ハートキャッチされた男の子の物語   作:ぶーく・ぶくぶく

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episode0 心の大樹の夜明け

 

風が泣いていた。

砂のような夜風が森を削り、闇の底で“心の大樹”が軋んでいる。

枝葉はしおれ、花は色を失い、世界が静かに死にゆこうとしていた。

 

その前に、二つの影が立つ。

 

ひとりは、月光を纏う戦士――キュアムーンライト。

もうひとりは、漆黒の翼を背負う鏡の戦士――ダークプリキュア。

 

「……あなたの存在は、偽物」

「偽物じゃない! 私はあなたの“本物”だ!」

 

声がぶつかるたびに、風が裂け、光と闇が交差する。

花弁が散り、地面に亀裂が走る。

 

二人の戦いはもう何百度も繰り返された記憶のようだった。

だが、その光景を見つめる者が、ひとり――木陰に立っていた。

 

明堂院さつき。

病弱な体を抱えながらも、何かを守るためにここへ来た転生者。

その目は、ただ一人の少女を救うために燃えていた。

 

 

/*/ 

 

 

「ゆり……ッ!」

 

ムーンライトの呼吸が乱れ、ダークプリキュアのダークタクトが閃く。

黒い翼の軌跡が弧を描き、心の大樹の根を断つ。

そこに宿っていた“心の花”が悲鳴を上げる。

 

「終わりだ、ムーンライト!」

 

ダークプリキュアの瞳に、一瞬だけ迷いが走った。

――あの夜以来、彼女の心の奥で何かが芽吹き始めていた。

ムーンライトと交わした幾度もの言葉が、

微かに、彼女の中に“心の花”の種を残していたのだ。

 

だが、その芽吹きを押し殺すように、必殺の光が走る。

 

 

/*/ 

 

 

「させないッ!」

 

小さな声が風を切った。

コロンが、ムーンライトの前に飛び出す。

次の瞬間、黒の光が直撃――

 

だが――

 

「〈精霊手〉――発動!!」

 

青白い閃光が夜を裂いた。

さつきが割り込んでいた。

掌から放たれた光が、ダークプリキュアの必殺を受け止める。

世界が一瞬、止まる。

 

衝撃音。

光が弾け、土が爆ぜる。

さつきの右腕が、吹き飛んでいた。

 

「さつきっ!」

「……大丈夫。これくらい……“過程”の一部さ」

 

その笑みを見て、ダークプリキュアの青と金の瞳が揺れた。

黒の光が崩れ、彼女の頬に、一筋の涙が落ちる。

 

「私は……何を……」

 

“心の花”の種が、彼女の胸の奥で、確かに脈打った。

だが彼女はそのまま夜の闇へと飛び去る。

震える羽音だけが残り、静寂が戻る。

 

 

/*/

 

 

「……コロン!」

 

ムーンライトが駆け寄る。

しかし、コロンの身体は光の粒となって崩れ始めていた。

 

「ぼ、ボクは……もう……」

 

「喋らないで!」

「いいや、ムーンライト……この世界には、まだ“希望”がある……」

 

コロンの声が弱々しく響く。

そして、最後の力で――さつきの右腕に触れた。

 

「キミの光を……繋げます。

 ボクの姿はもう無いけれど……キミの中に、いつも共に……」

 

白い光が走り、コロンの体が風に溶ける。

次の瞬間、さつきの右腕に淡い光が宿った。

その形は、彼の腕と完全に重なり――まるで“擬態”のように融合した。

 

蒼の紋が腕に浮かぶ。

それは、精霊回路の新たな核――“コロンの魂”だった。

 

 

/*/

 

 

「……コロン?」

 

微かに腕が震え、優しい声が返る。

「ボクはここにいるよ……いつでも、共に」

 

ムーンライトが涙を流す。

それは悲しみの涙ではなく、希望の涙だった。

 

「ありがとう、さつき……あなたが来てくれて、本当によかった」

 

「これが、僕の“役割”なのか。

 悲しみを断ち切るんじゃない――繋ぎ直す。

 それが……精霊手」

 

 

/*/ 

 

 

心の大樹の根が、かすかに脈を打った。

花弁の一枚が開き、淡い光が空へ昇る。

風が吹き抜ける。

 

夜明けの気配。

 

ムーンライトは空を見上げ、静かに呟いた。

 

「これが、運命を変える始まり――ね」

 

さつきは微笑む。

右腕の中、コロンの鼓動が確かに感じられた。

 

 

 

──こうして、運命の第一話は書き換えられた。

 “失う夜”ではなく、“繋ぐ夜”として――。

 

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