大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!! 作:水金 天海
時を戻してダンジョン第五百三十三層。ウィルカインストの開けた穴へ落とされる檀司郎を、百瀬桃華は見た。
咄嗟に手を伸ばすが間に合わない。笑顔で桃華との談笑に応じていたウィルカインストは、同じ顔で檀司郎の殺害を目論んだ。
「……あの人、は」
「異次元の生物ですよ。人間とも、そして魔法使いとも根本的な価値観がずれています」
弱弱しく呟く桃華にレドラが注釈を入れる。
「この世界の生き物ではないのですから、身についている常識、思考、その他生きている内で学んだ全てが文字通りこの世のものではない。だから誰もウィルカインストを真に理解できない。理解する必要がない、と言い換えてもいいでしょうね」
「魔王を殺すと言っていましたが……」
「ウィルカインストでは魔王どころか檀司郎君も殺せませんよ。彼は魔王の座の簒奪を仄めかしたので、アレが勝手に脅威と定めたのでしょう。……十中八九、死ぬ事になるのはウィルカインストでしょうが」
桃華の心配をよそに、レドラは自分の見解を告げる。
ウィルカインストの力は全て借り物で構成されている。数多の異能を使用できるゆえに、無限の手札が存在する。それは一見脅威であろうが、実際は大した事が無いというのがレドラの意見だ。
「あれは真似事だけしかできません。無数の異能を組み合わせて自分だけの手札を作る技能に欠けています。幼児が親を真似するように、あれはまだ学びの途中なのですよ。車道に飛び出した幼子がどうなるかなど、語るまでもないでしょう」
即ち、無知のまま死ぬのだ。超常的な異能のスペックに心酔し、レドラに敗北した事実を解析しようともしない。自身の力と向き合うまでにはまだまだ膨大な時間が必要で、そしてそれはもう訪れない未来と化した。
何の感慨もないかのようにレドラはただ言葉を並べる。
「それに、どうやらわたくし達にもお客さんが来たようです」
今まで戦っていた広場から奥に続く通路から風切り音が聞こえて来た。
「──うぐッ!?」
瞬間、桃華の身体が雷撃で爆ぜた。身を焦がす光り輝く灼熱に呻きながら、桃華はその元凶を見た。桃色の翼を持ち、着物で自身を彩るハーピーの姿を。
「……あれ、は……!!」
その姿を百瀬桃華は知っている。忘れる筈がない。幼い頃、ダンジョンに拉致された時に出会った二人の子どもがいたのだ。そして、その二人をダンジョンの奥へと攫って行ったハーピー。
意識を失った幼い檀司郎を守ろうと決意した桃華の、その最初のきっかけを作った存在。
「ぅげ、本物のレネドクラエがいるし」
当のハーピーは桃華の鋭い視線に気づく事なく、レドラの姿を見て顔を歪ませた。
地上のダンジョン学園にて殺された記憶もあるので出来れば会いたくなかったのだろう。
「でもまー、いっか。ヘイヘーイ、手伝ってよー! 同じ六法愚者のよしみでさー!」
「今のわたくしは中立ですよアスカ。六法愚者でもあり、彼女の学園の保健医でもある。だからこそ、わたくしは手を出しません」
桃華を援護する事はないが、アスカに与する事もまたない。レドラはそう断言し、静観するという。その態度にアスカは不満を口にする。
「それってさー、魔王への裏切りじゃない? 自分の百鬼夜行にとどめをさしたの、見られてないとでも思ってたの?」
「あの不良品を処分して、何か問題が?」
魔王による百鬼夜行、それも自分の分身をあろう事か自らの手で潰した事実。それは六法愚者に属しておきながら魔王に歯向かうという明確な裏切り行為、として映るのだがレドラとしては別の言い分がある。
「わたくしの百鬼夜行は、あなたやヴァルハイトと違ってベースとなった人格が異なります。既にこの世にいないあなた達はレズヴェルの知る全盛期の人格がモデルでしょうが、わたくしの百鬼夜行は魔法使いとして目覚めた直後──すなわち、
だからこそ、そのような粗悪品が己の名のラベルを貼り付けて行動する様に反吐が出るのだ。もはやあの頃の思考など微塵も残ってはいないが、記憶は微かに残っている。
愚かであったあの頃の。未熟で傲慢で、世界で一番強いと信じて疑わなかった幼い衝動。
「あれで生後数年?
「そもそも、あなたは
揶揄うようなアスカの調子に、レドラは淡々と続ける。そも、
そして他でもない、レドラの属する人種。
「わたくしは生まれた時から姿に変化はありません。悠久を生きる? えぇ、世界はそのように認識しています。そしてより正確に言うならば、
悠久を生きるのではなく、正しく不死なのだとレドラは言う。
「わたくしは世界の調停者であり魔王、レズヴェルに作られたこの世界で最初の人類です。この姿は彼の妃……第一法の故郷である
レドラの姿は作られた当時から何一つ変わっていないし、これからも変わらない。
人間と違う部分はまだレズヴェルが人間という存在を理解しかねていたがゆえのズレである。レドラを始めとして、寿命の設定や肉体のパーツなどを試行錯誤し、ようやく人間という種族を生み出すに至った。
その試行錯誤こそが、ケンタウロスやハーピーといった人間とは違う人類の原型である。
「さて、アスカ。あなたは自分の家族が、幼い頃のアスカの姿を模した人形を他人に自慢している様を見て、どう思いますか?」
「うわぁ、きっしょ。……って思うかなぁ」
「ええ、その通り。実に気持ち悪い。ましてやそれが動き、話し、危害を加えてくるともなれば猶更でしょう。ゆえに、レネドクラエの百鬼夜行を潰した事は裏切り行為ではなく、ただの不良品の処分なのですよ。そしてこれからあの男に文句を言いに行く途中でもあります」
永い年月で精神は熟成したが、恥を忘れたわけではない。
アスカの訴えである百鬼夜行を殺した件を、ただの処分であると言い張るレドラ。もちろんこれは詭弁の類であり、百鬼夜行と人形を同列に扱うなど言語道断である。
しかし、残念ながらアスカはそこまで細かい事を気にしない。気持ち悪いから潰した。理由がどうあれ、アスカが納得したなら是となるのだ。
「その上で、あなたはどうしますか? わたくしの行く手を阻んで、無様に死にますか?」
「まるで相手にならないって言ってるみたいじゃん」
「遠回しにそう言っているのですよ。生前ならばともかく、いくらあの男がリソースをつぎ込んだとはいえ百鬼夜行でしかないあなたに不覚は取りませんよ」
百鬼夜行は魔王が作り出した、力を持った影法師だ。その力は振り分けられた魔力量によって変動する。
その理屈で言うならばアルベルトやヴァルハイトは振り分けられた魔力は少なく、レネドクラエやアスカは多い。
ゆえに、力量という点で見るならばここにいるアスカは間違いなく魔王の勢力の中でも上澄みだ。
レドラの相手にならないという発言は、その情報を加味した上での純然たる評価であった。
百鬼夜行のアスカが弱いという話ではない。魔王によって作られ、その強さがデチューンされているとはいえ、魔法使いではない者達にとっては脅威でしかない。
しかし、レドラは生前のアスカを知っている。彼女の本当の強さを。
「かつて魔法使いは二つの事を恐れ、忌み嫌いました。一つは寿命。もう一つはアスカの雷霆。わたくしも、そしておそらくはレズヴェルもその恐怖は身に染みて理解している」
だからこそ、今のアスカにレドラは微塵も恐怖を抱かない。彼女の雷撃が桃華を焼いた光景を目にして、レドラは確信したのだ。
「生前のアスカであれば、既に桃華さんは跡形もなく消し飛んでいるでしょう。あなたの雷霆は、たとえ掠っただけであろうとも生き延びれるほど甘くはなかった。万物全てを消し飛ばす無情の一撃が、随分とまぁ可愛らしくなりましたね」
「……ムカツク」
あからさまなレドラの煽りに顔を歪めるアスカ。
「とまぁ、裏切り者扱いへの報復とわたくしの顔に泥を塗った仕置きはこれくらいにしておきましょう。あなたの目的も、わたくしの百鬼夜行と同じでしょう。桃華さんを魔王の元へ連れて行く事」
桃華へ六法愚者第一法の役割を継承させて破滅太陽を再び封じる。世界の滅亡を防ぐべく、魔王が探し求めた救世主の器を特異点へ誘う。
「保険医としてのわたくしとしては、桃華さんは帰還スクロールを見つけ次第地上へ帰したいところですが……さて、どうしますか?」
レドラは桃華へ問いを投げた。退くか進むか。魔境において帰還ポータルは機能しない。ダンジョンの階層を記録するだけの置物と成り果てる。
このまま魔境のモンスターを狩り続け、
当然、後者は自ら生贄になる道だ。桃華にメリットなど何もない。
「私が行かないと、世界は滅びるのですよね?」
「破滅太陽が活性化すれば当然、この世界の生命は全て消えます。
「……それ、選択肢など無いも同然じゃないですか」
破滅へのタイムリミットが思いのほか短い。桃華は苦笑しつつ、アスカへと向き直る。
「ならば私は進みますよ。だからといって、目の前のアレに引っ張って行かれるのも癪です。なので──」
桃華の目が鋭くアスカを睨みつける。嫌悪の感情をこめて。
「彼女の首を、魔王への手土産としましょう。そうすれば少なくとも無体な扱いはされないでしょうし」
「調子に乗るな」
桃華の言葉にアスカは冷たく返し、再び雷撃を飛ばす。
桃華はその雷撃を読んでいたかのように掌で受け止め、焼き爛れる事すら気にも留めずに強引に握りつぶす。
「私は百瀬桃華。あなたが魔王の配下だと言うならば名乗りなさい。もっとも、鳥頭よろしく覚えていないのであれば名無しで結構ですがね」
「……『六法愚者』第六法【迅雷脚】アスカ。お前をボコボコにして魔王への生贄にしてやる」
桃華らくない口汚い挑発に、ハーピ──―アスカは刺々しい返答で
「……?」
その奇怪な動きに桃華は訝しむ。
ハーピーとは腕の代わりに翼を、そして足の代わりに脚を持つ人類である。
翼は飾りに非ず、疲労するとはいえ飛行など容易い事だ。しかし、目の前のアスカはそんなハーピーの特性など知った事かと縦横無尽に跳ね回る。空を足場とし、それを蹴る事でデタラメな動きを可能としている。
「そぉーれ!」
無邪気な声と共に放たれた蹴りは、華奢なアスカの体躯に似つかわしくないほどに、重い。
咄嗟に腕を組んでガードをする桃華。光属性の魔力で自然治癒能力を強化していなければ、腕の骨が微塵に砕けたままだっただろう。
「くぅっ!?」
砕けた骨は自然治癒に任せて再生。一瞬でも気を散らせば戦闘不能になり、魔王の元へと運ばれるだろう。
それは桃華にとって、敗北を意味する。それだけは受け入れられない。
「私の未来は私が決める!」
ゆえに勝利を望むのだ。
アスカを。六法愚者を。魔王の配下を退け、それを以て強さの証明とする。
これは魔王への宣戦布告。生贄になる運命を黙って受け入れるものかという反骨の意を示すのだ。