由の1つ。自分が、何者であるかを知りたくて参加したって」
二人とも、同時に手元の飲み物を飲む。
その先は口にはしない。
しかし、二人は当然、その先の未来も見据えていた。
3千年前の王の記憶を取り戻す。
すなわちそれは、現代に現れたもう一人の遊戯の魂が、あるべき形に戻るということ。
もしかしたら……もう一人の遊戯と刻む戦いの日々は、そう長くは続かないのかもしれないということ。
「……もしも、もしもよ?」
舞が、強く言葉を作る。
その声に、不安が入り混じっていることを感じた勝利はすぐに、優しい笑みを作る。
「……あんたの過去、あんたの歴史にも、辿るべき何かが……知るべきなにかがあるんだとしたら」
「いらないよ。そんなの」
慰めでも何でもない。煩わしいものを振り払うが如く言い放つ勝利に、舞は言葉を止めて勝利を見る。
「もう、僕に過去はいらない。だって……遊戯君が、城之内君が、みんなが。そして……舞さんがくれた今が、みんなとの未来が、僕の宝だから」
「……勝利」
「……舞さん。僕はね、今、幸せなんだよ」
そういって、勝利はフォークを手に取り、手元のミルフィーユを一口サイズに切って、舞の口に持っていく。
「はい、あーん」
「ちょ、ちょっと……」
「あーん」
笑顔の勝利は、譲らないと語る。
舞はちらと周りを見ようとしたが、隣の老夫婦が微笑ましそうに見守るのが見えた瞬間に、恥ずかしくなるだけだと判断して諦める。
「……もう」
舞が、顔を伸ばしてフォークを口に含む。
勝利が、さらに嬉しそうに笑う。
「……美味しい」
「うん。幸せの味」
鏡合わせのように、二人が笑みを零す。
もう、聞くことはない。
舞の心の不安は、消え去っていた。
「……さて……じゃあそろそろ次に……」
「……」
「……? ちょっと、勝利? どこ見てんのよ?」
次の目的地を目指すために停車していた車の傍に立つ舞が、よそ見して固まっている勝利に尋ねる。
その視線の先は、先ほど自分たちがいた、映画館の傍のカフェ。
「舞さん……カフェの、右端……」
「右端? いったい何の……っ!?」
「映画、素敵でしたね! 竜崎さん!」
「ああ。あんま見いひん映画やったけど、まあまあやったな。あの俳優、決闘者ってホンマかいな?」
「ハイ! 勝利さんとの決闘、素敵でした! 舞さんの事を、二人とも想いあってて……素敵だったなあ……その時の決闘もですね!」
「わあったわあった。あとで聞いたるから、早よう食うてまえ」
勝利と舞の視線の先に見えるのは、先ほどの二人と同様、カフェで仲睦まじくケーキを食べる竜崎と……静香の姿。
そう。
先ほどの二人と、同じ。
少なくとも、勝利たちにはそうみえる。
「……触れたいような、触れたくないような……」
「……同感ね」
何とも言えない表情を見合わせながら、竜崎たちを眺める二人。
年が近いからか、元来の相性からか、はたまた……窮地を共に乗り切った経験からか。
意外にもお似合いに見えるその様子から、脳内で涙を流し拳を握る城之内の姿を想像してしまう。
「遊戯の奴……とうとう竜崎にも先を越されたのね」
「アハハ……まだわからないけどね。どうする? 声かけて聞いてみる?」
「……竜崎を揶揄うのも面白そうだけどね……やめときましょ」
そういって舞は運転席に乗り込み、ドアを閉じる。
そしてエンジンをかけて、勝利を見た。
「行くんでしょ? この後」
「……うん。そうだね」
最後に2人を一瞥し、「……お幸せに」と呟いた後、助手席に乗り込む。
「こんにちは。ご用件を……あら?」
「お久しぶりです。黒羽
「ふふっ。ようこそ」
2人がやってきたのは、病院。
バトルシティの前にともに来た、勝利の母が入院する病院だった。
顔を見知ったナースが、勝利たちを応対する。
ナースの嬉しそうな表情に、救われる想いになる。
「聞いてますか? お母さんの容態」
「……はい。真黒さんから、話だけは」
「よかった。ゆっくり、お話しくださいね」
廊下を歩く最中も、終始ご機嫌なナースに、勝利もぎこちない笑みで返す。
その少し後ろを歩く舞は、勝利の緊張を必死に解きほぐそうとしてくれているナースの想いを察し、軽く勝利の背中を叩く。
「笑顔」
「っ……うん」
自分の顔をぺちんとたたく勝利。
そうしている間に、部屋の目の前にたどり着く。
勝利は、深呼吸した。
そして、ノブに手をかける。
「ごめん、舞さん。また、手貸してくれる?」
「……ええ」
勝利の手の上に、舞の手が重なる。
そして、ほんの少し間をとって呼吸を合わせ、同時にノブを引いた。
部屋へと一歩、歩を進める。
そして、目が合った。
「……勝利……なのよね?」
「っ!」
中から響いた声に、思わず勝利が固まる。
そして……舞の手の中の勝利の手が、震えだす。
舞は何も言わず、勝利の涙を見守った。
そして舞は、視線を正面に移す。
そこには……体を起こし、こちらを見て微笑む1人の女性の姿。
かつて不安なほどに真っ白だと感じた肌には血色が宿り、色づいた瞳が自分たちを貫く。
彼女が、自分たちを見ている。
それが勝利にとってどれほどまでに嬉しい事か、他者の想像で事足りるものではないだろう。
その優しく、力強い笑みは、何度も自分を奮い立たせ、幾度となく守ってくれた愛しき人の笑顔を彷彿とさせる。
今、改めて確信する。
この人は、勝利の母親だ。紛れもなく。
「……かあ、さん」
勝利がようやく、震えた声を絞り出す。
そんな勝利に、彼女は、黒羽白は優しく返す。
まるで、幼い子供をあやすように。
「……どうしたの? 勝利」
その声に、勝利が、堰を切ったように泣く。
舞はその手を、ぐっと握る。
離さないと。
そこにいると、誓うように。
勝利の涙が止まるまで、その手を離さなかった。
「……初めまして。勝利君のお母さん、あたしは……」
「舞さん、よね? 孔雀、舞さん」
勝利が落ち着いた頃合いを見て、改めて自己紹介しようとした舞の言葉を、白が遮る。
その言葉に、舞も勝利も目を丸くする。
「……母さん、なんで……?」
「この前、紹介してくれたじゃない」
「お、覚えてて、くださったんですか?」
「もちろん」
そっと手を伸ばす白に、舞が寄り添う。
白が、舞の頬をそっと触る。
「……お綺麗な方ね」
「いえ、そんな……勝利君のお母さんこそ……」
「白って呼んでちょうだい。もっと、親しくなりたいわ」
「……はい。白さん」
舞に笑いかけた後、勝利に向き直る白。
少し、緊張したような様子で、勝利が白の言葉を待つ。
「……勝利」
「……なに、母さん?」
あまりにも長い、空白の時間。
家族としての愛情と、家族としての時間が合わない、不思議な関係。
傷つき、傷つけあった。辛い想いで。
何を言われるのか。
張り詰めた空気が、病室を支配する。
「……舞さんは、あなたのお嫁さんなの?」
「「ぶっ!!!!?」」
「あら。息もぴったり。おしどり夫婦なのね」
「か、母さん!!!」
噎せ返る舞と、顔を赤くして抗議する勝利。
病院であることを考えて声を抑えながらも激昂する勝利の様子が、病室をアンバランスな空間に変貌させる。
「僕は、16歳! 高校生! 結婚はまだできない!」
「あら? 私が勝利を妊娠したのは16歳のときよ?」
「聞きたくないそんな話! 舞さんは僕の彼女! まだお付き合いなの!」
「えー。でも、いずれは結婚するんでしょ? なら、いいじゃない」
「~~~~~!!!!!!!」
爆発してしまいそうなほど顔を火照らせる勝利に対し、感情が一周してしまい冷静になった舞が、二人を俯瞰で見つめる。
(……箱入りのお嬢様だったとは聞いてたけど。これは……)
「とにかく! 舞さんの前でそんな話するのはやめてくれ!」
「えー……勝利。舞さんとは結婚しないつもりなの? ダメよ。男は誠実でなきゃ」
「そんな話はしてない!」
(……なるほど。もの知らずで、天然さんなのね……)
「勝利……あなた、ずいぶんと元気な子になったのね。でも、病院で騒ぐのは駄目よ」
「誰のせいだ!」
「ちょっと、飲み物でも買ってきて、頭冷やしなさい。あ、私は甘酒で」
「病院の自販機にそんなものあるか!」
舞は零れかかったため息を飲み込み、勝利の肩をポンと叩く。
「勝利。白さんの言う通り、あんたは少しクールダウンしてきなさい。あたし、白さんと話してるわ」
「……すっごい不安なんだけど」
「とって食いも食われもしないわよ」
「……母さんにヘンなこと言われたら、後で文句言ってくれていいからね」
「はいはい」
押し出されるように病室を出た勝利は、不承不承といった様子で飲み物を買いに行く。
「全くもう……騒がしい子で、ごめんなさいね」
「……いえいえ(あんな騒がしい勝利を、あたしは初めて見たけど……)」
やれやれという表情で舞に謝罪をする白を見て、舞は引きつった笑みを浮かべる。
親子といえどこうも違うものかと、目の前で首を傾げる白を見つめていた。
「……舞さん。ありがとうね」
「……はい?」
突然の礼に、心当たりのない舞が困惑する。
しかし白は、そのまま続けた。
「……あんなに楽しそうな勝利は、私の記憶の中にはいなかったわ。記憶の勝利は、いつも泣いてばかり……」
「……」
突如始まる白の独白。
舞はそれに口出しせず、静かに聞く。
「あの子は、あんな風に怒って、あんな表情で笑うのね……」
「勝利は、優しくて、感情的な人なので」
「そうなんだ。いや、そうね。そうだったわ」
一瞬、白の手が震える。何かを思い出してしまったのだろうか。
とっさに舞が、白の手を握る。
白は驚いた表情をするが、すぐに優しい笑みを向ける。
勝利そっくりの、人を想う笑みだ。
「ありがとう、舞さん。きっと、舞さんのおかげね。あの子が、あんなに笑顔でいられるのは」
「……違いますよ。白さん」
舞の、きっぱりとした否定の言葉に、白は笑みをひっこめて、目を丸くした。
「勝利に笑顔を……幸せをもらったのは、あたしの方です。あたしは……ずっと独りだったから……勝利が笑顔でいられるようにのは、勝利自身が頑張ったから。勝利が優しい人だから、みんな勝利を信じて、勝利と一緒にいたいと思うんです。あたしが、そうだったように」
「……舞さん」
舞は、両手で白の手を持ち上げ、強く握る。
そして自分の胸元に運び、祈るように言う。
「白さん。勝利を産んでくれて、ありがとう。あたしは、幸せです」
その言葉に、白は一筋の涙を零し、笑う。
「ねえ、舞さん。私、舞さんともっと仲良くなりたいわ」
「……もちろんです。お義母さん」
その後、勝利が戻ってきて、皆で面会時間の終了まで言葉を交わす。
白の発言に勝利が振り回され、白と舞の結託に勝利が困惑し、白の知らない二人の思い出話を聞かせて、笑った。
その時間は、まさしく幸せで。
勝利にとって、何物にも代えがたい。
昔の勝利が、何よりも求めた、喜びだった。
そして……
白からも、勝利からも。
過去の話は、終ぞ一度も出ることはなかった。
その理由を、舞はわかっている。
もう、過去はいらないからだ。
二人は、今を。未来へ向かった道を。
歩き出している。
ということで。
デート編でした。
もっとたっぷりいちゃつく時間をとっても良かったのですが、あくまで遊戯王の小説なので。
ついでに当話で勝利の二つ名も記載しておきました。
決闘王子→決闘王、遊戯に次ぐ名前として
王子のスマートな雰囲気に合わせて、貴公子の名もあげました。
次回以降出てくるかわかりませんが、一応。
次回の番外編からは決闘に戻ります。
勝利の決闘です。
相手は……あいつ。