大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!! 作:水金地火木土天海冥
異次元にダンジョンはない。ダンジョンが生まれる余地を残さぬよう、一から設計されているからだ。
人工太陽で世界を照らし、人々を育む揺り籠を創り上げたのは百相院家の現当主。彼はこの事実を公表し、安全で快適な生活環境を約束している。ゆえに異次元開拓技術は百相院財閥の独占技術となっている。
ダンジョンが存在しないという事は、命の危険がほぼ存在しないという事と同義なのだ。
では異次元ではないこの世界に、ダンジョンは無数に存在するのかと言うとそうではない。ダンジョンは一つだけだ。しかし入り口は複数存在する。
繋がる階層は入り口によって異なるが、基本的には上層──五百層よりも上の階層にしか繋がらない。
檀司郎が巻き込まれた八百七十八層の魔境直通路の出現はあくまでも例外であり、その後始末を魔王本人が行うほどの異常事態だ。
逆に言えば、上層への入り口が開くのは魔王は問題視していないという事だ。そも地上にダンジョンの入り口が出現する事は日常茶飯事であり、人口も多いので命の価値は低く見積もられている。
つまりはダンジョンに呑み込まれた子供が死んだとしても、よくある事として片付けられるのだ。死ねばまた産めばいい。長子以外の扱いなど大体はその程度のものだ。
そうでなければ、命の危険と隣り合わせのダンジョン学園に通わせる親など存在しない。
「……」
雄々敷檀司郎は困っていた。ダンジョン第二百二十五階層にて子供を──女の子を保護したからだ。目の前で保存食を食べる様子を見ながら、どうしたものかと檀司郎は顎を撫でる。
破壊された鎧を修復し、魔石による強化を終わらせた檀司郎はダンジョン攻略を再開していた。攻略情報が広く知れ渡っている現代において、ダンジョンギミックによる初見殺しは存在しない。
魔境までの攻略情報を全て頭に叩き込んでいる檀司郎は、アラクネの巣の戦いからわずか一ヶ月でここまできた。その内の二週間は鎧の修繕と強化に充てていたので実際の攻略速度はもっと早い。
「ありがとう、お兄さん」
「……あぁ、気にするな」
雄々敷檀司郎は困っていた。これ以上ダンジョンを進むにしても、まずはこの女の子を出口まで送り届ける必要があるのだが──。
「ごめんね。気付いたらここにいたの」
「そう、か」
女の子にはダンジョンに入る以前の記憶がない。ダンジョンによる汚染とも違う。あれは情報を植え付けられて結果的に狂うだけであって、記憶を奪うものではない。
ならば入り口の出現に巻き込まれてダンジョンに叩き込まれた衝撃か。現状としてはこれが一番可能性が高い。
普通の女の子が呪詛に満ちたダンジョンに叩き込まれて、記憶に障害が生じた。ひとまずはこの線で檀司郎は己を納得させる。
「自分の名前も覚えていないか?」
「名前は、多分これだと思う」
女の子に見せられた布の切れ端にはかすれた文字が書かれていた。『■ネ■ク■エ』……最初の文字は辛うじて『レ』に見えるが、他はかすれ過ぎていて判別ができない。
女の子は読める文字を組み替えて、ひとまずネエクと名乗るという。
「記憶がないとなれば、どの入り口からダンジョンに入ってきたかも分からないか」
「うん。この服装だから、温かいところだと思うけど」
ネエクの服は控えめに言ってボロボロであった。穴の開いたシーツを纏っているようで、昔ならば奴隷の服装と表現されていただろう。
ネエク自身は吞気に笑っているが、檀司郎にとっては笑い事ではない。このまま送り帰しても大丈夫なのかという不安が頭をよぎる。
「ネエク。記憶がないなら一度俺と一緒に来ないか?」
「お兄さんと、一緒に……」
「俺は大和国立国際ダンジョン学園の生徒だ。学園にはダンジョン遭難者に対する情報も集まっている。ネエクの素性も、もしかしたら分かるかも知れない」
大和国立国際ダンジョン学園に関わらず、探索者の育成機関には必ずダンジョン遭難者の情報が共有されている。
救助にせよ、遺品回収にせよ、ダンジョンに潜るならばそれは探索者の仕事であるからだ。
ネエクがダンジョン遭難者として届け出がされているかは分からないが、少なくともこのまま帰すよりはマシだろう。檀司郎はそう結論付けた。
「うん。いいよ」
「よし。それじゃあ次の転移ポータルで帰還用パーティの登録をしようか。それで俺と同じ場所に出る事ができる」
ダンジョンから出る方法は二つ存在する。
一つ目は各階層に存在する転移ポータルからの入り口転移。これが一番安全な方法だ。加えて、帰還パーティ登録をすればパーティリーダーと同じ場所に帰還できるという機能もある。
ただし魔境にある転移ポータルはこの機能がオミットされている。五百層より下に存在する転移ポータルは入り口からダンジョンへの完全な一方通行なのだ。
二つ目は帰還スクロールの使用。上層では緊急時の脱出手段だが、魔境においてはこの方法でしか入り口に戻れない。
かつて檀司郎が魔境に落とされた時、ダンジョンを一ヶ月もの間彷徨ったのはこの帰還スクロールを拾うしか帰る方法がなかったからだ。上層と魔境は完全に分断されており、境界である五百層を超えると後戻りもできない。
かつて幼い檀司郎が帰還スクロールを拾った際に、魔王レズヴェルから聞いた事がある。
『ダンジョンっつう未知の領域を探索するんだ。当然、帰還する手段も用意しておくのが普通だろうが。ただまぁ、準備不足の人類全員死ねとなっちゃあ最下層に来るハードルが高くなって俺も困る。だから魔境のモンスターを倒せば帰還のスクロールを落とすように設計してんのさ。確率は低いがな』
ではなぜ最下層に人類を到達させたいのか。それは魔王にとって都合が悪いんじゃないのか。幼い檀司郎は思い切って魔王に問うた。
『人を探してんだ。男か女か分からないが、俺の愛する人類をな』
幼い檀司郎はそれをナンパのようなものかと捉えたが、今の檀司郎は違う考えが頭に浮かんでいた。
魔王は自身の妃に似た者こそが千層へ進むための資格だと告げている。妃というなら普通は女性だろう。ならばどうして男か女か分からないという表現になる?
──選別、なのか? 魔王の妃と同じような力を持つ人類を求めているという事なのか?
魔王の妃と言うからには、おそらく強大な力を秘めていたのだろう。その力を受け継いだ人類であれば、ダンジョンを踏破できると確信しているのか。それほどまでに特別な力なのか。
ネエクと一緒にダンジョンを歩いている間、幼い頃に聞いた魔王の言葉を檀司郎は思い返し続ける。何気なく聞いた言葉が妙に引っかかるのだ。
幼い頃に見たレズヴェルと、世間で知られる魔王のイメージ、そして少し前にレドラから語られた危険性。そのどれもが檀司郎の中で嚙み合わない。
魔王とはなんだ。レズヴェルは本当に世界を滅ぼす存在なのか。その疑問は転移ポータルでネエクと共に入り口へ帰還しても、頭に浮かんだままだった。