世界滅亡までに幸せになる、お嬢様と不良娘の百合のお話 作:トッチー@百合
「左スティックでキャラの移動。右スティックは視点。L2ボタンで狙いをつけて、R2で射撃。移動と攻撃はこれが基本ね。やってみ」
教わった通り、棒立ちの敵に近づいて画面の真ん中に据える。
構えて、発射。
わたくしの押したボタンは銃の引き金と同じ役割を果たし、吐き出された弾丸が胴体に次々と突き刺さる。
ほんの一、二秒。
弾け割れる音と殺害したとは思えないコミカルな音を上げて敵は崩れ落ちた。
「そうそう。そんな感じ。その武器はフルオートだから押しっぱで撃ち続けられるよ」
「ほー」
「他にもいるだろ。その辺のやつら撃ってみ」
頷きを返事にして、わたくしは次なる獲物に迫る。
全弾発射。
敵の太ももから肩を縦断するように砕く。けれどそれは意図した挙動ではない。
「フルオートで発射するとリコイル、えっと反動でエイムがずれるから調整しながら撃つ」
「エイム?」
「んと……狙う? こと。撃ってたら狙いがガタガタしちゃうでしょ」
「ああ、そういう。難しいですね。どんどん跳ねていっちゃう」
「正直慣れだね。どうしても苦手っていうなら単発武器もあるから手に馴染むほう使いな。使えればの話だけど一番強いのは……」
千鶴に誘われて肩を並べながら初めてのゲームをしていた。どうやら千鶴はかなり腕の立つゲーマーらしい。それもFPS(これも初めての言葉だ)ゲームのガチ勢とのことだった。
そんな彼女がおすすめしてくれたのがイーペックスというゲームで、今やってるこれ。イペという愛称で親しまれており、ヘヴィ層からライト層までとにかく人口が多い旬なゲームとのこと。ただ生き残るという単純明快なルールと使い方によっては一発逆転も夢ではない個性的なキャラクターによって、未経験者にも門戸が開かれているらしい。
「どう? 楽しめそ?」
「中々に爽快感がありますね。特に敵を倒したとき」
まだ覚束ない指を懸命に動かして銃弾を叩き込む。ずっと続けると指がつりそうだ。
「だろ。SEがいいよな。いやぁゲーセンに興味があるならと思ってこっちにも引きずり込んでみたけど中々の食いつき」
「分からないですよ。まったく勝てないゲームだったらやめますもん」
「キャリーします。姫」
ゲーマーだがリアルで同好の士はいない。ゲームを点けたときにフレンドがいなければ、一人でこなしていくことが日課になっている千鶴にとって、同じゲームに興ずる友人は喉から手が出るほど欲しかったらしい。
学校の人とやればいいと助言してみたが、そもそも学友などいないと言っていた。よくよく考えてみれば、うちの学校はいいとこの出ばっかりだから、千鶴のような「悪い子」が避けられるのは至極当然だ。
あの日以降のわたくしと似てるとも一瞬思ったが、わたくしへの避けと千鶴への避けは根本が異なる。前者は憎しみ、後者は恐怖心由来なのだ。
「さぁって私もやろー」
色白過ぎる細長い脚を動かして向かうは自分の机。マウスパッドの上へと侵略しかけているエナジードリンクの空き缶をどけるとパソコンに灯を入れた。
「それでもできますの?」
わたくしは名前だけは聞いたことあるプレイステーション。向こうはデスクトップパソコン。
「プレステ用とパソコンでデータ別だから。それでクロスプレイやっぞ」
私はキーマウのほうが本職だし〜、とイカついヘッドホンを装着する。わたくしもさっき借りた見るからに廉価なヘッドホンをつける。まぁ借りてる身だから不満はない。
「あーあー。聞こえてる?」
「問題ありませんわ」
部屋からではなく直に耳元で聞こえる千鶴の声に短く返す。
「このゲームってインターネットで世界中の人と戦う……オンライン対戦のゲームですよね?」
千鶴のゲームの起動を雑談で待つ。
「このご時世やってる人っているんですか?」
「昨日の朝の時点ではいたぞ。それに運営も何日か前に、『人類の最期だが、私たちはその最期まで最高の瞬間を提供し続ける』的なことツイートしてたな」
「ふぅん……酔狂な方々だこと」
「私たちもそこに含まれてるからね」
人生の終幕までゲームに興じるという生き様も、理想の死に方の一種なのだろう。
「んじゃあまずはトレーニングから。さっきの動かない敵とは違って、走り回るし反撃してくる私を倒してみな」
「了解」
画面の中に千鶴が操るキャラが走り込んできた。
それを正面に据えて、撃つ。
「あら」
銃弾は目標に命中することなく、岩肌を穿つにとどまった。
次こそは。
ハズレ。
こっち。
ハズレ。
先読みでこの辺。
ハズレ。
「むぅ〜」
「おいおい、横移動してるだけだぜ私」
本当にその通りで、千鶴は反復移動しているだけ。なんなら周りの的と同じである。完全にわたくしの問題だった。
「えい!」
薙ぎ払うように押しっぱなし射撃。
一二ダメージ。
「はい、当たりましたね。わたくしの勝ちですわ。お亡くなりになってください」
「いや暴論。一発だけじゃん」
「当たりは当たりです」
「そっちが一発当てる間に三マガジンは入れられたぞ」
「結果が全てです。IFではなく実力で語りなさい」
「お望みならば」
ダダダダダダダダダダッ!
「なっ⁉︎」
満タンだったわたくしのライフはあっという間に底をつき、画面は赤く染まってしまった。ダウン状態。瀕死だ。
「なんてことを」
「やれって言われたから」
「こっちは初心者ですよ。恥を知りなさい!」
「自分の言葉を恥じろ」
這いつくばった視点で見上げた千鶴のキャラはピンピンしている。大きく見える彼女に対してわたくしは小さく惨めだった。
「くっ、もう一度やらせてください!」
蘇生されたわたくしはもう一度銃を構える。
銃の先端に獲物が来るように……。
「そこっ!」
パァン!
当たった。
脚の間の石に。
「…………さて、やりたいことリストでも考えますか」
「ちょちょちょちょっと待て! 私が悪かった! もっとちゃんと丁寧に教えるから諦めないでくれ! 一緒にやってくれ!」
ヘッドホンをかなぐり捨て、わたくしに縋ってくる姿はさっきのゲーム画面と対照的だった。
「当たりませんわこんなの! なんなんですか? 無理です」
「懇切丁寧に教えるから! できるようになったらぜってぇおもれーから! 私を一人にするなぁ!」
「…………はぁ、もう一度だけですわよ」
娯楽程度に生き死にかかってるような顔をされたものだから、流されてしまった。ゲーム友達がいないが故の必死さである。
「よし。じゃあ超超超超丁寧に指導するから、コントローラー貸して」
「ん」
「あざす。えーっと射撃はまず単発にしよ……ストックとバレルは紫、サイトは等倍……」
なにやらぶつぶつ呟いているが当然わたくしには知らない言語だ。
「はい。一番扱いやすいカスタムにしたからいけると思う」
「ありがとうございます」
「私で練習する前にあっちの的がよかったな。遠く、横にスライドしてる的があるだろ。あれを撃とう」
千鶴がフィールドに示してくれたマーカーには四角形の板があった。
「構えて撃つのはできてるからあとは当てるだけ。あいつの横移動に合わせて、画面中央の狙いの点を移動させる。その点に弾が飛んでくから」
「……」
スティックをぐちゃぐちゃと傾けてみた。
「左スティックで点を動かすんじゃなくて、右スティックの視点移動で点を動かして。左だとキャラが動いちゃうから。実戦だと敵の弾が当たらないように左も動かすんだけど……ってこれはまだいいな」
「…………」
試しに岩の陰、周囲より一段と暗くなっているところに走ってみる。
あー。
「とりま敵の動きに合わせて狙いを動かす。ゆっくりでいいから正確に」
「あの」
「……どした」
話を遮ったことは申し訳ないが先に確認しておくことがある。
「画面に出てる点……狙い? って何色ですか?」
「白色だけど」
「ですよね」
なるほど。道理で当たらないわけだ。
「その……わたくし…………色が見えないのです」
そう言ってわたくしは千鶴の唖然とした白い顔ににこやかな笑みを送った。
「………………え」
「そういえば伝えていなかったと思いまして、今さらですけど伝えておきますわ」
「ちょと待って! え、ごめん、いつから? てかなんで?」
矢継ぎ早の問いかけに極めて落ち着いて返す。
「いつかという回答ですけど、両親が殺されてから二日くらいだったかと……ですので六日くらい前。理由は……おそらく、壊れたんでしょうね。朝起きたら世界から色が消えていましたわ」
悪事が告発され、学校から存在がなくなり、親が殺されて二日目の朝だ。起床して寝台を降りルーティン的に顔を洗う。世界が白黒だと知覚したのは鏡の中のやつれた自分を見たときだった。気づくのに遅れたのもわたくしの擦り減り切った精神状態が故だ。
「そんな人事みたいに……」
「体験してみないと理解が及ばないと思いますが……これくらいのことが本当に「これくらい」って片づけられるようになるのです」
虐げられて。
絶望して。
壊れて。
そうして世界から色が失われたとき、わたくしはただ瞬きをするだけだった。
悲しいとは思うけどそれだけ。
テーブルでポッドを倒し水をぶち撒けたとして、そこでさらにコップを倒しても深刻さは変わらない。コップ一杯の水が増えても水浸しという事実はそのまま。
それと同じだ。
「そうかも……しんないけど、もっと悲しんでも……いいだろ」
言葉を詰まらせながら、なんとか繋ぐ千鶴だったが、その台詞はもっと近しい存在、きっと親類とかに送るものだと思う。わたくしには相応しくない。
ゲームやろうぜ! なさっきの気分はどこへやら。鼻先を下にしてすっかりしおらしくなっている。
「ふふ、あなたっておかしな方ですわね。あなたが心配することじゃないでしょうに。他人の心情に寄り添ってばかりでは、いつまでも疲れますわよ」
「そうなんだけどさ……」
歯切れが悪い様子に、千鶴は財閥のトップには向いていない、そう感じた。総裁はグループの広く伸びた枝を一本残らず把握し、ときには冷たい判断をも次々と遂行する。跡継ぎに向けて詰め込まれた教育で学んだことだ。そこは汚点に塗れた澄凰グループに限らず、他の企業でも同様であろう。
そして経済界に名を連ねる明導院家は特にだ。
にもかかわらず千鶴は優し過ぎる。昨日もそうだったが千鶴は他人にシンクロし過ぎているのだ。人としては長所であり、上に立つ者としては甘さだった。
「…………」
「はぁ。で、肝心のゲームなんですが、なんとかなるでしょうか。わたくしの目を通すと全部モノクロなので、白い点が明るい背景に同化してしまうのです。スマホカメラでモノクロフィルターをかけた感じ、と言えば伝わるでしょうか」
コーチのはずの千鶴が黙ってしまったので代わりにわたくしが話を切り出す。
先程確かめた感触だと、暗いところの戦闘だと問題ないが、屋外の明るいところだとてんでダメだろう。醜態の再演だ。
「設定見てみるよ」
「お願いしますね」
「世界が白黒ね…………ブラッディドッグじゃん」
「……?」
「そういうキャラがいんの。スキルで視界が白黒になるけど敵だけ真っ赤にハイライトされて戦いやすくなるキャラ。それみたいだなって」
「わたくしは赤も見えないですけど」
そうしてこれはどうか、これくらいはどうかと、見え方を比べながら設定や数値いじってもらい画面中央に黒い点が見えるようになった。こちらの場合暗いところだと見えにくくなるが、フィールドは明るい場所のほうが多いらしいので問題ない。
「じゃあ気を取り直して。ほら、走り回るから当ててみ。見づらいかもしんないけど——」
ズババババババババババッ!
「はぇ?」
「あら、当てやすい。狙いがあるとこんなに楽なんですね」
空になったマガジンを入れ替えながら感心する。まるで失った感覚器官が復活したかのように思い通りだ。
倒れた千鶴のキャラを振り返ることなくそこら辺の的を次々に打ち砕いてみる。
「ほうほうほう」
「あ…………蘇生してもらっていいすか?」
「ごめんなさい。ちょっと爽快で忘れてました」
「楽しんならいんだけどさ。ちょ、もっかい私撃ってみ」
起こされた千鶴はHPを回復しながら言った。
「撃たれるのが好きなのですか。大丈夫、わたくしは否定しませんよ」
「アホか。さっきのは直線移動だしまぐれだからちゃんと確かめさせてってこと」
「なるほど」
「まぁ? さっきと違って、壁ジャンとかストレイフとかちょこ〜っと上手いキャラコン見せちゃうから? 初心者の澄凰サンには大変だろうけど、何秒かかるかって感じでやってみ〜」
饒舌に喋るあたり、向こうも本気を出すということに違いない。
「頑張ります」
「おっけーおっけー。じゃあ合図したら開始ね。……うし、じゃあよぉいスタートッ!」
「…………」
駆け抜け壁を蹴り放物線を描いて宙を舞う千鶴。初心者のわたくしから見ても鮮烈な軌道。
そしてその頂点で。
彼女の体は黒い
「…………しゅ、瞬殺?」