大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!! 作:水金地火木土天海冥
「【六法が一つ、水の
落下する。果てなど無いかのように、雄々敷檀司郎と百瀬桃華が落ちていく。
「【我は死水。末期の旅路に祈りを手向ける標の化身。終わりに怯える衆生を慰め、輪廻へ誘う先導者】」
ダンジョンの崩落によって数多の探索者の命が消えた。では、二人もまたその命が尽きようとしているのか。
「【地獄と餓鬼と畜生と、三途まとめて非道
それは否である。なぜなら二人の命は既に尽きている。ダンジョンの中で死んだ探索者は肉体を修復されて入り口に転がる。
ではこれはその前段階かというと、それも否。
今二人の骸は一人の魔法使いの幻想により保持されているのだ。
「【
その名、【屍山血河】。六法愚者第五法にして水を司る者。ヴァルハイトによる
◆
「……ここは?」
檀司郎は気が付けば川の近くに倒れていた。
痛みはなく、身体の不調もない。蒐集欲龍より賜ったプレートアーマーと二振りの鉄槌も問題ない。アルベルトによる黒い炎で融解した籠手も修復されている。
「外、ではないな。しかし魔境にしては穏やか過ぎる。このような景色、攻略情報には無かった筈だ」
近くの川を流れる水に異臭を感じず、周囲の木々を揺らす風に呪詛がない。穏やかな日差しに破滅的な攻撃性など皆無である。
どこまでも空気が澄んでおり、その胸に何となく郷愁を感じさせる独特の感覚。
あり得ない風景という点ではまさにダンジョン内そのものなのだが、ここまで害意を感じさせない場所も珍しい。
どこか別の異次元にでも跳ばされたのか。檀司郎は辺りを見回る。さてどうするべきか。
「ふふ、どうしますか檀司郎?」
「……楽しそうだな、桃華」
檀司郎の死角から声をかけたのは桃華。目立った外傷も見当たらない。
「少し前に起きたので辺りを探索していたのですが……」
「ネエクはいなかった、と。近くにいないだけなのか、この現象に巻き込まれなかったのか」
「落ちる直前、咄嗟にネエクへ
いずれにせよ、この場所の情報を集める必要がある。しかし周りには檀司郎と桃華以外の生物を確認できない。
モンスターも、
「檀司郎は植生に詳しかったりしますか?」
「ダンジョンの攻略情報以上の知識は無いな」
植物の種別で場所を特定など、檀司郎にとっては曲芸と大して変わらない。
そこまでの知識などないし、あったとしても植生であたりを付けられるのはダンジョンの外が精々だろう。ダンジョンの中では外の常識など通用しない。
遺跡の階段を下りた先が、清々しいほどの青空が広がる草原であるなど日常茶飯事だ。そんな常軌を逸した場所で、果たして植生に何の意味があろうか。
一先ず他に何か場所を特定出来そうなものはあるのか。二人は今の場所から移動する事にした。
「……檀司郎は」
探索中、不意に桃華が口を開いた。
「どうしてそこまで生き急ぐようにダンジョンを攻略しているのですか?」
それは彼女のふとした疑問。そう言えばと頭につくような、今思いついた話題だった。
「俺には俺の目的がある。そう言葉を濁してもいいか?」
「いいと思っていないでしょうに」
「少し足掻きたいほどには明かしたくない事なんだ。……まあ、何だ。そろそろ潮時かとも思ってはいたんだが」
檀司郎がダンジョン攻略の理由は何か。そう尋ねられれば答える事に抵抗はない。
実際ネエクには話しているし、他にも学園の生徒達にも答えている。後ろめたい理由でもなし、答えるだけならば答える事は可能だ。
問題は、今回のこの質問の尋ね人が百瀬桃華であるという事だ。
雄々敷檀司郎は幼馴染である百瀬桃華と付き合いたい。そこに嘘偽りなど入り込む余地などなく、問答無用の真実である。
ゆえに。そう、ゆえにこそ。桃華と付きたいがために、彼女の血筋に並び立てる栄光を求めていると伝えるのは、いかに檀司郎と言えど覚悟がいるものであった。
「そうだな。実は俺には、ダンジョン学園で好きな人がいるんだ。」
「そうですね」
──そうですね、とは?
桃華の言葉に檀司郎は内心首を傾げるものの、言葉を続ける。
「彼女は名家のお嬢様で平凡な俺とは釣り合わない。だからこそ、彼女と胸を張って共に並び立つために探索者としての栄光を求めている。より具体的にはダンジョン最下層への到達。つまりは魔王への挑戦権だ」
この長い歴史の中で、最下層へ到達できた者はおよそ数千人程度。
開拓異次元も含めて人類総数は数千極。その中でこの世界のダンジョンに挑む探索者の数は当然ながら少なくなるが、それでも数千人の到達者は少なすぎると言っていい。
ダンジョンの攻略情報がほぼ出揃っているにも関わらずこの有様なのは、単純にダンジョンの難易度だけでなく
有象無象が九割といえど、その中には狂った強者も混ざっている。
檀司郎と遭遇したような例外こそが、探索者の命を落とす理由の一つである事に疑いはない。
当然、己の力を過信した結果モンスターとの戦いで殺される場合もある。
それらを乗り越えてダンジョン第九百九十九層へ到達した者が魔王との謁見を許された者。それは一種の栄光で、その者を魔王と対峙する事に
そう。雄々敷檀司郎は勇者となりたい。彼が恋した女性と共に生きるために。
「色々とボカした部分はあるが、凡その理由は分かっただろう? 特に何かの使命感というわけではない。自分の強さの証明といったものに近いかも知れないが、一番の理由はやはり誰もが認める栄光だろう」
語り終わった檀司郎に対し、桃華は何とも言えぬ表情を浮かべる。
「檀司郎はその理由を、他の人にも明かしているんですよね?」
「後ろめたい理由ではないからな」
「檀司郎が好きだという名家の人間、この学園だと一人しかいないのですが」
「……はて」
そうか? そうだったか? そうだったかな?
檀司郎は素知らぬ顔で首を傾げるジェスチャーを行う。好きな人のためにダンジョン攻略している程度にしておけば良かったかと若干の後悔を胸に押し隠しながら。
「それに他の人に明かしているにも関わらず、私に明かすのに覚悟がいると言っている時点で、まぁ、あれですよね」
「……はて」
そうか? そうかも? まあそうかもな?
もはや早々に墓穴を掘っていた事に気付いた時には既に遅い。もう自分の想いは伝えてしまったのだ。吐いた言葉は飲み込めない。無かった事になどなるものか。
「私から言いましょうか?」
「……なるほど。いや、もうそこまでバレているのであればいいだろう」
桃華にこの事を打ち明けたのは当然ながら初めてだが、だからと言って檀司郎の好意に気付かぬほど彼女は鈍くない。
というよりも、言葉にしなければ伝わらないと決めつけていた檀司郎こそが、彼女を甘く見ていたのだろう。
「俺は桃華に惚れている。幼い頃、俺が意識を失ってダンジョンに転がされていた時に
そうだ。それこそが檀司郎の恋心の原点だ。
「だから、俺がダンジョンの最下層に辿り着いた暁には──俺と付き合ってほしい」
「私の実家なら今の檀司郎でも認めると思いますよ」
「だが百相院家は認めない。そうだろう?」
異次元開拓の要、百相院財閥の創設者。分家である百瀬家が認めても、その本家は認めない筈だ。
本来であれば、分家の二十三女の婚姻に本家がくちばしを挟むような事はしない。百もある分家ごとの、それも長子ですらない者の婚姻など本家は知った事ではない。
だが百瀬桃華は例外だ。希少な光属性の魔力を持つともなれば話は変わる。
百相院の血筋に光属性の遺伝子が宿るともなればその血の価値は計り知れない。桃華本人も婚姻外交の弾としては極上と言えよう。
本家が介入してでも管理したい。そう考えるのも無理はない話であった。
「だからこそ約束する。俺が栄光を手にした時、必ず君を迎えに行く。本家を納得させる実績を、魔王に謁見する勇者となり、桃華と共に生きていきたい。俺は君が好きだから」
現状で言える事を言い切った檀司郎は桃華の様子を窺う。
「……そうですね、分かりました。今はその言葉で納得します。その時が来たら、私はあなたと共に生きる事を約束しましょう。確かに本家の動きまでは分からないので、檀司郎の想いに答えるならばそれが一番いいのでしょう」
「それはそれとして引っかかるものもある、と」
「無理矢理攫って行く、とか。そういう向こう見ずな情熱的な言葉に憧れがあったんですよ」
桃華の唐突なカミングアウトに檀司郎は小さく呻く。
「……君と生きていきたい事に嘘はない」
「分かっていますとも。檀司郎は頑固で真面目なのは今までの付き合いで理解しています。……それでも、ちょっぴり期待してたんですよ」
ジト目で檀司郎を見つめる桃華。それを受けて檀司郎はすまないと頭を下げる。
「さて、いつまでも檀司郎で遊ぶわけにもいきませんし。今度はどこを目指しますか?」
「とは言ってもな。目印となるようなものも無いからな」
檀司郎がそう考えたところで、川の方から水飛沫を上げながら何かが違づいてきた。
「──ぉう、君──ッ」
小さいが男の声も聞こえてくる。檀司郎は眉をひそめた。聞き覚えのある声だったからだ。
「ここにいたか、檀司郎君ッ!!」
「ヴァル、ハイト……!」
檀司郎は言葉を詰まらせながら、川の水面を走ってきたヴァルハイトを睨む。
六法愚者の魔法使い。魔王の配下。警戒しない要素がどこにもない。
「案ずるな。我輩はもう長くはない。魔王の配下──百鬼夜行と化した我輩の身で、生前と同じ規模で魔法を行使してしまえば自壊する」
ヴァルハイトの言葉通り、彼の身体には小さい亀裂がいくつも刻まれている。少し触れれば壊れるのではないか、そう不安にさせるほど今のヴァルハイトは儚く映った。
「百鬼夜行とはすなわち、人類を撃滅する為に魔王から与えられた肉体の事だ。ゆえに魔王よりも数段劣るスペックでしかない。魔法使いの幻想には耐えられんし、何よりも世界のリソースをかなり喰うのだ。我輩はもう、この世界に舞い戻る事は不可能であろうさ」
地上で殺された肉体は百鬼夜行を更にデチューンしたものでしかなく、リソースもそこまで使わない。地上用の肉体が壊れたとしても、ダンジョン内の百鬼夜行が健在である限り生き返り続ける。
しかし今、崩れようとしているのはヴァルハイトの百鬼夜行だ。死ねばもうリソースが確保できるまでは復活する事は叶わない。
「ここがどこなのか、お前は知っているのか?」
崩れゆく己の肉体を見下ろしながら、ヴァルハイトは頷いた。
「知っているとも。ここは我輩の魔法にて創られた空間。【屍山血河】の名を示す、魂の留置場。そうさな、現世と冥界の狭間とでも言おうか」
六法愚者の第五法、【屍山血河】のヴァルハイトの幻想とは、周囲の生物を強制的に殺す事だ。
そこにはあらゆる理屈が通じない。たとえ不死であろうとも、ヴァルハイトが死ねと命じれば死ぬのだ。確実に命を奪う必殺の魔法。
それゆえに非常に強力な魔法であるが、唯一にして重大な欠陥が存在する。
殺された者の魂は、檀司郎と桃華が立っている空間に一時的に保管される。そしてヴァルハイトはその保管された魂を冥界側へと運ぶ義務が生まれる。
川を渡り、冥界として区切られた場所へ魂を移動させねば完全に殺したという判定にならない。
「我輩が冥界へ導かなかった魂は、肉体を伴って蘇生する。その際、我輩は己の力を一部譲渡しなければならない。それがこの絶死の魔法の代償よ」
この場に漂う魂を生かすも殺すもヴァルハイト。これが只人であるならば、魔法使いたる彼の胸三寸次第だが、同格の者であれば話が変わる。
この空間はヴァルハイトのものだが、だからといって魂の力の行使を妨害しない。
結論として、ここでヴァルハイトを倒してしまえば無条件で蘇生できるのだ。
必殺ゆえに必殺に非ず。矛盾を抱えたヴァルハイトの幻想は、六法愚者においいては何の価値もありはしない。
「ネエクを見たか?」
「いや、ここにはいない。我輩の幻想の中にいるのは君達二人だけだ」
檀司郎の疑問にヴァルハイトは断言する。ここにネエクはいない。ヴァルハイトの幻想には招かれていないのだと。
「……お前は結局何がしたかったんだ?」
「我輩は我輩の心の赴くままに生きている。実に楽しかったぞ。学園で生徒達の成長、慟哭、希望に絶望。喜怒哀楽に生死まで。その全てが心地よいものだった。檀司郎君や桃華君もそうだ。君達の生き方は我輩の心を揺さぶったものよ。──いささか、悪趣味なのは認めるがね」
しかしそれも終わりだ。ヴァルハイトに未来はない。身体が崩れると同時に周りの景色にひびが入る。ヴァルハイトの命と共に、彼の幻想も砕けようとしていた。
「これは詫びの気持ちだ。我輩の快にて背中を押した者達に、この魔境を踏破する為の力を授けよう。すなわち、魔法使いの神秘的防御を揺さぶる力だ。二人共、遠慮せずに持って行きたまえよ。我輩の死はもう決定事項だ。ならばこそ、少しでも若者の糧になるほうが良い」
魔境に引きずり込まれた時点で、他の六法愚者との戦闘は避けられぬ。魔法使いでなければ勝負にならぬでは、そう、ヴァルハイトにとって
詫びであると言いながら、結局はそこに帰結するのがヴァルハイトというケンタウロスの限界でもあった。
性根は死んでも治らない。今、再び死を迎えようとするこの時でさえ変わらないのだ。筋金入りと言っていいだろう。
「では、益荒男達よ。良き闘争を。そして檀司郎君、君の目的が達成される事を祈っている」
「それは、純粋な応援ではないだろう?」
「うむ。そうなれば我輩が面白いからだ。……ふふ、檀司郎君も我輩の事が良く分かってきたではないか。もう少し、共に学園で過ごしたかったものよ。そうであれば、もっと面白い日々を過ごせたやも知れん」
最期に檀司郎と談笑し、ヴァルハイトの身体は崩れて粉となって消えていく。
そして幻想の世界も崩れ落ち、檀司郎と桃華はダンジョン内にて生還を果たしたのだった。