大和国立国際ダンジョン学園所属! 雄々敷檀司郎は幼馴染と付き合いたいッ!! 作:水金 天海
隔離世という異次元は極めて特殊な場所であった。
まず、隔離世由来の知性生物がいない。隔離世に住まう者は全て異次元からの来訪者である。
次に隔離世の構造。来訪者達の居住区画である街と、戦闘区画であるダンジョンの二種構成で完結している。つまりは、街で準備してダンジョンに挑むというサイクルを世界が強要していると言っても過言ではない。
また、来訪者同士はたとえ話す言葉が違おうとも自動的に翻訳される。これは文字も同様だ。意思疎通において障害は一切存在しない。
これらの特殊な仕様も相俟って、なべてまともな世界ではない。しかしそれでもここで生きるしかないという事実は変わらないのだ。
「お互いここに来てもう三年か。檀司郎、お前はもうここに慣れたか?」
「俺の世界にもダンジョンはあったからな。生活は故郷とほとんど変わらない」
「ほほう。同じ時期にここへ来たばかりの頃、ダンジョン攻略が手馴れていたのはそういう事か」
街の中央外れにある大衆食堂にて、檀司郎は相席している男性と言葉を交わす。
檀司郎の故郷である大和で、一時期メジャーなダンジョン攻略装備だった大和甲冑に似た鎧を纏う武士。
名を
浪愚曰く、彼の世界でもゴロツキをローグと呼ぶ国もあるそうで、自身の境遇から似せた音の名を名乗っているとの事であった。
「某は元の世界ではお尋ね人であるから、この世界で骨を埋めるが……檀司郎はどうするのだ?」
「似たようなものだな。世界の環境が変わってな、体質的に受け付けられなくなっている。十中八九、死ぬだろう」
だから戻れない。ここで暮らして死ぬだろうと檀司郎は語る。
「お待たせしました。ご注文のカレーピラフです」
「おぉ、すまぬな」
「檀司郎は天ぷらうどんね」
「あぁ、ありがとう」
大衆食堂で働く桃華は、今ではここの看板娘となっている。その人気ぶりは食堂の売上を三割増しにしたという事実からもうかがえる。
隔離世を訪れ、檀司郎と正式に結婚し、未だ子はいないが幸せな日々を過ごしている。
余談ではあるが桃華が結婚しているとばれた際には、檀司郎が常連客から襲撃されるというトラブルもあった。
その際に助太刀してくれた者が浪愚であり、彼もまた妻と共に隔離世に訪れていたのだ。似た境遇を持つ者同士、意気投合して今では定期的にダンジョンを一緒に探索する仲である。
「時に檀司郎。体質の問題で故郷に戻れぬと言っていたな?」
カレーピラフを頬張る浪愚がふと話題をふる。
故郷に帰ること自体は簡単だ。無数に点在するダンジョンの内、五つを踏破すれば帰郷の権利が与えられる。この条件自体は先月に檀司郎は達成している。
この帰郷の権利は同郷であれば相乗りも可能だ。その辺りは非常に緩いものだが、実際帰郷する者はそれほどいない。隔離世に根を張ってしまい、帰る気が失せているというのが正しいか。
「……何か解決策があるのか?」
うどんをすすり込みながらも檀司郎がそれに応じた。この隔離世にて初めてできた
「あくまでも噂なのだが、低確率でダンジョンモンスターからドロップするアイテムの中に願いを叶えるものがあるのだそうだ」
「浪愚、お前がそんな眉唾な噂を真に受けたというのは信じがたい。……確証を得た、という事でいいんだな?」
「然り。これを見てくれ」
浪愚の懐から取り出されたのは一枚の紙片。その紙片には何かしらの文字が記載されていたが、檀司郎には読む事ができなかった。おそらくは、異次元で使用されている文字なのだろう。
その事実に檀司郎は眉を顰める。
「なるほど、確かに」
隔離世において、言葉とは通じて当然。文字とは読めて当然。他者とのコミュニケーションは取れて当然のものなのだ。その前提なくして隔離世では生きられない。
だからこそ、浪愚に差し出された紙片はおかしい。書かれた文字が読めないが、隔離世のシステムはこれを絵ではなく文字であると認識し、その情報を檀司郎達に伝えている。
これは文字である。しかし意味は分からない。隔離世のシステムを掻い潜る事ができる可能性のある者といえば──。
「これは隔離世を創った……創世神とも言うべき存在のものではないかと睨んでいる。極めつけは、ここだ」
浪愚が紙片の端を指して言う。そこには読める文字がゆらゆらと踊っている。
「百頁之三、謁見ヲ望ム者来タレ……?」
「この紙片を集めれば、
そこに願いを叶えると言う噂を込みで考えるならば、これはつまりそういうものであろう。そう、浪愚は解釈したのだと言う。
「
「そうか……」
もし。もし、仮に。これがそういう代物であるならば。元の世界に適応する肉体に再構築する事が叶うのではないか。檀司郎の中に一瞬、欲望の火が灯る。その火を目敏く見つけるのが、この浪愚という男である。
「ふむ。檀司郎、これはお前にやろう」
「……いいのか?」
「構わんよ。某には叶えたい願いなどない。ただ、この世界で妻と生きていければそれでよい。しかし檀司郎は違うのだろう? 元の世界に戻りたいという願いが、たとえ僅かであっても心に残っている。でなくば、この紙片に興味など示すまい」
礼ならばこのカレーピラフを奢ってくれと言う浪愚に、檀司郎は頷いて了承する。
既に世界の環境は変わっているだろう。もしかすると自分の居場所など、とうに無くなっているかも知れない。
しかし、それでも檀司郎はもう一度故郷の土を踏みたいと願っている。
「不可抗力とはいえ、ネエクを置いてきてしまったしな」
故郷のダンジョンにて出会った少女。百鬼夜行たるレネドクラエが作り出した端末で、管理者権限をレドラが奪い、そして生き延びた女の子。
もし叶うなら、もう一度彼女と再会したい。目的を果たしたのだと伝えたい。だからこそ、この願いが叶うという紙片に一縷の望みをかけるのだ。
雄々敷檀司郎は愛しい人と帰郷したい。もう一人、ダンジョンを共にしたあの子と会うために。
これが、この世界を本格的に探索する事になる原動力となる。
「さて、そろそろ行くか」
「今日も頑張ってね、檀司郎」
桃華の応援を背に受けてダンジョンへと向かう。この摩訶不思議な紙片を求めて、雄々敷檀司郎は戦い続ける。いつか己の故郷へと帰るために。