ハートキャッチされた男の子の物語   作:ぶーく・ぶくぶく

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初陣、心を掴む拳

 

六月の放課後。

校庭には、夏の気配を孕んだ風が吹いていた。

空は高く、白い雲が流れる。

その穏やかさの裏で、僕らの胸にはざわつくものがあった。

 

「最近、教室の雰囲気が妙だな」

 

隼人が呟く。

確かに、笑顔が減っていた。

特に、演劇部の女生徒・安藤麻美。

クラスの中心だった彼女が、ここ数日ずっと塞ぎ込んでいる。

 

「文化祭の脚本、没になったって聞いたよ。部長と揉めたみたいだ」

 

「くだらない。意見の相違など、結果に影響はない」

 

「いや、あるんだよ」

 

僕は窓越しに、部室棟を見やった。

“結果”じゃなく“過程”――隼人に何度も教えた言葉が、胸に浮かぶ。

 

「麻美の“気持ち”を無視した結果が、今の空気なんだ」

 

隼人が眉を寄せた瞬間、風が凍る。

ぞくりと背筋が粟立つ。

廊下の向こう、重たい気配。

 

「……来るぞ」

 

 

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部室棟の影が歪み、人の形に膨れ上がる。

叫びが木霊した。

 

「どうせ私なんて、必要ないんだぁぁぁぁ!」

 

花弁が黒く散り、少女の姿がデザトリアンへ変わる。

虚ろな目。伸びる腕。

その怒りと悲しみが渦を巻き、校舎を揺らした。

 

 

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「下がってろ、隼人!」

 

僕は前に出た。

掌に光を集める。

胸の奥で“回路”が起動する。

心の花を繋ぐ青白い糸が、世界に浮かび上がる。

 

「完成せよ――〈精霊手〉!」

 

空気が震え、青い輝きが包む。

だが、その瞬間、デザトリアンの拳が飛ぶ。

僕は受け止めきれず、床に叩きつけられた。

 

「さつきっ!」

 

隼人が叫ぶ。

拳を握りしめて、一歩前に出た。

 

「なぜ……なぜ殴らないんだ!? 敵だろう!」

 

「敵じゃない。心を奪われただけの人だ!」

 

「……そんな理屈、理解できない!」

 

隼人が拳を振りかざす。

だが、寸前で止まった。

デザトリアンの目から、涙が一筋、こぼれたのだ。

 

その涙を見た瞬間、彼の肩が震えた。

 

「これが……感情……か?」

 

「そうだ、隼人! 人は感情で動く。

 怒って、泣いて、笑って、また立ち上がる。

 それが“生きる”ってことだ!」

 

「……俺にも、できるか?」

 

「できる! お前にも“掴める”!」

 

 

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隼人が叫び、足を踏み出す。

拳が風を裂き、デザトリアンの腕を弾く。

その動きに、確かに“心”があった。

憎しみではなく、守る意志の拳。

 

僕はその隙に、掌を重ねる。

青い光が螺旋を描き、詠唱がこだまする。

 

 

 

七度七度生まれても、終に見る夢は同じなり。

愛してる。愛してる。愛してる。

この光は何も殺さない。ただ、心を打つのみ――!

 

 

 

光が花のように咲き、デザトリアンの胸を包み込む。

闇が薄れ、少女の顔に微笑みが戻る。

黒い花弁が風に散り、青い空へと消えた。

 

 

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静寂。

汗と涙の匂いが、夏の風に溶ける。

 

「……これが、“救う”ってことか」

 

隼人が拳を見つめた。

その目には、確かな光が宿っていた。

 

「そうだよ。お前、今……笑ってる」

 

彼は驚いたように口元を触れ、

そして、初めて、心から笑った。

 

「悪くないな。過程ってやつも」

 

僕は笑って頷いた。

“修行”は、まだ始まったばかりだ。

だが、確かに芽は出た。

破壊の拳しか知らなかった少年が、いま“心を掴む拳”を覚えたのだから。

 

 

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その夜、空には大きな満月が昇った。

ゆりが月を見上げ、微笑む。

精霊手の青い光は、彼女の心にも届いていた。

 

 

 

──悲しみを断ち切るのではなく、結び直す光。

 それが、さつきの拳の意味だった。

 

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