トリニティ総合学園所属、隠れ呪言師です。   作:トチ

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本当に申し訳ございません。

作者の諸事情により、投稿済みの話を削除し、投稿し直しました。
以後このようなことがないように気をつけます。


10話と11話の削除時間:日本時間、午後3時26分


神秘の侵食

 

《──》

 

...誰かが、後ろから呼びかけている気がする。

 

その距離感は曖昧で、前後も上下も判別できない。

ただ、自分の背後から()()()()()()が波のように寄せてきて、確かに俺へ向けられている、とだけ分かった。

 

《──》

 

...いや、正確には()()()()()と断言していいのかも怪しい。

そもそも言葉になっていない。

意味さえ掴めていないのに、聞こえていると言っていいのかどうかも分からない。

 

"(...今の俺、ちょっとセイアっぽかったな)"

 

そう考えた瞬間、ふと脳裏にセイアとの会話が蘇る。

彼女が放つ、あの回収の早い言葉遊び。

自分では気づかなかったが、案外そういうのは嫌いじゃないらしい。

 

前提として俺は勉強ができるタイプじゃないし、覚えも悪い。

キヴォトスの知識はもちろん、学力でもセイアに勝てるところなんて、恐らく何一つ無い。

...まぁ、そんな劣等感みたいなものは今は置いておく。

 

《──》

 

この声は、本当に俺を呼んでいるのか?

あと少しで何かが掴めそうなのに...いや無理だ。声が掠れすぎて──

 

《──そうなのか? 気をつけた方がいいぞ、そういう怪しい大人に対してはな》

 

"(...は?)"

 

突拍子もなく、低めの男の声が聞こえた。

注意されるような覚えは無い。

それに、()()()()()()って誰のことだ?

 

《...まぁ、受ける気がないならいいよ。ホシノは俺の大切な友達だか──》

 

声が区切られ、何かを続けようとしたその瞬間──

 

視界を覆っていた闇が、ぱっと弾けるように光へと切り替わった。

 

 

視界が開け、起き上がろうとした、その時。

 

喉の奥に、刃で裂かれたような激痛が走った。

 

"ッ──あ、が...お゙ぇ゙ッ!!"

 

息を吸った瞬間、喉に強烈な異物感。

固まりかけの粘性のある何か、が喉奥に引っかかり、呼吸の度に痛みを刺激する。

必死に咳をこらえきれず、布団の上へ血を吐き出した。

涙で視界が滲んで、世界が赤く揺れる。

 

"...はッ、は...っ、はぁ...!!"

 

涙を乱暴に拭い取り、見下ろした布団には赤黒い体液が広がっていた。

鮮やかさが無い...固まりかけた体液のような血。

白い布団にべっとり付着して、視界の端まで薄暗い色で汚している。

 

"──ぅ゙ぷ、ッ..."

 

胃が裏返りそうなほどの拒絶感。

思わず口を押さえ、横を向く。

 

"...はぁ、はァっ..."

 

怒りと焦りが入り混じった手で布団を握りしめ、ようやく数秒後に呼吸が整い始めた。

 

"(...何なんだ、これ)"

 

落ち着きを取り戻し、周囲へ目を巡らせる。

 

窓を覆うカーテンの隙間から、夜の光が漏れ込んでいた。

俺が見慣れた──トリニティ自治区特有の、整った夜景。

街灯に照らされる道路。少ないながらも歩く生徒たちの姿。

 

...ただ、それだけじゃない。

 

"(...異様に、鮮やかに見える。というか──)"

 

──今まで見えなかったものが、()()()()()()()()

 

通行人一人ひとりの足先から頭までの動きが、妙にゆっくりと、しかし正確に追える。

視線をさらに凝らすと、生徒の身体を薄く覆う白いオーラのような膜が浮かび上がった。

 

"(...何だあれ)"

 

普通に目を向けるだけでは半透明の薄膜だが、よく見れば黒服が言っていた()()の層...その時の黒服と同じように言い換えれば、()()()のように見えなくもない。

今までは見えなかったはずのものが、今は当たり前のように視界へ入り込んでくる。

 

"(...とりあえず、状況確認)"

 

何が起きたかより、何が()()かを先に追うべきだ。

俺はまだ力の入らない腕で、ベッド横のテーブルへ手を伸ばし、スマホを掴む。

 

"充電...あるな、助かった"

 

電源ボタンを押し込む。

 

──5月30日 22:47

 

日付を軽く流し見し、パスワード入力画面を開く。

だが、そこで小さな違和感が胸にひっかかった。

 

"(...ん?)"

 

何かが()()()()()

自分で理解できない感覚が背筋を撫でた。

 

電源ボタンを二度押し、画面を再表示する。

 

──5月30日 22:46

 

その一分の違いが異様なまでに気になった。

言葉にならないが、世界のどこかがズレている。

そのわずかな違和感のせいで、ようやく自分の状況に疑問を持てた。

 

──俺は、なんで病院にいるんだ?

 

当然の疑問なのに、なぜか目覚めてすぐには浮かばなかった。

直前の記憶も曖昧だ。

何があった...?

 

"(...駄目だ、思い出せない)"

 

喉がまだ痛み、頭もぼんやりしている。

ただ一つだけ、はっきりしていた。

 

"(まさか...呪言を使った?)"

 

目覚めてすぐ喉の激痛。

大量の血を吐いた痕跡。

これは──意識の外で強い呪言を使った証拠であり、喜ぶべきか恐れるべきか分からない()()だ。

 

俺は額に冷汗をにじませ、キヴォトスでいうニュースアプリ──クロノススクールのホームページを開き、検索をかける。

 

トリニティ 不審者

トリニティ 破壊 事件

 

もし俺が無意識に呪言を使ったなら、何かしら痕跡が残っているはずだ。

破壊の跡。

それか...血痕。

あってほしくはないが。

 

記事を片っ端から開いていく。

普通なら時間がかかる作業だが──

 

開くたび、内容が()()()()()()()()理解できた。

世界が勝手に頭へ流れ込むような感覚。

 

おかげで、あらかたの記事はすぐ読み終えた。

そして、明らかに引っかかるタイトルを見つける。

 

┌─5/27-17:21頃-───

│トリニティ郊外の住宅街にて、謎の血痕と破壊形跡。

│犯人・被害者ともに行方不明。

└───────────

 

"(...何か、覚えがあるような)"

 

恐る恐る記事を読み進める。

 

()()()、病室の扉が静かに開いた。

 

「...やあ。具合はどうかな」

 

優しい声。

振り返ると、扉の前に立っていたのは──百合園セイア。

 

俺は一瞬、心臓が跳ねるほど動揺し、誤魔化すように笑って手を振った。

 

セイアは俺の顔をじっと見つめ、ため息をついた。

 

「目が覚めていたのなら、ナースコールを押してくれてもよかったのだが。私は案外、待つのが下手でね」

 

セイアの視線がこちらに向けられているのを感じた瞬間、俺は反射的に布団を掴んだ。

さっきまで視界を占領していた血の跡を、包み隠すように引き寄せる。

 

"(...まさか、セイアだとは思わないって...)"

 

無意識の動きだったが、意識した途端に嫌な汗が滲んだ。

これを見られるのは、色々と面倒だ。

 

それ以上に──

俺は、喋れない()を既に作ってしまっている。

 

トリニティに入学した初日。

教室で、クラスメイトに筆談で見せた文章。

 

─────────────────────────

ごめんなさい 俺は喋れない病気にかかっているんです

─────────────────────────

 

セイアは別クラスだから、この件を知らないだろう。

公園で既に間違えて喋ってしまった俺が言えたことじゃないが...ここで俺が普通に喋ってしまえば──

 

情報の齟齬が生まれる。

 

"(...余計な疑問は増やしたくない)"

 

俺はスマホを手に取り、メモアプリを開いた。

指先が少し震えながらも、文字を打ち込む。

 

──────

それはごめん

言い訳になるけど今かなり混乱してる

状況を教えて欲しい

─────────

 

「...」

 

打ち終え、見せたところで、セイアが動いた。

 

ゆっくりと、音を立てない歩幅でベッドへ近づく。

そして俺の左横──看病用の椅子に腰を下ろした。

 

距離は近いが、不思議と緊張はない。

ただ、静かな圧だけがある。

 

そのまま、彼女は俺のスマホを覗き込むこともせず、

淡々とした声で名を呼んだ。

 

「...カイト」

 

指が止まる。

 

いつも通りの呼び方。

それなのに、何故か意識がそちらへ引っ張られた。

 

俺が顔を向けた、その瞬間。

 

セイアは少しだけ表情を和らげ、だが目だけは真剣なまま、言葉を紡いだ。

 

「病み上がりの身に訪ねてしまったことは詫びよう」

 

一拍、置いて。

 

「だが──三日前の夕刻、トリニティ郊外で何が起きたのか」

 

視線が、まっすぐこちらを射抜く。

 

「その顛末を、私に聞かせてもらえないだろうか」

 

そして、ほんの僅かに首を傾けて。

 

「...無論、君自身の声で」

 

"..."

 

喉が、無意識に引き攣る。

 

三日前,..さっき目にした記事の投稿日付と完全に合致している。

関係がないと思うほうがおかしいだろう。

しかも、セイアは()()()()()()()()()()()()が夜ということも知っている。

 

...違う。

 

...これは何が...一体、何がおかしい?

 

...ニュースを見ていたとしたら...どちらかと言うなら確認の方が近い気がする。

 

けれど──

 

"(...思い出せない)"

 

記憶が、まるで霧がかかったように曖昧だ。

実際に住宅街の記事を読んでみても、断片的な既視感しか浮かばない。

 

それでも、喉の痛みは()()()()()証拠として、はっきりと残っている。

 

"(...答えるべきだ、セイアもなにか知ってるかもしれないし)"

 

数秒後。

 

覚悟を決め、俺はゆっくりと息を吸う。

 

声で答えなければならない――そう意識していたわけではない。

ただ、この沈黙を、セイアの願いを、これ以上引き延ばしてはいけない。

そんな気がしたのだ。

 

正直なところ、なぜ彼女が俺の()()にそこまで拘るのかは、今もまったく分からないが。

 

喉が、じくりと疼く。

 

"(...少しだけ、軽く答えるだけ、なら)"

 

そう自分に言い聞かせて、口を開いた、その瞬間だった。

 

空気が視界を介し、明らかに変わった。

 

重い。

薄く目に見える圧力が、病室全体にのしかかるように沈み込む。

湿度が増したわけでも、温度が下がったわけでもない。

ただ、呼吸一つひとつに()()が生まれた。

 

まるで、部屋そのものが息を詰めているみたいに。

 

「...ふむ」

 

セイアが、僅かに目を細めた。

驚きではない。

これも、()()に近い反応だった。

 

俺自身も、何が起きたのか分からないまま、喉を震わせる。

 

声を出そうとしただけだ。

それなのに、空気が重くなる理由が、どこにも見当たらない。

 

"(やっぱり...喉が痛いせいか、まだ喋れな──)"

 

そう思った、次の瞬間。

突拍子もなく、思考とは裏腹に、口が開き始めた。

 

"...覚えてないんだ"

 

掠れている。

減りはしたが、痛みも伴っている。

だが、何故か──いつも以上に、はっきりとした声だった。

 

怒りも、焦りも、恐怖もない。

ただ覚えていないという事実だけを、誰かに伝えるための音のような。

 

"...何も"

 

言い終え、口を閉じた途端──

部屋の重圧が、嘘のようにすっと引いた。

 

病室は元の静けさを取り戻す。

 

「...」

 

セイアは、すぐには言葉を返さなかった。

ただ、俺の顔をじっと見つめている。

 

やがて、小さく息を吐き。

 

「...そうか」

 

それだけを、静かに告げた。

 

責めるでもなく、疑うでもなく。

失望とも、安堵とも取れない声音。

 

「思い出せない、か。...それは」

 

言葉を区切る。

 

「...いや、責めるつもりはない」

 

そうとだけ言い残し、視線を僅かに逸らした。

 

「無理に聞き出すつもりはないよ、カイト」

 

椅子に座ったまま、姿勢を崩さずに続ける。

 

「ただ──三日前の出来事が、私の見た夢と奇妙に重なっていてね」

 

"...見ていた、夢?"

 

その単語に、胸の奥が微かに軋んだ。

加えて、()()()という単語も、まるで他人事ではないような使い回しだ。

...何が、おかしい?

 

「いつか思い出したなら、その時は教えてくれ」

 

セイアは再び、こちらを見る。

 

「今のように、君の声で」

 

優しい声音だった。

けれどその奥に、はっきりとした()()が滲んでいる。

 

俺は、何も言えずに、ただ小さく頷いた。

 

 

セイアとカイトが遭ってからしばらく経った頃、一室の扉の持ち手に、長い袖越しに白い指先が静かに掛けられた。

ドアの小窓から差す月明かりを受け、百合園セイアの影が床に細く伸びる。

 

「念のために言っておこう。今はまだ復学を急がない方がいい。焦燥は判断を鈍らせる」

 

振り返らずに告げるその声音には、偽りのない心配が滲んでいた。

 

"分かってるよ...お母さんみたいなこと言わないでくれ"

 

ベッドの上から届く門廻カイトの声に、わずかな照れと反発が混じる。

自分が()()()()()()として扱われていることに、男としてのプライドが文句を上げていた。

 

それを耳にしたセイアは、くるりと振り向き、愉快そうに口角を上げる。

 

「おや。そこまで頬を染めるとは。……予想外だった」

 

まるで上手に仕上がった料理を、満足げに眺めるような視線。

小さく頷くたび、彼女の大きな耳が僅かに揺れた。

 

"...くっ、体力測定で負けてる癖に..."

 

その一言に、セイアは一瞬だけ目を瞬かせる。

だが次の瞬間には、すぐに楽しげな色が戻った。

 

「ならば次の学力試験で確かめようか。君と私、どちらがより高みに届くのか」

 

からかうようでいて、どこか本気を含んだ声音。

冗談とも挑発とも取れるその言葉に、カイトはわずかに言葉を詰まらせた。

 

"...そ、それは困るっていうか..."

 

軽口の応酬が一段落したところで、セイアはふっと表情を改める。

 

「...さて。三日ぶりだ。もう少し言葉を交わしていたいのは本音だが、夜更かしは身体に良くない」

 

再び扉へ向き直り、持ち手に手を掛ける。

 

その先へ歩き出そうとした――その時。

背後から、低く押し殺した声がかかった。

 

"...一つだけ、聞かせてくれ"

 

セイアが振り向く。

月明かりの中、カイトの表情は先ほどまでとは違い、どこか歪んでいた。

 

"俺が喋れること...裏切られたとは、思わなかったのか?"

 

一瞬の沈黙。

だが、セイアは迷わなかった。

 

「友人、だからだよ」

 

淡々と、着飾らない声。

 

「確かに、君は嘘をついていたのかもしれない」

 

"...っ"

 

少し間を置き、続ける。

 

「だが、理由のない嘘だとは思わない」

 

「何故なら──私は君が優しいことを、()()知っている」

 

「それ以上の動機が必要だろうか」

 

カイトは返す言葉を失う。

その間に、セイアは唖然とした彼の顔をじっと見つめ、わずかに目を細めた。

 

「...あぁ、ひとつ言い忘れていた」

 

彼女の視線が、カイトの瞳を捉える。

 

月光を映したその瞳は、澄んだ水のような青。

深く、静かで、それでいて不思議と温度を感じさせる色だった。

 

「今の君の声は、以前よりもずっと穏やかだ。幸福に近い響きをしている」

 

カイトがほうけたまま立ち尽くす間に、セイアは踵を返す。

 

「おやすみ、カイト」

 

彼の名を、残して。

 

"えっ、ちょ、どういう――!?"

 

言い切るより早く、病室の扉は音を遮るように静かに閉じられた。

 

スマホに表示された時刻は──5月30日 22:40

主人公の所属部のアンケートです  作者の力が及ばず、二つしか選択肢を作れませんでした

  • ティーパーティー(フィリウス分派)
  • 正義実現委員会
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