作者の諸事情により、投稿済みの話を削除し、投稿し直しました。
以後このようなことがないように気をつけます。
10話と11話の削除時間:日本時間、午後3時26分
《──》
...誰かが、後ろから呼びかけている気がする。
その距離感は曖昧で、前後も上下も判別できない。
ただ、自分の背後から
《──》
...いや、正確には
そもそも言葉になっていない。
意味さえ掴めていないのに、聞こえていると言っていいのかどうかも分からない。
"(...今の俺、ちょっとセイアっぽかったな)"
そう考えた瞬間、ふと脳裏にセイアとの会話が蘇る。
彼女が放つ、あの回収の早い言葉遊び。
自分では気づかなかったが、案外そういうのは嫌いじゃないらしい。
前提として俺は勉強ができるタイプじゃないし、覚えも悪い。
キヴォトスの知識はもちろん、学力でもセイアに勝てるところなんて、恐らく何一つ無い。
...まぁ、そんな劣等感みたいなものは今は置いておく。
《──》
この声は、本当に俺を呼んでいるのか?
あと少しで何かが掴めそうなのに...いや無理だ。声が掠れすぎて──
《──そうなのか? 気をつけた方がいいぞ、そういう怪しい大人に対してはな》
"(...は?)"
突拍子もなく、低めの男の声が聞こえた。
注意されるような覚えは無い。
それに、
《...まぁ、受ける気がないならいいよ。ホシノは俺の大切な友達だか──》
声が区切られ、何かを続けようとしたその瞬間──
視界を覆っていた闇が、ぱっと弾けるように光へと切り替わった。
*
視界が開け、起き上がろうとした、その時。
喉の奥に、刃で裂かれたような激痛が走った。
"ッ──あ、が...お゙ぇ゙ッ!!"
息を吸った瞬間、喉に強烈な異物感。
固まりかけの粘性のある何か、が喉奥に引っかかり、呼吸の度に痛みを刺激する。
必死に咳をこらえきれず、布団の上へ血を吐き出した。
涙で視界が滲んで、世界が赤く揺れる。
"...はッ、は...っ、はぁ...!!"
涙を乱暴に拭い取り、見下ろした布団には赤黒い体液が広がっていた。
鮮やかさが無い...固まりかけた体液のような血。
白い布団にべっとり付着して、視界の端まで薄暗い色で汚している。
"──ぅ゙ぷ、ッ..."
胃が裏返りそうなほどの拒絶感。
思わず口を押さえ、横を向く。
"...はぁ、はァっ..."
怒りと焦りが入り混じった手で布団を握りしめ、ようやく数秒後に呼吸が整い始めた。
"(...何なんだ、これ)"
落ち着きを取り戻し、周囲へ目を巡らせる。
窓を覆うカーテンの隙間から、夜の光が漏れ込んでいた。
俺が見慣れた──トリニティ自治区特有の、整った夜景。
街灯に照らされる道路。少ないながらも歩く生徒たちの姿。
...ただ、それだけじゃない。
"(...異様に、鮮やかに見える。というか──)"
──今まで見えなかったものが、
通行人一人ひとりの足先から頭までの動きが、妙にゆっくりと、しかし正確に追える。
視線をさらに凝らすと、生徒の身体を薄く覆う白いオーラのような膜が浮かび上がった。
"(...何だあれ)"
普通に目を向けるだけでは半透明の薄膜だが、よく見れば黒服が言っていた
今までは見えなかったはずのものが、今は当たり前のように視界へ入り込んでくる。
"(...とりあえず、状況確認)"
何が起きたかより、何が
俺はまだ力の入らない腕で、ベッド横のテーブルへ手を伸ばし、スマホを掴む。
"充電...あるな、助かった"
電源ボタンを押し込む。
──5月30日 22:47
日付を軽く流し見し、パスワード入力画面を開く。
だが、そこで小さな違和感が胸にひっかかった。
"(...ん?)"
何かが
自分で理解できない感覚が背筋を撫でた。
電源ボタンを二度押し、画面を再表示する。
──5月30日 22:46
その一分の違いが異様なまでに気になった。
言葉にならないが、世界のどこかがズレている。
そのわずかな違和感のせいで、ようやく自分の状況に疑問を持てた。
──俺は、なんで病院にいるんだ?
当然の疑問なのに、なぜか目覚めてすぐには浮かばなかった。
直前の記憶も曖昧だ。
何があった...?
"(...駄目だ、思い出せない)"
喉がまだ痛み、頭もぼんやりしている。
ただ一つだけ、はっきりしていた。
"(まさか...呪言を使った?)"
目覚めてすぐ喉の激痛。
大量の血を吐いた痕跡。
これは──意識の外で強い呪言を使った証拠であり、喜ぶべきか恐れるべきか分からない
俺は額に冷汗をにじませ、キヴォトスでいうニュースアプリ──クロノススクールのホームページを開き、検索をかける。
トリニティ 不審者
トリニティ 破壊 事件
もし俺が無意識に呪言を使ったなら、何かしら痕跡が残っているはずだ。
破壊の跡。
それか...血痕。
あってほしくはないが。
記事を片っ端から開いていく。
普通なら時間がかかる作業だが──
開くたび、内容が
世界が勝手に頭へ流れ込むような感覚。
おかげで、あらかたの記事はすぐ読み終えた。
そして、明らかに引っかかるタイトルを見つける。
┌─5/27-17:21頃-───
│トリニティ郊外の住宅街にて、謎の血痕と破壊形跡。
│犯人・被害者ともに行方不明。
└───────────
"(...何か、覚えがあるような)"
恐る恐る記事を読み進める。
「...やあ。具合はどうかな」
優しい声。
振り返ると、扉の前に立っていたのは──百合園セイア。
俺は一瞬、心臓が跳ねるほど動揺し、誤魔化すように笑って手を振った。
セイアは俺の顔をじっと見つめ、ため息をついた。
「目が覚めていたのなら、ナースコールを押してくれてもよかったのだが。私は案外、待つのが下手でね」
セイアの視線がこちらに向けられているのを感じた瞬間、俺は反射的に布団を掴んだ。
さっきまで視界を占領していた血の跡を、包み隠すように引き寄せる。
"(...まさか、セイアだとは思わないって...)"
無意識の動きだったが、意識した途端に嫌な汗が滲んだ。
これを見られるのは、色々と面倒だ。
それ以上に──
俺は、喋れない
トリニティに入学した初日。
教室で、クラスメイトに筆談で見せた文章。
─────────────────────────
ごめんなさい 俺は喋れない病気にかかっているんです
─────────────────────────
セイアは別クラスだから、この件を知らないだろう。
公園で既に間違えて喋ってしまった俺が言えたことじゃないが...ここで俺が普通に喋ってしまえば──
情報の齟齬が生まれる。
"(...余計な疑問は増やしたくない)"
俺はスマホを手に取り、メモアプリを開いた。
指先が少し震えながらも、文字を打ち込む。
──────
それはごめん
言い訳になるけど今かなり混乱してる
状況を教えて欲しい
─────────
「...」
打ち終え、見せたところで、セイアが動いた。
ゆっくりと、音を立てない歩幅でベッドへ近づく。
そして俺の左横──看病用の椅子に腰を下ろした。
距離は近いが、不思議と緊張はない。
ただ、静かな圧だけがある。
そのまま、彼女は俺のスマホを覗き込むこともせず、
淡々とした声で名を呼んだ。
「...カイト」
指が止まる。
いつも通りの呼び方。
それなのに、何故か意識がそちらへ引っ張られた。
俺が顔を向けた、その瞬間。
セイアは少しだけ表情を和らげ、だが目だけは真剣なまま、言葉を紡いだ。
「病み上がりの身に訪ねてしまったことは詫びよう」
一拍、置いて。
「だが──三日前の夕刻、トリニティ郊外で何が起きたのか」
視線が、まっすぐこちらを射抜く。
「その顛末を、私に聞かせてもらえないだろうか」
そして、ほんの僅かに首を傾けて。
「...無論、君自身の声で」
"..."
喉が、無意識に引き攣る。
三日前,..さっき目にした記事の投稿日付と完全に合致している。
関係がないと思うほうがおかしいだろう。
しかも、セイアは
...違う。
...これは何が...一体、何がおかしい?
...ニュースを見ていたとしたら...どちらかと言うなら確認の方が近い気がする。
けれど──
"(...思い出せない)"
記憶が、まるで霧がかかったように曖昧だ。
実際に住宅街の記事を読んでみても、断片的な既視感しか浮かばない。
それでも、喉の痛みは
"(...答えるべきだ、セイアもなにか知ってるかもしれないし)"
数秒後。
覚悟を決め、俺はゆっくりと息を吸う。
声で答えなければならない――そう意識していたわけではない。
ただ、この沈黙を、セイアの願いを、これ以上引き延ばしてはいけない。
そんな気がしたのだ。
正直なところ、なぜ彼女が俺の
喉が、じくりと疼く。
"(...少しだけ、軽く答えるだけ、なら)"
そう自分に言い聞かせて、口を開いた、その瞬間だった。
空気が視界を介し、明らかに変わった。
重い。
薄く目に見える圧力が、病室全体にのしかかるように沈み込む。
湿度が増したわけでも、温度が下がったわけでもない。
ただ、呼吸一つひとつに
まるで、部屋そのものが息を詰めているみたいに。
「...ふむ」
セイアが、僅かに目を細めた。
驚きではない。
これも、
俺自身も、何が起きたのか分からないまま、喉を震わせる。
声を出そうとしただけだ。
それなのに、空気が重くなる理由が、どこにも見当たらない。
"(やっぱり...喉が痛いせいか、まだ喋れな──)"
そう思った、次の瞬間。
突拍子もなく、思考とは裏腹に、口が開き始めた。
"...覚えてないんだ"
掠れている。
減りはしたが、痛みも伴っている。
だが、何故か──いつも以上に、はっきりとした声だった。
怒りも、焦りも、恐怖もない。
ただ覚えていないという事実だけを、誰かに伝えるための音のような。
"...何も"
言い終え、口を閉じた途端──
部屋の重圧が、嘘のようにすっと引いた。
病室は元の静けさを取り戻す。
「...」
セイアは、すぐには言葉を返さなかった。
ただ、俺の顔をじっと見つめている。
やがて、小さく息を吐き。
「...そうか」
それだけを、静かに告げた。
責めるでもなく、疑うでもなく。
失望とも、安堵とも取れない声音。
「思い出せない、か。...それは」
言葉を区切る。
「...いや、責めるつもりはない」
そうとだけ言い残し、視線を僅かに逸らした。
「無理に聞き出すつもりはないよ、カイト」
椅子に座ったまま、姿勢を崩さずに続ける。
「ただ──三日前の出来事が、私の見た夢と奇妙に重なっていてね」
"...見ていた、夢?"
その単語に、胸の奥が微かに軋んだ。
加えて、
...何が、おかしい?
「いつか思い出したなら、その時は教えてくれ」
セイアは再び、こちらを見る。
「今のように、君の声で」
優しい声音だった。
けれどその奥に、はっきりとした
俺は、何も言えずに、ただ小さく頷いた。
*
セイアとカイトが遭ってからしばらく経った頃、一室の扉の持ち手に、長い袖越しに白い指先が静かに掛けられた。
ドアの小窓から差す月明かりを受け、百合園セイアの影が床に細く伸びる。
「念のために言っておこう。今はまだ復学を急がない方がいい。焦燥は判断を鈍らせる」
振り返らずに告げるその声音には、偽りのない心配が滲んでいた。
"分かってるよ...お母さんみたいなこと言わないでくれ"
ベッドの上から届く門廻カイトの声に、わずかな照れと反発が混じる。
自分が
それを耳にしたセイアは、くるりと振り向き、愉快そうに口角を上げる。
「おや。そこまで頬を染めるとは。……予想外だった」
まるで上手に仕上がった料理を、満足げに眺めるような視線。
小さく頷くたび、彼女の大きな耳が僅かに揺れた。
"...くっ、体力測定で負けてる癖に..."
その一言に、セイアは一瞬だけ目を瞬かせる。
だが次の瞬間には、すぐに楽しげな色が戻った。
「ならば次の学力試験で確かめようか。君と私、どちらがより高みに届くのか」
からかうようでいて、どこか本気を含んだ声音。
冗談とも挑発とも取れるその言葉に、カイトはわずかに言葉を詰まらせた。
"...そ、それは困るっていうか..."
軽口の応酬が一段落したところで、セイアはふっと表情を改める。
「...さて。三日ぶりだ。もう少し言葉を交わしていたいのは本音だが、夜更かしは身体に良くない」
再び扉へ向き直り、持ち手に手を掛ける。
その先へ歩き出そうとした――その時。
背後から、低く押し殺した声がかかった。
"...一つだけ、聞かせてくれ"
セイアが振り向く。
月明かりの中、カイトの表情は先ほどまでとは違い、どこか歪んでいた。
"俺が喋れること...裏切られたとは、思わなかったのか?"
一瞬の沈黙。
だが、セイアは迷わなかった。
「友人、だからだよ」
淡々と、着飾らない声。
「確かに、君は嘘をついていたのかもしれない」
"...っ"
少し間を置き、続ける。
「だが、理由のない嘘だとは思わない」
「何故なら──私は君が優しいことを、
「それ以上の動機が必要だろうか」
カイトは返す言葉を失う。
その間に、セイアは唖然とした彼の顔をじっと見つめ、わずかに目を細めた。
「...あぁ、ひとつ言い忘れていた」
彼女の視線が、カイトの瞳を捉える。
月光を映したその瞳は、澄んだ水のような青。
深く、静かで、それでいて不思議と温度を感じさせる色だった。
「今の君の声は、以前よりもずっと穏やかだ。幸福に近い響きをしている」
カイトがほうけたまま立ち尽くす間に、セイアは踵を返す。
「おやすみ、カイト」
彼の名を、残して。
"えっ、ちょ、どういう――!?"
言い切るより早く、病室の扉は音を遮るように静かに閉じられた。
スマホに表示された時刻は──5月30日 22:40
主人公の所属部のアンケートです 作者の力が及ばず、二つしか選択肢を作れませんでした
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ティーパーティー(フィリウス分派)
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正義実現委員会