TS娘「私で童貞捨てたくせに」英雄「えっ」   作:はたけのなすび

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では。


五千年後-2

 

 

 

 

 

「俺の名前?おまえ、そんなの知りたいの?……へぇ、生命の恩人の名前を知らないのは無礼だから?……じゃ、一刀斎で。ああ、そうだ。俺は怪しい異国人さ。とっとと忘れちまえ、オウジサマ」

 

 ははっ、と夕暮れ時の涼やかな風のような声を、今も覚えている。

 顔は─────どうだったろう。

 同じ体を使っているはずなのに、どんな笑顔だったかは薄れていた。

 

 一刀斎────を名乗る少女は、笑わない人間ではない。

 むしろよく笑い、よく怒り。

 

 ────すぐに冷める。

 

 かちり、と鯉口を切るように感情を平らかにして刀を抜けば、あとはもう人の形をした風となる。

 触れるものを平等に斬り捨て刈り取る、情のない刃。

 

 ────真実そうであれば、自分もこうまでイカれなかったのだが。

 

「オウジサマー、生きてるかー?久しぶり。……あ?なんで来たってそんなの、気まぐれだよ」

 

 戦場でも、町中でも、荒野でも、或いは森の中でも。

 どこであろうと、何も変わらずに一刀斎は風のように現れた。

 刀一本だけを腰の帯に挟み、人々の靴音が響く街中でも、血の染み込んだ戦場でも、ふいと姿を見せる。

 

 その都度自分は─────アルカシャスルナは、応えた。

 何しろ、応えるまで一刀斎はいなくならないのだ。

 後にしろと言いたくなるような戦場の只中でも、変わらない。

 会話の途中に攻撃してくる【敵】がいれば、颶風となって戦場を平らげて何も残さない。

 

 戦える者が一人もいなくなれば戦は続けられないのだからと、平等に争いを収めてきた。

 

 彼女────或いは彼────は己の衝動と指針にしか従わない。

 善悪で分ければ辛うじて善に転ぶから世に放置されているだけで、逆であったなら世界を挙げて討伐されていただろう。

 

 尤も、無限に転生を重ねる一刀斎を果たして誰が討伐できたのか。

 未だその問いに答えはないだろう。 

 

「あのコも、昔はあそこまでじゃなかったんだけどね。最初は人の君主の命令を聞いて、彼らの秩序の為になるものしか斬らなかったんだよ。学がないから、為政者の言う事をちゃんと聞くって言ってね」

「それが、どうしてああなった?」

「あのコの力が強すぎた。死んでも死なない、刀を振るえば確実に生命が消える。従順で命令に逆らわない。そんな力を手にして、まともで居続けられる君主はいなかったんだよ」

 

 そう言ったのは、自分よりも遥か前から一刀斎と共にいた少女だった。

 

 名は、アーリオーム。

 【恥顕し】のアーリオーム。

 

 彼女は神霊より【不老】と【長生】の加護を与えられ、若葉色の髪と翡翠色の瞳の少女の外見で何百年と生きていた。

 一刀斎を一応の頭目に据えた彼らの集団の共通点は、その【加護】にあった。

 彼らは皆、神霊より【加護】を授けられ、人の世のために戦っていた。

 というよりも、それ以外の道を奪われた者たちだった。

 

 世を去った今でこそ彼らは【英雄】だのと持て囃されている。そのように歴史に刻まれている。

 が、その実は人の身に余る力の振るい先を求めて寄り集まった、逸れ者ばかりであった。

 

 彼らは皆、望んで力を得たわけではなかった。

 にわか雨に遭遇したように、唐突に人ならざるモノから力を授けられ、それぞれに藻掻いていた。

 故郷を追われた者、飛び出した者の差はあれど、望まない力を得たせいで、それまでいた場所から弾き飛ばされた者たちだったのだ。

  

 唯一彼らにとって幸いだったのは、あの頃には、力を向けられる戦うべき相手は幾らでもいたことだろう。

 人を喰らう魔物も、魔物を生み出す邪神の手先も、魔物の肉で凶暴化した獣も、人もいた。敵に困る時代ではなかったのだ。

 

 国や村を脅かす脅威を刈り取ってさえいれば、人の身に過ぎた力の持ち主でも排斥はされなくなる。加減さえ、間違わなければ。

 

 その時代であっても、一刀斎は異質であった。彼女には、加減がなかった。

 国に属さず、為政者の命に従わず、刀を抜けばあらゆるものを斬り倒す生きた災い。

 現れては消える亡霊か、おとぎ話の存在だった。

 仲間たちでさえ、常に一刀斎の居場所と目的を把握しているわけではない。彼女は己の気が向いたときか、または天秤が動いたときしか、人と関わらない。

 それでも、集団の頭として扱われているのは彼女だった。

 

「大局的に見たら、あのコが斬るものは世界の延命に繋がるものばかり。一番先が視えてるから、あたしらはあのコをアタマにしたんだよ。まぁ、一番古くからいる歳上で、皆一度は一刀斎に助けられてるからってのもあるけどさ」

 

 一刀斎に先見の明が本当にあるかは甚だ疑わしいが、アーリオームは少なくともそう信じていた。

 

「でも、あのコが視てるものが百年も生きない周りにわかるわけないよね。好きに現れて好きに斬る天災呼ばわりも、無理ないさ」

「止めないのか?」

「止めない。今を生きる十人に恨まれても、百年先の千人を生かすほうを選ぶ。あたしらはそのためにいるんだよ。そもそも、百年も続かない国の、十年足らずの君主に一刀斎が従うのは無理。皆、気がついたら消えているし、法律も当てにならない。手を貸せば一刀斎の力に溺れて国が消える。これじゃ、関わらないほうがいいって思うようになるのも無理ないだろ?」

 

 アーリオームは、一刀斎の最初の仲間だった。

 出会った頃の一刀斎は人間の男であり、アーリオームを庇って二度死んで、三度目の転生が、カーシャも知る少女の形だった。

 

「あっちからしたら生命を投げ出すのは衣を着替えるようなものだろうけど、こっちからしたら堪ったものじゃなかったよ。でも、【転生】と【長生】じゃあ、どっちが生命を落としちゃならないかは馬鹿でもわかる」

「……」

「その点において、あんたはあのコの例外だよ、【不死】。あんたなら、あのコを置き去りにせずに済む……かもしれないからね」

()()()()()()、か」

「そう。だってあんた、あたしらの仲間じゃないだろ?国のために死ぬ道を受け入れてる王族様は、道から外れたあたしらなんかについて来たら駄目なんだよ」

「……」

「だから一刀斎も、あんたをオウジサマって呼ぶのさ。名前、呼ばれたことないだろ」

 

 確かに、なかった。

 一刀斎、イットウサイという耳慣れない響きの名前はすぐに教えたくせに、アルカシャスルナという名を知っているくせに、呼ばなかったのだ。

 

 アルカシャスルナ、と呼ばれたのは、己が一度死んだとき。

 

 死んで、灰になって、蘇ったあとだった。

  

「王族として死ぬとおまえが言ったから、俺はそれを受け入れた。だから、おまえが死ぬのも見守った。何もしなかった。だが、死後何もしないと言った覚えはない。気分はどうだ、アルカシャスルナ。おまえはこれから、何を為す?」

 

 肉体が灰となって燃え尽き、川から海へ流れ、ただぼんやりと波間を漂うのが最期なのだと思っていた自分を、一粒残さず拾い集めた少女は、そう尋ねて来たのだ。

 しかも、自分一人を蘇生させるためだけに、一刀斎は王国の守護精霊を斬り飛ばし、王都に凍土を生み出していたのだ。

 今後十年は消えないだろう悪名を、少女は既に背負っていた。

 

 意気込んだ様子も、一世一代の覚悟を持っていた様子もなく、ごく自然に彼女はヒトの上位種たる精霊を一太刀で斬り殺し。

 

 自分が目覚めたときには、すべて終わらせていたのだ。

 

 厳かな王城は城門諸共薪のように縦に切られて玉座の間だけが凍りつき、大将軍の肩書きを持つ男は壊された人形のように二つに割られていた。

 遅すぎた、とまず思った。

 己の過ちだ、と思った。

 

 それなのに、当たり前のように自分に明日を尋ねる一刀斎が、不思議で仕方がなかった。

 

「俺に、まだなすべきことがあるとおまえは思うのか?」

「思っている。だっておまえ、何もしてないだろ。王子としてじゃなく、アルカシャスルナという個として」

「……」

「残念ながら、おまえは当分死ねない。灰になっても蘇る、前代未聞の不死者だ。俺もアーリンも、他の誰も彼も、見たことも聞いたこともない」

 

 ああ、そうなのか、とやけに凪いだ心でその言葉を聞いたのは覚えている。

 超越者の中でも古参である彼女たちも、他の誰も見たことも聞いたこともないというならば、いよいよ自分は人の世から外れるべきなのだろう。

 そう考えれば、王族として完膚なきまでに死んだ己の現状は、都合がいいと言えなくもなかった。

 

 死んだ人間を死んだままにしておかなかった少女は、そこで頬杖をついて小首を傾げた。

 腰に吊るされた刀が、自分の寝かされていた寝台に当たってこつりと音を立てた。

 

「おまえにこれから必要なのは、自分で自分の為すべきを決めて生きる方法だ。自分で自分を楽しませる方法と言ってもいいがな」

「先人の言葉か?」

「責任者の言葉だよ。おまえを蘇らせると決めたのは俺で、皆を無理に説得して実行したのも俺だ。おまえ、あそこで死んで良いって思ってただろ。そんなやつを助けてどうするんだって、皆言っていた」

 

 それは、そうだった。

 国が、民が、王族が、『アルカシャスルナ』を要らないと言うならば、自分はそれに応えるまでだった。

 その果てが火刑台であるならば、受け入れた。

 

「確かに、そう思っていた。王族などそんなものだろう。国と民に必要とされなければ、消え去るだけだ。王のない国はあれど、民のない国はない」

「いくつもの国が亡ぶ様を見て来た立場で言ってやろう。生きてるときからその理想論掲げて迫害を受け入れて、本気でそのまま死んでった馬鹿王族はおまえが初めてだよ」

「なら、俺がおまえの初めての男か」

「紛らわしい言い方をするな。刻んでやろうか元オウジサマ」

 

 くしゃり、とそこで初めて一刀斎は笑った。

 何度も見てきた、血に濡れたまま浮かべる斜に構えた笑いではなかった。

 神殿の裏で親友に悪戯を打ち明ける子どものような、内側から輝く笑顔だったのだ。

 

 今なら言える。

 

 おまえ、あの笑顔は反則だろう、と。

 

 意志ある天の災いと呼ばれた人間の、あんな星のきらめきのような笑顔を見せられたら、一生忘れられなくなるに決まっている。

 

 尤も、死ぬに死ねない俺たちの『一生』が一体どこまでを指すのかはわからないのだが。 

 

 そしてわからないまま、随分と遠くまで来てしまった。

 

 アーリオームも、他の仲間たちも皆この世を去り、予想通り地上には【転生】と【不死】しか残らない時代が訪れた。

 そこに至る長い時代を、一刀斎は知らないままだ。

 あの頃そのままの精神で再びこの大地に現れ、自分は戦いを挑んだ。

 

 怒りはあった。

 深い理由はなかった。

 

 己の不甲斐なさと、他人には手を伸ばせど己から手を伸ばさない一刀斎の因縁を清算するには、殺し合うぐらいしか手段を見つけられなかったのだ。茶番だと、知っていても。

 言葉を交わしてどうにかなるほど、彼女も自分も、気が長くないし心が豊かではない。

 刃と拳を交わすことが、最も手っ取り早く胸の内を伝えられる。

 

 だが結局、八つ当たりでしかない自分の拳は届かなかった。

 首を斬り落とされて絶命するのは、数百年ぶりの二度目だった。

 

 そして今、自分はやっと繋がったその首で、一刀斎を止めに掛かっていた。

 

「いいか、一刀斎!おまえは刀を抜くな手にするな!両手を空中に上げていろ!あとで鯉口を紐か鎖で縛って封印しておけ!」

「おーい、剣士に刀を抜くなは暴論だぞ、カーシャ」

「喧しい!今更刀の一本がない程度で戦えなくなるおまえか!おいそこの剣士!剣の柄から手を離せ!さもなければ首が胴から落ちることになるぞ!」

「え、え、ええ……?」

 

 顔も名もまったく見覚えがない、黒い髪に青い瞳の少女は、戸惑うように手を腰の剣にかけたまま止まっている。

 

 武器を抜くか抜かないかはっきりせんか、紛らわしい。

 

 神代の生き残りを討伐に来たと言うならば、一刀斎を前にその鈍さは致命的だぞ、とお節介な老人めいた忠告が頭を過って、消えた。

 

 




【死王子】アルカシャスルナ(カーシャ)
・周りにヤバい女しかいないし来ないタイプの常識人
・が、本人もヤバいやつ筆頭に見惚れるし絆されるし寝るのでまぁまぁ自業自得
・仲間内での扱いは地雷除去野郎。最期に残るあの馬鹿リーダーはおまえに任せたぞ

【恥顕し】アーリオーム(アーリン)
・昔はいいところのお嬢様だった
・肉体年齢は仲間内最年長、外見年齢は最年少
・現在は故人。草葉の陰から生き残り確定コンビを見守りたかった

【斬骸】一刀斎
・昔は真面目だったがグレた
・王子様が一回死ぬまでは声を出せど手を出さなかった
・自分たちで殺したんなら要らないだろ、と持ってった
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