夜の団地は、春の風に静かに揺れていた。
昼間の喧騒が嘘のように消え、薄橙の外灯がひとつ、またひとつと灯っていく。
空には雲が流れ、欠けた月が、まるで傷跡のように滲んでいた。
階段の踊り場で、ひとり泣く少女がいた。
月影ゆり。
手の甲で涙を拭いながら、必死に声を殺している。
――母に心配をかけたくない。
その一心で、外に出てきたのだろう。
まだ小さな背中が、夜の風に震えている。
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「……見つけた」
僕――明堂院さつきは、踊り場の影から声をかけた。
白いジャージの袖口を揺らしながら、ゆりの隣に腰を下ろす。
少し遅れて、小さな足音。ハヤトくんが後ろから駆け寄ってきた。
「ゆり姉ちゃん……泣かないで」
「……泣いてなんか、ないわ」
声が震える。
強がりだってことは、誰の目にも明らかだった。
ハヤトくんが持っていた飴玉を差し出す。
ゆりは首を横に振った。
代わりに、僕がそれを受け取って笑う。
「ほら、ゆり。もらっておこう。元気出るから」
「……さつきくんまで」
「俺、甘いの好きなんだ。戦うにはエネルギーがいるし」
「戦うって……何と?」
「運命、かな」
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そのときだった。
夜風が止まる。
団地の階段の下――そこに、黒い影が落ちた。
「……クモジャキー!」
叫ぶより早く、床を蹴る。
彼の足元から伸びる黒い糸が、ゆりを絡め取った。
「やめろっ!」
叫びは空を裂いたが、届かない。
ゆりの胸から、光の花が抜き取られる。
その瞬間、彼女の瞳から色が消えた。
代わりに、紅い亀裂が走り、裂けるような悲鳴が響く。
「僕はもう、泣き顔は見飽きたんだよ……!」
さつきの体に、異変が走る。
胸の奥の“何か”が、熱く脈打った。
ハヤトくんが、その光を見上げて叫ぶ。
「お願い、さつき兄ちゃん! ゆり姉ちゃんを助けて!」
その声が、導火線だった。
体の中で何かがつながる。
脳裏に、青白い回路が描かれる。
――“精霊回路、起動”――
OVERSの声が遠くで響く。
掌が淡く光を帯び、空気が震える。
そこに“詠唱”が、自然とあふれた。
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七度七度(ななどななたび)生まれても 終(つい)に見る夢は同じなり
愛してる。愛してる。愛してる。
この光は何も殺さない。ただ心を打つのみ。
完成せよ――精霊手(せいれいしゅ)
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光が弾けた。
掌から溢れた青白い炎が、デザトリアンの胸に触れる。
怒りと悲しみで歪んだ心を包み込むように、柔らかな光が浸透していく。
「……こんな、暖かいの……はじめて……」
ゆりの声。
デザトリアンの中で、かすかに震える人の心。
その涙が零れ落ちた瞬間、影は崩れ、光の粉になって夜空へ舞い上がった。
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「な、なんだ今の力は……?」
上空でクモジャキーが後ずさる。
だが、その肩口に、白い光の粒が降り注ぐ。
コロン――小さな妖精が、羽音を立てて現れた。
「キュアの資質を感じる……けど、これは……二人分?」
コロンが振り返る。
そこには、膝をつくいつきと、気を失ったゆり。
二つの心の光が、螺旋を描くように絡み合っていた。
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「――ゆり。あなたの心の花は、まだ咲いている」
コロンの声が、夜気を震わせる。
白い花弁が彼女の胸元に浮かび上がり、光が弾ける。
「月の光は、闇を照らす希望の証!」
「ハートキャッチ、プリキュア!」
「キュア・ムーンライト!」
ゆりが覚醒する。
銀の髪が広がり、月光が彼女の姿を包み込む。
その瞬間、世界が少しだけ優しくなった気がした。
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「……ゆり、やっと……笑えたね」
そう呟いた瞬間、さつきの視界が霞む。
胸の奥の光が静かに消えていく。
力が抜けて、ゆっくりと地面に倒れた。
最後に聞こえたのは、ムーンライトの名乗りの余韻と――
泣きながら名を呼ぶ、ハヤトくんの声。
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夜空に、欠けた月が滲んだ。
けれど、もう泣いてはいなかった。
そこにあったのは、確かに“救い”の光だった。