ハートキャッチされた男の子の物語   作:ぶーく・ぶくぶく

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走る理由

 

目を開けたとき、知らない天井が見えた。

真っ白なカーテン。朝の光。消毒液のにおい。

胸の奥が、かすかに痛む。

 

「……ここは、病院か」

 

自分の声が、ひどく幼い。

反射的に手を見た。――小さい。子供の手だ。

指を開くと、柔らかい光が皮膚を透けていく。

この感覚は、覚えている。夢の中で見た、あの“転生”の瞬間だ。

 

“あなたは〈明堂院さつき〉として、この世界に生を受けます”

 

OVERSの声が、頭の奥で微かに響いた。

――そうだ、僕は選んだんだ。ハートキャッチを、救うために。

 

 

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「さつきちゃん、無理しちゃダメですよ」

 

看護師が笑顔で言う。

その笑顔の奥に、同情の影が見える。

 

「うん……大丈夫、です」

 

強がって笑い返す。

けれど、ほんの数歩、廊下を走っただけで息が切れた。

胸の奥が、焼けるように痛い。肺が絞られて、心臓が乱暴に跳ねる。

 

「……はぁ、はぁ……っ」

 

膝に手をついて、しゃがみ込む。

視界の端が白く滲んだ。

その白の向こうで、ぼんやりと“青い光”が揺れているように見えた。

 

それは一瞬で消えたけれど、どこか懐かしかった。

まるで、誰かが僕を見守っているようで。

 

 

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“走るのは好き?”

 

――ふいに声が聞こえた。

 

「……誰?」

 

“走ると、苦しいでしょう。でも、それでも走りたいと思うのね”

 

“だってあなたは、まだ届いていないから”

 

声はやさしかった。

母でも、看護師でもない。

もっと遠くから、月の光みたいに静かに降りてくる声。

 

僕は顔を上げた。

窓の向こう、淡い光の中に――少女が立っていた。

 

銀の髪。紫の瞳。

制服のリボンが、風に揺れる。

 

「……ムーンライト……?」

 

その瞬間、鼓動が跳ねた。

痛みはある。でも、苦しくなかった。

息を吸い込んで、僕は一歩を踏み出す。

 

「待って!」

 

少女は振り向く。

けれど、その姿は朝の光の中で溶けていく。

声も、輪郭も、涙のように滲んで――ただ、微笑みだけが残った。

 

 

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僕は走った。

足がもつれて、床に倒れ込む。

それでも、走った。

胸が痛くても、息が切れても、どうしても追いつきたかった。

 

なぜなら――

僕は知っている。あの笑顔が、どれほど儚いかを。

 

そして、あの人を救えなかった前世の自分が、

まだ、どこかで泣いていることも。

 

 

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「……絶対に、もう泣かせない」

 

息を切らしながら、拳を握る。

幼い掌に爪が食い込んでも、離さなかった。

 

 

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白い廊下に響く足音。

その奥で、月影ゆり――まだ“ムーンライト”ではない少女が、

病院の見舞いに向かう途中で立ち止まる。

ふと、どこか懐かしい声を聞いた気がした。

 

 

 

そして、二人の運命の歯車が、静かに動き始める。

 

 

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