暗闇が支配する帝都でレオーネはラバックと組み、首斬りザンクの討伐に当たっていた。ザンクの影響で街行く人は帝都警備隊が殆どを占めている。その目を掻い潜りながらザンクを探すが、痕跡も気配も掴めずにいた。
「やっぱ、帝具使うかな」
左右の拳を正面に合わせる。レオーネの帝具は百獣王化・ライオネル。身体を獣に変化させ、身体能力と感覚器官の機能を大幅に向上させる。戦闘力だけでなく、鋭敏になった嗅覚や聴覚による追跡もまさに野生の獣のようになる。何よりレオーネのざっくばらんとした性格と非常に噛み合っている。
「でも姐さん、見つけた時に体力切れてたらどうするの?俺が前に出るってことになるんだけど?」
ナイトレイド内ではラバの愛称で親しまれているラバック、彼は自分の役割を理解しているつもりだ。男としては情けないが、後衛を担当することが多い。それがインファイターのレオーネと組まされれば、男や女関係無く自分が後衛だろう。前衛の役割もこなせるが、後衛でこそ真価を発揮すると自負している。
「それもそうなんだよなー」
レオーネは何の気なしに目線を左右へ泳がせていると手配書が目に入る。ナイトレイドの面々に加え、帝都を騒がすレインの名も入っている。先日、タツミと共にアジトへと運んだが姿を消した男もレインと名乗っていた。後に同一人物と判明し、加えて革命軍所属という情報も手に入った。
しかし、良い情報ばかりではなかった。レインは過去に味方を殺した経歴を持っていた。薬物による一時的な錯乱状態だったことで追放されることはなかったが、軍の中でも厄介者というレッテルが貼られていた。
視線を上げ、気付けば月が雲に隠れていた。
△▽△▽
月が隠れた。レインは気を張っていた為に気付かなかったが、レインにとっては唯一の光源だったとも言える。次に光源の役割を果たすのは星の煌めく光だ。先程よりは頼りないが、完全な暗闇でないだけ文句は言えない。
更に明かりのない路地裏では左手を壁に沿わせて、右手には即座に対応できるようにナイフが握り込まれている。全ての感覚を研ぎ澄ませ、周囲の変化を見逃さない環境を作り上げる。
ポタッ、と水滴の垂れる音がレインの聴覚を刺激した。左手は壁から離さずに背中を壁へと密着させる。左右を確認したが人影はない。続いて、嗅覚が異変を感じ取る。垂れた水滴の匂いだ。それが唯の水でないことと垂れた場所が自分の肩であることに気付いた瞬間、その場を跳び退いた。気配を断つ為の労力は死ぬことに比べたら簡単に切り捨てられた。
「ん~残念残念バレてしまった」
男の白々しい発言は建物の屋根から聞こえてくる。そして、見せつけるように人の生首を投げ捨てる。肉の潰れる不快な音が静謐な街に響く。
ナイフから白い刃へと持ち替える。その白さは暗闇でも浮く程だ。その白い光に導かれるように舞い降りるザンク。
ーー透視!
ザンクの持つ五視万能・スペクテッドの能力の二つ目、透視は壁などの障害物や衣服さえも見透かすことが出来る。
「隠し武器はナイフが3本、それに右腕は義手なのか」
ザンクは楽しそうにレインを見抜いていく。レインの外見は鉄を纏っている、義手を見抜いた所を見ると帝具の能力ということになる。視る能力から関連付けると眼球型の帝具と予想したが、額にもエメラルドグリーンの光を放つ目らしき物が装着されている。
「額の目が帝具か」
「大正解!五視万能・スペクテッド!お前を見抜く五つの能力がある!」
目は血走り、筋肉は服を裂こうと張り詰めている。人の姿を留めた獣だ。
服の袖からは今まで多くの首を斬ってきただろう刃が手の甲を滑り、手の先へと伸びていく。その刃をカチカチと鳴らし、
「さぁ、恐怖しろ!そして首を差し出せぇぇぇ!」
咆哮を上げた。帝都を騒がす殺人鬼達は本能に、意思に従い火花を散らす。
何度も鉄と鉄を打ち付け合う。不毛とも思えるやり取りの中、レインは違和感を感じていた。不意を衝いたり、隙を的確に攻めても悉く防がれる。ザンクの言葉が脳で反芻する。
ーーお前を見抜く五つの能力がある!
ーー五つ……これもその内の一つか……。
「クッ!」
首を掠める一撃を背中を反らして躱すと距離が出来る。レインは荒れた呼吸を長く吸ったり、小刻みに吐き出したりする。そんな特殊な呼吸術で呼吸を整える。
「妙なリズムだな?」
レインの呼吸術にザンクは疑問を持った。それもその筈、レインが幼い頃に受けていた拷問に耐える為に独学で作り出したもので、どんな流派にも、どんな文献にも残されていない。
「癖みたいなもんだ、こうすると落ち着くんだ」
更に言えば、痛みを和らげる効果もある。勿論、本当に傷が癒えてる訳ではない為、一種の自己暗示の様なものだが、
「痛みも抑制出来るのか……中々便利だな」
ザンクはわざとらしくそう言った。レインが違和感を感じていたことも、斬撃の軌道も含めて頭の中の事が全てザンクに伝わっていたのだ。
「やはり思考を読んでいるのか」
「そう、洞視!お前の表情の変化から思考を読み取る。究極の観察眼と言ったところか」
斬り合いの最中に感じた違和感の正体は突き止めたが、まだ幾つか能力が残っている。そのことは一旦忘れ、どう攻撃を当てるかを探っていた。それは心を読まれてる以上は、至難の業となる。ならば、もう考える必要はない。力強く駆け出す。
「先ずは脇腹への突き、そして刃を返して横一文字。更に刃を返し、腕を狙った斬り上げ、から前蹴り!」
最終段の前蹴りを体を回転させて避け、その回転力が乗った蹴りがカウンターとしてこめかみを襲う。レインは軽々と飛ばされ、壁に埋もれていく。
「悪くない連携だ、心が読めなければどれかに当たっていただろう。にしてもその防具は厄介だよな、防御力だけでないなんて」
斬り合うことでレインの底上げされた膂力にザンクも気が付いていた。
「あんたの帝具程じゃないさ」
瓦礫から這い出てくるなり、地を蹴った。次の攻撃が分かっても避けられない攻撃は、見えない程速いか、防いではいけない攻撃のどちらか。
見えない程速いの条件を満たせるのはレインが知る限り、クラウの居合いしかない。だが、あれを再現するのはまず不可能。しかし、防いではいけない攻撃ならレインにも出来る。
レインは鍔迫り合いに持ち込むとザンクを数倍上回る腕力で抑える。そして、左手をザンクの首へと伸ばす。間一髪のところをバックステップでレインの腕から逃れる。
だが、ザンクはその時戦慄した。銃口がこちらを向いているのだ。全身の毛が逆立つという現象は相手に与える側だったのが突如、自身の身に降りかかったのだ。それに強く慴れた。
レインはザンクが腕を避けた瞬間、既に右手は刀を捨て、大腿のホルスターにある拳銃に手を掛けていた。ザンクの能力を使えば、引き金を引くタイミングを読み、弾丸を躱すことも可能だろう。ところが今、ザンクの脚は宙にある。つまり今は“分かっていても避けられない”ということになる。
トリガーを引き、撃針が薬莢の雷管を叩く。薬室内では火薬が燃焼し、弾頭が回転しながら安定性と貫通力を高めていく。射出された弾丸はザンクの左肩へと一直線に飛んでいき、ジャケットを、肩パットを、服を、そして肉を運動エネルギーの塊が引き裂いていく。弾は貫通し、遥か彼方へと飛んでいった。
「あがッ!がぁぁぁ!!」
血が漏れ出す肩を手で押さえると裏路地へと身を翻す。左手で刀を拾い、後を追った。
△▽△▽
銃声やら奇声やらが聞こえた現場にはレオーネとラバックが到着していた。血痕や崩れた塀などから戦闘があったことは容易に想像できたが、誰が誰と戦ったのかが分からない。
「銃声がしたからマインちゃんかと思ったけど、銃声が小さすぎる」
マインの帝具浪漫砲台・パンプキンは使用者の精神エネルギーを弾丸として撃ち出す。また、使用者の優勢、劣勢で威力が増減する。例え、優勢だったとしても狙撃銃と変わらぬサイズのパンプキンの銃声にしては小さすぎる。
ラバックは現場を見渡し推測するがレオーネは帝具を使用し、周囲の匂いから探っていた。
ーーこの匂い……。
レインとは一度しか会っていないが忘れてはいない。確実にザンクの騒動に一枚噛んでいる。その匂いを追って走り出した。
「えっ、ちょっ、姐さんッ!」
ラバックもレオーネの背を追い掛けた。
△▽△▽
レオーネが匂いを頼りにレインを追跡していた頃、レインは既にザンクを視界に捕捉していた。ザンクが止まった場所は帝都が一望できる高所で、特にオブジェらしいオブジェはない広い空間が広がっている。
「終わりだな」
銃と刀という遠近の戦闘をこなすことが出来る優秀ながら不整な二刀流はザンクを絶望の淵へと追い込んだ。それでもザンクは冷静を保っていた。それは切り札をまだ残しているからだ。
ーー幻視!
対象の最も愛する者の幻を見せる能力。これは相手の力量を一切無視することすら出来る。何せ、愛する者をその手に掛けられる人物など居はしないのだ。それ故にスペクテッド最強の能力。
この能力により勝ち取った勝負も多く、それだけに絶対の信頼を置いている。そして、満を持して駆け出した。
「愛する者の幻を拝んで死んでいけ!レイィィンッ!」
動かない左手をぶら下げ、右手のみを高く上げて振り下ろす。
ザンクは一つ大きな勘違いをしてしまった。ザンクのレインへの見解は獣になりきれない人間という哀れな存在として、揶揄すらしていた。だが、その見解には幾つか間違いがあった。人間性など捨てようと思えばいつでも捨てられるのだ。レインにとって常人を保とうとすることは戦闘において邪魔以外のなにものでもない。だからこそ、時々頼ってしまう。レインが最も恐れるもう一つの人格に。
ザンクはこの戦いで二度目の戦慄を覚えた。今回は説明の付かない恐怖に駆られていた。言うなれば、雰囲気の質が一気に変わったのだ。それは人から大きく外れた存在。
それはザンクの右手が振り下ろされる前に右脇腹から左肩まで斬り裂いていく。ザンクは絶叫し、地面を転がっていく。
「なぜだ……。なぜだ……!なぜだッ!なぜ愛する者をそんな簡単に――」
「……」
レインには“何にも見えなかった”。一つの疑問が湧いてきた。ではチェルシーに抱いたあの感情は一体なんなんだ、そんな根本的な自問は考えないようにした。答えを知ってしまえば、自分の中の何かが崩れ去ってしまう、そんな悪い予感がしたからだ。
「死んでたまるかぁぁぁ!」
ザンクは痛みすら支配し、銃創に切創を負っている左手すら攻撃に参加させる。
ーー俺には相手の考えが読める、まだ俺が有利!畳み掛ければ――
ザンクはまたもや信じられないものを見てしまった。
ーー殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
ザンクに対する多大な殺意が思考も感情も全てを覆い隠す。膨大な殺意の塊を内包したレインが目を赤く烔々とさせ、迫ってくる。心臓を鷲掴みにされた思いだった。だが、
ーーまだ未来視がある!
相手の筋肉の機微から次の行動を予測する未来視。レインが別物へと変貌しようと身体的な能力が上がる訳ではない。普段は封印してある残忍さが表へと姿を現したのだ。それは同種であるザンクにはよく分かることだった。ならば、未来視で問題なく次の行動が分かる。
レインは鋭く抉るように突きを放った。それを予測していたザンクはいち早く防御に回っていた。
ーー次に反撃の一手を……ぁあ?
今度こそザンクは絶望の底へと叩き落とされた。防御に回した刃は、威力が一点集中される突きにより、砕けたのだ。それに続き、ザンクの胴体の中心の皮膚を突き破っていく。
「うぅ……ゲホッ!」
突いた刀を捻るとザンクは勢いよく吐血する。これでまず助かることはなくなった。ザンクはゆっくりと後ろに倒れ、刀の血を払い鞘口で残った血を削ぐように取る。刀を納めると同時に血のように赤かった瞳は正常に戻っていた。
△▽△▽
ザンクは浅い呼吸を繰り返していた。内臓を破壊した影響で何度か喀血もしている。
「……やっとだ……やっと消えた」
瀕死の重症にも関わらず、薄く笑っている。まるで憑き物が取れたようだ。レインは歩み寄っていく。
「お前にも……声が聞こえるだろう?」
ザンクは漠然とそんなことを訊いた。
「声?」
レインは当然、困惑し聞き返した。それにザンクは躊躇なく答えていく。
「俺達みたいな人間には……聞こえる筈だ、死者の声が」
レインは薬物の影響で声どころか、幻覚すら見ていた。ザンクの言うところの声に何年も苦しんできた。苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「どうやら……お前にも同じ……経験があるな?ククッ……俺は喋って誤魔化したが……お前はどう……する?」
ザンクは言葉を発することも儘ならなくなり、言葉が不自然に途切れていく。
「誤魔化す訳にはいかない。罪からは、過去からは逃げられないからな」
「そう……か、それが……俺と……お前の違いか。ハハ……最後の……相手に不足は……なかった。……愉快…………愉……快――」
ザンクは事切れ、急速に体温が奪われていった。ザンクの死を確認すると、先に逝けたザンクをどこか羨望する自分を感じていた。いっそ死んでしまった方が楽なのかも知れない。
「まだやり残した事がある。死ぬのはその後だ」
自分を言い聞かせるように独言する。子供達のことや、まだ見えぬ仇敵のこともある。やはり、死ぬには早すぎる。
月を隠していた雲、月そのものも既に役目を終えていた。地平線の彼方からは暖かな光が体を包み、日の出を一瞥すると早朝の帝都を駆け出した。
ザンクさんが生存する小説が見てみたい。でも、ザンクさん生存して……どうすればいいんだ?考えましたがザンクさん生存ルートは無かったですね。
次話の冒頭にナイトレイドは出します。もう少し出番を増やせると良いのだが。