カヤさんで海賊女王を目指してもいいんでしょうか? 作:信濃信濃川
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私たちが向かっているのは
東の海はどちらかと言うと北側に島が固まって点在している。一方で南側では島は数えるほどと言っても過言ではない。そこで補給を確保するために海軍は3つの補給のみに特化した人工施設を設けているのだ。その内のひとつが第3補給ベース。
海賊となる私たちが海軍施設へ自ら向かう理由なんて言わずもがな。つまり、私たちは出航もそこそこにして、海軍に殴り込みを掛けようとしているわけだ。
時刻は昼を過ぎたあたり、ここまでの航海は概ね順調そのもの。海も荒れることはなかったので、中型船の部類に入るキャラック船なのに7人という少数でもギリギリ何とかなっていた。慣熟訓練の時に時化でも何とかなるのかと検証してみたのだが、正直どうにもならなかった。圧倒的に人手不足だったので、生きていたのは単に運が良かっただけかもしれない。なので早急に人数を増やさないと、海が時化たら私たちは多分死ぬ。
でも人間、ごはんも食べないと死んでしまうわけなので、取り敢えずはお昼ご飯だ。船尾甲板上にある船室の1フロアほぼ全てと言っていいスペースを占有する食堂とオープンキッチンにみんなが集まっている。
献立表によると今日はどうやらサンドイッチらしい。献立表というのはメリーが作成して食堂に貼りだしているもの。献立表を作るくらいなのだからメリーがコックなのかと言うと、確かにそうではあるのだが厳密には違うのだ。
なぜなら、コックの仕事はメリーと見習いであるにんじん君で分担してやってもらっているから。料理始めたてのにんじん君ではさすがにレパートリーが少ないようで、にんじん君が作れないものがあればメリーが作るということになっているらしい。献立の中身をどうするのかは2人で決めたり、私たちの意見も反映してくれたりしているみたいだけど。
それに、食材管理もコックとしての大事な仕事だし、船の上では正直命に関わることでもあるので、まだにんじん君に任せるわけにはいかない。嵐に合ってしまって何日も島に寄港できないようなリスクを考えて、1日ごとにどれくらい食材を使うのか、その上で船に積める量にも勿論限度があるし、尚且つ美味しいものを食べてもらうためにと、常に考えながらというのはかなり責任の重い仕事なのだ。
とはいえ、メリーもコックだけやっていればいいわけでもないのでそこは難しいところである。現在メリーの職域はめちゃくちゃ多岐に渡る。私の身の回りを見てくれる執事としての役割、必要な情報を集めてくる情報員としての役割、海賊団のお金の面を見る会計士としての役割、操帆の指揮も執るし、ギャバンに代わって舵輪も持つし、戦闘ともなれば間違いなく要となる戦力ともなる。本人はいつも涼しい顔をしているけれど、過労死レベルのタスクを常に抱えているはずなので、早めに専門のコックを見つけて解放してあげないといけない。にんじん君の早期独り立ちに賭けるという手もあるけれど……
まあ難しいことを考えるのは今度にして取りあえずお昼ご飯を食べた方がいいのだろう。サンドイッチはにんじん君が作ってくれたのだし。今も後片付けをしながらも、そわそわしているように見えるのでキッチンからこちらの様子を窺っているのかもしれない。多分、味の感想を聞きたがっているに違いないのだ。
なので既に食べ始めているみんなと同様に、大皿の上に盛り付けられている玉子サンドを手に取り頬張ってみた。
「マスタードが利いてる。美味しいわね」
「うん。にんじん、美味しいよ。このハムサンド、レタスがシャキシャキだね」
「美味ェな、カツサンドッ!! にんじん坊主、タレがいいぞッ!!」
「ツナマヨ最高だな! にんじん、オレはツナマヨさえあればいいよ!」
「にんじん君、美味しいですよ。それにこれだけの種類を揃えられるようになるとは、腕を上げましたね」
「にんじん、お前すげェな、これ、エビをカツにしてんのか?!」
「美味いですかー、良かったー!」
私の美味しいコメントへ呼応するようにして、たまねぎ君、ギャバン、ピーマン君、メリーにウソップさんとみんなが思い思いのコメントで美味しさを口にする。それに対してにんじん君ははにかむような笑顔を見せていた。でも私は見逃さないわよ。彼の右手が動いているのを。あれは多分、みんなのコメントをメモしているはず。味の好みを覚えておいて次に生かそうというのだろう。彼はコツコツ努力を積み重ねるタイプなのだ。
「お、そうだ。みんな何か飲むだろ? カヤは紅茶で、ヤーさんもメリーもコーヒーでいいよな。お前らはジュースでいいか? よし、待ってろ」
「あ、キャプテン、いつもありがとうございますッ!」
みんなに飲み物を聞いて、カップを用意してくれるウソップさん。ヤサイーズたちに世話を焼きたがるところがあるので、訓練を重ねていく中でいつの間にか飲み物の準備はウソップさんの仕事みたいになっていた。にんじん君はそれに対していつも申し訳なさそうにしているけれど、ウソップさんは「オレにやらせろ」と言って聞かないのだ。こういうところもウソップさんのいいところなのよね。
さすがにこの状況ではパンケーキ作ってとは言えないわよね。我がままお嬢様ならぬ我がまま船長になってしまうし。
「なぁ、にんじん、今度は甘いサンドイッチを作ってみるのもいいんじゃないか? イチゴとクリームを挟んだりして。そしたらカヤさんもパンケーキが無くてもすねたりしないと思うし」
「ちょっと、たまねぎ君、何言ってるのよ。私はすねたりなんか……」
「でもパンケーキは食べたかったんでしょう? 顔に書いてますよ」
「いや、食べたかったけど……。もうたまねぎ君の意地悪ッ! 生意気よ、この口が生意気なのね、こうしてやらなくてはッ」
すねていたかどうかはともかく、パンケーキを食べたい気持ちを図星で言葉にされてしまい、恐るべしなたまねぎ君にはおしおきとして両頬をおもいっきり「いーッ」ってつねってやるのだ。
「カヤさん、痛いーッ!!」
「カヤさん、ダメだよ。カヤさんの馬鹿力で引っ張ったら、たまねぎのほっぺたが取れるよーッ!」
「あッ、そうだよね。ごめんごめん。って、誰が馬鹿力よッ!! ピーマン君? き・み・も・な・のーッ?」
たまねぎ君の頬から放した左手はピーマン君の頬へ。生意気な少年たちへお姉さまからの躾は大事なことだ。
「たまねぎ、お前も気付いてたのか、カヤがとうとうパンケーキマンになっちまっデ……」
ウソップさんには頬を引っ張るなんてことはしない。平手打ち一択のみである。学習しない男どもに掛ける情けなど私は持ち合わせていないのだ。飲み物をみんなに用意してもらっているところ悪いのだけれど。
「愛だな」
しみじみとそう呟いて親指を立てて見せたギャバンのグラサンカチ割ってやりたい。
「お嬢様、やはり愛されておりますね」
穏やかにそう口にしてカップに口を付けたメリーには何も反論できそうにない。
「って私、モテモテってことじゃないッ!!」
「「「「「よッ、モテ女ッ!!!!!!」」」」」
私は海賊女王を目指しているつもりなんだけど、いつからモテモテ船長を目指すことになっているのかな……
「えーッ、オレも混ざりたかったッ!」
「今度パンケーキ作ってくれたらね」
キッチンにいて混ざり損ねたにんじん君にも悪いけど、パンケーキは譲れないの。
さて、バカやってないで本題に入らないとね。
「もう戻る?」
「そうだな。大丈夫だとは思うが、お前の最初の航海だ。ヘマをするわけにはいかねェだろッ!!」
舵輪を一時的に空けているギャバンに声を掛けておく。ギャバンが言うからには大丈夫なのだろうけれど、念には念を入れておいた方がいい。確かに大事な最初の航海だ。
「じゃあみんなにも話しておくわね。私たちが最初の航海でどこへ向かっているのかを。行先は海軍第3補給ベース。私たちの初陣になる」
「「「「初陣?!!!!」」」」
お昼ご飯も終えて、この航海の先で何をやるのかという話をしようと皆に伝えて、初陣になると言ったら、ギャバンとメリーを除くみんなからの開口一番がこれだ。ギャバンとメリーには今後のことを粗方説明しているので驚きはないだろうが、他のみんなはまあこうなるよね。
「おいおい、もう戦うのか? まだ始まったばっかじゃねェか、穏やかに行こうぜ。オレのほっぺに出来た赤い手形を労わってくれてもいいじゃねェか」
「何言ってるの、優雅に観光旅行に行くってわけじゃないんだから。私たちは泣く子も黙る海賊、戦うわよ」
赤い手形は自業自得だ。それに、しけたことを口にするウソップさんにはしっかりと釘を刺しておかないといけない。私たちがどういう存在なのかを。
「ってことはオレたちも戦うんですか? 」
ヤサイーズを代表するように言ったピーマン君の言葉には戦いへの不安が滲み出ているようにも感じられる。なので、ひとまずはみんなを安心させておこう。
「一応は私たちの初陣ってことになるけど、実際に戦うのは私だけのつもりだから」
「えッ、カヤさんひとりでですか? 大丈夫ですか? オレたちまだまだかもしれないけど、戦いますよ」
そう言ってくれたにんじん君の表情は不安を押し隠しつつも凛々しさを滲ませたもの。
「フフ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でもね、これは私の我がままなのよ。みんなにはまだ戦う理由が無い。だって海賊だからって、まだ向こうから来てるわけじゃないのにこっちから仕掛けるのは理由が無いでしょう。野蛮な海賊では無いのだから」
ひとりで戦うと言うからにはそれ相応の理由が必要だろう。心配してくれるのは嬉しい限りだが、ここは譲れないところなのだ。
「私は前代未聞のことをやる。世界で最弱の海と言われるここ東の海で、突然現れた少女が海賊を名乗った挙句、海兵千人斬りをやったら、それは華々しいデビューになると思うの。それに、そこには仲間に加えたい人もいるしね」
原作では偉大なる航路のウイスキーピークでゾロが賞金稼ぎ百人斬りをやってのけていたけれど、その10倍の海兵を相手にしたらそれは前代未聞になるわよね。しかもそれを東の海でやるとなれば尚の事。まあ私は刀を使うわけじゃないから斬るわけではないんだけれど。
「そりャ、海兵を千人ってなれば前代未聞だけどな、マジかよッ!! 千人だぞッ!!」
「でも、僕はカヤさんならやれそうな気もするなァ」
「うーん、まあそう言われるとなぁ。カヤさん、戦いになったら結構おっかないしなァ」
「それもそうだな。口調変わるしなァ」
「私も羊頭と罵られたことがありますしね」
「あなたたち、ほっぺをつねられるだけじゃ飽き足らないのね。船の上でも鬼ごっこやりたいの?」
「「「「いえ、結構ですッ!!!!」」」」
怪しい雲行きには恐怖を呼び覚ましてやらねばならない。鬼ごっこデスマッチという名の恐怖を。
「カヤ、仲間ってのは確かにまだまだいた方がいいとは思うけどよ。海兵からってのはどうなんだ?」
「海兵じゃないわ。仲間にするのは海賊よ」
「海賊かー、どんな人だろう。ヤーさんみたいだといいけど」
「それは会ってからのお楽しみってところね。情報はメリーが集めていたから早速説明してもらいましょう。とにかくその海賊は護送の途中なのよ。そこを私たちは掻っ攫うッ!!」
最後の言葉を発して、私は飛びっきりの悪い笑みを浮かべていた自信があった。
◆
「見えたッ!! あれじゃねェか、海軍の船と海の上に何か建物があるぞーッ!!」
メインマストのてっぺんにある見張り台に登ったウソップさんからの視認報告。ウソップさんは狙撃に秀でているだけあって目がいい。船首甲板から見える水平線上の彼方にはまだ空と海が広がるだけだけれど、海軍第3補給ベースを見つけたのだろう。
頃合いだ。
「進路はーッ?」
背後を振り返り、船尾甲板で舵を握るギャバンに向けて声を張り上げて聞いてみる。
「そのまま真っすぐだーッ!! 問題ねェッ!!」
遠目に笑顔を覗かせて、親指を立てて見せてくれたギャバンに対して私も親指を立てることでOKの合図を返してみる。
「メリー、帆は大丈夫?」
「ええ、全部開いております」
「OK、ありがとう! ピーマン君、にんじん君、たまねぎ君、海賊旗を掲げるわよッ!!」
「「「……了解ですッ!!!」」」
さっきまで修行の一環として、交代で足漕ぎ式自家発電器を文字通り自転車を漕ぐようにして動かしていたヤサイーズたちは若干息が上がっているようにも見受けられたけれど、大丈夫だろう。
暫くして中甲板の頭上にてはためくようにして掲げられた海賊旗。黒地に真っ白な髑髏は紛れもなく海賊船だと示す証。そして髑髏から両側へと延びるは赤い導火線と火花。
戦闘ともなればみんなが身に纏うのはもちろん正装である赤備え。私は深紅のパンツを穿き、シャツの腕に袖を通し、ジャケットを羽織る。
己の魂に赤い火を灯し、滾らせ、燃え広がる花へと昇華させるのだ。
「火薬の海賊団ッ!!! 己の導火線に火を点けろーーーッ!!!」
「「「「「「オオォォォーーーーッ!!!!!!」」」」」」
私の掛け声に対して、みんなから即大音声での叫びが返ってくる。
「カヤーッ!! ひとつ聞いてくれーッ!! ピーマン、お前が言い出したんだッ!! お前から言えッ!!」
間髪置かずに見張り台上のウソップさんから発せられる叫び。
「キャプテン、分かりましたッ!! カヤさんッ、オレたちに戦う理由が無いなんて言わないでくださいッ!! オレたちが戦う理由はカヤさんのために戦うことなんだからッ!! 海賊女王への一歩、決めてくださいッ!!」
そして、ピーマン君からの叫び。にんじん君、たまねぎ君の深く大きな頷き。そうか、そうだよね。私のために戦うというのも立派な戦う理由だ。正直感極まりそうだけれど、
「ありがとうッ!!! 私の背中はみんなに任せたッ!!!」
私も魂の叫びで返してやる。
「行ってこいッ!! 死んでも骨だけは拾っておいてやるッ!! まあ、お前は死なねェよッ!! 生きて帰って来いッ!!」
ギャバンの憎たらしいほどの笑顔とグラサン具合にはイラつきを覚えるがそれもいいだろう。親指立てての手向けはしっかり受け取った。
「お嬢様、我らはあなたの背後にてご武運をお祈りしております」
私の横に並び立って、メリーが最後に声を掛けてくれた。
「うん。ありがとう。後はよろしく」
背中に愛用になった斧は背負った。みんなの思いも背負った。相手は海軍、新たな仲間を手に入れる。そのための出航だった。海軍を相手にすれば間違いなく手配書に載ることは避けられない。ゆえにシロップ村に留まる選択肢を捨てた。父親にはそれでもここに居てもいいと言われたけれど、村のみんなを巻き込むわけにはいかなかった。
行こう。
「みんな、行ってくるーーーッ!!!!」
「「「「「「行ってこーーーーいッ!!!!!!」」」」」」
私は船首甲板を力強く蹴った後に、空中へと飛んだ。飛びっきりに口角を上げて。
◇
世界最弱の海と言われる
絶対的正義の名のもとに任務を遂行する海軍が東の海の南方海域に築き上げたのが第3補給ベース。ここには平和な海をこれまでも、そしてこれからも平和たらしめる海軍船と数多の海兵が新鮮な物資を求めて立ち寄ってくる。
絶海と呼ぶに相応しい海上にて、海底へ向かって深く打ち込まれた杭とその上に建つ鉄の構造物。四方に向けての浮き桟橋。そこへ繋がれている沢山の海軍船。
今日もそこへ新たな1隻がやってくる。
「こちら、
構造物屋上に据え付けられた巨大電伝虫より伝えられた誰何。
「こちら海軍第16支部!! 鬼人のギン、懸賞金800万ベリーを護送中!! 海軍本部より緊急電を受けた!! 本部へ向かう船へ引き渡しを願いたい!!」
澄み渡る水面に落とされた一滴は何をもたらすものか。
嵐の前の静けさ漂う東の海南方海上には、赤い導火線が忍び寄り、火花を散らそうとしていた。