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ある日のことです。
少女は、謎の黒いポケモンに追われていました。
ポケモンの名前は『ジガルデ』。
図鑑番号
「はっ、はっ、はっ、はっ――!」
当然、少女はそんなこと知るはずもなく、ただひたすらに逃げ回っていました。息を切らしながら暗い道を必死に走り続けます。
少女はこの日、買い物に出かけていました。少女は外が嫌いでしたが、いつもお世話になっているおじいさんに少しでも恩返しがしたくて、自分から手伝いたいと言ったのです。
けれど、慣れない街並みと人の波にのまれてしまい、おつかいをすませて帰るころには、すっかり日も落ちてきていました。あたりはだんだん暗くなり、少女は足を速めて帰りを急ぎます。
ところが、少女の前にひとつの影が立ち塞がりました。何の前触れもなく、突然現れたその影こそほかでもないジガルデだったのです。
「はっ、はっ、はっ、はあ――!」
呼吸は乱れ、全身が悲鳴をあげています。少女の顔は恐怖に歪み、目には涙を浮かばせています。
後ろを振り返ると、世にも恐ろしい四足獣がどこまでも追ってきていました。どんなに走っても、諦めてくれません。無機質な瞳は何の感情も映していませんでした。ただ、少女をしつこく追い続けています。
「はっ、はっ、はっ――!」
少女は、外が嫌いでした。外に出るといつも、どこからともなく視線を感じるからです。一度外に出れば、その視線は少女につきまとい、離れることはありませんでした。鋭い視線が突き立てられいつしか少女は部屋にひきこもるようになりました。部屋のなかで、彼女は怯えていたのです。
ジガルデを見て、少女は一目で気づいてしまいました。このポケモンが、視線の正体。
目的も動機も一切不明。それでも、気づいたときには駆け出していました。
理由はどうあれ、今までずっと自分を見つめていたものがついに姿を現したのです。捕まれば最後何をされるかわかりません。少女は正気ではいられませんでした。
「はっ、はっ、――!」
逃げ続ける少女と追い続けるジガルデ。
ふたりの追いかけっこは長く続きましたが、少女の息は絶え絶え。呼吸するだけで体に激痛が走ります。心臓はバクバクと音をあげて、今にも爆発しそうな勢いです。振り続ける両腕の感覚はすでになく、足は鉄柱のように重くて思うように動きません。涙で濡れた視界はぐらついて、もうどこを走っているのかさえわかりません。少女の体は限界をむかえ、
「ぁ――」
その場に倒れ込んでしまいます。急いで立ち上がろうとしますが、膝からガクンと崩れ落ちた体はもう動いてくれませんでした。
背後を見ると、黒い犬影は変わらず少女の後をついてきていました。
ジガルデは動けない少女を見ると、走る必要がなくなったからか、ゆっくりと近づいてきます。
「こ、こないで……!」
声を振り絞りますが、少女の願いは届きません。ジガルデは一歩、また一歩と、じりじりと距離を詰めていきます。ふたりの距離は、もう目と鼻の先に。少女はぎゅっと目をつぶります。
「………………。……?」
けれど、何も起きません。おそるおそる目を開けると、そこには自分を追うジガルデの姿がありました。襲ってくる様子もなく、ただ目の前に立っているだけです。不思議に思い、よく見てみると口になにかをくわえていました。ジガルデはそれを差し出すように、顔を上げます。
少女が受け取ったのは、石ころでした。
なんの変哲もない、ただの石ころ。
どこからどう見ても、その辺に落ちているような小さくて丸い、ただの石ころです。
「????」
ジガルデはそれだけ渡すと、一瞬で姿を消しました。
「??????????」
何が起きたのかわからず、少女はその場に固まってしまいました。考えようとしても、まるで意味がわからなくて何度もまばたきを繰り返しています。あのポケモンは一体何なのか、どうして自分を執拗に追い回すのか。すべてが謎のまま、少女はひとり取り残されました。
呆然としている少女のまわりには風だけが静かに吹いています。手のひらには石ころが、月明かりに照らされて白く輝いていました。
これが、少女とジガルデの最初の出会いでした――
――石ころは道端に捨てました。
少女はこのあと無事に帰ることができましたが、それでもやっぱり怖かったのでぽいっとどこかへ投げ捨てました。渡したのは、仮にも伝説のポケモン。なにか意味があるのでしょうが、少女には関係ありません。少女はジガルデのことをなにも知らないのです。ジガルデが少女に与えたのは、恐怖心と不信感だけでした。
ジガルデもこれにはへこみました。
まさか捨てられるとは思わなかったのでしょう。残念ですが当然です。ただの石ころを渡されて、それを大事に持つ方がどうかしています。ジガルデの気持ちは少女に伝わりませんでした。
そして、考えました。彼女に言葉は通じない。
彼はいつも、彼女を
いつの話なんだろうね。
伝説のポケモンに四六時中見られているとか、何も知らない少女には単なる毒でしかないのです。ただ、プライバシーは守っているつもりなのか、部屋の中までは覗きません。だから少女が自分に怯えてひきこもっていることをジガルデは知りません。そういうとこやぞ。