この感覚は夢か、はたまた幻覚か。だが、あの悪夢のような幻は姿を消し、痛みも引いている。瞼を開けようと思ったが重い。体の肉が鉛に変換されたように体は重く、全身の筋肉は悲鳴を上げる。筋肉痛に関してはあのスーツの弊害だろう。筋肉が未だ嘗て経験し得ない負荷に対して慣れていないのだ。
なんとか視界を確保すると、見知らぬ部屋が写る。記憶をなるべく鮮明に思い出そうとしたが、思い出すのはおぞましい幻覚だ。
「っ!」
声にならない呻き声を上げる。頭痛までもが鮮明に甦る。それを忘れようと頭を振り、ナイトレイドが一緒に居たことを思い出す。ならばここはナイトレイドのアジトだろうか、そう予想付ける。
体が重くなったことで忘れていたが、パワードスーツの中に着ていた服だけが身を包んでいることに気が付いた。更に刀もない。幼少の頃に経験した薬物を切らし始めた時に似ている。自己防衛の精神が染み付いたレインにとっては順当な焦燥感に駆られ、落ち着かない状況なのだ。
無理にでも動こうかと迷っていると、ドアノブが回る音がし、反射的に警戒の姿勢を取る。ナイトレイドのアジトは想定した状況の1つに過ぎない、あのまま打ち捨てられ帝都に連行された可能性もある。それにしてはVIP待遇にも程があるのだが、
「あんたは確か、アカメと居た女…」
入ってきた人間には見覚えがあった。
「そだよ~、美人のお姉さんだ」
皮肉ならば得意分野だが、ジョークやギャグには疎いレインはどこまでが真意なのか、結論が出せず、疑念の視線を送る。
レオーネは冗談の通じない相手に空気を読み間違えたことを感じ取り、わざとらしく咳を吐いてみせる。
「お兄さんをここまで持って帰ってきたのは私なんだから、そんな冷やかな視線を向けない」
冷やかな視線というのは恐らく生まれついての目付きなのだろうが、訂正することもなく、1つ安堵の溜息を吐いた。
「そうか、それはすまなかった。それよりも俺の装備はどこにある?」
レインからは常人が聞けば詰問にも感じる程の気迫が漏れているが、レオーネもまた殺し屋である。殺意や敵意等に晒されて生きてきたレオーネにとっては微々たるものであった。それ故に自然体を貫き通す。
「お兄さんも根っからの戦士みたいだね、その自己保全の意識は分からなくも無いけどさ」
肩を竦め、同意してしまったのは似た職業柄だからなのか、もしくは本能レベルで似ているのか。それについては保留にし、もう1つの気になる事を解決しようと口を動かす。
「装備についてはボスに聞いてみることにして、1つ聞きたいことがあるだけど、いいかな?」
レオーネの纏う雰囲気が変わったことに気付くと、何か核心を突くような質問が来るのだろう。
「答えられたらな」
真剣になったレオーネに対して、それを飄々とした態度で対応する。そして暫しの沈黙が訪れる。沈黙は長ければ長い程に空気が張り詰め、比例して破るのも難しくなる。だが、レオーネは空気を簡単に引き裂いていく。
「お兄さんが気を失う前に“何か”に喋り続けてたんだけど、覚えてるかな?」
スラム出身のレオーネにはその光景は見覚えがあったのだ。富裕層の人間が女を薬漬けにして、“商品”とするのを見てきた、顔見知りだって存在した。そして、女達は薬による快楽の代償として幻覚や幻聴に苦しむ。その酸鼻な記憶が質問を促した訳ではないが、気にしてしまったのだ。
ーー…我ながら馬鹿らしい。
例え、彼が薬物中毒者だとして、何が出来ると言うのだ。
「さぁ、覚えてないな」
レインにとっては触れられては欲しくない所だ、そう易々と答えるわけにはいかない。それを察したレオーネも掘り下げることはなかった。
「そっか、じゃあ装備はボスに聞いてくるから。あ、名前聞いてなかったな、私はレオーネ、お兄さんは?」
本名か偽名か、一瞬迷ったが、同じ革命軍ならば害は無いだろうと名を名乗る。
「へぇ、レイン…ね。どっかで聞いたことあるんだけどな」
記憶を漁っても、特にめぼしい情報はなかった。レオーネは更に頭の奥深くへと意識を持っていこうとするが、本人の声によって妨げられる。
「忘れたままの方が良い」
そう言われると気になってしまうのが人間の性だろう。だが、自分で思い出すなと言うんだ、恐らく悪い意味で有名なのだろう。自分勝手な予測にレオーネは一先ず満足することにした。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
部屋には1人になる。自然と沈黙が部屋を支配していく。 その静寂は数分間続き、それを破ったのはどこからか聞こえる叫び声。まだ幼さ残る少年の声だ。プロの殺し屋が集うナイトレイドの一員には思えない。すると、必然的に残るのはあの場に居た少年になる。唐突な扉の開閉音が思考を遮った。
「はい、これ刀。あとあの鉄の鎧みたいなのは隣の部屋にあるから。あ、もしよかったら他のメンバーも紹介するよ」
レインは刀を受け取ると、1つ異変を感じ取った。なぜここまで手厚く歓迎するのか。ナイトレイドは誰1人としてレインが革命軍だとは知らない筈だ。そもそも、手配書の記す特徴とは多少異なっている。
「随分歓迎されてるようだが、俺が何者か知っているのか?」
レオーネは1つ考える素振りを見せ、纏まった考えを言葉にする。
「あの少年は筋や度胸があると思ったからこのアジトに連れてきたけど、お兄さんからは感じたんだよね」
あの少年は実力を見込まれた、レインは彼女の人を見る目の網に掛かったそうだ。一見嬉しいことにも思えるが、レインは人知れず冷や汗を流していた。殺し屋である彼女が感じたのは、一体どんな自分なのか。知られたくは無い所を知られたのではないか、切迫感を感じながら続きを促した。
「お兄さんからは帝都を憎む心を感じたんだよね、同じ帝都を憎む者として」
事実ではあるが、その答えに胸を撫で下ろしていた。レインに潜む暗い本性は何とか見破られなかった。落ち着いた途端に切羽詰まった声が耳朶を打った。
「姐さん、襲撃だ!」
緑の髪とゴーグルが特徴的な青年は扉を勢いよく開け、それだけ告げるとゴーグルの青年は別の仕事を全うすべく、次の現場へと足を速めた。
「っと、お兄さんはどうする…って言っても無理っぽいね。じゃあ大人しくしといてね!」
レオーネは言うが早いか部屋を飛び出していく。段々心配する人間を裏切ることに耐性が生まれたレインはレオーネの言葉を気にすることもなく、即座に行動を開始した。
△▽△▽
スーツの着脱が可能なのは中々に優れた利点であった。パーツ分けを行うならば腕と脚、そして胴体の3つに別れるだろう。所々に人工の筋肉が姿を見せ、その上から鉄が覆われたこのパワードスーツはレインの体を一回り大きく見せている。
置き手紙代わりに机にナイフで『悪い、世話になった』そう彫る。無口な男は口数の少なさもさることながら手紙すら一文で終わってしまう。不器用な男は器用にナイフをしまう。
ナイトレイドのアジトは周囲は森で囲まれ、窓から顔を出した程度では、自分の居場所が不明瞭なままだった。
ーー…まずは近場の町なり村を探すか。
仕事柄様々な土地を旅したお陰で地理は詳しくなった。人の住む場所にさえ出られれば問題はない。
アジト内は人が出払い、静まり返っていた。寧ろ、筋肉の痛みに漏らす声が響く程だ。腕を抑えすぎ、コートには皺が入っている。痛々しい体を動かしながら、アジトを出る。道はコンパスの示す北を頼りに決めた。
森では不意な遭遇戦に対応出来るように鞘を左手に持っていた。しかし、持ってるだけでは意味がない、遭遇戦で求められるのは迅速な判断と決心。聡明な判断だとしても一手二手、と遅れれば遅れる程に暗愚な判断へと成り下がってしまう。かと言って、闇雲に刀を振れば良いと言うわけでもない。いつもの戦場とは一味違う緊張感に、主張を続ける筋肉を更に強張らせる。
緊張感に痺れを切らしたのか左腕が激しい痛みを伴う。その姿を狩人は既に獲物として捕捉していた。プロの
斥候に関してプロでないレインが気づける筈もない。だが、魔の手はゆっくりとレインの首に伸ばしつつあった。その事を知ることもなく、レインは増す痛みに到頭膝を突いた。
狩人はここぞとばかりに飛び出した。数は4人。ここまで来ればレインも気付くが、反撃に転じるのは不可能と判断を下し、聡明な判断を迅速に行えたのが奏功した。狩人の攻撃範囲を転がるように避けると、筋肉の痛みはどこ吹く風と言わんばかりに刀を抜く。
普段なら油断さえしなければ問題ない相手だが、数的有利を生かしたコンビネーションは傷付いたレインには充分過ぎる敵だった。
斬撃を捌く度に斬撃の重みが痛みとなってレインを襲う。無理には攻めない、そんな斥候の戦闘スタイルはカウンターすら許さない。
「こいつ、本当にあのナイトレイドか?この調子なら俺らだけでも全然殺れるぜ」
ーー舐められたもんだ…。
痛む右手から刀を左手に持ち変える。そして、1歩引いた斥候達は慎重な一手を打ち込んでくる。受け止められたなら下がる、その下がる斥候にすかさずナイフを投げ込む。そしてナイフは額のど真ん中へと吸い込まれる。
1人の死に、斥候達に一瞬の動揺が生まれる。だが、レインが精神的優位に立つのには充分の揺らぎだった。その動揺にも関わらず、斥候達の判断能力は鈍らなかった。選択したのは弔い合戦ではない。迅速な退却であった。追う体力等残ってる訳もなく、後はナイトレイドにでも任せるか、1人そうごちる。
その後も激しい筋肉痛と格闘しつつ、周囲に気を張り巡らせる。神経を磨り減らす作業を淡々とこなしていった。
△▽△▽
最寄りの村から自分の位置を把握し、革命軍本部まで無事帰還した。
「たくっ、今度はどんな無茶をしたんだ?」
露骨な当てこすりを始めるケインに休ませてくれ、と鉄の装備を外す。服から見えた、右肘から手首は紫色に変色している姿は健康体には程遠い。
「どうやら、最新鋭の装備に俺の体が適応してないらしい」
変色した皮膚を優しく撫でる。見るだけで目を伏せたくなる思いだった。
「右腕だけじゃないですね」
いつの間にか入ってきたクラントは眼鏡を掛け直し、眼鏡の奥から覗かれる達眼はレインの怪我を容易く見抜いた。
「まぁな」
ここまで来て、全てを明かそうとはしない。どこまでも強がりで意地っ張りな男、それが彼らの感じていたレインという男だ。帝都に1人で立ち向かおうと、手配書が出回り、凶悪な殺人鬼と評されても、思いの外ちっぽけな男なのだ。
「とりあえず、診察するので医務室に来てくださいね」
その強がりな男は面倒そうに答えを返した。
「で、例の商人はどうだった?」
本来の目的からかなり遠回りしたせいで忘れていたが、子供達の事を思い出すとその怒りはまた蒸し返してくる。
「盗賊から買い取った、そう言っていた」
商人は絶対的に避けられない死の前に、情報を喋りだしたのは覚えている。
「盗賊…か。星の数ほど居る中から探すのは難しいな」
ケインは現状の厳しさに手詰まりだと感じていた。しかし、レインの眼はまだ諦めていない。
「俺達が諦めたら、子供達は売られ続ける。今後は子供を拉致する盗賊に目的を絞る」
基本的にレインの行動は感情的なものだ。復讐の為に革命軍へと入り、見ず知らずの子供も同情だけで助ける。レインの行動方針が決定し、ケインもその意思を汲み取ることにした。
「分かった。それとは別件なんだが話がある」
「どうした?」
ケインの情報網の広さは革命軍の中でも有名だ、その彼がどこか陰鬱な表情をして見せた。少なくとも、朗報ではなさそうだ。
「例の男、クラウの所在を掴んだ」
予想に反する結果にレインは眉を顰めた。
「見つけたのは良いんだが、どうやら面倒な事になってる」
やはり朗報ではないらしい、顔は更に影を濃くする。
「脅威査定委員会、それがクラウの所属する組織だ」
聞き慣れない組織名に訝しげな視線を送る。
「脅威査定委員会、帝都内に存在する危険分子を見つけては、文字通り脅威を調べ、暗殺から尾行なんかを行う。委員会なんぞと名乗っちゃいるが部隊並みの精鋭が揃えられている、その中心はクラウだ」
これによって打撃を受けるのはケインだ。帝国軍内部でも帝都から離反せず、レジスタンスを結成し、密かに革命軍の人間に情報を提供する。ケインの情報網は主にそのレジスタンスとコネクションを築いている。それを考えれば、陰鬱になるのは頷ける。
「その内、俺の手配書が回りそうだな」
笑えないな、互いにそう思う。ケインもレインも陰気な気分が晴れない。レインは気分転換にクラントの診察を受けることにした。
歩みを止め、ふと思った。忘れ物に気付いた時のように突発的に。なぜ戦い続けるのだろう、と。先日は右腕を失った。これまでも傷を何度も負った。それでも尚、戦い続けるのはなぜだ、復讐、同情、革命。本当にそんな感情だけで戦い続けてるのだろうか。
趣向を変えてみる。ではクラウは一体何の為に戦っているのか、なぜ憎い帝都に従属するのか。答えは当然出ない、自分のことすらまともに分かっていないのだ、他人を理解するのはやはり難儀な話だ。
ーーだが、今は迷っていられない。子供達の為にも…。
決意を改め、前へと進む。
ナイトレイドというサブタイトルなのに登場は姐さん1人という失態。初めてボスを見た時スペンサーだと思ったのは俺だけじゃないはず、スペンサーさんには某格闘ゲームでお世話になりました。