大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!! 作:水金地火木土天海冥
レネドクラエの百鬼夜行は既に消えた。今ここにいるのはレドラ──本物のレネドクラエだ。
「……レドラ先生、でいいのか?」
「えぇ。確かに本名はレネドクラエですが、ダンジョン学園の保健医という立場の方があなた方は接し易いでしょう?」
瞬きにも満たぬ時間だが、レドラとして過ごした日々は決して悪いものではなかった。彼女はそう続けて微笑んだ。
「それに、わたくしもあの男を魔王の前まで連れて行くという仕事もありましてね」
「あの男、とは。その、もしかして……」
桃華が広場の入り口へ視線を向ける。そこにはプルプルと震える、艶のある黒い粘性生物がいた。
いつの間にあったのだろうと檀司郎は首を傾げ、生き残ったネエクは好奇心のままに指で突いている。
「ネエク、不用意に触るな」
「うん。だけど、多分悪いものじゃないよ」
ネエクの言葉に檀司郎は疑問符を浮かべ、ネエクに続きを促した。
「お兄さんの匂いがする。……ううん、お兄さんだけじゃない。桃華お姉さんの匂いや、私の匂い。……ええと、レドラ、先生? の匂いもする」
「あっはっはっは、ある意味正解だよ。鋭いねえ、ネエクちゃん」
黒い粘性生物から少年のような声が響く。次いで、その姿が変化していく。
粘性生物から人型となり、そこから更にディテールが加わっていく。ものの数秒で粘性生物からネエクの姿へ。
「モンスターか、あるいは異次元産の何かか?」
攻略情報に目の前の生物の情報はなかった。新種か、あるいはセンリのような異次元の生命体か。
檀司郎の推理にネエクに化けた粘性生物は嬉しそうにニタリと笑う。
「その選択肢だと後者だね。そうだなあ。ウィルカインストと言えば分かるかな? それが僕の名前だよ。名乗れる名前はまだまだあるけど、有名なのはこれかなやっぱ」
「ウィルカインスト……」
「……よりによって、その名前が出てくるのか」
たちの悪い冗談だと二人は訝しむ。ウィルカインストの素性は闇の中だ。何もかもが不明であるがゆえに、こうした騙りは珍しくもない。
曰く弟子、曰く子孫、曰く兄弟姉妹の血統、曰く、曰く、曰く──例を挙げるだけでもきりがないほどにありふれた事なのだ。
「うーん、反応がイマイチだね。ウィルカインストのネームバリューは決して無視できるものではないと自負してるんだけどね」
「バックボーンが何も残っていないので言った者勝ちですよ。何せ真実かどうかの証明すらできないのですから。であれば、最初から信じない方が楽でしょう。ウィルカインストの名は今や詐欺の温床でしかありません」
「えー。せっかくビックリさせてやろうと思ったのに」
ウィルカインストを名乗る粘性生物は首をひねる様子を、レドラはただ苦笑しながら眺める。
檀司郎と桃華はレドラが否定しないところを見て、ウィルカインストの存在を冗談の類から疑惑の域に昇格させた。
「あぁ、というかあれだよ。百瀬桃華がいるのならこっちの方が手っ取り早いね」
ネエクの姿からすぐさま元の黒い粘性生物に戻り、そして一人の老人へと化けた。高価そうな着物を羽織り、巌のごとき形相は見る者を畏怖させる。
そして、桃華の口から小さい息がもれた。吐き出された感情は驚愕であった。
「……本家の、ご当主様?」
「いかにも。百相院家当主、百相院屡嘉である。……なんてね。どうだい? さすがに百相院の名を騙る馬鹿はいないよね? だって僕が全部潰してるし」
少年のような声から一気に老いを感じさせる、重く喉を振るわせる声に切り替わっている。だのに口から出てくる言葉の調子は見た目にそぐわぬほどに幼い。
分からない。少なくともセンリと同じ種族ではないだろう。あっちも黒い身体に非常識な力を有していたが、まだ理解の及ぶ範疇だった。
それに比べて目の前のこれは何だ。掴みどころのないという話ではない。まずこれは本当に生物なのか。姿も声も自由自在。なのに精神は驚くほどに幼く在れるのは一種の超常だ。
姿を変身させるというのであれば、相応のサンプルがある筈だ。あれこれ悩まず化ける事ができるという事は、それだけの生物を見てきたうえで相応の経験も積んでいる筈。
ゆえにこれはあり得ない。それだけの経験があって、どうしてそこまで精神が未熟なのか。檀司郎はふと、ついさっきまで戦っていたレネドクラエの姿を思い出す。
思えば彼女も随分と未熟であった。おそらくは檀司郎よりも長く生きている筈なのに。
「生物としてのタイムスケールが違うのですよ」
檀司郎の考えている事などお見通しだとばかりに、レドラは優しく告げる。
「長命種にとっては一年など午睡未満でしかありません。一瞬で通り過ぎていくものです。あれも何だかんだで数千年以上は生きていますが、成熟するにはまだ同じくらいの時間が必要でしょう」
それはレドラの経験談なのだろう。数千もの年数を生きた者が一年の単位で経験できる事などたかが知れている。もっと大きく単位を区切らねば成長というものが見えてこない。
「あれはもうそういう生物ですよ。
「この世界こんなのばっかりなのか……?」
檀司郎の愕然とした呟きに、レドラはただ頷く。
桃華と何かを話し込んでいるウィルカインストを見つめる檀司郎は、レドラの肯定に対して苦々しく呻くのみだった。