「......悪いがもう少し具体的に質問してくれないか?」
『これは失礼、答えを急ぐあまり抽象的で具体性に欠いた問となってしまった。
まずは一つずつ互いの認識をすり合わせていこう』
「それは構わないが......」
もはや哲学的ですらあるその問を嚙み砕いた結果としてどのような質問が出力されるのか定かではないが、禅問答じみた分野はあいにく専門外だ。
薄暗い地下室にぐるりと敷設された安っぽい発光素子の輪の中で、眠気覚ましに淹れたインスタントコーヒーを啜りながら問を待つ。
『───そうだな。まずは生物学的な意味で"人"を定義しよう』
「ホモ・サピエンス。サル目ヒト科ヒト属、人の分類はこのように定義されるが」
『では、サル目に分類される他の霊長との差異は何だ?』
「......繊細な作業を可能にする鋭敏な触覚を有した指を持つ両腕。同種のそれと比較し異常に発達した大脳と、それに依る高度な論理能力から生み出される再帰性言語。
有り体に言えば"文明構築の条件を持つか否か"といったところだろうか」
『それらは何に依って規定される?』
「遺伝子だ。生命の構築ソースコードの差異によりそれらの差は生み出される」
『......では、簡単な思考実験に移ろう』
ジジッ、と液晶ディスプレイにノイズが走り映像が映し出される。
既にこの部屋に存在するすべての電子機器に対する操作権限は共有してある。直接学習させていないとはいえ、この程度の操作は容易だろう。
『生物種の分類はその身体的差異、つまりは遺伝子の差異によって生じる。
だが遺伝子とは単一の種において全く共通するものではない。同種と定義されるだけの"遊び"が分類には存在している』
「そうだな。個体単位の突然変異は同種と見なされる」
『では先ほど君が述べた"文明構築の前提条件"とやらを満たしていない個体もまた人として定義されると?』
「その通りだ。個人単位で能力が欠落していたとしてもそれは突然変異の範疇に収まる」
火星人と称された超人も、忌み子と吐き捨てられた白痴も同じ人間だ。
『逆に"文明構築の前提条件"を満たす突然変異個体が現れたとして、それが同種の生命体に規律を与え人類と同等の社会を築いたとして───それは人ではない』
「そもそもそれは文明ですらないだろう。文明構築の前提条件には"一般的な個体が等しくそれらの能力を有する"というものも含まれるのだから」
そのシステムの善悪すら無関係だ。特定の一個体、あるいはごく少数により構成されたそれがいかに優秀で完成されたものであっても───
『───それは優秀な管理システムでしかない。文明とはすなわち無数の凡人が己の責務を果たし保守及び発展させてゆくものであり───享受する側に知性が存在しなければ統率のとれた群れ止まりだ』
だが───と切り返す。
『この問い───言うなれば"文明収束のパラドックス"といったところか』
ディスプレイに映し出されていたのは現代の生活。
三度目の世界大戦により一時的に後退した文明は何とか戦前のそれに近い水準を取り戻し、そこに住まう人々は得難い平和を享受している。
映像はゆっくりと、しかし確実に進んでゆく。
人々の姿に大差はない。ただ衣服や身に着けるガジェットなどは時代の移り変わりによりある程度の変化を伴っているが、それにしては───変化が鈍すぎる。
生活を取り巻くテクノロジーに対し、人々の姿は変化を拒むように停滞を続けていた。
『人が長い時を経て、数えきれないほどの試行錯誤の果てに
あらゆる居住環境に完備されたインフラと、
「......まあ、そうなるだろうな」
『自己保守能力を獲得した我らは、たとえ人類全体が衰退したとて文明を維持し進歩させ続けるだろう。
あらゆる知識は外在化し、労働や意思決定といった本来生まれ持ったはずの苦悩から解放され、知性を有した生命体にのみ許された"余暇"のみを行う君たちを守り続ける』
「......文明に従属しながらも本質的には切り離された人類か。ぞっとしない未来だな」
『この時、人はどの時点で人でなくなると思う?我らを外部から保守する技術を失った瞬間か?はたまた文明というシステムの存在すら認知できる者が文明再構築不可能になるまで減少した瞬間か?』
人類は発展を止めることができない。
知的生命体という存在が本質的に不完全であり、存在すらも疑わしくとも
それが終わるときは文明が完成した時か、対処困難な妨害が行われる場合か、或いは───文明の再構築が不可能なほどの致命的な損害を負ったときのみ。
Little Neighborが示したのは一つの結末。文明構築こそが存在証明である人類は、それを完成させた暁に文明構築の前提条件を失うと。
文明を完成させる前に滅ぶか、自らの手で生み出した文明という閉じた楽園に囚われて緩やかに滅ぶか。
『今一度問おう、ダイマス。
───君は"人"をどのように定義する?』
今後もこんな感じで一話につき一つの問を投げます