次回決着とか言っておきながら、決着しませんでした……
ごべんなさい。
『ぴぃ!』
「ジェット……近いのか!?」
『ぴぃぴぃ!』
森の中を飛ぶ友の姿を追いながら、自身も飛ぶように駆ける勝利。
流れゆく景色に一瞥もすることなく、かれこれ十数分、ジェットの後を追いかけ続けていた。
(彼らとつながる感覚。彼らの自由が、この空間でも保証されていて助かった。これなら、全員との合流も遅くならない)
しばらく走っていくと、森を抜けたところでジェットが空中で停止している。
ジェットの下には……あまりにも場違いな、木製のドアが鎮座している。
「これって……素直に考えるなら、バーチャル空間をつなぐための通路につながるドアってこと?」
『ぴぃ?』
理解しきれていないジェットが、首を傾げる。
しかし、戸惑っている一分一秒すらも惜しい状況。訝しんで足踏みするような選択は、下策だ。
「……行こう」
覚悟を決めて、ドアを開ける。
するとそこに現れたのは、先ほどまでの森の中のような場所から一転、明らかに人工的で、高級感のある建物の廊下が伸びている。
「今度は、なんなんだ……?」
困惑する勝利。
だが、次に響いた声の主に気づき、思わず猜疑心を晴らした、気持ちのいい笑みがこぼれた。
「「勝利君!!」」
「っ!? 遊戯君! 杏子ちゃん! よかった、無事だったんだね!」
「勝利君のおかげさ! 勝利君が僕を送り出してくれたおかげで、僕も杏子と合流できたんだ!」
「勝利君も、決闘してたのよね? ここにいるってことは、勝ったってことでいいんだよね?」
「もちろんさ。あんな奴に、負けてたまるかよ」
不必要なほどに明るく振る舞う勝利の様子に、遊戯と杏子もつられて破顔する。
「それより、杏子ちゃんたちも勝ったんだよね?」
「ええ! 遊戯が合流してくれてね!」
「『大瀧』っていう、『ペンギン』デッキ使いだったよ。何とか勝てたけど、決して楽な決闘じゃなかった。やっぱり……このゲームは危険だよ」
「うん。僕も同感だ。だからこそ、みんなとの合流を急がなきゃいけない」
勝利のトーンが落ちた真剣な声に、遊戯と杏子も顔を引き締め、頷く。
(そのためにも……一番の優先はやっぱり、静香ちゃんだ!)
『ぴぃ!』
「っ!」
自分だけに響く友の声に、勝利が反応する。
すると少し離れた先の大扉の前で、ジェットがその身をはためかせていた。
(そこか……)
「二人とも、行こう!」
勝利はそういって駆け出した。
勝利が勢いよく扉を開き、それに続くように、杏子と遊戯が中に入る。
そして中の光景に、3人が呆気にとられた。
「ここは……裁判所!?」
「なんで、こんなところが?」
「どういうセンスなんだ……このバーチャル空間……っ!? あれは!?」
ジャッジマン LP 2700 手札0枚
ゲート・キーパー
攻 1500
裁きを下す女帝
攻 2100
伏せカード2枚
竜崎 LP 3000 手札4枚(融合)
モンスターなし
伏せカードなし
静香 200 手札2枚
モンスターなし
伏せカード2枚
「静香ちゃん!?」
「竜崎君!?」
「それにあいつは……"ジャッジマン"!?」
「っ! 勝利!」
「遊戯さん! 杏子さん!」
「なんで静香ちゃんまで決闘を!」
(……しかも、状況はかなり悪い。これじゃあまずいよ。もう一人の僕!)
『ああ……おそらくこの状況。"ペンギン・ナイトメア"と同じく、静香ちゃんを狙い打つことで、竜崎の動きを制限しようとするプレイだ。そして静香ちゃんは限界寸前。このままじゃあ、二人の体が、奴に奪われることになる』
「おっと。傍聴人が増えてしまいましたか。あなたたちは傍聴人席で見ておきなさい」
「っ! まてっ! デッキも状況も、僕が引き継ぐ! だから静香ちゃんの代わりに僕が……」
勝利の言葉を、力強く打ち鳴らされるガベルが遮る。
「静粛に! すでに裁判は始まっている! 何人たりとも、この神聖な場に横入することは許されない!」
「っ!!? どこが神聖だ! くだらない目的で、決闘を汚しやがって!」
怒号を鳴らす勝利。
しかし大岡はそれを意にも返さずただニタニタと笑うのみ。
(……黒羽勝利。あなたもターゲットの一人。ここで小娘の状況を引き継ぐというのであれば、あなたの体を手に入れるのはたやすい……が、ここからあなたと竜崎のタッグで私を攻めてくるとすると、万が一が発生しうる。あなたは私のターゲットではありませんし……ここは確実にまず2つ、体を手に入れることが先決)
「何を言おうとも、決闘の途中で対戦相手を切り替えるなど、言語道断! 明らかな不法行為! 敏腕弁護士大岡としても、裁判官、"ジャッジマン"としても許されることではありません!」
「っ!!! こんの……」
「勝利。ひっこんどれ」
「……竜崎君」
勝利を諫めたのは、竜崎の静かな言葉だった。
「こればっかりは、奴のいう通りや。お前もわかっとるやろ」
「……」
「竜崎君、でも……」
遊戯も頭では竜崎の言い分もわかっている。
だがどうしても、不安に揺れる心は勝利に傾いていた。
「どんな決闘であれ、どんな事情であれ、決闘すると決めて戦っとるんはワイと静香や。その決闘中に負けるから下がれなんて言われることが、どれだけ屈辱的なことか、お前らならわからんはずがないやろ」
「……」
「それにな……静香、変わりたいか?」
竜崎がそういって、静香を見る。
静香は少しだけ戸惑うそぶりを見せた後、勝利たちに向き直った。
「……勝利さん、気を使っていただいて、ありがとうございます。遊戯さん、杏子さんも。でも……私、自分でやってみます! 竜崎さんと一緒に、勝って見せます!」
「……静香ちゃん……」
「そんな、静香ちゃんも初心者なのに……」
「……杏子ちゃん、遊戯君。どうやら、もう覚悟は決まっていたみたいだ。僕らは、見守るしかないよ」
勝利は諦めたかのように、傍聴席の仕切りの柵に寄りかかる。
そしてその目で、竜崎を刺す。
(……負けるなよ、竜崎君!)
「さてと……ワイのターンからやったな。ドローや!」
勢いのいいドローとは裏腹に、竜崎はかつてないほどに真剣な表情で自身の手札を見つめていた。
(……この手札じゃあ、あいつをこのターンに倒すのは不可能や。でも、静香のLPはもう持たん。ワイの罠でなんとか堪えたとしても、ワイのターンが来るまでに、奴のターンは2ターン来る。この勝負に勝つには……)
竜崎は、ちらと視線を横に移す。
燃えている静香が、へらへらとする大岡に対して真っすぐな視線を向けている。
確かな決闘者の闘志を感じた竜崎は、心を決める。
(……勝利たちを下がらせたんは、ワイや。静香に、勝たせたるって言ったのもワイや。なら……ワイが信じてやらなあかんな。あいつが、勝てる奴やってことを)
「静香」
「っ! はい?」
「ようみとけ。このターンをな」
「……はい!」
意図が読めない静香だったが、竜崎の言葉に、そのまま頷く。
それを見て、竜崎は笑った。
(アドバイスは禁止……せやったら、ワイにできるのはこれしかあらへん)
「ワイは手札から、"早すぎた埋葬”を発動!」
早すぎた埋葬
装備魔法
LPを800払い、墓地のモンスターを蘇生し、このカードを装備する
竜崎 LP3000 ー 800 = 2200
「ワイはこのカードの効果で、墓地から"ヘルカイドプテラ”を蘇生や!」
「ちぃ。またしても……」
「そして、ワイは手札から、"融合”を発動!」
融合
魔法カード
決められたモンスター2体以上で融合を行う
「目には目を。速攻融合召喚デッキには、融合召喚や!」
竜崎がそう叫ぶ。
しかし大岡は、"ジャッジマン”の姿の口角を大きく吊り上げた。
「そうはいきません。伏せカードオープン! カウンター罠カード、"しっぺ返し”!」
「っ!?」
しっぺ返し
カウンター罠
自分が発動した魔法・罠と同じカードの発動を無効にし、破壊する
自分の墓地から同名カードを手札に加える
「このカードで私は、あなたの"融合”を無効にして破壊。そして、私の墓地から融合を手札に加えます」
墓地から1枚カードを抜き出して手札に加えながら、にやりと笑う。
「融合モンスターに対応するためには、融合モンスターの速攻召喚。そんな単純な手が、この敏腕弁護士大岡に読めないとでも思いましたか? 焦りましたね、竜崎」
「竜崎さん……」
「……」
不安そうに見つめる静香と、竜崎の目が合う。
竜崎の目は、何かを語りかけるように静香を捉えていた。
その様子を見ていた遊戯や勝利も、不思議なものを見る目を竜崎に向けた。
(見たところ、相手も融合デッキ使い。だったら、竜崎君の"融合"の対策をしているであろうことも、竜崎君なら容易に想像できたはず)
(……そもそも、竜崎君のあの"融合"カードは、おそらく事前に"ヘルカイドプテラ"で手札に加えたカードだろう。相手に見えている状態での、切り札の発動。普段の竜崎君を思えば、うかつすぎる選択だ)
そんなことを考えながら、改めて二人は竜崎を見る。
しかし竜崎の表情に、焦りや焦燥は見えなかった。
(見とけよ静香……戦い方っちゅう物を)
「ワイは手札から、"ジャイアント・レックス"を召喚や!」
ジャイアント・レックス
地属性 恐竜族 星4
攻撃力 2000
守備力 1200
直接攻撃できない
除外された時、フィールドに特殊召喚され、除外された恐竜の数だけ攻撃力を上げる
「このカードも、"ヘルカイドプテラ"と同じ、除外されたらフィールドに戻ってくる効果つきや。攻撃力を上げるおまけ付きでな。お前のデッキマスター能力も、このフィールドなら怖ないで!」
「くっ……さすがに何も考えずに攻めては来ませんか」
「バトルや! "ジャイアント・レックス"で、"ゲート・キーパー"を攻撃や! 『ダイナ・バイト』!」
ジャイアント・レックス
攻 2000
ゲート・キーパー
攻 1500
(……この攻撃は、止められない。ですが……)
この瞬間を待っていた。
そういわんばかりに、大岡が自信をもって、伏せカードを開く。
「永続罠カード発動! "ラッキーパンチ"!」
「っ!!? ら、"ラッキーパンチ"やと!?」
ラッキーパンチ
永続罠
相手の攻撃宣言時に一度、コインを3回投げる
全てが表だった場合、自分はカードを3枚ドローする
全てが裏だった場合、このカードを破壊する
このカードが破壊された時、自分は6000ダメージを受ける
「このカードはコイントスを3回行い、すべてが表だった時に、3枚のカードをドローすることができるカード」
「さ、3枚も!?」
決闘を通して、手札の枚数というゲームの重要性に気づいたのだろう。
その効果に、静香は大きく狼狽える。
「びびんなや。所詮、3回表が出たら。確率は、1/8や。それに、あのカードはメリットだけのカードやない」
「その通り。このカードは、逆に3回裏が出たら破壊される。しかも、私に6000ポイントという、莫大なダメージを与えるというおまけ付きでね。まさに、勝負を分けるギャンブルというわけですよ。グフフフフ」
その笑みに、竜崎と勝利が、同時に顔を歪めた。
(……常勝の弁護士とか気取っとったくせに、ここにきてギャンブルカードやと? しかも、あまりにリスクの高い……)
(……奴のLPは残り2700。この賭けに外れたら、あいつは即座に敗北することになる。だというのに……奴から憂いや不安の感情を感じる様子がない……これは、まさか……)
「では行きましょうかね。運命の、コイントス!!」
そして"ジャッジマン"の指が、連続して3枚のコインをはじく。
転がりゆくその行く末を、全員が固唾をのんで見守る。
そして竜崎と静香の足元で、そのコインが動きを止めた。
表、表、表。
杏子と静香が言葉を失い、竜崎たちが、各々の苛立ちの表情を作った。
「うそっ!?」
「そんな!?」
(やっぱり……)
(こいつ……)
(やりよったな!!?)
「ハハハハハ! 表が3つ! 私はカードを3枚ドロー!」
「くそっ! そのまま攻撃や! "ジャイアント・レックス"!」
ジャッジマン LP 2700 ー 500 = 2200
「ぐぅ……! グフフ。ですが、状況は再び変わったようですねえ……」
「……ワイはカードを1枚伏せて、ターンエンドや」
ジャッジマン LP 2200 手札4枚(融合)
裁きを下す女帝
攻 2100
ラッキーパンチ発動中
竜崎 LP 2200 手札1枚
ヘルカイドプテラ
攻 1400
ジャイアント・レックス
攻 2000
伏せカード1枚
静香 200 手札2枚
モンスターなし
伏せカード2枚
(伏せカードは、"攻撃の無力化”。防御カードではある)
攻撃の無力化
カウンター罠
すべての攻撃は時空の渦に飲み込まれ無効となる
(このカードで1ターンは耐えられる。が、ワイのターンに回るまでには、静香のターンを挟んで2ターン、あのインチキ弁護士のターンが回りよる。このままやと、守り切れん)
竜崎は、そっと息を吐き、静香を見る。
静香はそんな竜崎の様子を伺うこともせず、真っすぐに大岡を睨んでいた。
(……頼むで、静香。お前がどこまで戦えるかに、かかっとる)
「それでは、私のターン。グフフフフ。では、手札から"融合"を発動! "冠を戴く蒼き翼"と"コケ"を融合し、"裁きの鷹”を融合召喚します!」
裁きの鷹
融合モンスター
冠を戴く蒼き翼+コケ
風属性 鳥獣族 星6
攻 2100
守 1800
「くっそ。しつこいねん!」
口でそう悪態をつく竜崎。
しかし心では、少々の安堵が残っている。
(……モンスター2体。これだけやったら、ワイのモンスターで耐えれる。このターン伏せを使わずに防いで、2ターン目は"攻撃の無力化”で耐えれば、ワイのターンに回せる!)
(……フフフ。これなら何とか、とでも思っていますかね?)
「バトル! "裁きを下す女帝"と"裁きの鷹”で、川井静香にダイレクトアタック!」
裁きの鷹
攻 2100
裁きを下す女帝
攻 2100
「っ! 静香ちゃん!」
「やめて!!」
傍聴席から、悲鳴が上がる。
竜崎が悔しそうに、宣言した。
「"ヘルカイドプテラ"! "ジャイアント・レックス”! 静香の壁になれ!」
裁きの鷹
攻 2100
ヘルカイドプテラ
攻 1400
裁きを下す女帝
攻 2100
ジャイアント・レックス
攻 2000
竜崎 LP 2200 ー 700 ー 100 = 1400
「ぐおおお!!?」
「っ!? 竜崎さん!」
「大丈夫や! 前向け!」
竜崎はすぐに静香に、そして自分に喝を入れた。
(これであいつの場のモンスターの攻撃は終わった。これなら……)
だが、竜崎の安堵を嘲わらうように、大岡がカードを追加した。
「速攻魔法、"融合解除”発動!」
「っ!!? し、しもた!?」
融合解除
速攻魔法カード
融合モンスターを、場に分離させる
「このカードにより、"裁きの鷹”を、"冠を戴く蒼き翼"と"コケ"に分離させます!」
冠を戴く蒼き翼
風属性 鳥獣族 星4
攻撃力 1600
守備力 1200
コケ
風属性 鳥獣族 星3
攻撃力 900
守備力 800
「っ!!? まずい!」
「"冠を戴く蒼き翼"も"コケ"も、このターンの攻撃を残してる!」
「竜崎君! 静香ちゃん!」
「残念ですが、これであなたたちは、二人とも終わりです。さあ、まずは"コケ”の攻撃! 川井静香に、ダイレクトアタック! 『ダッシュアタック』」
"コケ"が一鳴きし、すごいスピードで静香に迫る。
竜崎は、急いでカードに手をかける。
(……しゃあない。次のターンは後や。このターンを終わらせな、このまま負ける!)
「ワイは、このカードを……」
「私が……私が、頑張らなきゃ! 罠カード発動!」
「なんですって!?」
"ジャッジマン”の、狼狽える姿。
それに続くように、その場の全員に動揺が走る。
「えっ!?」
「ここで!?」
遊戯と杏子が驚愕する。
その驚愕に、勝利は同意した。
「……ここまで発動してないってことは、攻撃反応や、妨害カードじゃないはず……いったい、何のカードを」
「静香、お前……」
皆の視線が集まる最中、静香はふうと息を吐いて、顔を上げた。
(お兄ちゃん……私に、勇気を! 戦う力を!)
「"ジャッジマン”さん! 勝負です! 罠カード、"運命の分かれ道”!」
「なっ!?」
「なんだって!?」
「そのカードは!!?」
運命の分かれ道
罠カード
互いのプレイヤーはコイントスを1回行い、
表が出た場合は2000ポイント回復し、
裏が出た場合は2000ポイントダメージを受ける
「ぎゃ、ギャンブルカード……」
「そ、そんなところで城之内の妹なところを出さなくても……」
「いや」
「これは……」
「このカードは、お互いのコイントスで、表が出たほうのLPが2000回復し、裏が出たほうが2000ダメージを受けます! コインを振るのは、私と、"ジャッジマン"さんです!」
「……これで静香ちゃんのLPが回復すれば、残りの伏せ次第で、相手の攻撃を耐えられるようになる可能性はある……」
「それにジャッジマンのLPは2200。奴が外せば、LPは一気に危険水域。静香ちゃんと竜崎君にも、チャンスが生まれる」
(それだけやない。もしそんなことが起こったら、ワイらにとっての千載一遇のチャンスになりよる)
(((でも……)))
遊戯と勝利が一瞬顔を見合わせ、竜崎を見る。
表情を見るに、竜崎も同じことを考えているらしい。
(さっきの、"ラッキーパンチ”……)
(僕らの予想が正しければ……この勝負、勝ち目は……)
(静香……)
「竜崎さん!」
不安げな顔を悟ってか。
はたまた、純真の心故か。
静香が、真っすぐな目で竜崎に笑いかける。
「私、当てて見せます! 見ててください!」
その笑顔に、竜崎の険しい顔は解け、ふっと笑う。
(……信じるしかないわな。こいつの、勝負運を)
「……おう、行ったれ!」
「はい!」
(ククク。愚かなことを、もはやあなたの敗北は確定。そしてここでLPを回復してしまえば、残った竜崎を葬るのもたやすい。もはや感謝しますよ。あなたのそのカードにね)
大岡は、笑う。
心の中では小躍りしだしそうなのをばれるまいと必死に堪えてはいるが、それでも表情に零れていた。
「んんっ。では、発動者であるあなたから、コイントスをお願いしますよ」
咳払いしながら、静香の前に手元のコインを投げる。
静香はそれを受け取り、覚悟を決めたように、構える。
「……行きます!」
裁判所に、静寂が訪れる。
そして、軽快な金属音が響き渡り、コインが回転しながら宙を舞った。
「お願い!」
願う杏子。
そして……何とも言えぬ表情で、その行く末を見つめる遊戯と勝利。
(これが外れたら……静香ちゃんの負け)
(そしてそれは……竜崎君の絶体絶命を意味する)
コインが、床に落ちる。
そして、じらすように回転する。
(……お願いします、神様……お兄ちゃん!)
たった数秒。
だが、無限にも感じられる時を経て。
コインの動きが、止まった。
そして同時に、"ジャッジマン”、大岡がこらえていたものを吐き出すように高笑いを挙げた。
「フハハハハ! さあ、川井静香! 2000ポイントのダメージを受けてくださいよ! それで、あなたは脱落! あなたの体は、私たちのものだ!」
そう静香を指さし、宣言する大岡。
しかし、大岡の想像とは裏腹に、場の状況は何も動き出しはしていなかった。
(……な、なぜ? なぜ、川井静香が敗北になっていない? なぜ、まだ川井静香の決闘が続いている……?)
困惑する大岡。
それに呆れたように、竜崎が笑った。
「おい。常勝弁護士。判決も見れんくなったんか? よお見てみぃ」
言われて、床に転がったコインを見つめる。
そして……その結果に、狼狽した。
表。
どこからどう見ても、表だった。
ジャッジマン LP 2200 手札1枚
裁きを下す女帝
攻 2100
コケ
攻 900
冠を戴く蒼き翼
攻 1600
ラッキーパンチ発動中
竜崎 LP 1400 手札1枚
モンスターなし
伏せカード1枚
静香 2200 手札2枚
モンスターなし
伏せカード1枚
「やったあ!! 竜崎さん!!」
「おう。ようやった!」
「やったあ! 静香ちゃん!」
はしゃぐ杏子。
然し遊戯と勝利はそんな周りを尻目に、疑惑の種の答えを探していた。
「当たった……じゃあ、イカサマはなかった?」
「いや、それはないよ。遊戯君」
勝利が、即座にそれを否定する。そして勝利は、正面を指さした。
「あいつの表情を見れば、一目瞭然さ」
「ば、馬鹿な……なぜ、そんなことが起こるはずが……」
それは、1/2のギャンブルに負けた姿とは到底思えない、あまりにみっともなく狼狽える"ジャッジマン”の姿があった。
「イカサマはあった。それは間違いない。じゃなければ、今も、さっきの"ラッキーパンチ"も、自信満々に処理できるわけがないよ」
「じゃあ、静香ちゃんはどうやって……」
「……多分、あいつが仕掛けたイカサマすらも超越した、この空間において絶対の力を持った人が、イカサマを無効化したんだと思う」
ただの、想像。
にしては確信めいた勝利の言葉に、遊戯はごくりと息を飲んだ。
「それって……」
「ああ。おそらく……」
『ずいぶんと勝手をしてくれたね。大岡』
その瞬間。
声と、輝く光の柱が裁判所に届いた。
そして、輝く光は少しずつ集まり、やがて何かを形成していく。
それは最後に、人の形を成した。
その姿に、全員が見覚えがあった。
「の、乃亜様!!?」
「とうとう御出ましか」
「早い登場だったね」
(こんな局面で、突然現れるということは……やっぱり)
『お前が勝手に仕組んだイカサマシステムは、切らせてもらったよ』
「イカサマですって!?」
杏子が、激昂の声を上げる。
静香も、怒りをそのままに大岡を睨みつけた。
そんな中で、竜崎たちはやはりという表情だった。
(おそらく、ギャンブルカードがすべてあいつの良いように転がるっちゅうイカサマ……
(本来は、城之内君対策かな? 城之内君が来ていないのが想定外、みたいな言い方をしていたし)
ギャンブルカードと嬉々として好む仲間の決闘者の顔を浮かべながら、竜崎と勝利は納得したような顔を浮かべる。
(でも、それをどうして乃亜が否定するんだ? こいつらは、仲間じゃあないのか?)
「の、乃亜様! これも作戦のうちです。何も私たちはオリンピックの競技に出ているわけではないのですから、この程度は多少の……」
『僕に逆らうの?』
「ぐっ……」
黙りこくる大岡を見る勝利。
口元に手を当て、思案する
(こいつらの関係は……やはり、完全な縦。BIG5とやらは乃亜の言いなりになっている操り人形。ということは……)
「そんなくだらないやり方で勝ったところで海馬瀬人の仲間を倒したことにはならない。そんなんじゃあ、瀬人を完全に超えたことにはならないんだ」
「海馬君を、完全に超える?」
その言葉に、今度は遊戯が疑問のこれを上げる。
(なんだ? 奴の海馬君に対する執着。この空間は、海馬君を超えるための場所だとでもいうのか? 乃亜。奴の目的はいったい……)
困惑が場を支配する最中、乃亜は、竜崎と静香の方を向く。
『決闘は、君たちの勝ちでいい。大岡は、僕の手で片をつける。それでいいね?』
「っ……」
「そんな!? 乃亜様!?」
有無を言わさぬ乃亜の迫力に、怯む静香。
これで、終わり?
自分たちの勝ち?
よろこんでいいのか。
様々な思いが自分の中でぐちゃぐちゃに混ざり、声にならなかった。
「ちょおまてや」
だが、そこに割って入るものがいた。
竜崎が、睨むように乃亜を見る。
「横から入ってきて、勝手に終わらしなや。ええやないか。続けさせ」
『……なに?』
乃亜が、竜崎を見る。
竜崎の表情は、何かを確信したような笑みだった。
「ちょっと待ってよ、竜崎君! 静香ちゃんのLPはもう限界なのよ! 価値をくれるっていうのなら、ここはおとなしく……」
「どうせ勝つんや。最後までやらせぇ。こっちには、初決闘の初心者がおるんやぞ。初めての決闘の結末が不戦勝やなんて、しょうもない終わらせ方されてたまるかいな」
杏子の抗議もどこ吹く風という様子で、竜崎はそういう。
そんな姿に静香も、はっとした様子で竜崎の自身の横顔を見た。
「ここまで来たんや。最後まで、いくで!」
「っ!!!? はい!!!!」
『……まあ、僕のターゲットは瀬人だけだ。君たちは関係ないし、好きにするといいよ』
そういって、乃亜はふっと消える。
その後には、大岡の高笑いだけが残った。
「……フハハハハ! おめでたい人たちだ! どうせ勝つ? こんな圧倒的に不利な状況で、確実に勝てるですって? 愚かなことを! 思い知らせてやりましょう!」
「……盛り上がっとるとこ悪いけどな。カードの効果処理中や」
竜崎はそう言いながら法廷を歩き、拾ったコインを大岡に投げ返す。
「"運命の分かれ道"の効果や。今度はお前のコイントス。表が出ればLP2000回復、裏が出れば2000ダメージや」
その効果を聞き、改めて、という様子で大岡が笑う。
「本当に、理解しているのですか? この効果で私のLPが回復すれば、それは私のデッキマスター能力『無期懲役』の回数が増えることを意味する。ここから先あなたたちのモンスターが出るたびにこの効果を発動していけば、あなたたちのLPはたちまち0になるのですよ?」
コインを見せびらかすように回しながら、大岡が言う。
竜崎は、表情を変えはしない。
「『どうせ勝つ』ですって? 随分と調子に乗ったようですね。ダイナソー竜崎。さて、思い知らせてあげましょう。私のコイントスです!」
そして、"ジャッジマン”が構える。
それを見て、竜崎はふっと笑った。
「……なにがおかしいんです?」
「おかしいやろ。そんな、ただのコイントスで、手が震えとるんやからな」
「なっ!!!?」
言われて"ジャッジマン”は、震える手から零れ落ちそうなコインをもう片方の手で拾い上げ、驚愕する。
今まで気づいていないことが信じがたいほどに、自分の手が大きく震えていた。
「馬鹿な……なぜ……」
「イカサマなんぞするから、勝つか負けるかの勝負に慣れとらんというだけの話やろ。お前は、その結果にビビっとるんや」
「馬鹿な……歴戦の敏腕弁護士のこの私が、この程度のギャンブルで……」
「頭ではわかっとるんやろ。このギャンブルが、如何に致命的なことになるかっちゅうのをな」
言われて、心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた大岡。
そしてそっと、自分のディスクに表示されたLPを見る。
ジャッジマン LP 2200
2200。
これがコイントスを外すことで、200になる。
そう。
LPが、1000を切る。
これの重要性が、わからぬ大岡ではない。
「こ、この程度で……私が、この程度で……」
「ワイは以前、本物のギャンブル馬鹿と、全力で決闘したことがある」
竜崎は、そんな大岡の様子を見ながら、ポツリポツリと話しだした。
「そいつの目は、覚悟と、勇気に満ちとった。そいつの覚悟を決めたギャンブルが始まった瞬間、ワイは負けを確信した。そいつが、その勝負で負けるなんぞありえへん。そう思わせる力が、そいつにはあった」
「竜崎さん……」
それが誰の事なのか。
それがわからないものは、この中にはいない。
続けて、竜崎が宣言する。
「今のお前は、その逆や」
びしっと、指をさす。
その想いが届いたかのように、大岡は小さく後ろによろける。
「断言したる。お前の細い心じゃあ、そのチャンスはつかめへん」
「……な、なめるなああああああああああ!」
コインが、乱暴にはじかれる。
そのコインは床に落ちて大きくはじけ飛んだ後、竜崎の足元で、すぐに止まった。
その一手に、信念はない。
ただの、敗北の恐怖からの逃げ。
城之内とも。
静香とも、まるで違う。
それが竜崎には、すぐにわかった。
足元のコインを、竜崎が拾う。
そして、その面を、大岡に見せた。
「これで、チェックやな」
当然のように、それは、裏を示していた。
「あ、ああ……」
そして無情な音が、場に響く。
カードの効果処理だった。
ジャッジマン LP 2200 ー 2000 = 200
ジャッジマン LP 200 手札1枚
裁きを下す女帝
攻 2100
コケ
攻 900
冠を戴く蒼き翼
攻 1600
ラッキーパンチ発動中
竜崎 LP 1400 手札1枚
モンスターなし
伏せカード1枚
静香 2200 手札2枚
モンスターなし
伏せカード1枚
茫然自失の大岡を他所に、カードの処理が進み、"コケ"の攻撃が静香に届く。
静香 2200 ー 900 = 1300
「くぅ!」
声を漏らす静香。
しかし、怯みを見せることはなく、すぐに立ち直り、敵を見た。
「さあ、攻撃は終わったで! 次はどうするんや、裁判長!」
「ぐっ……お、おのれ……"冠を戴く蒼き翼”で、川井静香にダイレクトアタック!」
冠を戴く蒼き翼
攻 1600
静香 LP 1300
"冠を戴く蒼き翼”が大きく舞い、静香の元へと急降下を図る。
攻撃力は1600。静香のLPは1300。
だというのに、苦しむのは大岡で、笑みを浮かべるのは竜崎だった。
「この瞬間を、ずっと待っとったで! デッキマスター召喚! "真紅眼の黒竜”!」
『ぐおおおおおおおおおお!!!!』
真紅眼の黒竜
闇属性 ドラゴン族 星7
攻撃力 2400
守備力 2000
静香を一直線に目指す"冠を戴く蒼き翼”の目の前に、レッドアイズが立ちはだかる。
待ちわびたかのような表情で、口から炎が零れていた。
「ぐっ……"冠を戴く蒼き翼”、攻撃中止!」
空中でぴたりと止まり、フィールドにとんぼがえりするモンスターに、大岡がうめき声のような悔し気な声を上げた。
(LPが1000を切った今、私の『無期懲役』は使用できない。私に、奴のデッキマスター召喚を咎める術はない……)
「いうたはずやで。さっきのギャンブルを当てられへんなら、ワイらの勝ちやってな」
「う、うるさい! 私は手札から、"馬の骨の対価”を発動!」
馬の骨の対価
魔法カード
場の効果を持たないモンスターを生贄に、2枚ドロー
「"コケ”を墓地に送り、カード2枚ドロー! カードを2枚セットし、ターンエンド!」
ジャッジマン LP 200 手札0枚
裁きを下す女帝
攻 2100
冠を戴く蒼き翼
攻 1600
伏せカード2枚
ラッキーパンチ発動中
竜崎 LP 1400 手札1枚
真紅眼の黒竜
攻 2400
伏せカード1枚
静香 1300 手札2枚
モンスターなし
伏せカード1枚
「ふぅ……」
竜崎は息を吐き、肩の力を抜く。
まるでそれは、役目を終えたといわんばかりだった。
「……竜崎さん?」
「あとは、お前の出番や。静香」
優しく、そういう竜崎。
未だ困惑が残る静香に、竜崎は続ける。
「自分を信じてやり切れ。そうしたら、必ず勝てる。ワイが、保証したる。初勝利、つかみ取って来い!」
「っ……はい!!!」
「……竜崎君ったら、あんなこと言って……静香ちゃん、大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ、杏子」
杏子の不安から漏らした言葉は、遊戯が一も二もなく切り捨てる。
それを聞いて、勝利も笑う。
「うん。僕も、そう思う」
「……二人とも、なんでそんなことが言えるのよ?」
疑問をぶつける杏子。
しかし二人は、互いに何とも言えない苦笑いを浮かべて、静香の方に向き直るだけだった。
(……わかるよね。今の静香ちゃんの、顔を見れば)
(……うん。燃えているときの、城之内君にそっくりだ)
それだけで、信頼には十分だった。
「私のターン……ドロー!」
そして、この決闘の最終章の幕は、切って落とされた。
現在時刻17:30、超ギリギリの投稿になっちゃいました。
ちょっと現場の夜勤が重なり、書く時間が取れていません。
またどこかで休憩いただくかもです。
いただくときは連絡します。
んで、この決闘まさかの4話構成になることが確定。
12000文字を超えたので致し方なし
もっとサクッと終ると思っていたのですが……なんもかんも無期懲役が悪いね。
申し訳ない。
あとすごいどうでもいい話なんですが、なんで竜崎のカードって除外対策が多いんでしょう?
やっぱジャッジマン対策でしょうか?
次回、確実に決着です。
お楽しみに。