引退したいオールマイト vs 自首したいAFO vs 何も知らない緑谷出久 作:バケギツネ
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「先生、すまんのぉ。」
重傷を負った先生は、ワシの応急処置によって、何とか一命を取り留めた。
とはいっても、首の皮一枚を何とか繋げているような状態。目が覚めるのがいつになるかも分からんし、このまま死んでもおかしくは無い。
己の無力さをこれ程呪った事は無い。
「待たせてすまなかったのぉ。えっと、転孤くんじゃったか。何があったのか、詳しく聞かせてくれるか?」
「うん。えっと、」
現場に居合わせた少年から話を聞く。リストにあった顔だ。かつて先生が打ち倒した志村菜奈の孫である。
「なるほどのぉ。そんな事が。」
彼の話で今回の全体像が見えてきた。
やはりと言うか、先生を追い詰めた下手人はオールマイトだった。あの先生がたった1人のヒーロー相手に敗れるなど、いまだに信じられん。
だが、事実は事実。ありのままに受け止めて、先に進まなくてはならない。
先生自身も敗北を予期していたのだろう。だからこそ、後継者として志村転孤に目を付けたのだ。
「先生は、何も悪く無いんだ。全部僕の、僕のせいで、」
ヒーローの孫であるはずの彼は、魔王である先生にすっかり心酔していた。
そうなるまでの経緯を、転孤自身から聞いたが、余りにも出来すぎている。志村一家に起こった一連の悲劇は、全て先生の入念な仕込みによる自作自演なのだろう。
血筋、才覚、ヒーローへの不信感、力への渇望、オールマイトへの憎しみ、先生への忠誠心。
彼は余りにも、“次の先生”になるために必要な要素で満ちていた。たった1日でこれ程の器を仕上げてしまうのは、流石の手腕というべきか。
どうせなら、取り残されたワシらの思いも少しは考えて欲しかったものだ。
「僕、どうすれば、」
「・・・志村転孤くん。」
これでもワシは、先生の部下の中で仕えている歴がダントツだ。あの人の考えそうな事なら、手に取るように分かる。
きっと先生ならば、この幼い少年の純粋な憧憬すらも野望の贄とするはずだ。
「君は先生に選ばれたんじゃよ。次の魔王としてのぉ。」
「次の魔王?」
「君にはあるか?先生の意思を受け継ぐ覚悟が。」
志村転孤には選択肢を提示する。選ぶ余地などない事を分かった上で。
「・・・そんなの、決まってる。」
◇
ドクターというおじさんから話を聞いて、僕は“魔王”と彼の率いる“敵連合”の正体を知った。
数多の反社会勢力を纏め上げ、その勢力を拡大させている割には、市民やヒーローに危害を加えたという記録は無い。
むしろ首領たるAFOの鶴の一声で、そういったカタギへの手出しは全面的に禁止されていた。
ドクターは、『先生はアレでも慎重な男だ。決起の時が来るまでは、目立つ事を嫌っておるんじゃろうなぁ。』などと分析してたが、ヴィランにしては余りにも不自然。
おまけに、ヴィラン連合以外の反社会組織に対しては、ガンガン喧嘩を売って潰しているのだ。その際も、殺しはなるべく避けるように徹底されている。
これらの情報から僕は悟った。
AFOとは、恐怖の魔王を演じて凶悪な部下達を騙し、法と職業ヒーローでは裁けぬ悪と戦って、個性社会を陰ながら守ってきたダークヒーロー的な存在なんだと。
そう考えれば、ヴィランとしてはチグハグな先生の行動にも合点がいく。僕の家が襲撃される事を察知して事前に警告してくれたのも、その活動の一環だったのだろう。
「君にはあるか?先生の意思を受け継ぐ覚悟が。」
「・・・そんなの、決まってる。」
魔王の不在を理由に、彼が押さえつけていた極悪人の部下達や、他の犯罪組織が何をしでかすか分からない。
先生を終わらせてしまった者として、彼が目を覚ますまで、僕は次の魔王を務める責任があるのだ。
「僕は必ずなってみせるよ。先生のような魔王に。」
そう。必ずなってみせる。汚名を背負い、どんな人にも手を差し伸べて救い出す、先生のような真のヒーローに。
「ほっほっほ、やる気があって結構じゃ。お主がどんな成長を遂げるかが楽しみじゃわい。いずれ目を覚ます先生を、せいぜいビックリさせてやるといい。ところで君の身体は、どこまで改造していいかのう?」
「ん?」
「え?」
「んん?」
とりあえず、敵連合で1番ヤバいのはこのジジイだ。
個性複製、改造人間、組織の指揮権限に独自の人脈、極め付けに危険な思想。
僕が手綱を握ってないと、このジジイは世界を3回くらい滅ぼす気がする。でも、味方にさえつければ、これ程心強い存在もいない。
先生もそれが分かっていたからこそ、ドクターの前では敢えて極悪人を演じて、自分の指揮下に置こうとしたんだろう。
「ところで、オールマイトへの報復はどうする?ギガントマキアに、ヒーロー事務所でも襲わせるか?」
「い、いや、オールマイトは先生を倒す程の強さだし、その巨人さんを今失うわけにはいかない。山とかに隠しておいたら?」
「ほぉ。先生に似て慎重派じゃのう。大局が見えている。良かろう。マキアは先生の言う事しか聞かんが、それはワシの方で何とかしておこう。」
本当に、本当に危なっかしいな、このジジイ!今僕は止めてなかったら、どれだけの大惨事になっていたか。
僕だって、オールマイトを恨む気持ちが無いわけじゃない。でもその憎しみに、関係のない人を巻き込むのは気が引ける。
「さあ、次はカモフラージュじゃな。着いてきなさい志村転孤。」
「カモフラージュ?」
「明日から君は、次期魔王としてミッチリ鍛えさせて貰う。当然家には帰れなくなるが、それだと騒ぎになるんでな。カモフラージュ用に、君を“2倍”にしておく。」
「はぁ?」
次に僕が連れて行かれたのは、オフィスビルの一角。
「えっと、俺、分倍河原仁っつーんだ。よろしくな、坊主。」
対面したのは、金髪をかきあげたちょっと強面のお兄さんだった。
「あ、どうも。志村転孤です。」
「こらこら。本名を名乗ってどうするんじゃ。さて、時間もないし早速始めよう。」
ドクターに嗜められながら、まず僕は服を脱がされる。そのまま身体中のサイズを、仁さんにメジャーで測られ始めた。
何だこの、何?
「悪いな坊主。いい気分はしねえだろ。ただ、俺の個性のためには、正確な数値が必要なんだ。」
ドクターが言っていた。仁さんの個性は2倍。測ったものを増やせるんだとか。
「仁さんはさ、どうしてここで働いてるの?」
「まー、色々あってな。測られてる間は暇だろうし、話してやるよ。」
仁さんはヴィラン犯罪で親を亡くし、16歳にして働き始めた偉い人だった。
ある日彼は、その仕事中の運転で先生を撥ねたらしい。
『うぎゃっ!!!!』
当時、仁さんが勤めていた会社の代表取締役を担っていたのが、先生だったのだ。当然、仁さんの上司は大激怒。
「おい分倍河原!おまっ、何て事をしてくれたんだ!AFOをっ、車で撥ねっ、撥ねっ撥ねっ撥ね撥ね撥ね撥ねぇ!?俺たちはおしまいだ!明日には一家浪党皆殺しにされて、」
『ハハッ、そんなひどい事はしないさ。ゲホッ、それに魔王が車に轢かれたくらいで、ゴホッ、死ぬわけないだろう?カハッ、ただ、ここだと目撃者も多いし、カモフラージュのために、救急車を呼んでくれるかな?なるべく早く。』
なのに先生は自分を轢いた仁さんを笑って許した。その後も、仁さんが会社から冷遇されないように、裏から手を回していたという。
「それだけじゃねえんだ。AFOは、ドクターっていう偉いお医者さんともども、俺の個性の相談にも乗ってくれてよ。今の俺があるのはあの人のお陰なんだ。だからその恩返しにこうやって協力させて貰うんだよ。」
彼もまた先生に救われた1人だったのだろう。
「よし。終わったぞ、坊主!」
話と同時に作業の方も終わったらしい。目を開けると、僕と瓜二つの少年が形を成していた。
「「す、すげ〜!」」
双子のようにコピーは僕と同じ反応をしてくれる。双子のように本体は僕と同じ反応をしてくれた。
「さて。コピーの方は志村家に戻しておこう。定期的に新たなコピーと入れ替えながら、志村転孤として生活させる。」
「・・・そっか。家族を頼んだよ、僕。」
「うん、任せてよ。僕。」
僕は僕に家族を託す。僕は僕から家族を託された。
今更ながら実感が湧いてくる。今更ながら実感が湧いてきたんだろう。僕はこれから志村転孤でない何者かとして生きていくんだと。アッチの僕は志村転孤でない何者かとして生きていくんだろうと。
「・・・なあ、坊主。人生の先輩として。アドバイスっつーか。いや、サイズ測っただけだし、お前がどう言う奴かもよく分かんねえんだけどさ、その、アレだ。」
考え込んでいた僕に仁さんが声をかけてくれる。考え込んでいたアッチの僕に仁さんが声をかけてくれた。
「“自分”っつーのだけは、見失わねえようにしろよ。」
◇
「コピーの君は、家に着いたようだ。家族の方もヴィランの記憶を失っていたらしいから、大した騒ぎにはならんじゃろうて。」
「そっか。」
「さて。今日からはここで暮らして貰うとしよう。」
「うん、分かった。」
本体の僕が案内されたのは、ドクターが経営する病院の地下。そこに隠されていた秘密のラボだった。
家族と離れて迎える夜は、ひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。
コピーの僕はうまくやっているだろうか。アッチも僕には変わりないんだし、バレる事もないと思うけど。
やっぱり寂しいな。
「1人で眠るのは寂しいか?ぬいぐるみ代わりに、ジョニーちゃんとユカちゃんでも抱いて寝るかのぉ?」
「いや結構です。」
その2体が何なのかは分からなかったが、人間ではなさそうだったのでお断りしておく。
「意外と抱き心地がいいというのに。そうじゃ、寝る前に1つ聞いておこう。君の名前じゃ。」
「名前って。僕は志村転孤で、」
「魔王として本名を名乗るわけにもいかんじゃろう。人は何事も形から入るもの。君のヴィランネームを決めておこうと思ってのう。」
「名前を決める、か。」
ずっと前から名前なら幾らでも考えていた。
サイクロン、エアロスター、旋風騎、ヒュルリラ、風神、ブリーズ。
将来の自分を夢想して、幾つも幾つも考えた。でも、それはヒーローとしての名前だ。
「さあ教えてくれ。君がなりたい悪の姿を。」
僕だって、志村転孤という名前に、大好きな家族との日々に、愛着がないわけじゃない。
でも、前の僕は失敗した。志村転孤のままでは大切な物を守れなかったんだ。
だから変わりたい。
その手をどこまでも伸ばすことができて、大切な物を絶対に手放さない、そんな存在へと変身したい。
僕を助けてくれた先生みたいな。
「ねえドクター。先生の本名って知ってる?」
「・・・ほう。いいじゃろう。彼の名前は死柄木全。そう聞いておる。」
「そっか。じゃあ決まったよ、僕の名前。」
志村転孤の人生と僕の家族はアッチの僕へと託してある。だからこっちの僕からは志村転孤を抹消しよう。
何もできなかったあの時の弱い僕は、今日、ここで殺して弔んだ。
「僕の名前は、死柄木弔。」
お父さんに個性を披露する際に、先生がくれた耐空用の防護服と呼吸器を兼ねた黒いマスク。その装備で全身を覆って、志村転孤を塗り潰した。
「先生。僕を見ていてくれ。」
そう。これは僕が最高最悪の