夜、街の明かりが遠く滲んでいた。
雨は上がり、アスファルトに映る月が歪んで揺れる。
その光の中に、西隼人の影が立っていた。
胸の奥が痛い。
理由はわかっている。
“再収束命令”が――来たのだ。
[No.07 Observation Unit/Status:Emotion Error]
[Return to the System for Data Re-synchronization]
[If refused:Memory Reclamation/Total Reset]
電子音が頭の中で鳴り続ける。
声ではない。コードの命令。
「帰還せよ」――その一行に、全ての感情が否定されていた。
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「……そんな顔、似合わないね」
背後から声がした。
明堂院さつき。
制服の上に道着の上着を羽織り、掌に淡い光を宿している。
「再収束……来たんだね」
「感情を持った俺は、システムにとっては“欠陥”だ」
「欠陥じゃない。進化だよ」
さつきの声は穏やかだった。
けれどその奥には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
「ラビリンスは間違ってる。
人は苦しみも喜びも、全部“過程”にして生きる。
お前が笑えたこと、それが証拠だ」
隼人は視線を落とした。
手のひらに、青い線が走る。
データの脈動。命令の再起動。
体が勝手に動こうとする。
「駄目だ……制御が……」
「制御しなくていい。感じろ、隼人!」
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空気が震えた。
光の粒が風のように降り注ぐ。
空から、金属質な“目”――監視衛星の残滓が降りてくる。
歪んだデータの雨が地面に触れ、ノイズの波を起こす。
そこに立っていたのは――
月影ゆり。
白いワンピース姿のまま、静かに目を閉じていた。
「システムに逆らえば、存在が消えるわよ。
それでも……彼を救いたいの?」
「もちろんだ。だって、あいつはもう人間だ」
ゆりの瞳に光が宿る。
銀の髪が揺れ、背に月の紋が浮かぶ。
「じゃあ――守りましょう。人の心を」
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ムーンライトが変身する。
蒼白の光が夜空を裂く。
その光の中で、隼人の身体が軋む。
データの枷が、彼の中で千切れ、断線していく。
「制御コード削除開始――No.07を消去せよ」
空中に浮かぶ赤い円環が、冷たい光を放つ。
数百のコードが彼を囲む。
ラビリンスの執行命令。
だが、その間に、さつきが割り込む。
「誰も消させない!」
掌を掲げ、詠唱を紡ぐ。
七度七度(ななどななたび)生まれても 終(つい)に見る夢は同じなり。
愛してる。愛してる。愛してる。
この光は何も殺さない。ただ心を打つのみ。
完成せよ――精霊手!
光が爆ぜ、青い波動が夜を包む。
データの環が崩壊し、ノイズが散る。
その光に包まれて、隼人の体内のプログラムが揺れる。
「な……何を……している……!」
「お前の心を、世界の“一部”にする!」
さつきが掌を突き出す。
その光が、隼人の胸に触れた瞬間、
金属の心が鼓動を取り戻した。
データが涙になり、頬を伝う。
それは、最初で最後の――“心の涙”。
「俺……泣いてる……のか……」
「そうだよ。
その涙こそ、お前が生きてる証だ」
ムーンライトがそっと隼人の肩に触れた。
「ようこそ、現実へ」
その言葉に、隼人は初めて微笑んだ。
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衛星の目が閉じる。
ラビリンスの監視は一時的に遮断された。
OVERSシステムの声が遠くで響く。
《観測値更新。情動感染、確定。No.07を人間登録》
世界のコードが、静かに書き換わっていった。
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夜明け。
隼人は崩れ落ちたデータの残滓の上で、
ただひとり、泣きながら笑っていた。
「生きるって……痛いな」
「うん。でも、それでいいんだ」
さつきは彼の隣に座り、同じ空を見上げた。
その青は、もうプログラムの色ではなかった。
それは確かに――“人間の空”だった。
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──そして、物語は次の段階へ進む。
“システムの干渉”を超えた者たちが、今度は“神の領域”へと歩み始める。