帝都近郊では依然として、冷たい突風とその冷たさを忘れさせる緊張感が支配している。緊張の渦の中心に立ちながらも自然体の男が一人。その男が緊張感を生み出しているのだから、自然体なのは当然と言えば当然な話だ。
「シャドー将軍、準備が整いました」
将軍直属部隊の隊長は敬礼と報告を兼ねて行う。シャドー将軍と呼ばれた壮年の男は両目を閉じていた。と言うよりは、瞼を開けたところで本来役割を果たす筈の眼球は失ってしまっている。人間が情報を受けとるのに約九割は視覚に頼ると言われているが、その男は杖を持っている訳でも、付き添いの人物が居る訳でもない。それでも、その歩みからは不安は感じられない。その堂々たる姿が緊張感を生み出しているのだ。
そもそも、このような僻地に二つの部隊が招集されているのか、それを知ることになるのはこれから数時間後に来る一つの盗賊団だった。
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深い洞窟には一定の間隔でライトのような物が配置され、お陰で視界を確保することが出来ている。その洞窟の最深部では人で形成された一群が存在した。皆、思い思いの箇所に“蜘蛛のタトゥー”があしらわれている。その一群は自らを『バードイーター』と名乗っていた。蜘蛛関係ないだろ、とツッコミをいれた人もいるかも知れないが、実は少しばかり接点がある。
蜘蛛は基本的に糸で巣を作り、その巣に掛かった昆虫に消化液を流し込み、それを捕食する。その一般論を覆す蜘蛛が存在する。それこそがバードイーターと通称される種だ。それは鳥を捕食するのだ。そんな伝説めいた種を信じたのか、危険種と考えたのかは定かでないが、その存在が由来ではある。
今はただの蜘蛛でも、いつかは鳥を食べる蜘蛛のように、良い酒を飲み、良い女を抱く、その理想を夢見ていた。少なくとも『バードイーター』の創設者はそう思っていた。だが、チームは創設者の思わぬ形へと変貌していく。
初めは盗賊団と名乗るには些か真面目な組織だった。殺しも盗みもしない。帝都へ出世したい、そんな願望を持つ者の集まりだった。しかし、不況という状況下で特に優れた技能を身に付けていない者達が出世する方法は皆無と言えた。段々と不貞腐れていったメンバー、まるで効き目の遅い毒が組織という体に回り出したのだ。
そして、創設者が気付いた頃には、組織はその辺にいる盗賊団となんら変わらなかった。怖くなった創設者は姿を眩ませた。それからというもの『バードイーター』の名は創設者の意にそぐわぬ形で名を馳せた。
そして、今や子供を拉致するまでに堕ちてしまったのだ。
「ボス、マジで子供連れていったら帝都に入れてくれるんすかね?」
一群の中でも下っ端と思わしき人物が、ナイフを片手に軽い調子で尋ねる。創設者に為り変わってボスとして仕切っている男もまた軽薄な調子で言葉を返す。
「あいつら、必死になって子供を集めてるらしいし、問題ないだろう。それにいざって時は殺っちまえばいい」
薄い笑みを張り付けるが、相手が交渉の仲介人だけだと思い込んでいたのだ。“部隊二つが待ち構えてる”とは夢にも思わなかった。
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帝都の近郊だが、周りには特に何もない。簡単に言うと田舎という事になる。そんな辺鄙な場所である交渉が行われる。そして、それを追う存在もまた、用意に取り掛かっていた。
レインはコートを羽織り、その上からショルダーホルスターに腕を通す。両脇には銃を納めるホルスターがあり、背中には刀を固定できるスペースが設けられている。自動拳銃に鉛弾がたっぷりと詰まったマガジンを差し込む。その二挺を両脇のホルスターにしまい、刀を背負う。先日、凹まされた装甲は元通りに修理され、割れた腹筋のようなデザインが鉄で再現されている。隣には化粧箱を手にした少女。チェルシーはいつも通り、棒付きキャンディを口にしていた。
「本当に付いてくるのか?これは革命軍の仕事じゃないんだぞ?」
チェルシーに再度確認を取った。ここから先は変革を望む戦いではない、一人の男の復讐劇だ。その私情に巻き込むのはやはり気分の良いものではない。出来ることなら、チェルシーには考えを改めてほしい。そんなレインの思いとは裏腹にチェルシーの瞳が揺らぐことはなかった。
「勿論、付いてくよ。人身売買だって帝国の腐敗した部分でしょ?それにレインって危なっかしい所あるしね」
「お目付け役ということか」
うんざりした表情を見せると、ここぞとばかりにケインも参加した。
「レインは極端に視野が狭いからな」
軽く笑って二人の肩を叩く。これから戦場に向かう者の武運を祈るように。
「行ってこい!」
複雑に絡み合う三つの勢力。各々がそれぞれの思惑を抱いて、それぞれのトラブルへと足を踏み入れていく。
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この腐敗した国のトップ、もとい操り人形である皇帝。その隣では肉をその口一杯に頬張る巨漢の男、その男こそが皇帝の手綱を握り、国を腐らせていく元凶。オネスト大臣。
「首斬りザンクは始末され、帝具も回収されました」
その報告を聞いた大臣は肉を食いちぎり、怒りや悔しさのせいで絶叫している。なんとか落ち着きを取り戻すと、
「またナイトレイドですか……」
呪うのように一つの組織名を呟いたが、報告はまだ続いた。
「実行犯は殺人鬼レインかと思われます」
その言葉に更に激昂し、消えていく肉達。とてもではないが健康を考えてるとは思えない。
「だからあの男は早く始末した方が良いと言ったのだ 」
忌々しき両目のない男を頭に浮かべたが、すぐに掻き消すと対策を模索した。それに立て続いての被害も考えた。
「帝国にはブドー大将軍がおられます!」
必死になる大臣を見て、側近はそう言ったが、
「プライドの高い将軍が賊狩りなどするわけもないでしょう」
とは言え、これ以上の損害は許すわけにはいかない。大臣は一つの決断に辿り着いた。帝国最狂にして、大臣の切り札となる存在。
「……エスデス将軍を連れ戻します」
その名を聞いた者の約半数は背筋が凍りついたように動かない。エスデスと聞いて、皆が何を思い出したかは分からないが、血が出てきたことには違いない。
そして、現在も血に囲まれていた。
▽△▽△
辺り一帯は帝具により一掃され凍てついた死体や串刺しにされた死体、共通点はエスデスという絶望を敵に回した者が等しく皆死んでいるということだ。その中にも生きている者が一人居るが、エスデスに対抗出来ている訳ではない。生かされている状態だ。
「……つまらん、北の勇者とはこの程度か」
エスデスは鎖の先に首を繋げてある男を冷たい視線で見下ろす。エスデスは北方異民族の征伐に向かう前から北の勇者と呼ばれる異民族の王子ヌマ・セイカの存在は知っていた。手練れと聞いてどこか心踊る所もあった。それだけに今の勇者の姿は見るに耐えないものだった。王子の風格など木端微塵に砕け、ただの奴隷と化していた。それも仕方ない話だ、目の前で守るべき民が拷問を受け、次々に生き埋めにされていく。その一部始終を見させられたのだ。それも何十万人も。その結果、ヌマ・セイカの心は壊れた。そして、
「くだらん……死ね」
格闘家よろしく、エスデスがそのしなやかな脚を鞭のように撓らせ、ヌマ・セイカの頭部を吹き飛ばした。氷の女は氷を連想させる水色の長い髪を靡かせ、口許を歪める。
「私を楽しませてくれる相手は居ないものだろうか」
エスデスは俗に戦闘狂と呼ばれるカテゴリーに存在する。出自は危険種を狩る狩猟民族であり、その環境でのルール、父が一つの本質を教えた。
ーー強い奴が生き残って、弱い奴が死ぬんだよ。
弱肉強食。この世界を言葉で表せば、この言葉がしっくりと来るだろう。権力、財力、暴力、これらが強い者が生き残っていく。幼き頃のエスデスはその幼さ故か、あまりに真っ直ぐその言葉を受け取ってしまった。それからは日々危険種を狩り、それに必要な知識や技術を磨き続けた。
決して努力だけがエスデスを強くした訳ではない。エスデスには才能が宿っていた。殺す事に禁忌感を抱かないレインの殺人鬼としての才能と同系統と言える才能と同時に、狩人として必要な才能でもある。それは容赦の無いことだ。弱った相手も最初から自分より弱い相手にも、そして、父の教えがこの才能を躍進させた。例え、腕を引き千切ろうが、目を抉ろうが、命を奪おうが、エスデスの骨の髄にまで染みついた弱肉強食の定理が自身を正当化させる。
その父も今は敵対していた部族の手に掛かり帰らぬ人となった。エスデスの中では亡くなった父でさえ、弱者としてカテゴライズされている。弱かったのだから仕方ないと。恐らくは自分が死ぬときもそう思うことだろう。
「フッ、それはないか」
自分は常に蹂躙する側だ、どこまでも真面目にエスデスはそう思い、周囲もまたそう思っている。異民族の征伐を終えたエスデスは帝都へと帰還するが、帝都へ帰ろうがエスデスのすることは変わらない。弱者を隅々まで蹂躙することだ。
エスデスが帰還するまであと……
…………
……
…
△▽△▽
ナイトレイドのアジトでは重苦しい雰囲気が存在した。仲間の一人が敵の手により亡くなったのだ。シェーレと呼ばれる天然な所があったが、優しい女性だった。タツミは親友を失って間もなかった為、激昂したり、ブラートがそれを悲しみに震える拳でみっともないと叱咤したり、色々とあった。シェーレのパートナーとして仕事をしていたマインは内心、タツミよりも激昂していたし、自責の念もあった。だが、同時に誰よりも確固たる強い思いが生まれていた。
ーーセリュー・ユビキタス……私が絶対に撃ち抜く……!
折れた腕から送られてくる痛みはその思いを益々強くさせた。
シェーレを失った悲しみは当然、皆感じていた。レオーネもいつもの陽気な雰囲気ではなかった。レインの件もあってか、落ち込み具合は前例がないほどだ。逸材だと思った男は手が付けられないほどのトラブルメーカーで、共に戦ってきた大切な仲間は殺された。踏んだり蹴ったりだ、そんな悪態を吐き、グラスに酒を足していく。
「大丈夫か、レオーネ」
赤い目が特徴的な親友、アカメは慰めの言葉を探しながら声を掛けてきた。元々口数が少ない彼女から喋り掛けてくることは少ない。そのアカメから話し掛けてきたということは周りが見ると相当弱ってるように見えるらしい。
「大丈夫だよ、これ飲んで明日になったらいつも通りさ」
グラスをアカメの方へと傾けるが、首を横へと振る。アカメは調理場に戻り、冷蔵庫から様々な食材を取り出しては胃袋へと放り込まれる。親友の大食漢ぶりに乾いた笑いを零す。
ーーやけ酒ならぬやけ食い、か。
アカメも表面上は冷静を保ってるが腹の中ではどこまでショックを受けてるかは分からない。だが、いつまでも悲しみに暮れてる暇はない。そんなことでは次の被害者が出るだけだ。それはシェーレの望む所ではないだろう。
「こんな酒はこれっきりだ」
グラスの酒を飲み干すと赤らめた頬を自身の腕に沈めていき、意識を手放した。これで明日からは元通りだ。
その日の夜、タツミも仲間の死を乗り越えると共にアカメに誓った。絶対死なないから、お前を悲しませないから、どれもこれも小っ恥ずかしい台詞の数々だが、互いに恋愛に疎い面が見られるからこそ色めき立つこともなく、会話が成り立ったのだろう。
シェーレの死を経てナイトレイドの面々は思う所はあったが、組織としてまた一つ強固なものになっていった。
鳥を食べる蜘蛛は本当にいるらしいんですが、虫の苦手な作者は画像を見ることが出来ずにいますね。サイズが大人の手よりでかいとか、でもこの作品では恐らく瞬殺される……かな。
ではでは、また次のお話で