大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!!   作:水金地火木土天海冥

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36.豊穣災禍

 レネドクラエは鉄槌に沈み、ネエクは無事だった。潰されたダメージは桃華が肩代わりしたものの、彼女の傷は既に塞がりつつある。

 身体全体に魔力を行き渡らせて自然治癒能力を底上げしているのだが、誰にでもできる技術ではない。魔力による身体強化は一般的だが、通常は腕力や脚力をほんの少し強化するだけに留まる。

 

 魔力の身体強化は強化幅が少ないのだ。だから誰も使わないし、リターンの少ない身体強化よりも魔法に魔力のリソースを割く方がコスパが良い。

 たとえ光属性であろうとも身体強化への恩恵はないため、桃華の自然治癒能力強化は自前の技術でこれを成している事になる。

 

「……ぅ」

「無事だったか、ネエク」

 

 レネドクラエの手の墓標の中で、桃華に命じられるまま無意識に魔法を発動させていたネエク。彼女の口が小さく開く。

 桃華が血に濡れていた事からダメージの肩代わりに気付いていたものの、ようやくネエクの安否を確認できて安堵の息を吐く檀司郎。

 

 これで全員揃った。ダンジョンが崩落し、帰還スクロールも用意できなかった以上、帰る手段は一つだけ。

 すなわち魔境のモンスターを狩り、帰還スクロールのドロップを狙う事だ。魔境の探索者が落とした荷物を漁る事も視野に入るが、ダンジョンは広く、魔境の探索者は少ない。

 可能性としてはゼロではない程度だ。期待できるものではない。

 

 既に檀司郎、桃華、ネエクは次の事に思考を割いている。己の生死に直結する問題なので間違ってはいないが、レネドクラエは魔法使いだ。

 腐っても、無様を晒しても、魔法使いとしては既に死んでいても、息の根が止まったわけではないのだ。ゆえに、これは油断と言っても過言ではない。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 鉄槌にて意識を沈められたレネドクラエは、ものの数十秒で覚醒を果たした。未だ死に至るほどの傷ではないが、百鬼夜行は()()()()()()()()()()()

 普段であれば決してしない愚行だが、レネドクラエはもはや敵に一矢報いる事しか考えていない。

 

「わたくしを、舐めたな。侮ったな──ッ!!」

 

 レネドクラエよりも己が上だと。舐めた。侮った。マウントを取った。

 ゆえにレネドクラエは神秘的防御を貫通され、こうして地に這い蹲っている。

 これは到底許せる事ではない。否、許してはならないし、許されてはいけない。なぜならレネドクラエが魔法使いであるがゆえに。

 最強を見下した代償は、犠牲というかたちをもって払われなければならない。

 

「これ以上、何をする気だ?」

 

 レネドクラエが起きた事に気付いた檀司郎が問う。しかしレネドクラエは不気味に笑う。

 

「わたくしが死ねば、その端末はどうなると思いますか?」

「……お前」

 

 つまり、ネエクは単独稼働(スタンドアローン)ではないという事だ。少し考えれば分かった事だろう。

 レネドクラエは言っていた。イレギュラーの動向やある程度の強さを知る事ができた、と。つまりはネエクとレネドクラエは繋がっていた。そしてその繋がりが絶たれればどうなるか。

 

 ここまで言われて気付かぬほど、檀司郎は決して鈍くない。

 

「言ったでしょう、製造者責任があると。万が一。億が一。あり得ぬ、あり得てはならぬ確率ですが、わたくしが責任を果たせなかった場合の事を考えなかったとでも思っていたのですか?」

「それが魔法使いじゃないのか?」

「違いますね。己の矜持と責任感は別問題です。矜持は良い。己が最強であると宣言し、見下し、優位性を捨てない。ですが責任とは、常に最悪を考えるもの」

 

 魔法使いは不死身ではない。寿命というタイムリミットが存在する。

 悠久を生きる多手人(ヘカトンケイル)であろうと、寿命があるのだ。もっとも、彼女の寿命と世界の寿命、どちらが短いかという規模ではあるが。それでも定命という事に変わりはない。

 

「終わりがあるならば、終わったとしても責任を全うできるように細工する。これはつまりそういう事で、至極当然の事でしょう。そこに魔法使いがどうの、最強がどうのと、そんな余分な事など入り込む余地はありません」

 

 レネドクラエとの繋がりが絶たれればネエクは死ぬ。あの殺処分は慈悲であったと、彼女は言うのだ。そうすればこんな絶望などなかったと。

 

「ええ、本当にこれは都合が良い。普段であればこの百鬼夜行の身体を崩す規模の魔法など、そう簡単には扱えないのですが……今ではほら、まるで小枝を踏み折るように簡単ですよ」

 

 レネドクラエの手にマグマが溢れる。自身が触ったところで傷付く事もない幻想だが、この程度の規模であろうとも百鬼夜行の崩壊が始まってしまっている。

 徐々に、徐々に。レネドクラエの身体が光の粒子となって消えている。

 

「ぁ、か……っ」

 

 そして。消えゆくレネドクラエに呼応するかのようにネエクが苦悶の声を上げる。

 その苦しみは決して幻ではない。繋がりのある親機がこの世から消えかけて、子機たるネエクもまたその命を散らそうとしているのだ。

 レネドクラエが霧散するまで、時はもう幾ばくもない。

 

「ふふふ、あははは……」

 

 わたくしを舐めた下等生物が、ざまあみろ。一矢報いる程度でしかないのは身を焼くほどの屈辱だが、魔法使いたるわたくしはその運命を耐え忍ぼう。

 レネドクラエの(いさぎよ)勝利(はいぼく)宣言。蒼褪めた三日月を口に描きながら、これを以て誅とすると彼女は断じる。

 

 レネドクラエは決めたのだから、それは疾く遂行されなければならない。すなわち、レネドクラエの繋がりをネエクから断ち切るという裏ワザなど許されない。

 ゆえにネエクは道連れにされる。レネドクラエの崩壊を止めぬ限り、ネエクの死は避けられない。

 

「わたくしは負けました。しかしそちらもまた敗北でしょう。我が端末に情を移した以上、その犠牲は看過できない。ここに勝者はいなくなる。所詮、下等生物が魔法使いを相手に出し抜こうなどと思い上がったのがいけないのですよ」

「……クソが!」

「そんな……!」

 

 悪態を吐くしかできぬ檀司郎。嘆く事しかできぬ桃華。あぁ何と愉快な様である事か。レネドクラエの百鬼夜行は既に風前の灯火だが、檀司郎は癒えぬ傷を心に負うだろう。

 猛毒にも等しい一矢にて、レネドクラエの小さな復讐がここになろうとしていた。

 

「なるほど。我ながら随分と悪趣味ですね」

 

 なろうと、していたのだ。

 レネドクラエは瞠目する。まさか。あり得ぬ。なぜ。どうして今なのだ。よりによって、この瞬間に、どうして。

 

「ならばネエクの繋がりをわたくしに移せばいい。その上で単独稼働(スタンドアローン)に切り替えてしまえば万事解決、何も問題はありません」

 

 レネドクラエと同じ声。しかし、その言葉は檀司郎達を安堵させるものであった。

 

「……レドラ、先生?」

 

 檀司郎の疑問に満ちた困惑に、レドラは苦笑しながら人差し指をそっと唇の前に持ってくる。

 内緒ですよ、と。その仕草はまるで悪戯がばれた子供のようで、思わず檀司郎と桃華は顔を見合わせてしまった。

 

「ふ、ふざけるな! わたくしは──!」

 

 レネドクラエは更に幻想を生み出し、百鬼夜行の崩壊を加速させる。繋がりを移させる前に道連れにする。ただその為に己が幻想を駆動させる。

 

「【六法が一つ、土の詠唱(こえ)を聞くがいい】」

 

 しかし、それはもう間に合わない。

 

「【我は大地。民草(あかご)を育み養い続ける慈悲に溢れた愛の化身。穢れを知らぬ独善が未熟な世界を包み込む】」

 

 これなるは真なる魔法使いの覚醒だ。その幻想は最強であり、干渉などできる筈もない。

 

「【地母の威光に平伏せよ。善き者達には豊穣を、悪しき者共に災いを。選び、与える事こそ我が権能】」

 

 百鬼夜行の崩壊は既に止められている。生命を回復させる豊穣も、生物を滅ぼす災禍も、全てはレドラの掌中であるがゆえに。

 

「【魔法覚醒(Extended)──豊穣災禍(ViceGorger Salvation)】!」

 

 これこそが本物の豊穣災禍。百鬼夜行の紛い物では断じてない。唯一現代(いま)を生きる魔法使いの幻想だ。

 もはや自身の策が無価値と化したレネドクラエ──百鬼夜行は激昂する。

 

「わたくしが、わたくしの邪魔をするのですか!!」

「確かにわたくしは『六法愚者』統括官代理にして第四法、【豊穣災禍】レネドクラエです。しかし、今は大和国立国際ダンジョン学園の保健医、レドラですので」

 

 六法愚者に所属する第四法だけにあらず。ゆえにお前とは違うのだと、レドラは己を模した百鬼夜行へ無慈悲に告げる。

 

「学園の生徒を助ける事は、先生の仕事ですから。……あぁ、なるほど。ネエクの繋がりは随分と単純ですね。破棄しやすいが、ハックもされやすい」

 

 堂々とネエクの解析を始めるレドラに、百鬼夜行たるレネドクラエは苦々しく歯を軋らせる。

 納得しない。できない。自分と同一の存在なのに、下等生物に与する事が理解できない。

 

()()()の納得など不要です。繋がりも既に移し終えましたし、もう用済みですね」

「待っ──!」

「消えなさい」

 

 レドラが手を一振りするだけで、百鬼夜行の下にマグマ溜まりが生成される。その幻想は今まで戦った魔法使いの比にならぬほどに強い。

 煮え滾るマグマを前にして、檀司郎の身体が凍えんばかりの寒気を覚えた。

 

 それは恐怖。生物としての次元が違うと、この瞬間に檀司郎は理解した。これが本当の魔法使いなのだと。百鬼夜行とは、魔王のリソースに合わせてデチューンされた存在でしかないのだと。

 言葉ではなく身体で理解させられたのだ。マグマの熱で温度が上昇している筈なのに、寒くて震えが止まらない。

 

 歯が噛み合わぬ檀司郎をよそに、百鬼夜行は言葉もなくレドラのマグマへ沈んでいった──。

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