大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!! 作:水金地火木土天海冥
檀司郎の威嚇を意にも介さず、フィゾロアは鼻歌混じりの笑顔を浮かべる。
【かつて、わたしの愛はただ一人の為のものだった。あの人以外に何もいらないと、そう思っていた。だってあの人だけがわたしの愛を平然と受け止めてくれたんだもの。愛に耐えられるだけの人もいたけれど、大多数の凡人はわたしの愛の、ほんの残滓で正気を失っていく】
無限にも等しい愛が濁流のように他者を押し流す。一人に向けられていたものがほんの少し溢れただけで、人は簡単に壊れていく。
そして今、フィゾロアは愛を開放して他者を凌辱し尽くすまで止まらない。ウィルカインストの契約に応じた以上、愛欲龍の権能を揮わなければならないのだ。誰かを愛し、壊れるまで。
【わたしはあの人を愛した。その愛に世界が耐えられなかった。反省したのよ。だからこうして他の人にもわたしの愛を少しずつ分けてあげてるの。今度は世界が耐えられるように、少しずつ。……それでもみんな耐えられない。あの人に捧げた愛の、ほんの一匙に過ぎないのに】
残滓ですら正気を失う愛など到底まともではない。たとえほんの一匙に過ぎなくとも、直撃すれば心が砕けるのは必定であろう。
しかしフィゾロアはそこに気付かない。気にも留めない。彼女にとって愛するとは呼吸と同義なのだから。
【だから嬉しいのよ。わたしの愛で正気を失わない人間は本当に少ないの。あの人と、龍になる前の
フィゾロアの目には、檀司郎の目の前で嬉しそうにグニャグニャと変形し続けているウィルカインストの姿は映っていない。あれは人間ではないからだろう。
愛による肉体変異が権能ならば、化ける事に特化したウィルカインストにとっては何の痛手にもなっていない。
そしていまだに檀司郎の肉体は変異を続けている。目に見える変化ではなく、確実に人ではない何かへと変わり果てようとしている。
その進行は緩慢だが、油断できるものではない。
「あれ? 僕との契約はどうなってるのさ?」
【彼がわたしの愛に耐えられなかったらちゃんとするわよ。デーモンとやらと同じ存在にしてほしい、だったかしら? その代わりあなたも私の愛に屈するなら容赦なく別の存在に変えるわよ】
契約に応じた欲龍の欲を満たす。それがウィルカインストの契約だ。フィゾロアは自身の愛で満たしたい。その欲の前では契約者であるという事実は何のセーフティにもなっていない。
「そうそう。デーモンであれば僕の聖女の力で殺せるからね。それと、僕がフィゾロアの愛に耐えられない事は考えなくても大丈夫さ。
【……ふぅん】
笑顔で聖女の力の便利さを語るウィルカインストは、フィゾロアの表情に気付かない。
汚物を見るかのような険のある視線で睨みつける。契約が無ければ殺されていたのではないか、そう感じさせるほどにフィゾロアの気配が剣呑なものへと変わっている。
【まぁいいわ。その聖女の力とやらはこちらの知るものとは別ではあるし、その戯言も吞み込んであげる。だけど、彼をデーモンへ変えるのは愛に膝を折ってから。まだ折れてもいない存在を変えるのはわたしの欲に反する。それは理解しているわよね?】
「もちろん。そして檀司郎の虚勢もそう長くは続かないだろうさ。何せフィゾロアに愛されるという事に、完全に抗える生物などどこの次元にも存在しない。人間に耐えられる程度の愛ならば、フィゾロアは龍玉座に至っていないのだから」
事実、龍となった彼女の愛に耐えられる生命などほぼ存在しないだろう。檀司郎もよく耐えてはいるが時間の問題。ウィルカインストはそう決めつけ、勝利の皮算用を始めている。
フィゾロアの愛に屈せば人間からデーモンへと身体構造を作り替え、ウィルカインストの聖女の残響にて消し飛ばす。
魔王も、魔王になり得る存在も。フィゾロアの権能に平伏するしかないのだと、ウィルカインストは確信しているのだ。
「何を、ごちゃごちゃと言ってんだ!」
ゆえに、未だに無意味な抵抗を続ける檀司郎の事が理解できない。もはや肉体も変異寸前の限界だというのに、檀司郎は両手の鉄槌を振り翳す。
ウィルカインストへ、そしてフィゾロアへ。たとえ躱されようと関係ない。当たるまで攻撃を続けるのみ。
【へえ、面白いわ。耐えるだけじゃなくて反抗する事もできるなんて。……そうねぇ。だったら見せて頂戴。あなたがもし、わたしの愛に跪く前にウィルカインストに勝てたなら見逃してあげる。もちろん、身体も全て元通りよ】
「おい! 勝手な事を約束するな!! 契約はどうした!!? ──くそ、なら次だ!」
そうしてフィゾロアの姿は消えていく。勝手な言葉を残されたウィルカインストの怒りがダンジョンへ響いた。
檀司郎の鉄槌を避けながら、再びウィルカインストは方陣を起動させる。
【呵呵、呵呵呵呵呵、呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵!!!】
方陣から姿を現したのは一人の老人。背は曲がっておらず、捻じくれた刀を抜き身で持っている。その姿は、檀司郎の記憶に焼き付いた一人の
「斬り捨てろ! 虐欲龍ザンクード!」
【なるほど、なるほど。良いな。実に良い。この世界に落ちた化身が殺されたかと思えば、まさか貴様に呼ばれるとはな。……では、再戦といこうか小童。
ダンジョン第二百九十八層にて遭遇した
かの老兵は人斬りだった。人間を殺す事に特化した存在であった。ならば目の前のザンクードもまた同様──否、それ以上の技量を持つだろう。
「……だから、どうした」
檀司郎は静かに呟く。フィゾロアの愛が身体を蝕み、ザンクードの凶刃が振り下ろされようとしているこの状況は、絶望的という他ない。
常人であれば諦めて死を受け入れるだろうが、檀司郎はそれを許さない。
「俺は生きる」
死んでたまるかと檀司郎は気を吐いた。地獄だろうが、絶望的だろうが、それは生きる事を諦めていい理由にならない。
「道を開けろよ、邪魔なんだ!」
【ならば全力で抗うがいい! 呵呵呵呵、呵ァ呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵!!】
そして今、鉄槌と刃が激突した。