ホテルZのひきこもり   作:ひまながし

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ゲーム主人公の呼称は主人公です。
名前主人公呼びに違和感を覚えると思いますが、各自で補完してください。
やむを得ないと判断したら公式ネームを使いますが、それまではどうか。
主人公は男の娘です。



ひきこもり、外へ

◆◆◆

 

――翌朝。

――目覚まし音が鳴っている。

 

少女は目を閉じたまま布団から手を伸ばしアラームを止めると、再び眠りにつく。

少女の1日はいつも遅い。彼女が目覚めるころには太陽はいつも上を向いている。MZ団のメンバーがそれぞれ予定のあるなか、彼女だけは特にすることがなく1日を部屋の中でダラダラと過ごす。

 

――だが、この日は違った。

彼女の目は驚くほどに冴えていた。全身からは力がみなぎり得体の知れないやる気に満ちている。ミアは目覚ましを止めて起き上がると、カーテンをバッと開き、窓を開けた。部屋中の空気が風とともに入れ替わるのを肌で感じる。新鮮な空気を大きく吸いこみ、小さな体をぐいっと伸ばした。

最高の1日を予感させる、気持ちのいい朝だった。

 

 

 

 

 

『――各地で野生ポケモンの出現が増加しています』

 

洗面台で顔を洗い終え、テレビを点けるとニュース番組が流れていた。

 

『これを受けてクエーサー社は、ワイルドゾーンの新たな設置とさらなる拡充を急いでいますが、一部の住民からは「安全対策が不十分だ」と非難の声が上がっています』

 

そんなニュースには目もくれず、彼女の視線は戸棚へと向けられる。

こんなに素晴らしい朝には、()()が欠かせない。

ミアは戸棚へ手をかけ、あるものを取り出そうと中を覗き、

 

「あ」

 

――固まった。それはもう見事に。

何かが、崩れ落ちる音がした。直後、彼女のなかで行き交う思考の数々。多分彼女のさまざまな考えが背景に文字となって浮かび上がっているが、本人にとっては重大な問題である。この間23秒。

 

『なかには、オヤブンと呼ばれる――』

 

ああもう、ニュースがうるさい。

 

ミアは決心したように、身支度を始める。普段開けないクローゼットからジャケットを取り出し、部屋着の上に羽織ると必要最低限の荷物を持って部屋の電気を消した。当然、大事なパートナーも一緒に連れて行く。

 

――ひきこもり、堂々の外出である。

 

 

 

 

 

エレベーターで1階に降りると、ロビーにはピュールがいた。

 

「おはよう」

 

「おはようございます。めずらしいですね……。タウニーならちょうど今、主人公と一緒に出て行きましたけど」

 

「タウニー?なんで?」

 

「タウニーに用があって降りてきたんじゃないんですか?」

 

「私の恰好見てよ。少し買い物……って、なに驚いているの?」

 

ピュールは驚いた顔をしてミアを見ていた。まさか、自他ともに認めるひきこもりの口から、朝早くから外出する理由がでてくるなんて思っていなかったのである。

 

「私だって外出するときくらい、ある」

 

事実である。

彼女もずっとホテルZにひきこもっているわけではない。必要があれば外出するし、お金のためにZAロワイヤルに参加することもある。ただ、外にいる時間よりも部屋にいる時間のほうが圧倒的に長い、そんなひきこもりなのだ。

 

「エレベーター、乗るの?」

 

「はい。ボクは配信を見ないといけないので」

 

ピュールは衝撃を受けて立ち尽くしていたがミアの言葉で我に返り、エレベーターに乗り込んだ。

 

2階に上がるピュールと別れて、ミアもまた目的のために出入口の前に立つ。そのままドアノブをひねろうとして、彼女は止まった。目を閉じて、一度深呼吸。

 

大丈夫、用事をすませて帰るだけ。

 

たったそれだけのことが彼女の足を止める。

 

「ミア」

 

自身を呼ぶ声に反応し、後ろを振り向く。立っていたのは、少女を見守るAZとフラエッテ。

 

「気をつけて行ってきなさい」

 

AZは優しくそう言って、フラエッテも「キュルル」とひと回転。

それは彼女の背中をそっと押す、見送りの言葉。

 

「――うん。行ってきます」

 

ミアは2人に明るく返事をして、外の世界へ一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

――ミアレシティ。

夜は殺伐とした空気が印象的だが、昼間は観光地として人気を集めるカロス地方の中心都市。

川沿いに広がる美しい街並みと芸術と文化に惹かれ、今日も世界中から多くの人が訪れる。

なかでも街の中心にそびえ立つプリズムタワーは、人生で一度は足を運びたい有名スポットだ。

 

前方に立つ塔をほんの少しだけ見上げて、ミアが訪れたのはキッチンカーヌーヴォカフェ。

人気観光名所のすぐ近くに店を置く立地の良さと口調は少し荒いが丁寧な接客とサービスの良さがウリのキッチンカフェだ。

若い男性と女性の2人の店員が提供する穏やかな空間は観光客だけでなく地元民からも愛される。

看板メニューであるローストコーヒーは、全部で4種類ありポケモンのほのお技に由来する名前。

「ひのこ」「かえんほうしゃ」「だいもんじ」、「もえつき」と火力が高いほど苦みが増すのが最大の特徴だ。

 

注文に並び、看板娘の女性店員がミアに気づくと声を弾ませた。

 

「ミア!ひさしぶりだね。注文は?」

 

「もえつきロースト。あと――」

 

「あいよ!席で待ってな」

 

「うん。それと――」

 

「言わなくてもわかるよ。ちゃんと用意しとく」

 

「……ありがとう」

 

空いているテーブル席でしばらく待つと、注文したコーヒーとクロワッサンが運ばれてくる。クロワッサンはこの店のサービス。これでお値段300円。

もえつきローストは、焙煎が最も深く強い苦みを楽しめる。これは女性店員からのコメントだ。

そんなコーヒーを砂糖も入れずにひと口飲むと、ミアは顔をほころばせる。コーヒーの余韻に浸りながら、彼女はひとりの時間を堪能する。

 

「ここがおすすめのキッチンカー。その名もヌーヴォカフェ」

 

……聞き覚えのある声がした。

いかにも困っている人は見過ごせない性格の、やや強引で、自分をMZ団に巻き込んだ少女の声。

 

「ランクアップ戦勝利のお祝いでおごるね。……あれ、ミア?」

 

恩敵のタウニーと目が合う。隣にはワニノコを連れた主人公も立っている。

 

「ミアが出かけるなんてめずらしいね」

 

2人は注文したあと、ミアのテーブル席に座る。

 

「……私だって外に出るときくらいある。2人はどうしてここに?」

 

「主人公にメディオプラザを案内したくて。それにミアレシティ名物のプリズムタワーを観ながら飲むコーヒーは格別だし」

 

隣に座るタウニーに言いたいことはあったが、クロワッサンと一緒に口の中に飲み込む。主人公に目を向けると、本人はわりと観光を楽しんでいるようだった。

 

「こちらのヌーヴォカフェはタウニーさんのお気に入りでしたね」

 

そう言いながら、今度はサングラスをかけた黒いスーツ姿の男性が3人に近づいてきた。

 

タウニーと面識があるようだが、ミアから見た彼の第一印象はというと、怪しいの一言に尽きる。多分黒幕かラスボスである。

 

「ミアさんも、すっかりお元気になられたようで安心しました」

 

ミアは首を傾げる。初対面だと思っていたが以前会ったことがあるのだろうか。少なくとも彼女にそのような記憶はない。まさか、本当に?

 

知らない主人公に対して男性は自己紹介する。彼の名前はマスカット。その服装と大柄な体格からある種の威圧感を感じさせるが、頭上のミミロルとヤンチャム?のアクセサリーは彼の人当たりの良さを表している。あとクエーサー社の社長秘書とのこと。肩書を知れば知るほどクロだった。

 

どうやら彼はただタウニーの姿を見て挨拶にきただけらしい。マスカットが立ち去るころには、ミアはすっかりコーヒーを飲み干していた。クロワッサンも食べ終えた今、ここにいる理由はない。

 

「もう帰るの?」

 

「ここに用があっただけだから」

 

「お帰りかい?ミア。ほら、これ」

 

女性店員は帰ろうとするミアに、スマホロトムほどの大きさをした銀色の小袋を手渡す。ミアはお金を支払い、目を輝かせて嬉しそうに受け取ると、両腕で抱えてホテルZへ走り出した。

 

「今のって……」

 

「ウチの店のコーヒーだよ」

 

ミアが受け取ったのは、ヌーヴォカフェのコーヒー豆を挽いたものだった。本来は売り物ではないのだが、長年の付き合いであるミアにだけ特別に販売しているのだという。

 

「買うんじゃなくて飲みにきてほしいんだけど、店主はミアに甘いから」

 

キッチンカーの中にいる男性店員に視線を移すと、彼は目を閉じたまま無言を貫いている。

 

タウニーと主人公も店を離れ、だんだんと小さくなっていくミアの後姿を遠くに見る。

 

「せっかく外に出たんだから、もう少しゆっくりしていけばいいのに。なんであんなに急いでるんだろ」

 

ミアは目的をすませたら、すぐに帰る。寄り道などもってのほか。ミアレシティは治安が悪い。

 

「まあいっか!それじゃあ本題!あたしの用事につきあって」

 

長い1日はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

――時刻は夜。

 

ミアは顔を俯かせていた。

 

目の前に並ぶはクロワッサンカレー。この日もまた、豪華な晩餐会がホテルZで開かれていた。主人公のランクがYからXに上がったらしい。つまりこれは、それを祝しての料理なのだろう。

 

だがそれは問題ではない。

 

MZ団の仲間が楽しく談笑して食べるなか、ミアはひとり下を向いて手元の料理を黙々と食べていた。なにかから目を逸らすように。

 

「さっきから喋らないけど、どうかした?」

 

どうかしたじゃない。

 

隣に座るタウニーに目線で訴える。つづいて、デウロとピュールを見た。3人ともなんのことかわからないように「?」を浮かべている。

 

最後に、主人公を見た。主人公はいわゆる無表情ポーカーフェイスでこちらを見つめ返した。違うだからといって微笑むんじゃない。目が眩しい。

 

たしか、ヌーヴォカフェで会ったときはジャケットを着ていたはずだ。MZ団のロゴが入ったジャケットと黒い帽子を被った、ただの少年だった。

 

――だが。

 

ミアは顔を上げて、右前方に座る主人公を見た。

 

この際、誰も気に留めていないので、彼女も気にしないことにした。ツッコんだら負けだ。でも、これだけは言わせてほしかった。

 

(なんで女装しているの????)

 

ファッションである。

 

 

 

 

 




はやく続きを書きたい……。

ミアが特別扱いされている理由は、実際にゲームでヌーヴォカフェに行けばわかります。
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