引退したいオールマイト vs 自首したいAFO vs 何も知らない緑谷出久 作:バケギツネ
◇
『Mサイズの、隠れ蓑ぉ!』
その日は緑谷出久にとって厄日だった。ノートを幼馴染に燃やされ、夢を笑われ、終いにはこれだ。
帰り道で遭遇した通りすがりの
苦しかった。死ぬと思った。誰かに助けて欲しかった。
そんな時、
『もう大丈夫だ少年!何故って?』
液晶越しに何度も何度も聴いてきた憧れの声が轟いた。
『私が来た!!!!!!』
次の瞬間、凄まじい風圧と共に身体からヴィランが剥がれていく。
『巻き込んで済まなかったね!怪我はないかい?少年。』
「オ、オオッ...!」
角のように二本立てられた金髪。力強くも優しい眼差しに、きらりと光る白い歯。筋骨隆々のボディとそれを引き立てるゴールデンエイジのコスチューム。そして、なんか画風が違うその出立ち!
圧倒的な実力と人気を併せ持つNo.1ヒーローがそこにいた。
「オ、オールマイト!本物、本物だぁ!!!!」
網膜に焼き付くほどに活躍を見てきたその姿を間違えるはずもない。
「あ、あああ、あの、お時間、よろしければ、サ、サインを・・・あっ、」
歓喜と安堵が同時に押し寄せ、震える脚は全身を支える力を失った。自然と前のめりになった身体は、地面へ引き寄せられていく。
『おっと。大丈夫かい?少年。』
「あ、ありがとうございますうううううう!」
倒れかけた身体をオールマイトが優しく受け止めてくれる。これは夢だろうか。夢なら、どうか醒めないで欲しい。
『やばっ、意外とおもっ、』
「え?」
オールマイトはどういうわけか、細身の自分を支えきれない。そのまま倒れ込んだ彼は、コンクリート塀に頭部を強打する。
そして彼は、そのまま動かなくなった。
「・・・・・・え?」
瞬間。脳裏によぎったのは、
No.1ヒーローを終わらせた“オールマイト殺し・緑谷出久”として、ヤ◯ーのトップニュースを飾る自分。
超凶悪犯として、対個性最高警備特殊拘置所・タルタロスの最下層に収監される自分。
「お、オオ、オールマイトォ!?し、死んでるぅ!?」
しかもオールマイトの亡骸(?)からは、モクモクと白い煙があがっていく。その中に浮かぶのは、骸骨の如きガリガリのシルエット。
「え、偽物ぉ!?と、とにかく救急車を、」
『あー平気平気。ちょっと三途の川でバカンスしてきただけだよ。なんせ私は常連なんでね。もう慣れたもんさ。HAHAHAHA。ゲボハッ!』
「オ、オールマイトォ(仮)!?」
ヨロヨロと起き上がった骸骨男は、高笑いしたかと思えば、エグめの血反吐と共にその場にうずくまる。
姿形こそ違う。しかし声は間違いなく、憧れ続けた英雄のものだった。緑谷の頭はハテナマークで埋まっていく。
『やれやれ。こうなっては仕方ない。少年、グロいのは大丈夫な方かな?』
「え、まあ。」
『ならばしかと見届けて欲しい。これが、No.1ヒーロー・オールマイトの正体さ!』
オールマイトは着ていたシャツを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、手術痕と点滴で溢れたボロボロの上半身だった。
「ひぃっ!」
『ヒーロー活動中の負傷が原因でね。私の身体はボロボロなんだ。正直戦闘力はクソ雑魚と言っていい。ヴィランをメタッたサポートアイテムで何とか凌いでいる状態さ!こんな風にね!』
「え、えええっ!?」
オールマイトの背には、洗濯機のような真四角の機械とそこから伸びる長いホースが現れる。さっきのヘドロもソレを使って吸い込んだらしい。
「い、いつからそんな負傷を!?もしかして、毒毒チェンソーを倒した時・・・?」
『倒したなんてとんでもない。あんなヤバいチンピラに、私が勝てるわけないだろう?捕まえられたのはほんの偶然で・・・それに、この傷を負ったのは、もっと昔のことさ。』
どこか遠くを見つめた後に、オールマイトは語り始める。自身がヒーロー足りえなくなった過去の真相を。
『ヒーロー着地を失敗して、高いとこから落ちてね。』
「そんな理由!?」
『アレはそう、私のデビュー戦だった。』
「しかもそんなに前から!?」
明かされる衝撃の事実に戸惑いを隠せない。
『だがね。そんな私でも何とかヒーローをやれてるのは、ひとえにこの個性のおかげだ。』
白煙と共に、オールマイトはマッチョに戻り、身につけていたガジェットも喪失する。
「個性、ですか?」
『ああ。世間では“怪力”だの“ブースト”だの、“全知全能”などと言われているが、真相は違う。私の個性は聖火の如く、人から人へと受け継がれてきたものなんだ。』
「そんな個性が!?」
『その名は、ワン・フォー・オール。画風を変えるだけの個性だ。』
「・・・はい?」
『だから、こう、画風が変わるんだ。力が強くなったり、能力が使えたりするわけじゃない。なんかこう、カッコよくなれるんだ。それ以外は、実質無個性だね、うん。』
「・・・・・・えっと、その。」
『分かる!分かるよ!その気持ち!私だって真相を知った時にはガッカリしたさ!』
「いや、そういうわけじゃ・・・」
流し込まれる情報の濁流に、混乱は一層加速していく。
『まあ、意外と便利だよ。この個性も。どんなに傷だらけでも、ガチガチに武装していても、画風が変われば外からは分からない。最強無敵のヒーローに“見える”んだ。』
今一度、オールマイトの姿を見遣る。そこにいたのは、筋骨隆々で、自信たっぷりの笑顔を浮かべた英雄の姿だった。その勇姿は、裏に秘めた傷や弱さを完全に覆い隠している。
『さて、少年。分かっているとは思うが、今見聞きした事は・・・』
「勿論、誰にも話しません!ネットにも書いたりしないし、」
『何を言ってるんだ。周りに言いふらして、ネットとかにも書き込みまくってくれ。写真も動画も好きなだけ撮っていいから、世界中に知らしめるんだ!この私の醜態を!!』
「え、ええええっ!?」
余りにも予想外な要求に、混乱はピークに達する。
「で、でも、そんな事したら、大問題になるんじゃ、」
『ああ、平気平気!私自身もガンガン発信してるし!』
そう言ってオールマイトは、手にしたスマホを見せてくる。そこには、【八木俊典(オールマイト)】というYou◯ubeチャンネルが映っていた。
動画の中では、赤椅子を背にしたガリガリのオールマイトが、必死に何かを喋っている。
【オールマイトです。全てをお話しします。まず私の本名は八木俊典といって、先代から受け継いだワン・フォー・オールという画風を変えるだけの個性を・・・】
「オールマイトが暴露動画出してる!?」
慌てて再生回数を確認するが、2桁で止まっていたので、ホッと胸を撫で下ろした。
『週一でこういう動画をあげてるんだが、誰も信じてくれなくてね。この間、自分自身の事務所から開示請求されちゃったよ!』
「え、ええ・・・」
『ネットではダメかと、テレビのインタビュー中にガリガリになった事もあった。あの時は大変だったよ、“偽オールマイトが出た”って、ヒーロー達から追い回されてね〜。HAHAHA!』
「いや、笑い事じゃないですって。なんでそんな・・・」
『決まってるだろう?私の本性を世間に知らしめ、円満に引退するためさ。』
引退。オールマイト本人の口から飛び出したその言葉は、まるで現実味がないものだった。彼がいないヒーロー社会など、とてもじゃないが考えられない。それ程までに、今の世界はオールマイトが根幹となっていた。
『私の相棒はね、少し未来が見えるんだ。ある日突然、こんな事を言われたんだ。“このままヒーローを続ければ、いずれ私はヴィランと対峙し、凄惨な死を迎える”とね。』
「え、」
『因みに、“ヒーローを引退しても、いずれ私は何やかんやで、言い表しようもない程、凄惨な死を迎える”ともね。』
「いや、結局死んじゃうんじゃないですか!?」
『HAHAHAHA、笑っちゃうだろ?』
自分の死を宣言しながらも、オールマイトには悲壮感が無い。彼の顔に浮かんでいたのは、向き合う人を安心させるいつもの明るい笑顔だった。
『私にだって覚悟はできてる。人を欺き続けた報いは、甘んじて受けるつもりだよ。ただ怖いのは、私以外の犠牲だ。』
オールマイトは、自らの吐いた血で汚れた手を握りしめる。
『確かにこれまでの私は、相対したヴィランを全て撃退し、関わった事件で死者を出した事は一度もない。』
「え、いや、十分凄いんじゃ、」
『だがそれは、全部ただの偶然なんだ!仲間のサポートとか、相手の自滅とか、ただの偶然とか!断言しよう!私自身の力で解決できた事件なんて、一件たりともない!』
「そんな事あります!?」
『何なら、今この場で殴り合ってみるかい?余裕で死ぬよ!この私がね!』
オールマイトは自身の弱さに相当な自信があるようだ。
『そう、私にNo.1ヒーローとして持ち上げられるだけの実力は無いんだ。取り返しがつかなくなる前に、その事を世間に知らしめる必要がある。今までのラッキーもいつまで続くかは分からないしね。』
それでも彼は、不器用なりに、弱いなりに。思いがけず背負ってしまったNo.1の重荷と向き合おうとしていた。
『私の願いは”他人を救う“事じゃ無い。”他人が救われる“事なんだ。もしも”私が来た“せいで、まともな他のヒーローが派遣されずに犠牲者が出たら?私は後悔してもしきれない。』
彼は全力でヒーローを引退しようとしているのだ。ある意味、人を助けるために。
『ってわけだ!君にはぜひ、私の正体を知る者として、その事実を広めまくって欲しい!それじゃあ!』
「あ、ちょっと待ってください!」
1つだけ。聞きたい事があった。
「あの、10年前の大災害。覚えていますか?」
それは自分にとって、ヒーローへの憧れの原点。
『ああ、忘れもしないよ。あの日は全身の骨がバッキバキに折れててね。サポートアイテムで、無理やり身体を動かしてたんだ。笑いまくっていたのだって、ホントは虚勢さ。痛かったし辛かったし、泣きたいのに泣けなかった。』
「・・・・・・・」
『全く、ファンだった少年を前にして、何をやってるんだろうね、私は。』
オールマイトは申し訳なさそうにその場で俯く。
『夢を壊してすまなかった。幻滅しただろう?だが、私の事は嫌いになっても、他のヒーローは嫌いにならないでくれ!彼らは私と違って、ちゃんと実力もあってカッコいい!エンデヴァーとか、凄くいい奴だし、』
「あの、オールマイト。」
言葉を選んでいく。好きなものの話になると、頭が一杯になってしまう自分が、きちんと思いを伝えられるように。
「僕、個性がないんです。だけどヒーローになりたくて。それで皆からも馬鹿にされてて。無個性のくせに何ができるんだ、って。」
『そうか、無個性か。』
「だから今日。貴方が、自分の事を教えてくれて、僕は嬉しかったんです。」
『え、なんで!?』
「だって。僕の1番憧れていた人が、証明してくれたんです。個性に頼らずとも、人を助けることができるんだって!」
『いや、私は、』
「僕は今日、確かに、貴方に救われました!オールマイトはこれからもずっと、僕の最高のヒーローです!」
◆
少年の真っ直ぐな言葉に、オールマイトは息を呑む。その姿は、かつての自分と重なっていた。
「いや、その、なんか、偉そうに、差し出がましい事言っちゃって、すいません!」
我に返った少年は、しどろもどろになりながら、手足をバタバタと動かし始める。
「えっと、今日はありがとうございました!これからも、体に気をつけて、頑張ってください!」
ペコペコと何度も頭を下げた彼は、荷物を抱えなおして、足早に去っていってしまった。
『・・・見る目がないな。君は。』
こんな私では、その背中を黙って見送ることしかできない。
『おっと、こんな場合じゃない。捕まえたヴィランを、警察へ引き渡して・・・あれ?』
ヘドロ状のヴィランを閉じ込めていた真四角のガジェット。背負っていたソレから、けたたましい警報音が鳴り響く。
『あ、そういえば・・・』
このガジェットを授けてくれた、旧友からの言葉を思い出す。
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「いいか、オールマイト。この装置を構成するナノマシンは非常に繊細だ。くれぐれも乱雑に扱うなよ。運が悪ければ、大爆発を起こすかもしれない。」
『運が悪ければって、確率的には?』
「まあ、0.001%にも満たないだろうが。」
『なら平気さ。デイブも心配しすぎだよ。HAHAHAHA!』
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「あ、ヤバっ。」
ガジェットの大爆発に巻き込まれ、意識はそこで途切れるのだった。
『イデデデでででででで!?あれ、一体どうなって・・・』
アスファルトの上で目を覚ます。
先程の爆発で、点滴の装置が壊れたらしい。麻酔が切れて、全身を裂くような激痛が襲う。まあ、コレだけなら問題ない。数十年間のヒーロー生活で痛みには慣れっこだ。
それより、逃げ出したであろうヘドロ型ヴィランの対処が先。何とか身体を起こして、人だかりができている方へと歩いていく。
『っ、これはっ!?』
目に飛び込んできたのは地獄絵図。ツンツン頭の少年がヘドロヴィランに乗っ取られ、爆破の個性で周囲を威嚇している。
周りにいるヒーロー達も、相性や人質の存在もあって、手をこまねいている様子だ。
どうするべきだ?サポートアイテムはもう壊れた。身体だって、まともに動く状態じゃない。私がここで出ていっても、足手纏いになるだけ・・・
「かっちゃん!!」
群衆の中から、1つの影が飛び出した。さっきまで話をしていた、緑髪の少年だ。脳裏には彼の言葉が蘇る。
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「僕の1番憧れていた人が、証明してくれたんです。個性に頼らずとも、人を助けることができるんだって!」
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『私が、焚き付けたせいで・・・』
情けない。先程まで、躊躇っていた自分が、心から情けない。こんな自分なんかに憧れてくれた少年を、どうして見捨てられようか。そんな事をすれば、ヒーロー以前に、人として大失格だ。もう、足を止める理由は無い。
個性のワン・フォー・オールを発動し、No.1ヒーロー・オールマイトへと変身する。
『少年達。もう大丈夫だ!何故って?私が来た!!』
その一声で、少年、ヴィラン、ヒーロー、そして、周囲からの野次馬達の視線が一斉に集まってくる。
「オールマイトだ!」
「最強のヒーローが来てくれたぞ!コレで解決したも同然だ!
「やっべえ、生で見るの初めてだ!迫力やべえ!!」
「きゃあ〜!オールマイト様ぁ!結婚してぇええええ!!」
大丈夫。ワン・フォー・オールのお陰で、傷は隠れている。傍目からなら、完全無欠のスーパーヒーローに見えはするはずだ。
さて、いきなり情けない事を言うが、正直もう私にできる事はない。
勢いよく飛び出した時、足を挫いた。もう動けない。立っているだけでも褒めて欲しいくらいだ。
だが、大丈夫。周りには他のヒーロー達もいる。うまいこと連携できれば、事態も好転するはずだ。
私は早速、近くにいたベテランヒーロー・デステゴロにアイコンタクトをとる。
『ヒーロー諸君。遅くなってすまなかった。助かったよ。さて、ここからの動きについてだが、分かるね?』
そう言ってウインクする。これで彼にも、私の意図が伝わったはずだ。
『オールマイト・・・分かった。どうやら俺たちは、足手纏いのようだな。力になれず面目ない。邪魔はしないから、思いっきり戦ってくれ!』
は?
『皆んな聞いたな!ヴィランの撃退と人質の救出はオールマイトが担う!他のヒーローは、避難誘導と鎮火に専念しろ!』
いや、ちょ、待て待て待て待て。どうしてそうなるんだ。何度も言うが、私はもう、歩くことすらできないんだぞ!?
「マジかオールマイト!?たった1人であのヴィランを相手にする気だ!?」
「この緊急事態であの余裕、流石はNo.1ヒーローだ!潜り抜けてきた修羅場の数が違うぜ!」
「いいぞ〜!あの卑怯者のヴィランに、目にモノ見せてやれ!」
「きゃあ〜!オールマイト様ぁ!結婚してぇええええ!!」
やめろぉ!ファンの諸君もザワザワしないでくれ!ハードルが上がる!今更1人じゃ無理ですとか、言い辛くなるだろ!?
確かに、私は自分の弱さを世間に広めたいとは言ったが、今はタイミングが悪すぎるんだ!
私が無力だと分かれば、あのヴィランは何をするか分からない。そうなれば、被害は余計に拡大してしまう!
「あ、あの、オールマイト。出てきていいんですか?だって、」
緑髪の少年が心配そうに小声で話しかけてくる。不安そうな彼に、『うーん、ダメかも♪』とは言えなかった。
『大丈夫。私が来たんだから。だって私が来たんだよ。大丈夫。私が来た。だから大丈夫だ。私が来たんだから?』
「全然大丈夫そうじゃない!!!」
彼の言う通り、私も年貢の納め時かもしれない。予言にあった凄惨な死、か。爆殺は、確かに凄惨そうだ。
『少年。私に何かあったら、コレを食べるといい。私の髪の毛だ。いいね?』
「ごめんなさいオールマイト。まるで意味がわかりません。」
戦闘性能は微妙でも、このワン・フォー・オールは代々受け継いできた個性だ。私の代で途切れさせるのは忍びない。どうせなら、私よりもよっぽどヒーローらしい心を持った、彼に受け継いで欲しい。
さて、これで思い残す事はない。せめて、別のヒーローが到着するまでの時間稼ぎくらいは果たしてやろう。
『さあ、待たせたね。ツンツンの少年。今、助けるからもう少しの辛抱だ。』
まあ、嘘は言っていない。そのうち到着する別のヒーローが君を助けてくれるだろうから、あと、もうちょっとだけ、辛抱して欲しい。
おっと、ヘドロヴィランが何かをわめている。
『く、来るなぁ!一歩でも動いてみろぉ!人質の頭を吹っ飛ばしてやるぅ!』
奇遇だね。動きたくても、一歩も動けないんだ。こっちは。だから落ち着いてほしい。
『噂は聞いてるぞ!オールマイトォ!対峙したヴィランを知略と暴力でジワジワと追い詰め、笑顔のまま、心と身体を完全に破壊し尽くすイカれ野郎だって、噂はなぁ!』
誰だよソイツ。私にそんな、頭と腕っぷしがあるわけないだろ?人違いでもしてるのか?
だが好都合だ。思ったよりビビってくれている。そこに付け入れば、勝機があるかもしれない。
『これ以上、罪を重ねるんじゃない。人質を解放して、大人しく捕まるなら、手荒な真似はしないと約束しよう。』
『だ、騙されるかぁ!知ってるんだぞぉ!お前は、倒したヴィランを生きたまま喰ってるってぇ!』
ヴィラン業界でどれだけ恐れられてんだ、私は。恐れられすぎて、噂に尾鰭が付きまくってるじゃないか。
これ、このままビビらせ続けたら、ワンチャンあったりしないか?
『よーし。ちょっと本気出しちゃおっかな〜。』
私には才能が無かった。だが、強くなるための努力を怠っていたわけじゃない。ワン・フォー・オールというイロモノ個性を伸ばそうと、死ぬ気で訓練してきたのだ。
今こそ、その真価を見せる時。
『
自らの姿を変えるワン・フォー・オール。その力を応用して、さらに変身を遂げる。
60メートル越えの巨人へと。
「オールマイトが巨大化したぞぉ!」
「デカ過ぎんだろ!マウントレディーの3倍はあるぞ!」
「こんな力まで隠してたなんて!底が知れねえ!」
「きゃあ〜!オールマイト様ぁ!結婚してぇええええ!!」
さて、ここで残念なお知らせだ。巨大化したのは、あくまでそう見えているだけ。私の体格や強さが実際に変わるわけじゃない。
あくまでも威嚇にしか使えないわけだが、幸い効果は絶大だったようだ。ヘドロヴィランは私の虚像を見上げて、ガタガタと震えている。
あ、
ここでもう一つ残念なお話がある。巨大化に、うっかり力を使いすぎたようだ。頭がクラクラする。もはや立っている事すら難しい。
「あれ、今日のオールマイト、おかしくないか?」
「なんか、いつもと違うっていうか、疲れてる?」
「まさか、日々の連戦で、オールマイトの身体はもう限界なんじゃ、」
「きゃあ〜!オールマイト様ぁ!逃げてぇええええ!代わりに私が戦う〜!」
やばい。最悪だ。周りにも気づかれ始めている。だがもう、マジで限界だ。
巨大な虚像が消えて、いつものマッスルフォームすら、薄れつつある。
『...?よ、よく分かんねえが、随分とお疲れのようだな〜。No.1ヒーロー!』
好機とみたのか、ヘドロヴィランが突っ込んでくる。恐らく爆破で私を吹き飛ばすつもりだろう。今の私では避け切れない。一巻の終わりだ。
『死ねえ!オールマイトォ!華々しく、爆散させてやるよぉ!』
やれやれ。こんな締まらない最期とは、No.1ヒーローの名が泣くな。
実に恥の多い人生だったが、最後の最後くらいは、せめて笑顔でカッコをつけていたい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「どんだけ恐くても、“自分は大丈夫だ”って笑うんだ。世の中、笑ってるやつが一番強いからな。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
かつて師匠が私に教えてくれたように。
◆
『...?よ、よく分かんねえが、随分とお疲れのようだな〜。No.1ヒーロー!』
完全無欠のヒーローが見せた、僅かな隙。罠かとも思ったが、迷っている暇はない。
このヘドロ状の身体にも意外と弱点は多い。それは、属性的な相性だったり、圧倒的なパワーであったり。寄生した“隠れ蓑”が傷付いた場合、ダメージがフィードバックされてしまう事も十分、弱点の一つだ。
今、殺らなければ、どっちみちそんな弱点を突かれ、確実に殺られる。
『死ねえ!オールマイトォ!華々しく、爆散させてやるよぉ!
爆破の個性で狙いを定めた、その瞬間だった。
笑った。
奴が口の端をあげ、目を爛々と輝かせて、笑って見せたのだ。
『ッ...!!!!』
身体中に寒気がした。こんなにも恐ろしい笑顔を見た事はない。
どうしてだ?どうして奴は笑っていられる?すぐ目の前に、死が迫っているというのに。まるでそんな事、恐れてなんかいないように。全て、織り込み済みだと言わんばかりに。
まさか、これは罠?弱ったフリで、誘い込まれたのか!?
それに気づいてももう遅い。既に至近距離。俺は自ら、オールマイトの射程へと足を踏み入れてしまったのだ。
何が来る?何をされる?奴の狙いは全く見えない。だがこのままだと、奴の掌の上。それだけは確かだ。
考えろ。活路を見いだし、裏をかけ。限界を超えて、この窮地を乗り切るんだ。さらに向こうへ。Plus Ultraって奴だ!
『そうだぁ、俺には、俺自身の個性があるぅ!』
爆破のガキの体を捨てる。
いくら奴でも、俺がこの状況で人質を解放する事なんて予想外だろう。だからこそ、裏をかけるはずだ。
どの道、爆破の個性では、逃げきろうにも限界がある。ならばここは一発逆転を狙う。この手に収めてしまうんだ。
『最強のぉ、隠れ蓑をなぁ!』
オールマイトの身体にへばりつき、その身体の自由を奪う。拍子抜けするほどに、その工程は順調に進んだ。
『よしっ!やったぞぉ!うまくいった!』
例えNo.1ヒーローでも、ここまで完全に寄生されれば、何もできない。これで俺は手にしたんだ。
『最強の力をぉぉおおっぉおおおおおおおおおおおおお!?』
乗っ取ったオールマイトの身体から、そのダメージがフィードバックされてくる。
『がああああっぁあああああああぁあああぁああああっあああ!?』
全身を裂くような激痛だ。いや、激痛なんて陳腐な言葉では言い表しようもないほど、気が狂いそうなほど、壮絶な何かだ。とてもじゃないが、人間が耐えられる刺激ではない。
こんな状態で、オールマイトは戦っていたのか?
『やっぱ、イカれてやがるぜ。No.1ヒーロー・・・』
膝をつく事なく、立ち続けるオールマイトを見上げながら、俺の意識は闇へと沈んでいった。
◇
『少年。よく頑張ったね。キミの爆破、なかなかの威力だった。正直当たっていたら、私、死んじゃってたかもな。HAHAHAHA!』
「ッ...!うっせえ!!!!」
ツンツン頭の少年は無事だった。凄まじいタフネスだ。ちょっとその丈夫さ分けて欲しい。
さて、何故か勝利目前で自滅したヘドロは、意識を失ったまま容器へと密閉され、警察へと引き渡された。
どうやら寄生した相手と、痛みが連動しているらしい。私は身体の激痛に慣れっこだから大丈夫だが、確かに慣れていないと結構キツイかもしれない。
とは言え気絶する程か?ヴィランのくせに根性が無い奴で助かった。
「オールマイト!今回も見事なお手並みでしたね!」
「威圧で判断力を奪い、わざと隙を見せ誘いこみ、人質からヴィランを引き剥がすなんて!」
『いや〜、実はそんな事、全く考えていなくてね〜。全ては偶然が重なって、うまくいっただけのことで〜。』
「ハハハッ、またご冗談を〜。」
「そんな偶然、あるわけないじゃ無いですか〜。」
『いやいやいやいや、ホントなんだって!』
相変わらずマスコミは私の話を信じてくれない。頼むってぇ、ほんとに!真実を報道するのが君たちの仕事だろう!?
そうだ、ここは一つ思い切って、トゥルーフォームに戻ってしまおう!
『ほら、見てくれ!驚いただろう!このガリガリの姿が、私の素顔なんだ!』
「なるほど〜。それは大スクープですね〜。ハハハッ。」
「そうやって、自由に姿を変えられるのは、やっぱり個性の力なんでしょうか!?」
「その痩せた姿も、なかなか愛嬌があっていいですね〜。グッズ化のご予定は?」
うーん、だめだ。こっちの方が変身だと誤解されている、こんちくしょう!こうなれば、もうヤケクソだ。
『皆んな!落ち着いて聞いてくれ!大事な話がある。私はヒーローの引退を考えているんだ!何故なら、』
「オ、オールマイトォ!」
この声は緑髪の少年。声のした方を振り向いてみる。
そこには画風の違うムキムキの彼が立っていた。
『え、髪の毛、喰っちゃった?』
「いや、そのつもりは無かったんですけど、巨大化したオールマイトに驚いた拍子に、偶然口の中に入って、飲み込んじゃって。そしたら、急に画風が変わって。」
『あー、そうか。』
立ち尽くす私たちの下には、マスコミは野次馬が殺到してくる。
「オールマイト!こちらの少年は!?」
「貴方と画風がよく似ていらっしゃいますが、まさか、お子さんですか!?」
「もしや引退というのは、息子に跡を継がせるということですか!?」
「きゃあ〜!オールマイト様ぁ!お幸せにねえええええ!」
やれやれ。私が円満に引退できる日は、一体いつになるのやら。
『少年逃げるぞ!ただ、私は動けないから、どうか担いで逃げてくれ!』
「ちょ、そんな無茶なぁああ!?」
だが、必ず成し遂げてみせる。
そう。これは、私が最高のヒーローを辞するまでの物語だ。