引退したいオールマイト vs 自首したいAFO vs 何も知らない緑谷出久 作:バケギツネ
◆
『オールマイトッ!よくやった!これで君が、僕の組織をぶっ潰してくれたのは、8回目だ!ブラボーブラボー!今回も見事な手際だった!』
アレはそう。13年前の事だ。
当時は、オールマイトがNo.1ヒーローとして大活躍し、敵連合の末端組織を潰しまわってくれていた。
『ああ、早く会いたいな〜。オールマイト。』
僕には確信があった。オールマイトこそが、僕の敵連合を叩き潰して、哀れな魔王の夢に幕を引いてくれる存在なんだと。
だが彼は、なかなか僕の前に現れてはくれなかった。末端組織なら週8くらいの頻度で壊滅させてくれるようにはなったが、それでもトップにいる僕の元には辿り着いてくれないのだ。もどかしい。
そうだ、ただ待っているだけだからダメなのだ。こっちからアプローチをかけないと。
『そうと決まれば、さっそく計画を立てよう!オールマイトを誘き寄せる為の、綿密なる計画を!ドクター、協力して欲しい事があるんだが。』
「ほう。オールマイトを本拠地に、か。決戦の日は近いというわけじゃな。」
ドクターが何やら勘違いをしてくれたお陰で、準備事態はスムーズに進んだ。
僕の計画はこうだ。
オールマイトと親交の深い、志村菜奈にちょっかいを出す。そしてその現場に、あえて僕の痕跡を残していくのだ。
志村菜奈に危険が及んだとなれば、オールマイトも黙っているまい。必ず僕を追って来るはずだ。罠かもしれないと思っても、師匠思いの彼ならば、そうせざるを得ないだろう。
それを利用して本拠地へと誘い込み、僕とドクターとマキアを、一気に制圧してもらうのだ。
そうなれば、このヒーロー社会には真の平和が訪れる。めでたしめでたし。というわけだ。
「先生。言われた通り、調べておいたぞ。志村菜奈の現住所と家族構成だ。」
『ああ、ありがとう。相変わらず仕事が早いな、ドクターは。』
「なに、これくらいならお安い御用じゃ。」
ドクターが用意してくれた資料には、立派な一軒家や、元気そうな姉弟などなど、詳細な情報が載っていた。助かる。
「それにしても。オールマイト本人でなく、その師の家族を狙うとは。相変わらず先生は容赦がない。」
『あ、ああ。なんせ僕は魔王だからね〜。あはははは〜。』
もちろん、実際に志村一家に危害を加えるつもりはない。せいぜい、ちょっと怖がらせるくらいだ。
「そういえば先生。今取り掛かってるアッチの方はいいのか?」
『???? ああ。問題ない。ソッチも僕が何とかするから。』
アッチの方?どっちの方だ?
ドクターが何の件について話しているのか、心当たりがありすぎてピンと来ない。
まあ、そんな事はどうでもいいか。どのみち僕は、もうすぐオールマイトに負けて、逮捕されるのだ。
どんな仕事を引き受けたとしても、問題はあるまい。
そんな事より。今はオールマイトを誘き寄せる為の、計画の方が重要だ。
『ふふっ、もうすぐ。もうすぐだ!終わりの日は近い!』
「ああ。先生の手で終わらせてくれ。この忌々しい、ヒーロー社会をのぉ!」
残念だがドクター。終わるのはヒーロー社会じゃない。この僕と敵連合なのさ!
◆
『へぇ〜。ここが志村菜奈のお家か〜。』
はい〜、到着しました〜。閑静な住宅街に立つ立派な二世帯住宅。
ヒーローを引退した志村菜奈は今、ここで平穏に暮らしているらしい。今日は古い友人に会いに行くとかで、彼女がこの家を留守にしてるのは調査済みだ。
『ふっふっふ、すまないねぇ志村菜奈。君の家族を利用させてもらうよ。』
念の為にバッチリ変装してきた僕の懐には、今回の計画のためにしたためた手紙が入っている。
内容はざっとこんな感じだ。
志村菜奈 様へ
久しぶり。元気にしていたかい?痛めた腰の調子はどうかな?
それより見たよ。随分と立派な家に住んでいるらしいじゃないか。息子さんが君のために建ててくれたんだろう?親孝行なの息子さんがいて、羨ましい限りだ。可愛い孫たちにも囲まれて、幸せの絶頂といったところかな?
ところで、1つ忠告しておきたい事があるんだ。家のセキュリティーを見直した方が良いんじゃないかい?
君だって、元プロヒーロー。知名度が低いとはいえ、君と因縁のある凶悪なヴィランから、恨まれていないとも限らない。もし僕がヴィランの立場なら、まず君の家族を狙う。
とにかく、早急に家のセキュリティーを強化した方がいいかもしれないな。いや、それだけじゃ足りない。ヴィランの執念というものは恐ろしいからね。
元を断たない限り、君の家族が平穏に暮らせる未来は永遠に来ないだろう。だが、引退した君にそんな力はあるまい。
必要なのは真のヒーローだ。この意味をよく考えてるといい。
とまあ、こんな感じだ。
志村菜奈の家族を餌に不安を煽りつつ、オールマイトを頼って僕を倒させるように仕向けている。
この手紙を投函した後、僕は防犯カメラとかに写りまくるルートを辿って、本拠地まで戻るつもりだ。
師匠から、僕の卑劣な行いを聞かされたオールマイトが追ってきやすいように。
うむ。我ながら完璧な計画だ。さて、とにかくまずは手紙を投函して、
「なにしてんだ怪しいおっさん!」
手紙を探して懐を弄っていた僕の顔に、小さな足がめり込んだ。
家の前の大きな門を飛び越えて、いきなり現れた黒髪の少年が、綺麗な飛び蹴りをかまして来たのだ。
「お前、さてはヴィランだな。ウチのおばあちゃんに復讐でもしに来たのか!?僕が相手をしてやる!」
少年の顔には見覚えがあった。ドクターが用意してくれた、志村菜奈の家族構成の写真。その中に彼もいたのだ。
彼はそう、志村菜奈の孫にあたる、
『志村転孤くん・・・?』
これが彼との出会いだった。
「何で僕の名前知ってんだよ!ますます怪しい!」
『いや、その僕は、』
彼は僕をヴィランと決めつけている。まあ大正解なんだけど。このままでは、すぐに2発目の蹴りが飛んで来そうだ。
さて、どう弁解したものか。
「こらっ転孤!何をやってるんだお前は!」
僕が言い訳を考えていると、門の奥から黒スーツの男が慌てて出てくる。
彼も資料で顔を見たな。志村菜奈の一人息子である孤太郎さんだ。
「すみません!ウチの息子が大変な失礼を!ほらっ、転孤も早く謝りなさい!」
「お父さん、俺悪くないもん!このオッサン絶対悪い奴だってぇ!」
孤太郎さんは転孤くんの頭を掴んで、必死に謝らせようとしている。
僕に大した怪我は無いし、結果的に転孤くんの勘は正しいしで、謝る必要なんてないのに。
『孤太郎さん。僕は何ともありませんからご心配なく。転孤くんはきっと、大好きな家族を守ろうとしたんでしょう。まだ5歳なのに、勇気ある素敵な息子さんじゃないですか。』
孤太郎さんを宥めて、ムスッとしたままの転孤くんを撫でる。これでこの場は丸く治るはず、
「あの、失礼ですが。何処かでお会いしましたか?どうして私たちの名前や、転孤の年齢を?」
あ。マズイ。ついつい口を滑らせてしまった。
もういっそぶっちゃけるか?『ふははは、僕はAFO。魔王さ!志村菜奈には随分と世話になっていてねぇ。ふははは!」』とか言って。
いや、そんなカミングアウトをしたら、この住宅街が大騒動になって、色々な人にご迷惑が掛かる。ヒーローとドンパチするのは、本拠地まで誘き寄せてからだ。
というわけで、この場は何とか乗り切ろう。
『え、えっと、志村菜々とは仕事上での付き合いがあってね。か、彼女づてに知ったんだよ。ま、まあ、ここ最近は40年ほど会っていなかったんだが。』
「40年ほど前というと、母が引退したあの事件ですか?もしかして、貴方もその場に?」
『あ、ああ。まあ、一応。』
言えない。『なんなら僕が、君のお母さんを引退に追い込んだ張本人です〜。イエーイ!』なんて言えない。
「私も母から40年前の話は聞いてるんです。だからある程度は事情を知っている。その場には、限られた人間しかいなかったという事も。」
あ、もしかして僕、また失言したか!?
「もしかして、貴方はっ!」
ま、マズイ。正体がバレる!
「グラントリノ、さん、ですか?」
『・・・え?』
「いえ、母と仕事上での付き合いがあって、40年前の現場にも居たとなると、それくらいしか思いつかなくて。」
「スッゲー。おじさんって、グラントリノなの!?おばあちゃんと一緒に、魔王と戦ってたっていう!?」
『・・・よく分かったね。そうだよ。僕がグラントリノだ。』
「おお、やはりそうでしたか!」
あー、そういや居たなー。そんなヒーロー。あの、ビュンビュン飛び回る、クッソ速い奴か!
「初めまして!今の今まで気付けなくて、申し訳ありませんでした。母が大変お世話にっ!」
『あー、いえ、こちらこそ。菜奈さんには大変お世話になってて〜。』
どうやら孤太郎さんは、グラントリノの顔までは知らなかったらしい。都合がいいので名前を使わせてもらおう。
今日の僕はグラントリノだ。
「あれ?でも今日、母は久々にグラントリノさんに会いに行くと言っていたような、」
『あ、ああ。そう!ついさっきまで一緒にいたんだ!それで転孤くんの事とかも聞いて!』
「ああ、そうでしたか。」
『菜奈さんは今、僕の事務所のメンバーと、旧交を温めていてね。僕だけは、彼女の話を聞いて、転孤くん達に会いに来たというわけさ。』
よし。僕にしては、なかなか筋の通った言い訳なんじゃないか?
「という事は、“あの件”を引き受けてくださったんですね?」
『うん?あー、そうだね。うんうん。勿論だよ。あの件のことだろ〜?』
あの件?あの件ってなんだ?適当に頷いちゃったけど、あの件ってなんだ?
なんだか孤太郎さんがシリアスな顔をしているが、あの件ってなんなんだ?
「え、お父さん。あの件、オッケーなの?」
「・・・ああ。現役プロヒーローのグラントリノさんが、お前の先生になってくれるそうだ。」
『・・・うん?』
◆
「本当にありがとうございます。グラントリノ。転孤に個性の使い方を教える件、引き受けてくださって。」
『ああ、ダイジョブダイジョブ。大親友の菜奈さんからの頼みだからね。断るわけにはいかないさ。』
まだ僕をグラントリノだと勘違いしている孤太郎さんと共に、少し遠くにある公園を目指して歩いていく。
どうしてこうなったのやら。
「お父さん、先生!早く早く!」
その少し前では、元気に駆け回っている転孤くんが、此方に手招きをしていた。
「2人とも遅い!それなら僕、先に行っちゃうよ!」
そう言った彼の両足に気流がまとわりつく。これが彼の個性だろうか。志村菜奈のとよく似ている。覚醒遺伝したんだろうか。
「こら転孤!その個性を使うのはやめなさい!」
「心配しすぎだよお父さん!僕、華ちゃんと一緒に家でイメトレしまくってたんだ!今回こそは上手くいく、あたっ!!」
「転孤!大丈夫か!?」
だが、個性のコントロールはまだ不十分の様子。ジャンプと同時にバランスを崩した彼は、近くの塀に頭をぶつけてしまったらしい。
血相を変えた孤太郎さんが慌てて駆け寄っていた。
「怪我はないか転孤!?一応救急車を、」
「大袈裟なんだよお父さんは!これくらい平気だって!」
プイッとそっぽを向いた転孤くんは、今度はしっかり地に足をつけ、のしのしと歩いて行ってしまう。
『元気なお子さんですね。』
「元気すぎて困るくらいですよ。お姉ちゃんと姉弟ヒーローになるんだって言って聞かないんです。」
なるほど。オールマイトの影響もあって、今はすっかりヒーロー社会。子供達の殆どがヒーローに憧れ、夢としてその生き様を追い求めている。
昔を知っている身からすると、なかなか感慨深い。当時は、与一のように自らヒーローを志す者は稀だったから。
『転孤くんと華ちゃんは、菜奈さんに憧れて?』
「ええ。だと思います。ホントは、母がヒーローだというのは隠しておきたかったんですが、色々あって。」
『どうして、隠しておこうと?立派なことじゃないですか。』
「・・・私のわがままですよ。」
孤太郎さんの表情に影が差した。
「昔、母はヒーロー活動に専念するために、私の元を離れていた時期があるんです。当時幼かった私は、寂しかったんでしょうね。母を憎んでしまったんです。子供を捨てた鬼畜だと。」
『なるほど。』
無理もない。家族と引き離される苦しみは、僕も分かっているつもりだ。
駆動敏次。奴の事はいまだに許してないからな。今でもちゃんと憎んでるぞ、正直。アイツは隠れて、与一の髪の毛を食べてたような、ど変態だったし。
「でも、今ならちゃんと理解できます。母は私を、危険から遠ざけようとしてくれたんだと。なのに私は憎んでしまった。母は何も悪くないのにっ!」
『そんな事が。』
「悪いのは、母が戦っていた、AFOとかいう悪魔なのにっ!」
『え、あ、ああ。まあ、それは、そうですね。』
あれ?もしかして、志村家のゴタゴタって全部僕のせいか?うん。もしかしなくても僕のせいだな。ちょっと責任感じちゃうぞ。
「それから5年が経った頃でしょうか。母は帰ってきたんです。AFOの攻撃で負傷し、ヒーローを辞めざるをえなかったと。その表情は絶望に満ちていた。」
『ご、ごめんなさい!!!!』
「え?どうしてグラントリノが謝るんです?」
『あ。いや、えっと、その、』
「そういえば貴方もその現場に居たんでしたね。ご自分を責めないでください。母の負傷は貴方の責任じゃない。何度も言いますが、悪いのはAFOとかいう外道です。」
『うっ!!だから、まあ、そうっですね・・・』
それ僕!悪いのは全部僕っ!
なんだか居た堪れなくなってきた。気まずい。帰りたい。
いや、逃げちゃいけない。自分のしでかした事の責任くらいは取らなければ。
今の志村一家と向き合う事。きっとそれが僕に唯一残された罪滅ぼしの手段なんだ。
『話の腰を折って申し訳ない。それで?』
「はい。AFOに負け、まだ若い弟子に後を託さざるをえなかった事を、母は悔いていました。ですが私は・・・」
『なんです?』
「・・・正直、嬉しかった。だって母が帰ってきてくれたんです。世界の命運とか、次代の英雄とか、そんな事はどうでも良かった。たった1人の家族に再会できた事の方が、私にとっては幸せだったんです。」
『なるほど。』
「私に、世界は広すぎるんでしょう。ただ、自分の手の届く範囲が、家族が、幸せに一緒にいられればそれでいい。そんな風に考えてしまう、浅ましい人間なんです。私は。」
『気持ちは、分かります。』
孤太郎さんの考えは別に珍しいものじゃない。大抵の人はそんな風に考えてしまうだろう。
他ならぬ僕だって。
仮にトロッコの行く先が、与一か、それ以外の全人類か、という2択なら。
僕は迷わず、全人類がいる方へトロッコを走らせる。いやまあ、それをやったら与一が悲しむから、結局どっちも助ける羽目になるんだろうが。
「だから私は、母がヒーローである事を、子供達に知らせたくはなかった。怖かったんです。彼らもまたヒーローになって、私の手では届かない場所まで飛んで行ってしまうのが。」
『そういう、事でしたか。』
「一度ヒーローになってしまったら、もう母のように無事に帰ってきてくれるとは限らない。今の時代は、オールマイトを初めとする優秀なヒーローが沢山いる。転孤たちがわざわざ危険に飛び込む必要なんてない。そんな風に思ってしまうんです。」
『その気持ちも分かりますよ。』
僕だって、与一がヒーローになりたいと言い出した時、本当は・・・
「転孤たちにはヒーローになって欲しくない。それが私の本音です。」
志村一家には確かな愛情があった。それ故の歪みも少なからず。
◆
「じゃあ先生!必殺技!必殺技教えてよ!隕石とかも粉々にできるようなやつ!」
『いや〜。それは流石に危ないからな〜。』
「なんだよケチ〜。」
充分なスペースのある公園へと場を移し、僕と転孤くんの青空ヒーローアカデミアが始まった。
「・・・・・・」
孤太郎さんは少し離れたベンチに座り、複雑そうな表情で此方を見守っている。
さて、教えるといっても、そもそも僕はグラントリのじゃない。“ジェット”の個性だったか?都合よくそんなものを持ってるわけでもない。
「じゃあ先生!まずはお手本見せてよ!」
『え、あ、ああ。ちょっと待っててね。』
さて、どうしたものか。そうだ、エアウォークの個性ならある。それで何とか誤魔化すか!
『ほい。ほい。まあ、ざっとこんな感じかな。』
「うぉすっげえ!空中でスキップしてる!俺も俺も!」
転孤くんも見よう見まねで、僕の動きを再現する。だが、そもそも使っている個性が違うのだ。
エアウォークよりも基本出力の高い彼の個性、えっと“竜巻”だったか。それでは、空中スキップのような細かい制動は難しい。
「おわっ!!」
『おっと大丈夫かい?転孤くん。』
バランスを崩した転孤くんを、地面へと落ちる前にキャッチする。
「ああ、ありがと先生!やっぱ凄えな。ジェットの個性をあんな繊細にコントロールするなんて!年の功ってやつ!?」
『まあ、年の功っちゃ年の功かな〜。』
相変わらず扱いの苦手なエアウォークだが、こういった一発芸くらいならできる。
これも長年、この個性を使い続けた成果というものだ。僕の歳はもう、あれ、僕って今年で幾つだっけ?130を超えたあたりから数えてないからな。
「やっぱ凄えなプロヒーロは。僕もさ、そういう熟練!って感じの使い方したいんだけど、えいっ!」
『んんっ!?』
転孤くんは足に力を込める。次の瞬間、激しい爆風が巻き起こって僕の身体を吹っ飛ばした。
『ぶへっ!?』
「やっぱ難しいよな〜。個性の制御って。先生みたいに、カッコよく使いこなしたいのに。あれ、先生?大丈夫?」
『あ、ああ。す、凄かったよ。とんでもない出力だった。』
僕は竜巻に跳ね上げられ、そのまま地面に叩きつけられていた。すっごく痛い。泣きそうだ。
遠くで見ていた孤太郎さんも、心配そうに駆け寄ってくる。
「2人とも大丈夫か!?すみませんグラントリノ。転孤の個性は強力な分、本人にも歯止めが効かないみたいで、」
転孤くんの方を見遣ると、その両足には幾つもの切り傷ができていた。自分の作った竜巻で切ってしまったんだろう。
孤太郎さんが、息子がヒーローになる事に反対しているのも、この辺りの事情が関係しているのかもしれない。
本人にも制御しきれない程の強個性か。最近の子の個性は凄いな。そういやドクターも、何か言ってたな。
個性終末論だったか。
代を経るごとに、人間の個性は強くなっていき、やがて社会はそれを制御しきれなくなり、人類は人の個性による滅亡を迎える。とかなんとか。
実際に近年では、強力な個性を持った少年少女による凶悪犯罪も増えているという話だ。まったく嘆かわしい。
おっと話が逸れた。それより今は転孤くんの事だ。
「ごめんなさい。僕のせいで。先生にカッコ良いところ見せたくて。」
転孤くんも慌てて僕に駆け寄ってきた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
優しい子だな、彼は。
『僕なら全然平気だよ。だって僕はプロヒーロー。百戦錬磨のグラントリノだぜ?』
全く効いていないフリで立ち上がる。転孤くんを悲しませるわけにはいかないからな。
「ほ、ほんとに?」
『あ、ああ。僕はタフさには自信があってね。今のヒーロー社会でも、僕ほどタフな人間はいないんじゃないかな。』
まあ嘘ではない。130歳を超えても生きてる、ある意味タフな人間なんて、そうそういるまい。
「ほんとに!?それって、先生はヒーローで1番頑丈って事!?」
『え?』
「あのクラストよりも防御力あるって事!?」
『あ、いや、』
「オールマイトのSMASHも、先生だったら耐えられる?」
『ま、まあ、彼のSMASHなら、10発も100発もそう変わらないかな。』
そう。オールマイトのSMASHなら、10発も100発も変わらない。
なぜなら1発目の時点で、僕は死んでるだろうから。
「・・・先生ってやっぱり凄い人なんだね。それに比べて、僕は全然だよ。おばあちゃんの、ヒーローの孫なのに。」
さっきまでテンションの高かった転孤くんが、何だか急に暗い表情になっている。
僕はかなり無神経な所があるらしいのだが、また何かやってしまったか!?
「僕、向いてないのかな。ヒーローに。」
『・・・・・・』
「僕だって、分かってるんだよそんな事。お父さんも、僕がヒーローになんてなれないって、そう思ってる。でしょ?」
「っ!転孤。それは・・・」
彼は優しい子だ。だから、人の気持ちに敏感になれる。お父さんの思いにも、すぐに気付いてしまったんだろう。
孤太郎さんも、転孤くんも、心の根っこにあるのは優しさだ。だからこそ、相手の傷に触れる事に臆病になってしまう。
どうしても、踏み込みきれない場所ができてしまうのだ。
そんなデリケートな場所に、土足で踏み込んで行ける者などそうそういるまい。
無神経な部外者である僕以外には。
『転孤くん。1ついいかな?』
「え?」
『君自身の思いを聞きたい。誰の孫だとか、向いてるとか向いてないとか、他の人がどうとか、そんな事は関係ない。1番大事なのは君自身がどうなりたいかだ。君はヒーローになりたいのかい?』
「そんなの当たり前じゃん!でも、」
『なら、それで充分だ。』
不思議と僕は、転孤くんに弟の面影を重ねていた。
与一もまた、(見かけだけなら)異能に恵まれた僕の弟でありながら、力が無いことを思い悩んでいたから。
それでも彼は、自分に才が無いと分かっていても、人を救える存在に憧れ続けていたから。
なのに僕は、彼にOFAを与えたあの時。
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『すごい!この個性ならどんな姿にも変身できる!ねえ兄さん。これで僕も、かっこいいヒーローになれるかな?』
『ああ、勿論。よーし、それじゃあヒーローごっこをしよう!僕は魔王役だ〜!アハハハハハハハ!』
『・・・・・・うん。そうだね。』
弟の夢に向き合ってやれなかった。
幼い故の淡い憧れに過ぎないと決めつけ、虚構の中に押し込めてしまった。
全ては与一を守るためだと言い訳して、自分のエゴで彼の憧れを踏み躙ってしまったんだ。
違う。そうじゃなかったんだ。あの日、与一が僕にかけて欲しかった言葉は、
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『転孤くん。君はヒーローになれる。』
「っ...!!!!」
感極まって泣き崩れる転孤くんを抱き寄せる。失敗した過去を手繰り寄せるように、優しくそっと。
「でも、僕は先生みたいに、個性を使うの上手くないし、自分の個性ですぐに怪我しちゃうし、そのせいでお父さんにも心配かけてばっかりで!」
『大丈夫。君はまだまだ若いんだ。落ち着いて1つずつ。問題をクリアしていけばいい。僕だって、昔は個性の使い方、下手くそだったんだぜ?』
「え、先生も!?」
『ああ。長い人生の中で、必死に紡いできたものが何とかかんとか連なりあって、今の僕があるんだよ。』
何なら今も個性は全然下手くそだ。だが、努力を重ねたおかげで多少はマシになった。レベル1からレベル2くらいにはなったはずだ。うん。
とは言っても、やはり専門的なアドバイスとなると難しい。僕にできるのは、魔王らしいやり方で背中を押すことくらいだ。
『転孤くん。少し頭を撫でさせてもらえないかな?』
「???」
彼の頭にそっと手を触れて、AFOの力を発動する。少し小細工をしておいた。
「あの、グラントリノ。さっきから、一体何を?」
その場にずっと立ち尽くしていた孤太郎さんが口を開く。
『息子さんに勝手なことばかり言って申し訳ない。ですが僕に少し時間をくれませんか?』
「は、はい・・・?」
『なあ転孤くん。』
僕は目を赤く腫らしたままの転孤くんと視線を交わす。
『君が立派なヒーローになれるってこと。お父さんに証明してみないか?』
これは僕が、ひょんなことから出会った宿敵の孫を、立派なヒーローへと成長させる物語。
・・・当時の僕は、そんな風に思っていた。
この時の選択を後悔することになるとも知らないで。
◇
その日は俺の大嫌いな曇り空だった。
突然尋ねてきた、母の旧友・グラントリノ。彼は独特の雰囲気を纏う朗らかな人物だった。
プロヒーローに憧れていた息子も、随分と彼に懐いたようだ。その流れで、転孤の個性訓練を頼んでみたのだが、
『孤太郎さん。転孤くんを少しお借りしてもいいでしょうか?4時間、いえ、6時間ほど。』
「え、いや、」
「僕からもお願いっ!お父さん!僕っ、僕...!」
あんなにも必死な息子の姿を見たのは初めてで、その熱意に負けてしまった。
もしかしたら転孤は今日まで、
自分の本音をずっと押し殺してきたんじゃないだろうか。
父親である俺のせいで。
「何やってんだ、俺は。」
ただ、家族に幸せでいて欲しかった。
そのために弱い自分ができる事をグルグルと考えて、気付けば迷子になっていた。どこを目指しているのかも、どうして目指しているのかも、分からなくなって。
それでも。今さら足を止めてしまったら、自分の大切なものがまた、遠ざかってしまうような気がして。
俺はやっぱり怖がっているんだ。30年以上も前の、母との別れの瞬間を、未だに。
母が帰ってきた後も、あの恐怖は消えてくれなかった。寧ろ、母と一緒に暮らす時間を長く積み上げていく程に、失う怖さはどんどん増していった。
あの日の空が、頭から離れてくれない。
泣いていた俺を置いて、飛び立った母さんを飲み込んだ、あの忌々しい曇り空が。
そうだ。俺はきっと、
「お待たせ、お父さん!」
息子の声で目を覚ます。
時計を見るとあっという間に6時間が経っていた。日は落ちかけて、浮かんだ雲はさらに暗くなっていた。
考え事をしているうちに、俺は眠ってしまったらしい。肩には、グラントリノのものらしい大きなコートが掛かっていた。
「ようやく準備できたんだ!とりあえず、お父さんはこれ着けて!」
「え?あ、ああ。」
転孤は、何処から引っ張ってきたスーツケースを下ろし、その蓋を開ける。中身はマスク型の呼吸器と防護服。何だか悪趣味なデザインのそれを、転孤に言われるがままに装着する。
ちなみに転孤もお揃いだ。
「さ、お父さん。ん。」
「ん?」
転孤は手を差し出してきた。迷わずそれを握る。どこか安心するような優しい温もりが伝わってきた。
「えへへ。」
思わず俺が笑みをこぼすと、転孤も笑い返してくれる。その笑顔を見ていると、若い頃の母を思い出してしまう。
そうだ。あの日も母は笑顔を浮かべていた。笑みを浮かべたまま、握っていた俺の手を名残惜しそうに離して、別れの言葉を告げていたっけ。
母の手を離したくなくて、俺は随分と駄々を捏ねたんだった。本当に辛いのは、母の方だとも知らずに。
そう。今も昔も、俺は寂しがり屋のガキだったんだ。家族と離れるのが嫌で嫌で堪らない、我儘で情けない、それが俺だ。
あの日母さんに、俺はきっとこう言って欲しかったんだ。一緒に、
「一緒に行こう!お父さん!」
「えっ!?」
身体が強く上へ上へと引っ張られ、足が地面から浮いていく。どんどん先を行く転孤は、ぎゅっと握った俺の手を離す事は無かった。
「転孤、なんだこれ、っ!?」
俺たちの身体はどんどん空へと昇っていく。大嫌いな曇り空がみるみるうちに近づいて来て、
「ちょっ!?」
俺たちは曇り空を乗り越える。その向こうに待っていたのは、燃え上がるような美しい夕焼けだった。
知らなかった。見えてなかった。こんな世界が広がっていたなんて。
いつの間にか、かなりの高度まで上昇していたらしい。悪趣味なマスクはそのためだったのか。
「綺麗でしょ?お父さんと一緒に見たくて。」
俺達の足元には、穏やかな竜巻が展開されて、その身体を浮かせてくれている。しかも転孤の身体には、自分の個性での傷も無い。
「転孤。お前、いつの間にこんな個性が上手く、」
「先生がね!アドバイスしてくれたんだ!そのお陰で、個性使うのがどんどん楽しくなってさ!一気に上達したんだ!」
「・・・そうだったのか。ちなみに、どんなアドバイスだったんだ?」
「うーーーん。秘密!」
グラントリノがどんなアドバイスをしてくれたかは分からない。だが、転孤の顔からはすっかり迷いが消えていた。息子なりに乗り越えて見せたんだろう。自分自身の壁を。立派に。
ならば父親として、俺の方もこのままではいられない。いつまでも過去を引き摺って、足踏みしている場合じゃない。次は俺が勇気を出す番だ。
「なあ転孤。お前に言いたい事があるんだ。」
「ん?」
喉の奥で言葉が詰まる。ちゃんと呼吸器はつけているのに、息はだんだんと荒くなっていく。
ダメだ。こんなんじゃ。ここで立ち止まってどうする。怖がるな。自分の思いを全部吐き出せ。進むんだ。壁を越えて。
更に向こうへ。
「転孤。今までの事すまなかった!」
「お父さん?」
「お前の夢としっかり向き合ってやる事ができなかった!お前の思いは分かっていたのに!怖かったんだよ!それがきっかけで、転孤が俺から離れていくのが!」
「っ...!」
「俺はっ、お前の夢を応援したい!でもやっぱ寂しいんだよ!転孤には立派なヒーローになって欲しい!でも、何処かへ行って欲しくないし、傷付いても欲しくない!当たり前だろ!お前は大切な息子なんだ!いやお前だけじゃない!家族はみんな大切だ!華も、直も、お義父さん達も、母さんの事も、皆んな皆んな大切なんだよ!恥ずかしいから内緒にしてたが、俺の会社の事務所には、今の家族の写真と、昔の母さんからの手紙がずっと入ってて!だから、ああ、クッソ、グダグダじゃんか!何が言いてえんだ俺は!ガキか!」
転孤に伝えたい事も、頬を伝う涙も、次々溢れて止まらない。
「悪いな転孤。お父さん。ちょっと、パニくってるみたいで。何が言いたいのか、分かんないよな?」
「いや、何となく分かったよ。お父さんは、僕のことが大好きなんだね。」
「っ...!!!」
クッソ。少しはカッコつけたいのに。
息子の優しい笑顔を見てると、視界はどんどんボヤけていく。どこまでカッコ悪いんだ、俺は。
「お父さん。」
竜巻の上に膝をついた俺へ、転孤は優しく寄り添ってくれる。
「僕はね。やっぱりヒーローになりたい。でもね、お父さんともお母さんとも、華ちゃんとも、おばあちゃん達とも、離れたくはない。それは僕だって同じだよ。」
「ああ。」
「それに。家族のみんなにも心配はかけたくない。特にお父さん、泣き虫だし。」
「うっ、うるさいっての。」
「あのね、僕にも夢ができたんだ。聞いてくれる?」
「うん。聞きたい。聞かせてくれ。」
「僕はね。お父さん達が心配しなくてもいいくらい、超強くなる!そんで、どれだけ有名になっても、月に1回家族に会いに帰ってくる!そんなヒーローになるのが、僕の夢!」
「転孤...!」
「そう、なれるかな?」
知らないうちに、息子は俺なんかよりもよっぽど頼もしく成長していたらしい。
今の転孤へなら、今の俺からなら、胸を張って言える。
「きっとなれるさ、転孤なら。誰よりも優しくて強い、そんなヒーローに。」
そう。これはきっと、俺の息子が最高のヒーローになるまでの物語だ。
今ならそう信じられる。