大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!! 作:水金 天海
「カ、ハッ──!?」
まず感じたのは息苦しさであった。特異点に入った檀司郎は、呻きと共に膝を折った。
呼吸は問題なく出来ている。なのに身体は自由に動かず、窒息感が拭えない。
「言っただろうが。資格のねえヤツは入れない。これでその理由が身に染みて理解できたか?」
酸素が無い、わけではない。卒倒するほどのものではない。しかし足りない。何かが欠乏しており、それを身体が求めている。急速に体内の
それがいったい何であるか、檀司郎が答えを出す前にレズヴェルが告げる。
「特異点には魔力が存在しない。地上は破滅太陽由来の光属性の魔力が、そしてダンジョンには夜由来の闇属性の魔力が満ちている。現代の人間は、魔力に満ちた空間での活動に慣れ過ぎた。魔力が存在しない空間では、逆に体内の魔力が抜けていくのさ」
現代人にとって魔力とは魔法式へ流すものという認識が大半である。周囲に魔力が満ちているのだから、魔法式へ流したとしてもすぐに補給できる。枯渇するものという認識自体がないのだ。
魔法を使わずとも、新陳代謝の一環で体内魔力と体外魔力は常に入れ替わり続けている。言ってしまえば、人類にとって第二の呼吸なのだ。
これは人類がダンジョン内で
そして闇属性の汚染が体内魔力に行き渡ると人類は
「身体の代謝機能を理性でコントロールするなんざ、どだい無理な話だ。もう自覚しただろう? このままだとお前は魔力が無くなり、そして死ぬ。魔力に慣れるという事は、それ前提での生存能力になるってわけだ」
魔力に満ちた世界で生きるべく、現代人の身体は体内に魔力が溜まり過ぎないように進化している。身体に魔力が溢れてしまうと中毒症状を引き起こす。
ゆえに効率よく魔力を消費し、かつ枯渇しないよう体外魔力を補給する能力が高いのだ。逆にいえば──。
「魔力が枯渇しちまえば筋肉を動かせなくなる。そうなればじき、呼吸も止まる」
「……お前は、違うのか……?」
「俺か? 当然だろう。俺は魔力があろうがなかろうが生きていける。誰が特異点とダンジョンを創ったと思ってるんだ」
特異点は特別な空間だ。六法愚者の第一法、レズヴェルの妃のために存在する
逆にダンジョンは闇属性の魔力に溢れた場所だ。数多の人類への試練場として機能し、ついには百瀬桃華という第一法の後継を見つけ出した。
この二つの領域を創造した魔王レズヴェルこそ、この世で最も生存に適した生命体といえるだろう。そも、
「精々そこで野垂れ死んでろ。……いや、いっそ助からねえなら一思いに殺してやった方がマシか? なぁおい、お前はどっちがいい?」
魔力が失われ続け、もはや立ち上がる事すらできない檀司郎にレズヴェルは選択を強いる。お前はどう死にたいのだと。お前が助かる都合のいい結末などありえないのだと。
力なく項垂れる檀司郎の首へレズヴェルが手を伸ばす。
「スト~ップ! ちょっと待ってよヴェル君!!」
「……よくもまぁ、つくづくと運のいい野郎だなお前は」
檀司郎の首が手折られる直前、焦りを含ませた女性の声がレズヴェルの手を止めた。
その女性に聞こえぬよう、小さく舌打ちしたレズヴェルは檀司郎の首から手を離す。ドサリと雑に放り出された檀司郎は受け身も取れずに口の中で呻きを転がした。
「こぉら、そんな乱暴な事やってちゃダメでしょ! そんなんだからいつにも増して顔が怖くなるんだよっ!?」
「あーはいはい、悪かった。俺が悪かったよ勘弁してくれ、レイナ」
地面に転がった檀司郎を気にしつつレズヴェルを りつける女性。その様子を見て、檀司郎は女性の正体が頭を過ぎる。
レズヴェルの妃にして六法愚者の第一法、陽月輪。世界創造のために礎となった者。見た目は黒い長髪を綺麗に束ねた、あどけない少女でしかない。しかし魔王たるレズヴェルに対して気安い態度をとれる時点で、やはり普通ではない。
「ウチの人がごめんねー。悪い人じゃないんだよ? ただちょっと乱暴なだけで。あ、自己紹介がまだだった! 初めまして、あたしはレイナ。大和の人なら
平謝りをするレズヴェルを置いて、嬉々として檀司郎に話しかけるレイナ。ハイテンションな語りかけに答える余裕が微塵もない檀司郎は、掠れた声で返事をする事で精一杯だ。
「……桃華は、どこだ?」
「あぁ、君の彼女さんだね! 丁度役割の継承が終わったところだよ。もう少しでここに来るんじゃないかな。……光属性の魔力が抜けたから、特異点からは出られないけどね」
「身体の構造も作り替わって、魔力を使えない肉体になったわけだ。その身体のまま外に出ようものなら魔力中毒で即死だろうな」
檀司郎の疑問に答えるレイナとレズヴェル。桃華は第一法の役割を受け継ぎ、闇属性を排斥しない光属性の魔力を世界へ捧げたのだと言う。
「ここから数百年かけてダンジョンを創る前の時代の環境へ戻していく。昼夜の概念を復活させ、破滅太陽の魔力を夜の魔力で中和し、魔力のない世界とする。そうすりゃレイナと桃華は晴れて特異点から地上へ移り住める」
そしてとどめとばかりにレズヴェルは檀司郎を見下ろして、現実を突きつける。
「レイナと桃華が生きる未来にお前は辿り着けない。魔力の無いこの特異点でさえこの有様だし、何より寿命が足りねえ。第一法として身体を再構築したレイナと桃華は、特異点内では寿命のカウントが進まないが、お前は違う。資格のないお前の身体は作り替える事なんざできねえしな。お前のその妙な悪運もここまでだな」
冷たく笑うレズヴェルを、レイナは半目でジトーっと睨む。
「ジトーっ」
声も出している。
「どうしたレイナ。言っておくが、俺の権能でもこいつを延命させるのは無理だぜ。それは分かっているだろう?」
「一つだけ生き残る方法があるって、どうして言ってあげないの?」
「あ? ……あー」
レイナの言葉にレズヴェルは苦笑しながら頭を掻く。完全に忘れていた、というよりも思い出したくもないほどに忌々しいと深くため息を吐く。
「生き残る方法……っちゃあそうだがな。まぁ確かに? 俺とレイナが生きて向こうにいたから最低限の命の保証はあるがよ……」
「この子に当たり強くない?」
「よりにもよって、資格もねえのに特異点に入れろってほざいたんだ。だからその責任を取ってもらおうって思ってな」
檀司郎が望んだ特異点だ。ならばここで死ぬならば、それこそ本懐。本望というものだろう?
確かに強者には敬意を示す。魔王としての礼儀であるとレズヴェルもそう信じている。
しかしダンジョンを踏破した勇者としての敬意は特異点への入室を望んだ瞬間に消し飛んだ。そしてそれでも尚、魔王を追い詰めた檀司郎に対する敬意は特異点に入れた時点で品切れだ。
今のレズヴェルに、檀司郎に与える慈悲など何もないし残ってもいない。
「それなら多数決ね! ヴェル君はこの子を助けないに一票。あたしは助けるに一票。これで状況は五分五分ね」
「……レイナ、まさかこいつに投票させる気か?」
そんな八百長じみた多数決に納得すると思うなと釘をさす前に、新しい声がレイナに続く。
「では、私は麗奈さんに賛成しましょう」
「だってさ、ヴェル君」
継承を終え、肉体の再構築が終わった桃華が戻ってくる。桃華の賛成を聞いたレズヴェルはこれ以上ないほどに顔を不快に歪ませる。
「話は聞いていました。……と言いますか、
それで、と桃華は一呼吸置いて次の言葉を装填する。
「聞かせてください。檀司郎が生き残る方法を」
「……隔離世」
一歩も退く気がない桃華に観念し、レズヴェルは短く方法を示す。この特異点に隔離世と呼ばれる異次元の入り口が、まだ残っているのだと。
「かつてレイナが落ちた穴だ。俺も追いかけたが、少なくともすぐに死ぬような場所じゃねえのは保証する」
しかし、それは安全な生が約束される事とはイコールで結ばれない。
「俺はな、隔離世に在った数多の戦場を元にしてこのダンジョンを創り上げた。要するに、向こうでも変わらず戦い続けるしかねえって事だ。こっちに戻ってくるつもりなら猶更だが……まぁ、こいつが戻ってきたとしても既に魔力の無い世界に変わっているだろうがよ」
ゆえに檀司郎を隔離世に放り込んだところで、魔力に慣れ切った肉体ではこの世界に帰還できない。レズヴェルでさえ隔離世から帰還した時には数千年の時間が流れていたのだ。
どれだけ檀司郎が早く隔離世を攻略しようとも、確実に数百年の時は過ぎる。この世界は、隔離世に比べて時間の流れが早過ぎる。
「どっちにしろ、檀司郎は独りだ。であれば──」
「ならば何も問題はありません」
「──あん?」
桃華の態度に訝しげな目線を向けるレズヴェル。問題が無いとはいったいどういう事か。
雄々敷檀司郎という男は心底百瀬桃華に惚れている。愛している。共に生きたいと願っている。渇望している。己の命すら賭すほどに。
だからこそ、檀司郎を独り隔離世に放り込むという選択は彼にとっては死も同然。ダンジョン内での出来事を粗方把握しているレズヴェルはそう結論付けている。この延命に意味などない、と。
「簡単な話ですよ。私も一緒に隔離世へ行きます。麗奈さんが向こうで生きていたなら、今の魔力の無い私でも生きられる筈」
その決意は一種の狂気だ。このまま地上で暮らせるようになるまで特異点に引きこもっていれば、何者にも害されずに安穏と暮らす事ができる。その安全性は隔離世とは当然、比較になろう筈もない。であるというのに、なぜ桃華は危険を覚悟してまで──。
「ヴェル君。鈍感は女の子に呆れられるよ?」
「……レイナがそう言うって事は……あー、何だ。つまり、その、そういう事か」
レズヴェルの頭に増殖し始めた疑問符を根絶するのはレイナの言葉だ。そこに混ざる
それは檀司郎が抱く想いと同質のそれ。好意、恋、そして愛。共に
「だとよ、檀司郎。お姫サマがお望みだ。愛されてるじゃねえかよ。つくづく悪運が尽きねえなぁ、
皮肉げな笑みを貼り付けて、レズヴェルは再び檀司郎を見下ろす。
「約束、を。桃華……俺は、君を」
「えぇ、大丈夫です。分かっていますよ檀司郎」
ダンジョンの最下層に辿り着いた暁に、付き合ってほしいと檀司郎は言った。その想いに応えると桃華は言った。傍から見ればただの口約束。しかし当人からすれば己の人生を決定付ける宣誓だ。お互いの納得の上で成り立つ関係で、そこに後悔などない。
ヴァルハイトの彼岸結界の中で交わされた誓いは、ダンジョン内を把握する権能を持つレズヴェルでさえ見る事は叶わない。そのような無粋を、ヴァルハイトは許さなかった。
身体から力が抜け、一刻の猶予すらない檀司郎を桃華が抱え上げようとして、レズヴェルに止められる。
「俺がやる。さすがに愛しい彼女の手を煩わせるのはお前の望むところでもねぇだろ。なぁ、バカ弟子」
「……うるさいな、アホ師匠」
レズヴェルに抱え上げられた檀司郎は小さく悪態を吐いた。
かつてレイナが落ち、レズヴェルが追ったという異次元。隔離世。帰還は絶望的で、二度とこの世界の土は踏めないと思っていた方が良いだろう。
「じゃあな。どうせなら元気で生きろよ」
「桃華ちゃん、檀司郎君! 帰れる目途がついたら、いつでも帰って来てもいいからね」
特異点の奥。隔離世への入り口と化しているそこは、空間が歪んだような穴が開いていた。穴の奥は見通す事ができないほどの闇しかない。しかし、檀司郎と桃華は怯まない。
「桃華……」
「えぇ、檀司郎。共に行きましょう」
二人は隔離世への入り口へ歩を進めて落ちていく。
どこまでも──、どこまでも──。
雄々敷檀司郎と百瀬桃華は、この世界から消えて行った──。