村から本部までの道のりは腕を休めるのに丁度良かった。時折、出会す危険種にはリハビリに一役買ってもらい、そのお陰で腕の痛みも和らいでいった。腕の調子を伺いながらも本部へと辿り着いた。
「準備したらさっそく帝都だ」
焦ってるのは言葉を聞かなくても分かっていた。ケインも子供達を救いたい気持ちはあるが、慎重に進まなければ成功するものも成功しない。
「焦りは禁物だ。スーツだって傷付いてるだろう?」
基本的にはロングコートに包まれている鉛色の装備も、足許までは隠されていない。ふくらはぎ辺りには弾痕が残されている。他にも数箇所、色が変わっている所がある。問題はないだろうが用心に越したことはない。
渋々ながらケインの意見を認め、クラントにスーツのメンテナンスを頼み、寛いでいた。心身ともに休まる筈の一時も、心中はやはり焦りを感じていた。レインに施された非人道的な実験の数々、更にレインの実験以降は帝具に拘らず、子供達に暗殺の技術を仕込み、暗殺部隊を結成したという話も聞いた。今、買われた子供達は更に酷い環境に置かれている可能性も考えられる。
眠れる訳もなく、ひたすら夜風に当たり続けた。ひんやりとした風の冷たさがレインの頭を冷やした。代わりに口からは熱い吐息が夜風に溶けていった。朝焼けが空を染めていく頃には頭も心も冷静さを取り戻していた。
△▽△▽
一夜明け。
焦りの色を薄め、無表情のレインに、どこか浮わついているケイン。異常な程白い肌に、健康的な褐色肌。中性的な顔立ちに、精悍な顔立ち。テーブル1つを境界線に真逆にも見える男が2人対面している。
その対照的な2人も10年来の親友だったりする。だが、普通の友人関係とは少々違う。腐りきった国を変えようと奮起する革命軍の同志である。
その2人の敵地である帝都への潜入経験は非常に豊富であるが、レインは手配書が出回り、動きが大きく制限される。それでも強行するのがレインの恐ろしい所だろう。唯の馬鹿と捉えるのも正しいかもしれない。
「帝都へはいつ発つんだ?」
やはり手配されている人間の発言とは思えない。本当に手配されていることを覚えているのだろうか、いつもの如く、相棒を心配する。
「まぁ、慌てるな。それに“人を待たなきゃな”」
ーー………?
ーー……待つ?
クラントは帝都へは同行しない。となると、レインには他に思い当たる節がない。ナイトレイドのようにチームを組んでいるわけではない。それに友人と言える人物もいない。焦れったくなり、聞いてみることにする。
「待つって、誰をだ?」
ケインは楽しそうに笑って見せる。浮わついてる原因はそこにありそうだ。ケインは言えば反対されるのを知っているので、レインにはフィルターを掛けて話を進めていた。
ケインが何を考えていても、誰かと戦場に立つのは“あれ”以来考えたくもない。
「安心しろ、帝具使いだ。何より実績もあるぞ?」
「実力が問題なんじゃない、俺の問題だ」
「それに…美少女だぞ!」
「…話にならないな……」
露骨に頭を抑えた。浮わついていた理由も増員ではなく。増員される者の容姿だったということを含めれば、一層溜息が濃くなる。
「ケイン……勘弁してくれ」
珍しく弱々しい声で願うように呟くが、
「そろそろ、来る時間だな」
止めを刺された。
「最初にお前から会わしてやるからよ」
「本当に勘弁してくれ…」
そう言って項垂れていく。だが、ぞんざいな扱いをするのも考えものだ。レインは良心の呵責に負け、面接という形で引き受けることにした。圧迫面接と間違われないだろうか、そんな不安を抱いていた。
△▽△▽
扉の一歩手前で深く深呼吸をする。戦場とは打って変わった緊張感に身を固くしていた。自分は面接官、自分は面接官。そう言い聞かせ、体を解していく。意を決してドアノブを捻る。
「俺の方が早かったか…」
木目の鮮やかな家具が目立つ部屋は他には誰もいない。椅子に座ると自然と落ち着きを持ち直せた。今思えば、なぜあそこまで緊張していたのか分からない。
狭まっていた視界を広げていくと、視界の隅に四足歩行の小さな生物を捉える。サイズ的には危険種の子供と言った所だが、人を恐れる気配が全くない。
「迷い込んだのか」
自然の中で育ったとは思えないほど上品な狐色の毛並みを人肌である左手で撫でていく。
「ニー」
気持ち良さそうに鳴くその様から、人を襲う獰猛な獣へ成長するとは驚きだった。だが、少なくとも今は無害だ。
「見つかる前に帰るといい」
通じる筈もない言葉で語りかけ、撫でていた手で突き放すように逃がす。
「ニー…」
返事とばかりに小さな鳴き声を鳴らし、机の下をトボトボとした歩みで窓へと向かう。本来の目的を思い出し、遅刻をどう咎めるかを考えていると、唐突に小さな爆発が起こる。それも先程の危険種を逃がした方向から。懐に所持していたナイフに手が掛かる。
「ふぅ~、案外普通な人だったな」
煙の中からは女性の声がする。言葉は棘があるように感じるが、その声色には蔑みは感じない。寧ろ、安心してるとも言える。徐々に煙が晴れていき、
「初めましてだね、レイン」
明るい笑顔を振り撒く女性。見覚えはないが、向こうはあるらしい。それらを踏まえて考えると、
「君がチェルシー?暗殺者には見えないな」
性別と名前しか聞いていないレインには当たっているか怪しかったが、
「それどういうこと?」
チェルシーは言外に正解だと伝えた。だが、暗殺者として一流の仕事をしてきたチェルシーにとって、信用されていないことが遺憾とばかりに聞き返す。
「予想以上に女性的だったからな」
チェルシーは意外そうな顔をして、口を手で覆う。
「あの有名な殺人鬼に口説かれちゃった?」
ケインからではなく、手配書から情報を得ていたのか、それに気付くと溜息を吐き、 目を逸らす。キツい皮肉に心を痛てめながらも話題を変ようと先程のマジックのタネを訊く。
「…さっきのは君の帝具か?」
「そ、ガイアファンデーション。何にでも変身できる優れものよ。相手が噂に名高いレインだって聞いてたから、まずは試してたの」
ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。今、自分は非常に滑稽に見えてることだろう。自分を客観視するのが怖くなり、チェルシーからの印象を聞いてみる。
「で、何が分かったんだ?」
「そうだね~、意外にフランクだったかな。だって普通話しかける?…ッハハハ!」
人を小馬鹿にした笑い方に性格の悪さが如実に現れている。彼女が一流の暗殺者だということを確信したレインは、腹を抱えて笑っているチェルシーに言葉を掛ける。
「全く…どんな印象を持ってたんだ?」
レインの声は呆れたような響きとなって空気に消えていく。肝心のチェルシー本人は会話が出来る状況ではなく、目尻には涙すら浮かべている。
数分経っても尚、肩を大きく揺らし、過呼吸を繰り返している。
「もう大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ」
依然、呆れたままのレインが問い掛ける。
「手配書の情報を丸々信じていたのか?」
「信じてた訳じゃないけど、“血に飢えた殺人鬼”なんて呼ばれてるあなたが危険種の子供に話しかけるなんて…さすがに笑っちゃうでしょ?フランクと言うよりもロマンチスト?」
おどけたような問い掛けに真面目な回答を返す。
「生憎、夢は見たことない」
そうなんだ、と素っ気ない返事に会話が途切れる。異性に対して、特別慣れているわけでもないレインは今回のことについて訊いた。
「何で俺と組まされる羽目に?」
皮肉られたことを思い出し、自虐で切り返していく。また、心の中でも自虐的な笑みが広がっていた。
「前に組んでたチームはね、帰ってきたら全滅してたの…」
ーータイミング間違えたな…。
どうも間の悪い自分に目を伏せながら窘める。だが次の瞬間、視線を上げた時のチェルシーの表情は印象的だった。触れれば簡単に崩れてしまいそうな程に脆く、そして儚い。目を離せず、一種の膠着状態が続いたが、咄嗟に頭を切り替えた。
「似たようなトラウマを持った者同士、仲良く出来そうだ」
手を差し伸べた。助けようなんて高尚な目的ではない。言葉通り、似た過去を持っているからなのか、もしくは別の何かなのか。それは分からないが、珍しく人を深く知りたいと思った。レインは自分の理解を越えた感覚に不思議と不快感はない。それどころか、安らぎすら感じていた。それが手を差し伸べるという動作へと導いた。
「何、慰めてくれるの?」
彼女の華奢な腕がレインの左手を弱い力で掴む。やはり、暗殺者には思えない。こんなに弱い力で人を何十人と殺してきた。逆説的に彼女は実力者なのだろう。
「同情みたいなものだ、気にするな」
彼女を認めた同時に力を込めると、彼女はまたも驚いた顔をする。
「あなたって血も涙も無いような冷酷な人だと思ってた」
帝国の手配書を鵜呑みにすれば、冷酷と解釈されても仕方はない。
「互いに偏見を持っていたらしい。これからの付き合いで理解を深めることにしよう」
「それが良いわね」
暗殺者2人は束の間の平穏を楽しんだ。
△▽△▽
新たに加わった協力者チェルシーと共に帝国の内通者の元へとやって来た。レインの主目的が復讐でも所属しているのは革命軍であり、指令が下ることも当然ある。
今回は民を弾圧している太守の暗殺なのだが、ケインは何かを察したのか、にたつくと2人で行ってこいと背中を押された。ケインは護衛を引き連れて、子供達の情報を収集するため動いた。
「ねぇ、それって帝具なの?」
レインを纏う鉄のスーツを好奇の眼差しで指差す。コートの袖からはみ出ている手首には鉄のプレートが覆われ、プレートとプレートの間には人間の筋肉のように収縮する素材が見える。
「いや、現代の技術で造られた物だ。君の帝具ほど特殊な物じゃない」
へ~、と物珍しそうに言葉を零し、棒付きの飴を咥え直す。物静かな森の中での2人の会話は予期せぬ敵を引き寄せた。
猛々しい雄叫びが森を轟かせ耳を劈く。両手で耳を覆うが、それを越えて鼓膜を鳴動させる。太陽光さえ遮ってしまう程に高い木々と肩を並べる飛竜が、発達した後ろ足のみで巨体を支えて舞い降りた。
「お手並み拝見ね」
突風にスカートの裾を抑えながら、他人事のように言ってみせる。チェルシーの帝具の性能を考慮すれば、正面からの殴り合いは圧倒的に不利なのは火を見るより明らかだ。
「仕方ない…下がってろ!」
眼前の敵を見据えると、飛竜の体には幾つもの古傷が走っている。それは歴戦の戦士が負った名誉の負傷のように雄大さを感じさせる。狩人に狙われながらも数々の勝利を収めてきたに違いない。手を抜いてはあっさりと殺されるだろう。
コートを腰辺りまで翻し、敏捷な獣のように打ち出される。膨大な風速を巻き起こした片翼が大木を薙ぎ倒し、地面へと叩き付ける。
空に逃れることで翼の攻撃を避ける。巻き起こる暴風にバランスを崩すこともなく、姿勢を完全に制御し、翼に着地する。更にそこから本体へと距離を詰め、翼の付け根が見えてくると飛び上がる。体を回転させ、肉厚な皮膚に刀を振り下ろす。切断とまではいかないが、ダメージを与えたのは確実だろう。
だが、着地して振り向いた時に見た光景は想像とは違った。
「化物が…」
思わず呟いてしまう程の異常さだった。右の翼からは巨体に相応しい大量の血液が流れ出す。にも関わらず、それに比例するように迫力は増していく。そしてその迫力を示すように耳を破壊するような咆哮が大地を揺るがす。
唯の危険種ではない。帝具の素材に使われるような危険種と同等ではないのか、と疑ったが相手は考える時間を与えてはくれない。
口を空へと向け、レインへと狙いを付ける。そして口からは火炎が吐き出される。距離と速度を考え、範囲は最大限に狭まれているが、躱すのは容易ではない。それは常人ならば避けることの出来ない一撃だろうが、レインの装備は常識を覆すような動きを見せる。
自身の体を天高く持ち上げる脚力は避けるのにも役立った。地を蹴り、横へと飛ぶと戦場を離脱し、森に隠れる。
見逃した小さな標的を見つけるにはこの森は余りに大きすぎる。レインはそれを利用し、森を駆け抜ける。そして飛竜の視界に入った時には桁外れの大きさを誇る後ろ足へと入り込んでいる。
最後の抵抗に隆々とした筋肉を使い、片足を持ち上げ、押し潰そうと地面を踏みつける。ところが、レインの血は流れない。ギリギリの所でスライディングするように体を地面に滑らせた。
巨体故の弱点である、動きから生まれる隙の長さはレインにとっては千載一遇の好機。そして、滑っていた体を止め、逆立ちのような構えを取る。脚力同様に強化された腕力で体を高く持ち上げ、切断しきれなかった翼を逆側からもう一度斬る。
斬り落とされた翼は地面を落下の衝撃で大きく揺らす。止めを刺す為、体へと飛び移り、頭を目指した。虫の息となった飛竜は抵抗がない。いっそのこと殺せ、と言ってるようにも見える。片翼を失った飛竜の首に刃を入れると勢いよく引き、斬り落とした。
「迫力ある戦いだったね」
死んだのではないか、と心配していたが、恐れているようには見えない。
「安心した。逃げ足も速いらしい」
「やっぱり、私の実力疑ってるでしょ?」
レインの言葉を侮辱と捉えたチェルシーは目を薄く開き、粘りついた視線を向けてくる。
「太守暗殺で見返してやるんだから」
膨れっ面になり、そう宣言する。
「是非そうしてくれ。目的地はもう少し先だが、あの飛竜が暴れてくれたお陰でよく見えるようになった」
目的の隠れ家が小さな点のようなサイズだが見えてくる。それを確認し、刀を鞘へと戻していく。
「いつまで膨れてるつもりだ?もう行くぞ」
「膨れてない!」
ケインの時とは違った疲労感を感じたが、新鮮な気分で決して悪くはない。
「でも、これはどうするの?」
いつの間にか態度の戻ったチェルシーは倒れた飛竜を一瞥してそう言った。
「持って帰るつもりか?」
運ぶには何百人という人員に専用の装置でも使わなければ無理だろう。
「確かに無理そうね」
食物連鎖の頂点に君臨した飛竜も最新技術の粋を集めた装備を持つレインには敵わなかった。その骸は自然の中で土に還るのが摂理と言うものだ。
帝国軍がやって来る可能性を考え、歩みを速めた。
レインの刀がどんどん強化されてる気がする…。帝具ではないって設定を思い出して書いていこうと思います。