楕円形の大きなテーブルは部屋の中央を陣取り、回りには幾つもの椅子が均等に並べられ、会議室としての体裁を整えてある室内。その1つの椅子に座る男性的な顔立ちをした男は左手で無精髭を撫で、右手で1枚の写真を持ち、実に10分程にらめっこをしている。
黒い髪に異常な程に白い肌、鉄の鎧に身を包み。顔は半分も見えないが、ある男と似ている。残酷な幼少期を共に過ごした友人に似ているのだ。友人と言っても先日右腕を斬り落とした、そんな奇妙な間柄の男だが、刀は右腕で所持している。
ーーやはり、直接確かめるのが一番確実だな…。
口許を僅かに歪める。近くに立っていた兵士は不気味さからそそくさと立ち去る。椅子に立て掛けて置いた帝具『私怨憤怒・リベンジ』刀を模して造られた帝具であるため使いやすさに優れているが、鞘の上部には銃の引き金を連想させる機構が備えられていて、特殊な刀であるのは間違いない。
帝具を腰辺りに差し、別の会議室へと向かった。
△▽△▽
「遅い」
「悪い悪い、時間にはルーズなもんでね」
脅威査定委員会が組織されて約1週間、既に奇人として名を知られた無精髭の男、クラウ。それを咎めた長い金髪を持つ女性、ソラは不機嫌そうに溜息を吐いた。これが組織の上位2名となる。部下の大半は不安を大きくするばかりだが、実力を知る者はどこか緊張していた。
「で、何するんだ?」
あたかも今知らされたような顔のクラウにソラは頭に手を当て、苛立ちを何とか抑えていた。
「昨日、資料を渡した筈だけど?」
特徴的なつり目を覆っていた手が離れ、姿を現したときには鋭さが増していた。クラウはお手上げとばかりに体を仰け反る。
「レジスタンスを探る為の作戦立案会議よ」
棘の強い言い方に心中で溜息を吐くが、頭を使うのが苦手なクラウにとっては邪魔になるだけだと思い、
「それについてはお前に任せる、標的が定まったら俺を呼んでくれ」
手をヒラヒラと振り会議室から消えていく。残されたソラは頭を抱える思いだったが、居たら居たで苛立ちが増すだけだ。彼女は切り替え、立案会議を進めた。
△▽△▽
帝都から少し離れた丘に啜り泣く1人の女。夫を殺害され、子を奪われ、生き残ってしまったという罪悪感に苛まれていた。子供の拉致事件は女の村で頻発していた。帝都へ報告しても対応は素っ気ないもので、頼ったのが民の為に動く革命軍。そして事件内容に食いついたのがレインだった。
レインは木に凭れ掛かり、女の怨嗟の言葉を聞き続ける。ケインも慰めの言葉が見つからず、目を伏せている。復讐という思念は払拭しない限り、心の中で蟠りとなって残ってしまう。同じものを心に抱える身であるレインには少しばかり理解出来る話である。
「安心しろ、子供ならまだ生きてる筈だ」
子供を売るのが目的である盗賊は傷つけることはないだろう。その言葉で女の眼に希望の色が滲み出る。そして、レインもまた手掛かりに辿り着き、淡い期待を持っていた。
「その盗賊達はどこに?」
△▽△▽
ケインの心配を振り切り、やって来たのは廃れた工場。既に使われていないのか、閑寂としている。そんな廃工場は裏取引などで絶好の場として利用される。今もまた、表の市場では売れない品物が扱われている。
レインは息を殺し、気配を極限まで消す。先日の斥候のようにはいかないが、警戒を怠っている連中に勘づかれる事も無く、2階へと侵入する。鉄の通路からは落下防止用の柵が設置され、それに身を隠す。
取引相手を待つ中、異常な程の静けさが工場を取り囲む。数年に渡り手入れを受けていない工場は雨風に曝され、老朽化していた。それが起因しているのか、風が吹く度に腐食した鉄は犇めき合い、ゴシックホラーのような恐怖を演出するが、レインも盗賊も明確な目的の前に、そんなことを気にしてはいなかった。
1つのノックが工場内全員の目を集中させた。これまでの鉄の不協和音とは違う、人為的に生み出された音に盗賊達を仕事モードに切り替えさせる。レインも鉄の柵と柵の間から目を光らせる。
入ってきたのは同じ盗賊らしき集団だが、子供の姿は見えない。代わりに袋には薬のような物が見える。粉状や粒状、と形だけなら様々あるが、どれも真っ当な薬ではなさそうだ。注意深い観察からもう1つの特徴を見つけた。蛇のタトゥーがトレードマークのように盗賊全員の体にあしらわれている。
「なぁ、ガキは扱っちゃいないか?」
長い長い交渉の末、待ち望んだ情報にレインは脳を覚醒させる。
「実はうちの大事な顧客に子供を売れって煩い奴が居てよ、至急よろしくとの事なんだ」
「こっちだって帝都に回す分で一杯一杯なんだ、他当たれ!」
ーー帝都…?
ーー……まさか!?
嫌な予感が背筋を凍らせていき、あの地獄のような日々を明瞭に思い出していく。神経質になって気配を絶っていたが意識が外れ、気付いた盗賊は荒々しい声を上げる。
「誰だぁ!」
盗賊と視線が合うと、言葉と共に銃弾が飛んでくる。体を捻り、1階へと軽々着地する。
「ちっ、妙なモン使いがって」
盗賊は撃ち尽くした銃から空の弾倉を抜き、咄嗟にリロードを行う。だが、レインはナイフを構え、既に銃よりナイフの方が有利な間合いまで詰めていた。それでも銃口を向けるが、案の定手で抑えられ、足や腹に打撃を受けて昏倒する。倒れていく盗賊の銃を奪い遮蔽物へと転がり込む。
レインの身を隠す遮蔽物には銃弾が叩き込まれる。それも1人がリロードに入れば味方がカバーし、レインにとっては一方的に撃ち込まれることになる。合間を縫っては銃口のみを遮蔽物から出して撃ち返すが、とてもじゃないが応戦してるとは言えない。愈々弾も底を突き、軽い舌打ち共々銃を投げ捨てる。
だが、銃を捨てたことで迷いを断ち切り、刀を抜く。元より得意の間合いは
盗賊達は2人でひたすらに敵を抑え続ける。それがリーダーからの命令だった。文字通り相手は壁から出てくることは出来ず、心の中は余裕綽々たるものだったが、敵は銃弾の嵐に姿を現した。絶好の標的、そう思った矢先に視界から消える。その一瞬で余裕は全て打ち砕かれ、まともな判断力を失いながらも必死に目を動かすが成果は得られない。
その時、1つ音がした。肉、骨、筋繊維等色々な組織を一刀両断する音だ。気づけば自分の左腕は遠くへ飛ばされ、足許には男が着地している。その男は宙を舞い、降ってきたのだ。その後の光景は茫然と見ていることしか出来なかった。生きているのか、死んでいるのかも曖昧な境地で。
レインが足止めを食らっている間に大半は散っていた。負ったダメージを分析し、追跡を開始した。
△▽△▽
「クソッ!どうなってんだよ!あの男は何モンだよ!」
取引の場を襲撃され、頭に血をのぼらせていくリーダーと思わしき人物は木に蹴りを入れていた。周りにいる盗賊達も不安な思いを募らせていた。
「リーダーが取り乱すとそれは伝染する。お前はリーダー失格だ」
蹴った大木の枝に悠々たる面持ちで立つ男が1人。それは紛れもなく盗賊達の怒りの中心にいる人物、レインである。
「たくっ、忙しい時期に邪魔してくれやがったな!」
先程までの怒りは消え、凶悪な笑みを浮かべている。それに続き、盗賊達は各々の得物を取り出し、
「どうした来ねぇのか!?」
シンプルな挑発にレインも乗った。コートを靡かせながら、容易に踏み込めない空隙を開けて着地する。口から吐き出すような笑いを見せ、刀の切っ先を敵に向けて構える。複数相手にも膂力がスーツにより増幅し、レインの能力は人を越える、その姿はまさに帝具使いと遜色はない。盗賊達はただただ圧倒的な力で蹂躙された。
「言っただろう、リーダー失格だと」
急所を外され、生かされた盗賊達のリーダーは傷を抑えて藻掻いていた。
「子供を帝都に回すと言っていたが、どういうことだ」
男はひたすら呻き声を上げるが、質問には答える気が無いらしい。刀が皮膚に沈んでいく、その副産物として上がる嘆声は耳を裂かんとばかりに辺り一帯に響くが、最も近くに立っているレインは何の変化もない。五感のセンサーをOFFにしているのかと感じたが、人間の体にはそんな機能を有していない。
男は分かりやすい単純な恐怖に脳を掻き回されていた。拷問を受けるという恐怖は勿論のこと、何より目の前の存在だ。先程まで刀を交えた男からは本来あるべき人間性が欠片も感じられないのだ。拷問官に人間性を求めるのが間違いなのかも知れないが、この男は人を傷つけることを明らかに楽しんでいる。笑ったり、にやついたり、感情が表に出ている訳ではないが、あまりに慈悲がない。男は希望を捨て、絶望を受け入れた。唯、早い死だけを祈って。
「ハァハァ…」
レインは珍しく息を上げていた。肉体的な疲労と言うよりは精神面から来る疲労だろう。目の前には穴の開いたチーズを思わせる死体が1つある。先程、拷問していた男の死体。それよりも驚いたのは、何も喋らなかったことだ。プロの拷問官ではないレインには肉体を責める方法しか知らない。付け加えるなら、過去に受けた拷問を“無意識”に真似てるのかも知れない。
そんなはずはない、そう捨て吐く。だが、情報が得られなかったのはかなりの痛手だ。苛立ちを押し込め、月光が射し込む森を抜けていく。
△▽△▽
依頼女性の村に迎えられ、宿を依頼の報酬代わりに無料で借りていた。
「どうだった?」
「悪い、喋る前に殺してしまった」
ケインは1度黙り込む。レインも視線を落とし、逡巡する。あ、と何かを思い出すように口から漏れる。
「どうした?」
「蛇だ。蛇のタトゥーを見た」
ケインは今まで得た莫大な量の情報から蛇のタトゥーというフレーズで絞り込むが、まるで見当がつかない。
「それに子供が帝都に売られている、とも言っていた」
レインの過去にも似た状況は快く思うはずもない。レインの中にはドロドロとした負の感情が生まれてきている。
「今日はもう休めレイン。まずこの村の人から情報を集めて見るからよ」
レインの心境を読み取り、気遣うように言った。
「そうさせてもらうよ」
部屋に戻り、スーツを外すと右腕には痛々しい痣が見える。ゆっくりと優しく触る。右腕を庇い、左腕を中心的に使っていたせいで、左腕にも薄く痣が見えた。筋肉痛が引いたおかげで移動には問題ないが、刀を振れなくなるのは問題だ。クラントに大丈夫と言った手前、頼るわけにもいかない。
ーーどうしたものか…。
素人でも分かるのはアイシング程度だが、アイシングでは時間が掛かる。時々、痛みが頭を突き抜け、思考を中断させられる。痛みにうなされながらも眠りに就いた。
△▽△▽
起きて早々、ケインに朗報だと上ずった声で報告され、なすがまま連れてこられたのが村の医療施設だった。施設と言っても外観は小屋と言った所だが、ケインが言うには名医が居るそうだ。半信半疑のまま、軋む木の扉を開けた。
「先生、こっちのが昨日話したレインです」
「おお、君が拉致事件を担当している人かい」
壮年の男性はパイプ椅子に腰掛け柔和な笑みを浮かべる。ああ、と返すとその笑みにどこか影が出来る。
「私の孫も先日誘拐されまして…」
医師は拳を固くしている。呪いの言葉を吐きたい気持ちは職業柄堪えているのだろう。
「腕を頼みたい。この腕が使い物になれば、あんたの孫を救える確率も上がる」
服を捲ると大きな痣が見える。医師もケインも思わず唾を飲む。
「これはかなり酷いですね、恐らく筋断裂を起こしています」
「どの程度?」
「そうですね、通常なら完治に2週間は掛かるでしょうが、別の方法ならば…」
別の方法はお勧め出来ないのか、言い辛そうに口を噤む。それを察して尚、問い掛ける。
「別の方法ならば?」
「2日から3日で完治します」
おいしい話には裏がある。その理屈が正しいならば、何かしらリスクがあるのだろう。その予想は正しく、医師は言葉を付け足す。
「ですが、かなり荒療治なので痛いですよ」
「安心してくれ、痛みには慣れてる」
わかりました、医師はそう言って治療に取り掛かった。
△▽△▽
「随分げっそりしてるじゃないか?」
過去に受けた拷問に比べたら問題ないと高を括っていたが、荒い治療と言うだけはあった。
「ああ、昔の拷問を思い出すな」
「フラッシュバックしなくて良かったな」
どこか忠告のような響きなのは、味方殺しの前例があるからだろう。思い返して見れば、過去の大半はトラウマで埋め尽くされてる。未来に微かな希望を見出だそうとするが、この先まともな思い出が作れるとも思えない。甘い意見を否定した所で溜息が零れる。
「蛇のタトゥーについての情報は?」
別のことを考えようとケインに話題を振った。だが、答えは首を横に振ることで返ってきた。
「帝都と取引してるなら、帝都側から調べられないのか?」
「俺の情報網的にもそれが1番なんだが、そうなると帝都まで出向かなきゃならない。それに脅威査定委員会のこともある。問題は山積みだ」
互いに現状の厳しさを深く理解し、吐こうとした溜息を飲み込んだ。物事を否定的に捉えていては何の打開策も生まれない。とは言え明るい話題等、手の痛みが引いたことぐらいだ。
「とりあえず本部に戻って、帝都に向かうことにしよう。時間は掛かるが、腕の療養だと思えばいいしな」
そうしよう、珍しく自身を労る発言をしたレインにケインは満足げに頷いた。
また1つ血に塗られた思い出を増やしに行こう。ニヒルな笑みをこっそりと浮かべていた。
小さい事件ですが大きく発展しそうな予感。次回か次々回位にはヒロイン出せると思います。ストック無いから年内最後の更新になるかな?とりあえず年末っぽい挨拶しときます。
よいお年を~