引退したいオールマイト vs 自首したいAFO vs 何も知らない緑谷出久 作:バケギツネ
◇
『君の未来を信じているよ。転孤くんなら、どんな人も笑顔にできる真のヒーローになれる。必ずね。』
僕の先生、グラントリノ。
おばあちゃんの相棒だったその人のアドバイスで、僕は“竜巻”を上手に使えるようになった。それだけじゃない。眠っていた“回復”の力も見抜いて、僕に教えてくれたんだ。
そのおかげで、お父さんとは久しぶりに笑顔でお話することができた。
あの人にはもう、返しきれないくらいのおっきな恩がある。あの人は僕とお父さんを颯爽と救ってくれた、最高のヒーローなんだ。
『転孤くん。この手紙を君に託そう。』
「え、なにこれ?」
そんな先生は、帰る前に封筒を渡して来た。
『本当なら別の相手に渡すつもりだったんだがね。今日のことでプランを変えた。君になら安心して託せそうだ。』
それが何かはよく分からなかったけど、先生が僕を信じて、預けてくれたんだっていうのは分かった。
「うん。任せてよ先生。」
断る理由はなかった。あの人からの信頼と恩に少しでも応えたかったから。
『さらばだ。若きヒーローよ。』
僕のお師匠は、エールを残して去って行く。暗い空の向こうに駆けてゆく先生を、僕は必死に手を振って見送った。
「バイバイ〜先生!」
さて。早速、先生が託してくれた手紙を見てみよう。
志村菜奈 様へ
久しぶり。元気にしていたかい?痛めた腰の調子はどうかな?
それより見たよ。随分と立派な家に住んでいるらしいじゃないか。息子さんが君のために建ててくれたんだろう?親孝行なの息子さんがいて、羨ましい限りだ。可愛い孫たちにも囲まれて、幸せの絶頂といったところかな?
「これは、おばあちゃんへの手紙?」
そういえば先生、最初は手紙を別の相手に渡すつもりだって言ってたっけ?
今のところはフツーの手紙だ。僕が頼まれたのはただのお遣いだったのかな?
とりあえず続きを読んでみよう。
ところで、1つ忠告しておきたい事があるんだ。家のセキュリティーを見直した方が良いんじゃないかい?
君だって、元プロヒーロー。知名度が低いとはいえ、君と因縁のある凶悪なヴィランから、恨まれていないとも限らない。もし僕がヴィランの立場なら、まず君の家族を狙う。
これって警告?僕の家がヴィランに襲われるかもしれないって、先生はそう言ってるのかな?
それなら先生が、最初はこのお手紙をおばあちゃんに渡そうとしてたのも納得だ。
こんな大事なことを、先生は僕に伝えてくれた。プロヒーローだったおばあちゃんの代わりに、僕を選んでくれたんだ。嬉しい。
とにかく、早急に家のセキュリティーを強化した方がいいかもしれないな。いや、それだけじゃ足りない。ヴィランの執念というものは恐ろしいからね。
元を断たない限り、君の家族が平穏に暮らせる未来は永遠に来ないだろう。だが、引退した君にそんな力はあるまい。
必要なのは真のヒーローだ。この意味をよく考えてるといい。
「僕、なってみせるよ。悪いヴィランになんて負けない真のヒーローに。」
先生は僕にこう言ってくれた。
『転孤くんなら、どんな人も笑顔にできる、そんな真のヒーローになれる。必ずね。』
その言葉に応えたい。僕がやらなきゃいけないんだ。この手で必ず、家族を守り抜いてみせる。
「見ててよ先生。僕、頑張るから。」
僕はこの日、ヒーローへの初めの一歩を踏み出したのだ。
◇
「だーかーら。聞いてよお母さん!ヴィランがこの家に来るんだって!おばあちゃんを恨んでる奴が、僕たちを狙ってて!」
急いで家に戻った僕は、家族の皆んなに緊急事態を伝えようとした。
「どうしたのよ転孤。いきなりそんな事を言い出して。」
「この手紙!この手紙にそう書いてあって!」
「手紙?確かに、家のセキュリティーを強化するように?っていのうと、現役のヒーローを頼るように?っていうのが書かれてるけど、」
「だからそれが!先生から僕へのメッセージで!」
どんなに頑張って説明しても、お母さんは分かってくれない。この調子じゃおじいちゃん達の説得も難しそうだ。
そうだ華ちゃん!華ちゃんなら分かってるくれるかも!
「ねえ華ちゃん。大事な話が、」
「あ、転孤。丁度よかった!」
部屋を訪ねると、華ちゃんは僕の言葉を遮るように、スマホの画面を見せてくる。
「ねえねえ。これ見て!」
そこには、黒いマスクで目元を隠した黄色マントの男が映っていた。見覚えのないヒーローだ。通行人の隠し撮りみたいで、画面が結構ブレている。
「これ、誰?」
「誰って、グラントリノだよ。今日おばあちゃんが会ってるっていう。ネットで調べたら一応写真が出て来てさ。昔の姿っぽいんだけど、結構イケてると思わない?」
「え?」
慌てて華ちゃんの画面を見直す。そこに映っている男は、さっきまでの“先生”とは似てもにつかない。
「この人、ほんとにグラントリノ?偽者なんじゃないの?」
「え〜、本物だと思うんだけどな〜。だってほら、若い頃のおばあちゃんと一緒に写ってる写真もあるし。」
「あ、ほんとだ。」
そうなると写真が本物グラントリノ。“先生”の方が偽グラントリノって事になる。じゃあ、先生って何者だったんだろう。悪い人には見えなかったし。
あ、もしかしたら先生は、公安所属のヒーローなのかもしれない!
もっちゃんが言ってた。世の中には、国の安全のために秘密裏に活動しているヒーロー達もいるんだって。
僕に接触して来たのも、身分を偽っていたのも、秘密任務の一環みたいなやつかもしれない。そして僕も、今回の秘密司令を成功させたら、公安にスカウトとかされちゃうのかもしれない。
「どうしたの転孤?ボーッとして。」
「ごめん華ちゃん。詳しくは話せないんだ。国家機密?ってやつかもしれないからね。」
「アンタまた、変なのに影響受けて、」
「でも安心して。華ちゃん達は、僕が絶対守るから!」
決意を新たに、僕は家を飛び出して行く。まずは見回り。家の近くに怪しい奴が居ないかをチェックするんだ。
ヴィランが悪いことをする前に、捕まえられるのが1番良い。
そういえば、昨日の特集でも言っていた。No.1ヒーローのオールマイトは、事件を未然に防いじゃう数がダントツで多いとか。
『え?事件を未然に防ぐコツ?HAHAHA、私は運が良かっただけさ。(運悪く、私が犯行前のヴィランと鉢合わせちゃうだけなんだけどな〜。)』
インタビューだと、オールマイト本人はそう謙遜していたけど。
とにかく、見回りあるのみだ!そうだ、竜巻で空を飛べば、効率よく街を回れるかも。
早速、上空に飛び上がって、
『こら、そこの君。危ないだろ。』
『降りてきなさい。無闇に個性を使っちゃダメでしょ?』
足元から大人の声がする。見下ろすと、近所でたまに見かけるプロヒーロー2人が僕に手を振っていた。
「あ、丁度いいかも!」
あの人たちにも協力してもらうんだ。チームアップっていうやつ。アレをやろう。
「あのー、おじさん達!えっと、今僕は、公安の秘密任務を手伝ってて、」
◇
「だからね!悪いヴィランが僕の家族を狙ってて、」
『はいはい分かった。もう外も暗いんだし、早くお家に帰りなさい。お母さんとか心配してるでしょ。』
『元気なのもいいけどさ。ヒーローごっこは程々にね。そういうのはさ、大人に迷惑かけない範囲で楽しもうぜ?』
「もういいよ!この分からず屋!」
最初の2人と別れてから、僕は何度もヒーロー達に助けを求めた。近所にあるヒーロー事務所4つくらいに駆け込んだけど、どこもまともに相手してくれない。
アイツら普段は、いっつも暇そーにしてるくせに、肝心な時に動いてくれない。職務怠慢だ。
オールマイトのヒーロー事務所にも一応電話をかけたけど、『私が来てないー!私が来てないー!私が来てないー!私が来てないー!』という、ちょっとイラッとする留守電音声が流れるだけだった。
こんなに助けを求めてるのに、ヒーローが助けに来てくれないなんて。
「やっぱり僕が頑張るしかないんだ。」
改めて僕は覚悟を決める。
先生の言う悪いヴィランが、いつ襲ってくるのかは分からない。1週間後、1ヶ月後、ひょっとしたら1年後くらいになるかも。
だったら僕がずっと家にいて、あ、でも学校には行かないといけないし・・・
「ただいま〜。」
今後の計画を立てながら、我が家の門をくぐって、ドアを開ける。
その瞬間、嫌な感じがした。
「ただいま...?」
お家の中は怖いくらいに静かだった。いつもは僕が帰って来たら、お母さんや華ちゃんが笑顔で迎えてくれるのに。
「誰か、いる...?」
リビングに続くドアの向こうから、少しだけ光が漏れていた。そこを目指して走って走って、ドアノブに手をかける。
「ねえっ、誰か!」
誰でもいい。家族に出て来て欲しかった。笑顔で僕を抱きしめて安心させて欲しかった。
「皆んな、だいじょうぶ、」
『おかえり〜』
僕を出迎えたのは、身体中を黒い拘束着に包んだ痩せた男だった。
『あ〜、やっぱりきれいだぁ〜。子供の断面は何度見てもいいぃ〜。惚れ惚れしちゃうよぉ。』
バランスがおかしくなって、身体は左へ傾いていく。違和感のある右腕に目を遣ると、肘から上が無くなっていた。
「あ、ああっ、あああっ!!」
頭が真っ白になった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
それで一杯になってしまった。
僕はどうすればいい?まず右腕を治して、それともすぐにここから逃げて、いやダメだ。逃げちゃダメなんだ。
『んん?』
足元に竜巻を生み出して、加速する。残った左手で拳を構える。昔の動画で見たおばあちゃんの戦い方だ。
今ここにヒーローはいない。だから僕が戦わなくちゃいけないんだ。ここで僕が逃げ出したら、ヴィランはきっと僕の家族に酷い事をする。それだけは絶対に止めるんだ。
だって僕は、
「真のっ、ヒーローになる、」
突き進んでいた身体が空中で止まる。
『元気がいいねぇ僕ぅ。そりゃそうか。あんなにきれーな断面だったもの。』
奴の歯からなる刃が、僕を串刺しにしていた。身体のあちこちが熱いのに頭はどんどん冷えていく。
『ねえ聞いて。聞いてよぉ。僕はさぁ悪くないんだ。脱獄した後、たまたま泥棒に入った場所で、この写真を見つけてさぁ。』
ヴィランは僕の前に、串刺しにした一枚の写真を突きつける。そこには幼いお父さんと若い頃のおばあちゃんが映っていた。
「っ、これって、」
『そう。志村菜奈だよ。20年以上前に僕を捕まえたヒーロー。前は失敗しちゃったけど、今度こそは彼女の肉面を見ようと思ってぇ。息子さんの事務所を漁ってぇ、この家の場所を見つけてぇ。でもぉ、彼女は留守みたいでさ。だからねぇ、それまではぁ〜』
ヴィランは新たに生やした歯刃で、ヒョイヒョイと部屋の奥を指す。
『“君たち”家族で我慢しようと思って。』
「・・・・・・」
そこに居たのは、
いっつも明るくて、色んな事を教えてくれて。たまにちょっとワガママだけど、いざって時はかっこいいお姉ちゃんな、華ちゃん。
怒ると怖いけど、僕が泣いてる時は泣き止むまでずっとそばにいてくれて、泣き止んだら「よく頑張ったね」って褒めてくれるお母さん。
ちょっと頼りないけど、おはぎくれたり、ヒーローごっこに付き合ってくれたり、いつもニコニコですっごく優しい、おじいちゃん。
ヒーローとかにはあんまり詳しくないのに、僕の夢の話をずっと嫌がらずに聞いてくれてた、おばあちゃん。
・・・達の残骸だった。
『君たち家族はみーんな、本当に素敵な肉面でさ〜。見やすいように、こうして並べておいたんだ。』
僕の家族は、原型がない程に小さくなっていて。どれが誰かも分からない程にバラバラで。
『ほら見てよ、この娘の首の断面。上手に斬ったからこーんなに、』
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悪い夢だと思いたかった。
何で?何で僕の家族が、こんな目に遭わないといけない?
どうすればよかった?あの時、誰か1人でもプロヒーローが助けに来てくれてれば、何かが違った?
もし、オールマイトが駆けつけてくれてたら、僕の家族はあんな風に酷い殺され方をされずに済んだのか?
そもそも、奴が脱獄なんかしなかったら。警察とか刑務所とかがもっとしっかりしていたら。
いや止めろ。こんな事、考え出したらキリがない。
今、僕にできる事は、
「っ...!!!」
『君の肉面、もっと見せて?』
身体が不自然に軽くなった。両足が斬り落とされて、ドバドバと赤い血が流れ落ちていく。
だけどもう、こんな痛みはどうでもいい。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおおお!!」
唯一残った左手で、ヴィランの歯刃を握りしめる。
「消えろ!消えろ消えろ消えろ消えろ!お前なんか消えろぉ!」
自分が何をしようとしているのかももはや分からない。それでも身体は勝手に動いていた。
逃げる事、立ち向かわない事、今の僕がやっちゃいけない事だけは、ハッキリと分かっていたから。
「華ちゃんを、お母さんを、おじいちゃんを、おばあちゃんを、僕の大好きな家族を、返せよ!!!」
ぼんやりしていく意識の中で。僕はそのたった一つの願いだけを無我夢中で叫び続けて、
「・・・あれ?」
目を覚ました。
斬られた筈の右手と両足が戻っている。身体中を触ってみたけど、どこにも斬られた跡は無い。服にもだ。
リビングは相変わらず傷だらけだったのに、ヴィランの姿はどこにも見当たらない。
そして、
「皆んな..?」
斬り刻まれていた筈の家族は、4人並んで、リビングの奥に倒れていた。その身体にも斬り傷は見当たらない。
「皆んな!」
1番近くにいた華ちゃんの所に慌てて駆け寄り、祈るような気持ちで呼びかけた。
「大丈夫!?起きてよ!僕だよ転孤だよ!お願い、目を覚まして、いった!!」
「いった!」
拍子抜けするくらいに、華ちゃんはアッサリと目を覚ました。勢いよく起き上がってきた華ちゃんと、頭をぶつけ合ってしまった程だ。
「華ちゃん。華ちゃん...!!!」
視界に映ったキョトン顔のお姉ちゃんが、どんどんボヤけていく。
「ちょっと、何なの転孤?って、泣いてる?そんなに痛かったの?」
華ちゃんは、その場で啜り泣いていた僕の頭をそっと撫でてくれた。
「まったくしょうがないなぁ〜、転孤は。ほら、大丈夫だよ?お姉ちゃんがここにいるから。」
「うん。うんっ...!ありがとう。」
その手の温もりが暖かくて。どんなスーパーヒーローにそうされるよりも、ずっとずっと安心した。
「あら?私たち、いつの間に寝て?」
「そうだ、確か怪しい男が家に入ってきて、」
「転孤ちゃんも大丈夫だった!?どこも怪我してない!?」
暫くしてお母さん達も目を覚ました。皆んなは華ちゃんと違って、ヴィランの事をちょっとだけ憶えていたみたいで、自分たちが無傷な事を不思議がっていた。
僕だって、身体を斬られたあの痛みは今も確かに憶えている。あれが夢だなんて思えない。だとしたら、こうして僕らの傷が元通りになっているワケは、
「あの、あのね。皆んな。もしかしたら、何だけど。」
家族に自分が思いついた事を話した。今日、先生が見つけてくれた僕の“回復”の個性の事。もしかしたら、そのおかげで皆んなの傷を治せたかもしれない事。
「僕もよく憶えてないからさ。絶対にそう、とは、言えないんだけど。」
「いや、絶対そうだって!私は信じるよ!転孤の2つ目の個性が、皆んなを助けて、ヴィランを追い払ってくれたんだって!」
僕の考えを真っ先に肯定してくれたのは、やっぱり華ちゃんだった。
「私もね。何だかそんな気がするの。転孤が私たちを助けてくれたんだって。」
「人を治す個性だなんて、優しい転孤にピッタリじゃないか。」
「助けてくれてありがとうねぇ。転孤ちゃんは私たちのヒーローだよ。」
「皆んな...!」
守りたかった人達からの言葉に、またも視界はボヤけていく。
不思議と疲労は無いはずなのに、僕の身体は崩れるように倒れ込んで、お母さん達に抱きかかえられていた。
「良かった。皆んなが無事で、本当に良かった...!」
ずっとずっと張り詰めていた気がようやく緩んで、もうまともに立ってもいられない。折角、ヒーローとしての初仕事をこなせたのに、これじゃあカッコがつかないな。
「あ、」
「ん?どしたの転孤?」
ふと気がつく。見上げた華ちゃんの額が少し赤く腫れている。そう言えばさっき、起き上がった華ちゃんと頭をぶつけちゃったっけ。
「華ちゃん。それも治していい?」
「うん。やってやって!転孤が治してくれるとこ見たい!」
華ちゃんの額に手を触れ、先程の感覚を思い出す。掌から溢れ出した力は華ちゃんへと流れ込んで、そのまま勝手にお母さん達へと“伝播”する。
そして消した。
「え?」
僕が助けた筈の家族は、皆んな皆んな消えていた。
「皆んな?」
僕はまた1人になって、リビングには静けさが蘇る。
「華ちゃん?お母さん?おじいちゃん?おばあちゃん?」
誰も返事をしてくれない。
「何で?何で、また、」
悪いヴィランがまだ家の中に潜んでて、どこかから攻撃してる。そんな風にも考えた。考えたかった。
でも、脳裏に浮かんだ1つの結論は、どうやっても揺るがない。
「僕のせい?」
きっとそうだ。ヴィランも、家族も。この手で触れた、すぐ後に消えている。
“手で触れたものの時間を巻き戻し傷を治す”個性。確か先生はそんな風に推測してた。
もし、目覚めたばかりの僕の個性が暴走して、人が消えて無くなる程にその時間を巻き戻していたとしたら。
「だったら、僕は、」
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「僕はね。お父さん達が心配しなくてもいいくらい、超強くなる!そんで、どれだけ有名になっても、月に1回家族に会いに帰ってくる!そんなヒーローになるのが、僕の夢!」
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自分自身の言葉が胸に突き刺さる。
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『君の未来を信じているよ。転孤くんなら、どんな人も笑顔にできる、そんな真のヒーローになれる。必ずね。』
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先生からの言葉も胸を抉る。
「僕、僕、僕っ!」
押し寄せて来るやり場のない感情に、頭が飲み込まれていく。それは目元の痒みとなって、僕を襲った。
「どうしよう。っ、ど、どうしたらっ、」
目元の皮が剥がれた感触。でも、空気に触れていたその傷口も個性ですぐに塞がってしまう。自分を罰する傷さえも、身体には残ってくれなかった。
「お願い、誰か。誰かっ、」
全て僕が悪いことも、今更ムシが良すぎることも、全部全部分かってる。なのに僕は、求めずにはいられなかった。
「助けてっ!」
『もう大丈夫だ転孤くん。何故って?僕が君のそばにいる。』
「せん、せい...?」
グラントリノと名乗っていた僕の先生だ。
彼の大きな身体が僕を包む。その温もりに、暖かい声に、僕は救われてしまった。
そんな資格なんてきっとないのに。今日で何度目かも分からない涙が、溢れ出して止まらない。
「あのっ、あのねっ、先生。まず、ヴィランが、先生の言ってた怖いヴィランがうちに居て、僕っ、僕っ、戦おうとして、」
『無理に喋らなくていい。ここであった事は全部分かってる。来るのが遅れてすまなかったね。』
「どうしよう先生、家族の皆んなが。僕、」
『大丈夫。僕がこの手で取り戻してみせるさ。君たち家族が以前のように幸せに暮らせる、この家を。』
「無理だよそんな事、叶いっこない!」
ヴィランの刃で傷だらけになった我が家。その床に手をついて、僕は叫んだ。
『いいや。そんな事は無いさ。僕の力ならそれができる。魔王・AFOの力を信じてはくれないか?』
「魔王?AFO?っ、はぁ...?」
いきなり凄い事を言い出す先生。ただでさえ一杯一杯な頭はさらに混乱する。
「こ、こんな時に、何冗談言ってんだよ先生!」
『いいや本気だ。ついでに僕は君のおばあちゃんを引退に追い込んだ張本人だ。』
「は、はぁ?」
『混乱する気持ちは分かる。だが、ひとまずこれだけは信じて欲しい。僕には、君の願いを叶えるだけの力があるんだ。』
なんなんだこの人は。言ってることがめちゃくちゃだ。この状況であんな事を言い出す意味が分からない。
いきなり魔王と名乗られても信じられるわけないし、仮にそれが本当でも魔王の言うことなんて信じられるわけが無い。
それに、
「もう手遅れなんだよ!そりゃ僕だって取り戻したい!またこの家で華ちゃん達と、仲良く一緒に暮らしたいよ!でも、もうっ、」
そう。もう手遅れなんだ。
華ちゃんも、お母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、僕のせいで消えてしまった。
傷跡だらけのこの家に、昨日みたいな平和はもう、戻ってこな、
「え?」
僕が手を付いていた家の床。そこに刻まれていた刃の深い傷跡が、完全に消えている。
『て、転孤くん。顔をあげてくれないか?』
恐る恐る顔をあげる。ボロボロだった僕の家は、傷跡の無い昨日までの状態に戻っていた。
そして、華ちゃん達も。
「え、え?」
『だ、大丈夫そうだ。君の家族はちゃんと息がある。目立った傷も無い。今は眠っているようだが、じきに目を覚ますだろう。』
夢としか思えない。
でも、僕の目の前には、安らかな寝息をたてる大好きな家族の姿があった。
「ありがとう...!」
『え?』
「ありがとう!ありがとうっ!」
『え、あ、』
どうやったのかは分からない。だけど先生はその手で、僕の家族を確かに救ってくれた。
「ありがとう!ありがとぉ、ありがとぉ!ありがとおおお!」
『う、うん。ん?』
魔王だとか、AFOだとか。そんな事はどうでも良かった。
ただ一つ確かなのは、あの日の先生が僕にとっての真のヒーローだったという事だ。