漆黒の使徒筆頭。または、彼らの玩具   作:境涯

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パペティア

 息を殺して人形に見つからないことを祈る。

 その人形を最初に見つけた者がどうなったのかはもう分からない。悲鳴を伴った骨が折れたような音があちこちから聞こえだしてから、考えたくもない。

 森のど真ん中で追いかけっこが一方的に開幕された時、私は不幸中の幸いなのか負傷していたことから中央から離れた別の場所に安静にされていた。その場所が人形たちが来襲してきた方角とは真逆だったことが幸いして、茂みに身を伏して隠れるまでの僅かな猶予があった。

 そのおかげで今、目の前に広がる光景を見つめることができている。

 

 動かなくなった者達で築かれた山の上で、異形の悪魔が惨劇を見下ろしている。

 

 端正な顔を無表情で塗り固めている女の悪魔憑き。かつて偶然、とある悪魔憑きを目撃した時の人物と同じように、額に角、背中には両翼、そしてそれら全てを含んだ全身が、まるで黒いペンキをぶっかけたかのように黒一色。

 ただそれらより異形さを強調させるのは、彼女の背中から生えている多腕。両翼とは別に、背から無数に伸びている腕一つ一つが蠢いている。悪魔の力を解放しつつ彼女自身の魔法も使っている姿なのだろうが、背筋が凍る魔力量とは関係なく、ハッキリといってその外見だけで不気味な威圧感が凄まじい。

 

「これで全員、だろうか」

 

 その声が聞こえた瞬間、心臓の鼓動が一つ飛んだ。

 

「一人でも取り逃したら、後々面倒だ」

 

 魔導書(グリモワール)のページが捲れる音がする。

 事態が進む、一刻も早く逃げないといけないのに息を潜み祈ることしかできない。早鐘を打ち出した心臓に釣られて呼吸までも荒くなるのを、きつく手を口で塞いでどうにか抑える。

 

【人形魔法:覗く人形の眼】

 

 恐怖で彼女を直視することもできなくなった。

 視線が下を向き、止めどない汗が滴り落ちる、震える視界がそんな無意味だと分かっている光景しか見れなくなった。

 

 

「そこにもいたか」

 

 

 ――恐怖の底に転げ落ちた彼が最後に認識したのは。

 無表情に負けず劣らずな、抑揚のない淡々とした声だった。

 

 

 ♠ ♠ ♠

 

 

「ベ~ル~リ~ディ~ア~ちゃ~ん」

 

 かつてグリンベリオール家が治めていたスペード王国、その王城の廊下を、我が物顔で眼帯をした女性が渡っている。

 廊下ですれ違う人たち全員から頭を下げられているのが、彼女が何らかの偉い立場に立っていることを如実に表している。

 

 会う人会う人に畏まれている、肝心の彼女は何ら反応を返すことなく、眼中にすらないと言わんばかりに声を張り上げ続ける。

 

「任務から帰って来たんでしょ?ずっと待たされたんだから」

 

 どこにいるのー、とその女性――ヴァニカ・ゾグラティスは探し人を探す。ただその声には、単純に待ち焦がれたとは別種の熱を帯び始めている。

 彼女こそ、善政を敷いていたグリンベリオール王家を相手にクーデターを起こして追放した三人の主格『漆黒の三極性(ダークトライアド)』の一人にして、全員が最上位悪魔と契約しているゾグラディス兄妹の紅一点。濡羽色の髪に真っ直ぐな赤い瞳は美麗の一言に尽きる、しかしその見目麗しい外見とは裏腹に。平穏な世の中では決して得られない、強者との戦いによる昂りを渇望しているバトルジャンキーこそが彼女の本性である。

 血が滾る戦いにしか関心が向かない、そんな彼女が熱心に探す相手とはつまり――

 

「アッハ」

 

 明らかな喜色で満ちた声が廊下に響く。不満が見え見えだった顔は破顔し、視界に捉えた赤みを帯びた長髪の持ち主、ようやく見つけた探し人の後ろ姿に向かって、さながら獲物を見つけた獣のような俊敏さで一直線に駆け出す。

 全力で駆ける彼女に追従する魔導書(グリモワール)は、既に開かれている。

 

【血液魔法:紅いケダモノ】

 

 血の怪物が雄叫びを上げる。

 術者のヴァニカより一回りも二回りも大きい、巨躯を誇る血で形作られた怪物が如く上半身が術者と紐づけられる。のっぺらぼうの獣に術者の闘争心がそのまま宿ったかのように、紅い怪物が獣の本能を剥き出しにして剛腕を振り下ろす。

 

【人形魔法:使われぬ人形の腕】

 

 周囲に溶け込まず堂々とした奇襲が、そもそもヴァニカ当人が隠れて意表を突こうとしていないのだからすんなりと通る訳がなく。襲われた彼女、ベルリディアの魔導書(グリモワール)もまた、既に開かれていた。

 獣の剛腕を受け止めるは無機質な腕の集まり。

 一本、二本、三本と。関節部分に球体を覗かせている人工的な、計六つものの腕がベルリディアの背中から広がるように展開されその全てを使い、剥き出しの闘争本能が乗った豪快な怪物の一撃を受け止めている。

 

「また貴女ですか、ヴァニカ様」

「今日こそ邪魔が入らず!最後まで戦おう!!ねぇ!いいでしょ!!」

 

 機械仕掛けの多腕と血の剛腕が衝突したまま、肉薄する両者。

 ヴァニカは溢れんばかりの興奮は止まることを知らず、狂熱の勢いに身を任せて。対照的にベルリディアはどこか事務的に、それこそ慣れてすらいる様子で次に備えて魔導書(グリモワール)のページを捲る。

 

 血の怪物が身を乗り出す。素で魔導士の大軍すら払える猛獣が術者の天井知らずな猛りと同調し、強引に押し通そうと前のめりになる。徐々に均衡していた腕同士の鬩ぎあいが、ミシミシと人形の腕から軋みをあげた途端にあっけなく粉々に粉砕された。

 

「ダンテ様への報告があるので――」

「そんなの適当な奴に任せればいいじゃん!だらかさぁ!」

 

 絶対に逃さない、という脅迫めいた気迫がベルリディアの言葉を遮断する。

 怪物の巨体が伸びる。

 挙げた両手が一つの握り拳へと結合し、標的であるベルリディアどころか城ごと振動させる勢いの鉄槌が振り下ろされる。

 

 交わされた短いやり取りだけで、真面な会話が成立しない、そんな分かり切っていた事実を再認識し終えたベルリディアの背中から新たな手の群が生え迎え撃つ。

 その総数は最初の比でなく。

 百にも及ぶ腕の集群が鉄槌と衝突。余波の衝撃波だけで城の窓すらも割る威力で、衝撃を直に受けたベルリディアはその足元から城の床に罅が走り、そのまま崩れ、二人ともが下の階へと落ちた。

 

 舞う土煙の中で落下した両者。

 煙が晴れる。下の階に場所を移してそこにあるのは、人形の腕が濁流が如く勢いで取り押さえようと襲い血の獣が真っ向から流れに逆らう。壊されながらも押し負けず。次々とぶつかり続ける腕が血の獣その全身に絡み、圧倒的物量で一切の身動きを封じ込め拘束しようとする。

 

「いいよ!もっと!本気出して戦おう!」

 

【悪魔の力―50%】

 

 ――豹変する。

 黒と赤の両翼が形成され、頭部から曲線を描く二本角が生え。血の怪物も巨大化を遂げた。ヴァニカに憑く悪魔――あらゆる呪いを撒き散らすメギキュラの力を顕現させた、ヴァニカの全力を出した姿。

 

「――」

 

 闘争の狂熱が本格的に制御不能の段階へと入ろとしている。

 悪魔の力を最大まで顕現させた、その一線を越えたならば行くところまで行く。

 ヴァニカという女性の性格にある程度の理解を得ているベルリディアには、この戯れがこっからどう転がるのか火を見るよりも明らかだった。

 それを理解していようと彼女が取れる手段は限られ。

 ここから取れる最善の一手というよりも唯一の抵抗、その準備、劇の幕で飾れた表紙の魔導書(グリモワール)はさっきからとあるページで止まっている。

 

 

【拡散魔法:魔王の失脚】

 

 

 空気が変わる。

 緊張感で空気が張り付くといった陳腐な意味でなく、言葉通りにヴァニカとベルリディアの周囲一帯の空気が別物へと変貌する。

 魔法式が解け、魔力が離散を始め。あらゆる魔がその働きを辞めて、無力にただ漂う塵と化す。

 

「こんなんで!私が止まると思ってるの!ベルリディアちゃん!!」

 

 それでも。

 悪魔の角と両翼が解かれそうになっても冷めない、勢いが増すばかりの狂熱による血の五指は牙を剥く。

 凶悪な魔力が離散する末路は決まっていても、最上位悪魔の魔力、その一端とはいえ行使される魔力の結合が崩されるまでの猶予は一撃を繰り出すには十分ある。

 

 熱で茹で上がった血の指先が迫る。脆く砕け散る前ながら、最後の抵抗と呼ぶには余りある破壊力の爪が秒読みとなっている刹那。

 

「ヴァニカ様、すいませんが今はこうするしかないのです」

 

 場違いな謝罪の言葉をベルリディアは口にした。

 その途端、彼女も変貌する。

 人形のように端正な相貌に黒化粧が施され、白磁のような肌が黒衣装で飾られる。角に翼。着せ替え人形みたく、規格外な悪魔の魔力で編まれた霊妙なる装いがベルリディアを悍ましくも美しく飾り立てる。

 見た目だけの変化に止まらず、彼女の魔力もまた跳ね上がる。魔力の上昇で既に展開してあった拡散の圧も増す。

 どうにか形を保っていた魔法に最後の止めが刺され、跡形もなく消え失せた。

 血の獣は断末魔すらあげられずただの魔力の塵と化し、その術者もまた倒れる。先ほどまで激闘の狂熱を思うがままに解放させていた狂人とは思えない沈黙に沈んだ。底上げされた拡散魔法は、繰り出されていた魔法だけでなく術者が内包する魔力までも離散させるに至り、それに飽き足らず術者の意識まで散り散りにした。

 

 強引に幕を引いた戦い。

 その後の面倒、主に不完全燃焼で次にはもっとしつこくなるであろう目の前の上司、彼女がまた引き起こすであろうじゃれ合いに次はどうしようかと考えを巡らせ始めた。次は早々に意識を刈り取るべきか、そんな無礼な対応を常習化させても良いように許可を取るべきか、そんなことを真剣に検討しながらベルリディアは本来の行き先に戻った。

 

 

 

 

 

 私にとって悪魔の力とは生まれ持った才能に等しいものだ。

 ずっと昔の祖先。私が生まれるよりもずっと前の誰かが悪魔の召喚に成功して契約した。

 願ったのは当然、悪魔の力。代償として差し出したモノは依り代。

 冥府を根城とする悪魔が現世で力を振るう為の要石たる依り代の提供。しかもそれは当代だけの個人でない。呼び出した召喚者が差し出したのは己の身だけでなく、自身の血脈がこれから先に誕生する子孫たち。つまり、召喚者の血を引く者の中から最も適正のある人物の前に悪魔が姿を現す。これが何世代もずっと繰り返されてきた。

 そんな悪魔の血脈を引く私が当代の依り代。

 本音を語ればこんなことは別にどうでもいい。生まれる前から自分の運命が決められていると悲観したことはない。この力に助けられた数は知らないし、幸い、その悪魔の力のおかげで彼らに重宝されている。

 労もなく強大な力を手に入れ、面倒ごとも同時に招いている。釣り合いは取れている。

 

「ベルリディア、任務より帰還しました」

 

 さて次はどんな任務を言い渡されるのだろうか。

 彼ら、私の上司が巻き起こすこれからにどう自分が関わるのか。そんな未来予想図を思い描きながら、許可する声がした部屋に入室した。

 

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