ハートキャッチされた男の子の物語   作:ぶーく・ぶくぶく

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管理世界の影

 

夜更け。

明堂院家の庭は雨に濡れ、青葉の匂いが立ちこめていた。

静かなはずの空気に、かすかな“異音”が混じる。

 

――カチ、カチ、と。

金属を擦るような、無機質なリズム。

雨粒の間を縫って、遠い電子音が響く。

 

 

/*/ 

 

 

「……気づいたか」

 

稽古場の戸口で、隼人が立っていた。

雨を受けても濡れた様子がない。

代わりに、彼の足元に光の粒が浮かんでいた。

それは、まるで情報の残滓――世界の裏を覗く“信号”だった。

 

「さつき。俺の中で……何かが、目覚めている」

 

「……ラビリンス、か」

 

その名を口にした瞬間、世界が少し軋んだ。

遠くの山の稜線が滲み、光が一瞬、矩形の網目に変わる。

まるで現実が“管理プログラム”の格子を覗かせたように。

 

「管理社会。感情を排除し、効率だけで世界を制御する装置。

 俺はそこから送られた、観察個体だ」

 

隼人の声は低く、しかし恐ろしく冷静だった。

 

「ここに送られた理由は……“感情のエラー検証”。

 人の心は非効率だ。だが、消えない。

 その観察のために、俺は創られた」

 

「観察……つまり、最初から監視されてたってことか」

 

「そうだ。

 だが、いまの俺は“観測装置”であることに違和感を覚える。

 それが――“お前と過ごした時間の副作用”だ」

 

 

/*/

 

 

雷が遠くで鳴る。

光の反射が、隼人の瞳に電流のような文様を映した。

その瞳が一瞬だけ、機械の光を帯びる。

 

「俺は……人間ではない。

 けれど、今日、お前が言った“過程を楽しむ”という言葉を、

 理解してみたいと思った」

 

「それで十分だよ」

 

さつきは微笑む。

雨の中、静かに手を差し出した。

掌から淡い光が生まれる。精霊手の輝き。

それは、隼人の金属的な光をやわらかく包み込んだ。

 

「世界が何でできていようと、

 俺たちが“心で感じてる”なら、それが現実だ。

 ラビリンスが否定する“無駄”の中に、生きる意味がある」

 

 

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隼人の手が震える。

機械仕掛けのような彼の身体の奥から、

微かな“心音”が漏れた。

 

「……これが……鼓動、か」

 

「そうだ。それがお前の“命”だよ」

 

二人の手の間に、光の環が生まれる。

それはデータでも魔法でもない、単なる“心の共鳴”。

けれど、その共鳴が――世界を一瞬、揺らした。

 

 

 

――ピ、ピピ……

 

空の上。

見えない監視衛星の内部で、異常信号が点滅する。

“観測個体No.07=西隼人、情動発生を確認”

“感情値の逸脱。再収束命令、準備開始”

 

灰色のデータベースがざわめいた。

ラビリンスの中枢、静寂を保つ管理AIの声が響く。

 

「エラー。……情動感染。削除プロトコル、準備」

 

 

 

だがその瞬間、

監視網のデータ層に“別の干渉”が走る。

 

《OVERS・SYSTEM:介入権限、承認》

 

青い光のコードがラビリンスの暗黒の中を流れる。

二つのシステムが重なり合い、静かに世界の構造を変え始めた。

 

“悲しみを管理するシステム”と、“悲しみを救うシステム”。

二つの矛盾が衝突する。

 

 

/*/

 

 

地上では、雷鳴とともに雨が止んでいた。

隼人は天を仰ぎ、微笑む。

 

「さつき。俺は、お前の側に立つ。

 たとえそれが、システムへの反逆でも」

 

「ようこそ、“人間”へ」

 

さつきは笑い、光の手を差し出す。

その掌の輝きが、隼人の胸に届き――

微かに、金属の心が温もりを帯びた。

 

 

 

その夜、月影ゆりは夢を見る。

青と灰の世界で、少年が“誰かを救う拳”を振るう夢。

それは――遠い未来の記憶だった。

 

 

 

──世界は今、静かに書き換わりつつあった。

 

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