カヤさんで海賊女王を目指してもいいんでしょうか? 作:信濃信濃川
生まれて直ぐに私が転生した身であることには気付いていた。しかも、転生先はONE PIECEの世界で、とある人物に憑依してしまっていることにも。
なぜなら、ベビーベッドを囲む顔ぶれの中にはどこか見覚えのある羊の頭そのものな男がいて、優しそうな笑みを浮かべながらこちらを見詰めていたから。そして、シンプルな作りながらも明らかに値が張りそうな姿見に見た私の姿は色白金髪の見目麗しい美少女だったから。
どう考えても私は何不自由のないお嬢様であり、私の名はカヤ。
ただその時は自分の名前を心の中で口にするのもまだ何とも恥ずかしい気分だった。カヤさん、くらいに自己認識する方が私には丁度いい。
この世界に来てしまったことを絶望しているとかそういうわけではない。前の世界にまったく未練が無いというわけでもないが、戻りたいとも思わない。新たに得た人生という意味では希望を抱いている。とはいえ、ここはONE PIECEの世界だ。命がいくつあっても足りないような厳しい世界であり、私のような人間が何かを為すことが出来るのだろうかと思わないでもなかった。
それでもお嬢様という点ではそこらの一般人に転生してしまうよりもはるかに恵まれているのは確か。これは屋敷の中で静かに平穏に過ごしていくかという考えも頭の中には出てきたが、私はそれをよしとしなかった。
ONE PIECEというからには海賊への道、これに勝るものはない。
私は海賊女王になりたいの!!
海賊女王という言葉には得も言われぬロマンが詰まっている。海賊王ではなくて海賊女王、大事なところだ。
もちろんなりたいと思えばなれるものではないことは知っている。私はただのお嬢様でしかないし、この世界には海賊王への道まっしぐらな主人公ルフィがいる。強烈なライバルだ。
だがしかし、いけるかもしれないと思ってしまった根拠がある。
羊の頭そのものな男、彼の名はメリー。私の家の執事だ。私の記憶が正しければ彼はただの執事でしか無かったはずなのだが、見てしまったのだ。
キッチンの壁に据え付けられていた棚の留め具が緩くなっていて、とうとう取れて棚が落ちてしまうということがあった。すぐに新しい棚を取り付けようとなったらしくて、その様子を見ているとメリーは人差し指を伸ばして一瞬のうちに壁を突いて穴を開けたのだ。しかも立て続けに4か所の穴を。壁の内側には石材が入っているはずなのだが……
もうそれって指銃ですやーんッ!!
ただの執事にそんな芸当が出来るはずもない。あれは海軍の体技“六式”のひとつ。しかも海兵全員が出来るものではなくて、ごく限られた一部が出来るもの。それが出来るということはすなわちそういうこと。
本人に軽く聞いてみたところ、のらりくらりと煙に巻かれてしまったが、私が知っているONE PIECEでは無いのかもしれないと思ってしまったきっかけのひとつである。
そう、根拠はもうひとつあるのだ。屋敷の敷地内には綺麗に刈り込まれた芝生が広がっていたり、美しい緑の葉を風に揺られる木立があったりする。その手入れを一体誰がやっているのかなと不思議に思っていたのだけれど、どうやら庭師がいるらしい。その庭師は屋敷から少し離れた小屋に住み込みでいる。この庭師がとんでもない曲者だった。
庭師は元気なご老体。いいえ、元気すぎると言ってもいいかもしれない。いつもサングラスを掛けていて、口を開けば「愛は自由だ」「俺は愛の伝道師だ」と言って憚らない。
もうなんでスコッパー・ギャバンがここにいるのーッ!!
何でも父とは昔馴染みの関係らしく、様子を見に来たら居心地がいいのでしばらく居るつもりだそう。遠くには妻も子もいるらしいのだが……
とにもかくにも私の知っているONE PIECEとは少しばかり違っているわけで。あれッ? これ私も主人公的な感じしない? となってしまうわけである。ならば導かれるまま、誘われるまま突き進んでみようかと思ってしまうのが人の性。
かくして、私は真っ白なワンピースでも着てはにかんでいるだけのお嬢様人生はさっさと捨てた。タンクトップに擦り切れたパンツ姿で日がな一日体を鍛えては汗まみれになり、手に入れられるだけの書物を手に入れて情報のインプットに勤しむ日々。そして、毎日死んだように眠るのだ。
5歳の時にメリーとギャバンは私の師匠となった。座学の師匠であり格闘の師匠だ。最初のレッスン時に私は宣言した。
「私は海賊女王になるッ!!!」
メリーはあらゆることを吟味しているような長い沈黙の後にこう言ってくれた。
「分かりました。私が教えられるすべてを叩き込んだ暁にはお供いたします」
ギャバンは即答だった。
「面白ェなッ!! 愛されるには覚悟を持てッ!!!」
やるべきことはそれこそ無数にある。修行に身を捧げて私のできる限界まで私自身を高めること。
そう遠くない未来にやって来るだろうクラハドールとクロネコ海賊団をどうするのか問題。
仲間集めの問題。
船の問題。
シロップ村をどうするのかの問題。
ウソップは連れて行くの? 連れて行かないの?
たまねぎ、にんじん、ピーマン、あの子たちは連れていくべく今からでも洗脳する、いいえ教育する。
答えを出すべき問題は数あれど、今それは脇に置いておこう。もう夜の帳も完全に降りきった深い時間なのだ。それは晩御飯の時間ということでもある。
本来ならば至福の時間となるのであろうが、私の場合はここから更に地獄が始まるのだ。息も絶え絶え、視界も霞むような状態で食堂に行く。そこで待っていたのは純白のテーブルクロスが掛けられたテーブルの上で、湯気立ちのぼる肉の塊。何を隠そう、私は肉が大嫌いなのである。
「今日も派手にやられましたね。良いお姿です。さあ、今夜もお召し上がりください」
「ねェ、メリー。この肉、昨日のより大きくなってない?」
「ええ、お嬢様のために大きめに切っておきました」
そんな優しい笑顔ではっきり言われても……
力をつけるために食べないといけないことは勿論分かっている。
「分かってはいるけど、でもだめッ」
「お嬢様、海賊女王への道は茨の道です。こちらを召し上がらないのであれば、それまでですよ」
今度は今にも涙をほろりと流しそうなほどに悲しみに暮れたような顔つきでこちらを見つめるメリー。もうそんな顔を見せられれば食べないわけにはいかない。両頬を叩いて今一度私自身に気合を入れ直し、ナイフとフォークを手に取って憎き天敵と向き合っていく。
そんな永遠にも思われた地獄の時間の後にはちゃんとご褒美の時間も用意されているものらしい。
「お嬢様、お見事です。そんなお嬢様にはこちらをご用意させて頂いてます。我が商会特製のシロップを掛けた世にもふわふわなパンケーキでございます」
ああッ、メリー、あなたときたら何て罪深いのかしら。
私にとってパンケーキというのは大の大大大好物なのである。もうパンケーキしかない世界になってしまえばいいのに。そして肉よ滅び給え。
今日も今日とて地獄と天国を彷徨えて眠りへとついていく。
そんな私の海賊女王への道はまだ始まったばかり。